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出会い
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今日から、新しい職場だ。
楡埼ひなのは、今までの暮らしに、すこしだけ後ろ髪をひかれながら、職場に足を踏み入れた。
中小企業ではあるが、全面ガラス張りの商社、なかなかに見栄えがする。
前の会社みたいにブラックじゃなければいいんだけど…。
「あ、ひなのさん、こっちこっち。紹介するわね」
何をしたらいいか分からず、呆然とつったっていると、そう声をかけられた。
よかった、と安堵する。
どうやらここはブラックじゃなさそうだ。
下の名前でよばれるのは、ちょっと気恥ずかしいけど。
ホンモノのアットホームってこんなかんじなんだろうな。
「はい、みなさん。こちらが、新入社員の楡埼さん。中途入社だけどまだ24歳。仲良くしてあげて」
彼女がパンパンと手を打って、注目を集める。そうして、
「それで、楡埼さん。こちらが、係長の杉野、こちらが課長の夕凪、こちらが部長の、高坂。面倒だからまとめちゃったけど、まあそのうち覚えるから。当分、直属の上司は係長の杉野が務めます、なんでもきいてやってね。あ私は、葵。葵さんでいいわよ」
にっこりと微笑む葵さん。
葵さんは30代だろうか。きれいなお姉さんといった代名詞が良く似合う。艶やかな長い黒髪を一つに束ねている。マスクで顔は分からないが、目元が美人だ。
杉野さんは、おせっかいおばさん。と言ったほうがいいだろうか。なんだかお局臭がする。でも、やさしいお母さんと言われたら、そんな気もする。髪はミディアムで、茶髪。たぶん、白髪染めをしてるんだろうなと思った。私の母と同年代って気がする。おせっかい行き過ぎ杉野って覚えよう。
夕凪さんは、ミドル世代。ってかんじ。年齢不詳のオジサマっていうのが一番似合ってるかも。愛人が何人もいそう。帽子とロックのウイスキーがよく似合う、雰囲気のひと、初めて見たかも。
高坂さんは…、なんだろう。仏頂面だなあ…。挨拶の時くらい、笑顔でいたらいいのに。夕凪さんは、時折にこにこしてくれるのに、このひとずーっとムスっとしてる。大人なんだから、普通に笑顔のひとつふたつ見せなさいよ。なんでこいつが、夕凪さんよりも上の役職なんだろう。年から言っても、夕凪さんのほうが上なのに。私とそう変わらない年齢なんじゃないの?すごく若くみえる。あー仏頂面だからブッチョーって呼んでやろうかな。聞きようによっては部長ってちゃんと聞こえるから、まあこれくらいはいいよね?それにしてもずーっとブッチョーのままだったらやりづらいったら。言葉数も少ないし。ああとかうんとかしかいわないし。それで最後の一言が、葵さんに任せるよ。だけ?いつもこんなんなのかな。
……………
通された部屋はこじんまりしていた。デスクがずらっと並んでるかと思ったら、そうでもない。せいぜい6人くらいが作業できるようにパソコンと机とイスが置かれてる。殺風景な部屋だ。
「今日は、朝礼はナシなんだけど。ふだんは朝礼あるから。朝礼は、自分の業務で気づいたことや、無駄だと思う事とか質問したいこととか。なにもなかったら、挨拶だけでいいから」
「そうなんですね」
「うちの事務は本当に少ないの。少数精鋭といったら聞こえはいいけど、人件費がかかるから。助かるわ。ひなのちゃんが来てくれて。結城さんが結婚に継ぐ出産でね、育休までとったのにそのあとすぐ、やめちゃって」
「すごいですね」
「でしょう?うちで結婚してないのなんて、部長の高坂と私と。それから夕凪さんはバツイチでしょ、今はいろんな女の子とあそんでるみたい。高坂をつれていろんなところに足をのばしてね。あの二人仲がいいのよ」
「え。高坂さん、遊び人なんですか?そんなふうには見えなかったですけど」
「高坂はね、オンオフがしっかりしてる人なのよ。一緒に遊ぶには最高の人材だって夕凪さんが言ってたわ。だから気を付けてね、ひなのちゃん。あのふたりに弄ばれないように」
「え」
「ひなのちゃん、彼氏いないでしょ?」
「あ、えっと、その…はい」
「彼氏いない歴何年?その調子だと、ずっといなかったりする?」
「それはその…」
「ごめんごめん、あんまり可愛いから、つい虐めちゃった」
「はあ」
「なんかひなのちゃんって、ちょっと高坂に似てるわね」
「え?ブッチョーとですか?いやです」
「なにそのブッチョーって」
ふふ、と口の端で葵さんは笑った。
「もしかして、仏頂面だから?」
うぐ、と息をのむ。
まさか当てられるとは。
「内緒です」
「内緒―?」
「葵さんの聞き間違いじゃないですか?私はちゃんと部長っていいましたよ」
「あーら、そぅお?まあいいけど。それで、その机が、ひなのちゃんの机ね。結城さんがつかってたから綺麗よ」
葵さんは、こんこん、と机をたたきながらそんなことを言った。
「うちは少数精鋭。だから経理もする。経理できる?」
「私は一応商業科高校だったので、経理は一応できるつもりです」
「日商簿記何級?」
「二級です」
「そう、なら。問題はないわね。電話対応もして、会議用の書類整理もしなきゃならないけど大丈夫そう?」
「葵さんもいてくれるんですよね?」
「ええ。…ひなのちゃんってちょっとズルい子ね」
「そうですか?」
「ええ、そんなこと言われたら、教えてあげないとって思うじゃない」
「はい、教えてください。あおい先輩」
「こいつー!」
葵さんは私の頬をぐりぐりと人差し指で押す。
ブラック企業ではこんなことはあり得なかった。
人間関係が壊滅的だった。
人間関係がいやでいやでやめたようなものだ。
葵さんに指示をうけながら、なんとか昼食までの仕事をこなした。
昼食の時間になったとたん葵さんは、他の事務員と一緒に昼食をたべに行ってしまった。
まあさすがにそこまで求めるのは良くないことだ。
ちょっとがっかりしたけど、コンビニで何か買って食べよう。
葵さんやブッチョーと遭遇さえしなければ、いいなと思いながら私はコンビニに足を運んだ。
楡埼ひなのは、今までの暮らしに、すこしだけ後ろ髪をひかれながら、職場に足を踏み入れた。
中小企業ではあるが、全面ガラス張りの商社、なかなかに見栄えがする。
前の会社みたいにブラックじゃなければいいんだけど…。
「あ、ひなのさん、こっちこっち。紹介するわね」
何をしたらいいか分からず、呆然とつったっていると、そう声をかけられた。
よかった、と安堵する。
どうやらここはブラックじゃなさそうだ。
下の名前でよばれるのは、ちょっと気恥ずかしいけど。
ホンモノのアットホームってこんなかんじなんだろうな。
「はい、みなさん。こちらが、新入社員の楡埼さん。中途入社だけどまだ24歳。仲良くしてあげて」
彼女がパンパンと手を打って、注目を集める。そうして、
「それで、楡埼さん。こちらが、係長の杉野、こちらが課長の夕凪、こちらが部長の、高坂。面倒だからまとめちゃったけど、まあそのうち覚えるから。当分、直属の上司は係長の杉野が務めます、なんでもきいてやってね。あ私は、葵。葵さんでいいわよ」
にっこりと微笑む葵さん。
葵さんは30代だろうか。きれいなお姉さんといった代名詞が良く似合う。艶やかな長い黒髪を一つに束ねている。マスクで顔は分からないが、目元が美人だ。
杉野さんは、おせっかいおばさん。と言ったほうがいいだろうか。なんだかお局臭がする。でも、やさしいお母さんと言われたら、そんな気もする。髪はミディアムで、茶髪。たぶん、白髪染めをしてるんだろうなと思った。私の母と同年代って気がする。おせっかい行き過ぎ杉野って覚えよう。
夕凪さんは、ミドル世代。ってかんじ。年齢不詳のオジサマっていうのが一番似合ってるかも。愛人が何人もいそう。帽子とロックのウイスキーがよく似合う、雰囲気のひと、初めて見たかも。
高坂さんは…、なんだろう。仏頂面だなあ…。挨拶の時くらい、笑顔でいたらいいのに。夕凪さんは、時折にこにこしてくれるのに、このひとずーっとムスっとしてる。大人なんだから、普通に笑顔のひとつふたつ見せなさいよ。なんでこいつが、夕凪さんよりも上の役職なんだろう。年から言っても、夕凪さんのほうが上なのに。私とそう変わらない年齢なんじゃないの?すごく若くみえる。あー仏頂面だからブッチョーって呼んでやろうかな。聞きようによっては部長ってちゃんと聞こえるから、まあこれくらいはいいよね?それにしてもずーっとブッチョーのままだったらやりづらいったら。言葉数も少ないし。ああとかうんとかしかいわないし。それで最後の一言が、葵さんに任せるよ。だけ?いつもこんなんなのかな。
……………
通された部屋はこじんまりしていた。デスクがずらっと並んでるかと思ったら、そうでもない。せいぜい6人くらいが作業できるようにパソコンと机とイスが置かれてる。殺風景な部屋だ。
「今日は、朝礼はナシなんだけど。ふだんは朝礼あるから。朝礼は、自分の業務で気づいたことや、無駄だと思う事とか質問したいこととか。なにもなかったら、挨拶だけでいいから」
「そうなんですね」
「うちの事務は本当に少ないの。少数精鋭といったら聞こえはいいけど、人件費がかかるから。助かるわ。ひなのちゃんが来てくれて。結城さんが結婚に継ぐ出産でね、育休までとったのにそのあとすぐ、やめちゃって」
「すごいですね」
「でしょう?うちで結婚してないのなんて、部長の高坂と私と。それから夕凪さんはバツイチでしょ、今はいろんな女の子とあそんでるみたい。高坂をつれていろんなところに足をのばしてね。あの二人仲がいいのよ」
「え。高坂さん、遊び人なんですか?そんなふうには見えなかったですけど」
「高坂はね、オンオフがしっかりしてる人なのよ。一緒に遊ぶには最高の人材だって夕凪さんが言ってたわ。だから気を付けてね、ひなのちゃん。あのふたりに弄ばれないように」
「え」
「ひなのちゃん、彼氏いないでしょ?」
「あ、えっと、その…はい」
「彼氏いない歴何年?その調子だと、ずっといなかったりする?」
「それはその…」
「ごめんごめん、あんまり可愛いから、つい虐めちゃった」
「はあ」
「なんかひなのちゃんって、ちょっと高坂に似てるわね」
「え?ブッチョーとですか?いやです」
「なにそのブッチョーって」
ふふ、と口の端で葵さんは笑った。
「もしかして、仏頂面だから?」
うぐ、と息をのむ。
まさか当てられるとは。
「内緒です」
「内緒―?」
「葵さんの聞き間違いじゃないですか?私はちゃんと部長っていいましたよ」
「あーら、そぅお?まあいいけど。それで、その机が、ひなのちゃんの机ね。結城さんがつかってたから綺麗よ」
葵さんは、こんこん、と机をたたきながらそんなことを言った。
「うちは少数精鋭。だから経理もする。経理できる?」
「私は一応商業科高校だったので、経理は一応できるつもりです」
「日商簿記何級?」
「二級です」
「そう、なら。問題はないわね。電話対応もして、会議用の書類整理もしなきゃならないけど大丈夫そう?」
「葵さんもいてくれるんですよね?」
「ええ。…ひなのちゃんってちょっとズルい子ね」
「そうですか?」
「ええ、そんなこと言われたら、教えてあげないとって思うじゃない」
「はい、教えてください。あおい先輩」
「こいつー!」
葵さんは私の頬をぐりぐりと人差し指で押す。
ブラック企業ではこんなことはあり得なかった。
人間関係が壊滅的だった。
人間関係がいやでいやでやめたようなものだ。
葵さんに指示をうけながら、なんとか昼食までの仕事をこなした。
昼食の時間になったとたん葵さんは、他の事務員と一緒に昼食をたべに行ってしまった。
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