国王親子に迫られているんだが

クリム

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十九章 銀杯の系譜

127 銀杯の真実

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 小さな裏中庭を道を抜けて午前中上がった聖廟の前を通り過ぎて、ガルド神殿の王宮の白亜の建物へと上がる。

 午後の政務が始まっていて、下の渡り廊下は既に急ぎ足だ。急な国王譲位、上皇の死はさほど人々が気にしていないようで、通りすがりの文官なんかは

「え、死んでなかったの?」

なんて話をしていた。まあ、あんな貴族ジャケットを来てフラフラしていたらそうだよな。誰も国王なんて思いはしないし、シャルスが国王代行だと思い込んでいる奴もいた。

「もうじきグレゴリーも来るでしょう」

 グレゴリーは忙しくて僕らとは別行動だ。僕の影にはアズールとレーンが控えていて、魔法師に気づかれないようにマナも消している。

 シャルスと僕とミカエル、それから第一近衛隊の近衛兵の十名程でガルド神殿に上がり、ミカエル以外近衛兵は少し距離を置き神殿の出入り口で待機している。

 僕らが聖杯が置かれる飾り大理石の台に辿り着く頃に、魔法省からレーダー公とカモンが黒ローブの魔法師と数人の騎士たちを引き連れて上がってきた。

 ガルド神殿の神殿長は白のローブを着ていて、僕らとレーダー公に頭を下げた。

「ああ、間に合ったわい」

 近衛隊がドタドタと音を立てて階段を上がってきたグレゴリーに一礼をして、グレゴリーの剣を預かる。僕も魔剣ミスリルを帯刀していない。この場には刃を持ち込むことは禁止されていた。

 大きな扉が開かれていて、何もない飾り大理石の上に光がさしているようだ。

「聖杯はどこにあるのか」

 脂漏したような硬い表情のまま話すレーダー公と、にこにこと僕に手を振るカモンが対照的で、

「神が預かっています。今、出現します。皆さま願ってください」

 飾り大理石の周りに神官が四人、扉の前で神官長が扉にマナを放ち、それから神官たちが陣を展開する。僕の知る転移陣だが、どこから持ってくるんだ?

 やがて飾り大理石の台に銀の巨大な銀杯が現れた。神に認められた王系譜が刻まれたものだ。神官長が真ん中を指差す。

「シャルス・アリシア国王陛下のお名前が刻まれています。神は正式に国王としてお認めになっております」

 僕もシャルスと見上げると、シャルスの配偶者として僕の名前が刻まれている。僕とシャルスの名前の間から伸びる線が薄く刻まれていて、無事腹実が生まれてくることを予言していて安心した。

「線が薄いな。子は望めんのだな」

 レーダー公の笑みがいやらしい。

「お祖父様」

 現王の系譜が始まっていることがこれで分かるのだが、カモンが指を指した場所を見て、レーダー公は年老いて薄色になったアイスブルーの瞳を剥いて、

「カ、カモンの名前がないではないか!何だこれは!」

と叫んだ。レーダー公とカモンが覗き込んでいる銀杯の系譜には、シャルスを王として中心にマナ文字が刻印され、レーダー公はマナ文字が読めるらしく、神官長を睨みつけていた。

 始まったばかりのシャルス王の系譜には僕と二人だけの名前があるだけで、カモンがアーネストと子であるならば、シャルスの弟として系譜に刻まれているはずだ。

「あれ、俺、上皇陛下と母上の子のはずなんだけどなあ。お祖父様、違うのですか?」

 誰も答えられなかった。アーネストと義母でありアーネストの母親をかなり憎んでいたらしい女性がらアーネストの下に行くだろうか。

 やや沈黙があって、グレゴリーが口を開いた。

「カモン殿が亡きアーネストの子であるかどうかは大した問題ではない」

 その口振りにレーダー公がドンと杖を床に付けた。怒りだろうそれは、一斉に騎士の目を引く。

「何故だ!」

「『あの事件』の後すぐにアーネストは神から国王の座を剥奪され、幼少の『シャルス殿下』は既にガルド神より国王の座を譲位されていたのだ」

 その場の全ての人が声も出せなかった。僕もそうだ。だってまだ成人もしていない生死の端境目に居続けたであろうシャルスが、あの事件からずっと真の国王だったと知ったからだ。

「だから、カモン殿が『国王陛下の役割を演じていた、だだのいち国民のアーネスト』の子であったとしても、国王の系譜に刻まれるはずはなかろう。ーーああ、レーダー公のお血筋で言えば、継承権はもちろんあるが」

 だからグレゴリーはカモンが、アーネストの子であろうがなかろうが、影響はたいしてないとさらりと告げた。

「ーー何故、アーネストのことをわしに告げなかったのだ。幼いシャルスの補佐くらいしようものを」

 レーダー公は絞り出すような、感情の籠らない皺がれ声を出した。

「アリシア王国は小さな力のない国故に」

 それはレーダー公を拒絶したようなきっぱりとしたグレゴリーの答え。グレゴリーは怒っているのだ。やはりレーダー公がアーネストを早めに殺すためにと、女をけしかけていたことを知っていたのだろう。それを止めなかったのは、息子を殺されたからなんだろうけれど。

「ーーなるほど。レグルス王国と同様、アリシア王国も一枚岩ではないからのう」

 レーダー公はシャルス国王の簒奪者となる、そう宣言に受け止められかねない言葉だった。

「それにしても、王族が二度に渡り家畜の如く排泄腔よりの腹実とは……」

 僕はまたまた大貴族っぽい発言だなあと思っていたら、

「平等を司るガルド神に失礼でありましょう、レーダー公」

と信じられないことにシャルスがレーダー公に言った。グレゴリーも驚いた顔をしている。

「腹実も宿り木もガルド神が許した実の在り方。ひいては我が国の民の在り方です。我が国民ノリンに対して侮辱した発言はお控えください」

 言葉こそは丁寧だが、シャルスは国王としての意志を告げていた。指先だって震えていたし唇も青いのに、眼差しだけは厳しくレーダー公を捉えている。

「なっ、こっ……こっ、こっ」

 レーダー公はニワトリか?

 それから二の句が告げられないのか、ハクハクと口を動かしたが、怒鳴る前にカモンに取り押さえられる。

「お祖父様、血圧が上がりますよ。俺たちはお呼びじゃないみたいだ。帰ろう、お祖父様。またね、ノリン君」

 爽やかな仕草や笑顔はアーネストと同じで雰囲気もよく似ている。だが、やっぱりいかにも貴族といった感じだ。そこら辺はアーネストと違う。

 ひらひらと手を振ってレーダー公をいなして階段を降りていくカモンは、

「ノリン君、近いうちに学舎で」

と笑いながら僕に再び声を掛けて歩いていく。ああ、シャルスをガチ無視した、カモンは学舎でぶん殴ろう。

「宰相閣下、羊皮紙を」

「お、おお……」

 グレゴリーは神官長に促され成婚の儀が書かれた羊皮紙を出して、シャルスと僕にサインするように告げた。

 マナを文字化する魔石ペンを手にしてシャルスが先に書き、僕はその下に名前を書く。それを神官長が銀杯の中に入れると、ガルド神への祝詞を告げる。銀杯にマナの光が炎になり羊皮紙は天空に上がって消えた。

「よい炎でしたね。ガルド神は本当にお喜びです。次は腹実の実りの時にですね。国王陛下、王配殿下」

 銀杯は扉の向こうの白い空間に消えて扉が閉まる。ガルド神預かりって訳ではない転移陣が、飾り大理石の台に埋め込まれている。読み解けば場所が分かるが、あえてしなかった。

「ノリン、良かったですね……」

 シャルスが僕にもたれかかり目を閉じる。マナ切れだと分かったのは、僕自身マナ文字のサインをした後に軽くマナを吸われた感じがしたからだ。それくらいシャルスは不安定なんだな。僕はシャルスを横抱きに抱き上げた。

「やめてください。腹実に触りますから」

 頼みますからと何度も言われても、今も軽いシャルスを離すことなんてしない。僕はそのまま具合の悪いシャルスを部屋に連れて行くことにした。
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