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悪令嬢ブートキャンプ
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前世の記憶が蘇ったのは式の後半。ここが一瞬どこだか理解できなかった。
ああーー私は貴族学舎で名だたる令嬢たちに嫌がらせをした挙句、それを学園をまとめ上げたと勘違いされて、この国の最も嫌われている王太子の元へ無理やり嫁がせられる悪令嬢だということを思い出した。
なんで自分はあんな馬鹿なことをしていたのか。馬鹿すぎて反省の念すら湧かない。次期王太子妃候補たちをねちねちいびってはいたものの、本当にいびられていたのか怪しくてたまらない。だが、そんな傍若無人な態度でいた日々は確かに記憶にあった。
王子のお見合いともなるべく日々繰り返された学舎舞踏会では、腰巾着の令嬢たちを従え、自分よりよいドレスの令嬢を見れば脚を引っ掛け、素敵な髪飾りの頭上にグラスの水を降らせ、気立てのいい令嬢には悪評を流し、すればするほど私の評価は何故か上がってしまった。裏目に出た。
結果ーー
生まれついての婚約者の公爵子息には嬉々として婚約を破棄され、よく分からず家に帰れば別の人間との結婚が用意されていた。
相手はこの国の王太子。成人した王太子はぎとぎとの脂ぎった親父のごとく太り、頰には大人ニキビとは言えないくらいの吹き出物のある肌を持ち、令嬢を見ると鼻息荒く悶える気持ち悪さで有名だ。
全ては国王の思し召し。
誰もが婚約を嫌がった王太子の嫁にと言い出したのだ。もちろん私より身分の上の令嬢はたくさんいたが、私が暇つぶし、いえ、いびり潰していた令嬢は、散財・密輸・傲慢を謳歌していた貴族の令嬢であり、私はどうやらそれを懲らしめてしまっていた寸法らしい。
質素倹約適材適所、程よく品よく着飾った私を規律とした貴族学舎のパーティーの様子に、でっぷりと太った国王は王太子の嫁に抜擢した。
国一番の嫌われ者の王太子の嫁。
私ははとんでもなく嫌な女でありなおかつ私が悪かった。綺麗だけど寄り付きにくいとか言われてる自分に対して、令嬢たちの妖精のような可憐さに嫉妬し、身分差を考えないで清々しいほど頭の悪い態度で、いじめを繰り返した。しかしこれは理不尽過ぎる。
私の未来は、どう、なる、の。
◇
「白いウエディングドレスが残念ながらお綺麗ですわね」
「ええ。本当に、ありがたいことですわ。王太子殿下の視線から免れましたわ」
「まぁ、わたくしもそう思いましてよ」
厳かな式の最中にもかかわらず、ひそひそとした声が聞こえてきた。私を捨てた婚約者である公爵子息と、すぐさま婚約した令嬢もこの式に参列していた。令嬢は私がいじめ抜いた一人だ。
まるで処刑を見物にきた野次馬ばかりで、そしてそれらは私の元婚約者のみならずあちこちから感じる好奇と侮蔑の視線。
「誓いの指輪の交換を」
太く白い指がベールの中を暴く。
「美しいあなたをこんな近くで見られるなんて大変嬉しいです」
口調は喉も肉巻きだからだろうかくぐもり、囁かれる言葉に私は顔を上げた。
「これからはら夫婦仲良くやっていきましょう」
……ああ……
はあはあと吐く息は荒く臭い。
……まああ……
たっぷりと肉の付いたむっちりとした二重顎。
肉に覆われた細い青い目と垂れた目尻。
まああああっ!
ふんわりした金髪はなんだかヘルメットみたいに撫でつけて、大人っぽさを出そうとして見事に台無し。
これが、私の旦那様?
白い豚……舞踏会で見かけた時は白豚そっくりなその容姿に嫌悪しか抱かなかったのに、今は何故か胸がときめく。
おかしい、でも、可愛い、好き。
上品そうなところはさらにいいわ。なんて柔らかそうなお肉とか何を考えているのかしら、私。
前世の好みかしらーーいいえ、違うわ。
世間で言われているような我儘女な女は、うっかり正義と法と秩序を正し、嫌がらせまでも私の国を守るための純粋な気持ちとされてしまった。
罪悪感なんてない私なのに、私は今までのことを悔いながら、横の太った二重顎を見上げている。
「今夜が楽しみだね。優しくします」
太っていても王太子。どこか遠くを見つめていた私を気遣うように花婿は優しく笑う。
この無礼な白豚風情が!と思った次の瞬間には違った感想が浮かぶ。白い脂身が素敵、私が男にして差し上げてよ。さあ。早く結婚しましょうと、嫌悪と愉悦の間で揺れる。
指輪をなんとか交換して、白豚の顔が近付き触れる唇の感触。はあはあと荒い口呼吸の中でする胃液っぽい口臭と酸っぱい汗臭さ。それをどこか喜んでいた。ああ、私の愛しの白豚王太子様ーーと。
◇◇
私は前世ではパーソナルトレーナーだった。肥満大国ではダイエタリーパートナーとして個人的に契約し、衣食運動メンタル全てにおいて時には泊まり込みできっちり身体を作り上げる。
ぽっちゃりとした体型を互いの努力で絞り切り美しい筋肉と均整の取れた身体に変化させる喜び、それは恋愛の対象に変化していく。
ただのデブではだめ。
ふんわりとマシュマロのような柔らかな白い脂肪の塊がいい。自分に甘く他人にも甘い、いつもどこかで挫けてしまい、どうせ僕なんてとお菓子に手を伸ばす。努力しても運動も勉強も出来ない。でも本当はそんなに努力をしていない。愛されたい愛したいときらきらした夢があり、でも、脂肪の塊だから口には出さない気弱な白豚。
中途半端な堅太りはつまらない。
そんな可愛い白豚を見事な大人になるまでプロデュースしていた。大抵は半年、長ければ一年。私の理想の恋人のように仕上げるから、私の通り名は『ミラクルマネージャー』。そして自信をもった彼らは本当の意味で第二の人生を謳歌する。
私から旅立ちをした彼らは、常に素晴らしい人生を歩んでいった。
彼らだってなりたくて白豚になったんじゃないわ。甘やかされて、放置されて、蔑まれてと色々ある。肥満大国の食べ物はビックサイズで寂しがりの彼らは、胃袋を満たすことでしか癒されなかったんだもの。
私はそんな彼ら自身を愛してトレーナーとして常に側にいて、励まし、癒し、愛し、声をかけ続け、苦労を分かち合ったのだった。
◇◇◇
初夜が淡白すぎる件について。
隣でゴーゴーとイビキを掻いて眠る旦那様を見つめて目を細めた私は、はっきり言って欲求不満。披露宴もしっかりこなし晒し者になったあと磨き込まれ、王太子の寝室でもじもじ始められた初夜は、それはもうつまらない、一回だけよ、先っちょだけ!
オー、イエス!の国の記憶のある連戦練磨の私としては物足りません。それに眠りながら呼吸止めるのもドキドキする。それ、無呼吸症候群だから。まずは健康的な白豚を目指さなくてはだめね、旦那様。ポヨンポヨンなマシュマロの腹を撫でる。
「ん、ん? ジョゼフィーヌ、どうしたのですか?」
「おはようございます、殿下」
「お、おはよう」
全裸で寄り添う私に戸惑う王太子は私より三つ年上の可愛い男の子。
「昨夜はありがとうございます」
「童貞処女同士……うまくはいかなかったけれど、ごめんね」
「いいえ。お互い様ですもの」
起き抜けに照れて上機嫌に揺れる腹をうっとりと撫でさする。言っていることも可愛い。馬鹿みたいな正直発言も可愛くてたまらない。
完全にジョゼフィーヌに前世のミラクルマネージャーが螺旋のように絡みつき同化している。ああ、思いっきりプロデュースしたい。
好き、可愛すぎる。
「大好き、好きよ、好き。だから殿下にお願いがありますの。今後は私だけを見てください。私の声を聞いて、私を見て、私を信じてください」
「愛しいジョゼフィーヌ?僕たちは夫婦だよ。君を信じなくてどうするの?」
ありがとう、無垢な魂。膨らみ揺れる二重顎にちょんとキスをすると、旦那様は驚いて肉に埋もれている青い目を丸くした。
「可愛い可愛い旦那様。ジョゼのお願いをたくさん聞いてくださいまし」
「うん、ジョゼ。なんでも聞くよ」
とりあえず言質はとりました。旦那様のマシュマロ胸に顔を寄せて今はまだ柔らかなそれを堪能する。
美しく仕上げて見せる、私好みの肉体と精神に。
私の旦那様に私が相応しいように、私に旦那様が相応しくならねば。引いてはこの国の頂点で美しく咲き誇ってもらわなくてはならない。肥満大国のプレジデントボーイにミラクルを施したように。
深く深く愛してあげますわ。
◇◇◇◇
王宮には大パレスと離宮である小パレスがあり、王太子である旦那様の住む小パレスに住まいを移した私は、すぐに王太子専属の料理長を呼んだ。
国王夫妻は外交や来賓との会食が多く、まだこれといって外交方面の仕事はしていない旦那様は日々勉強中。私も貴族学舎での卒業を待たずに結婚してしまったので、王宮から貴族学舎へ通っている。
「殿下の朝昼晩のメニューを書きました。このレシピ通りに料理を作りなさい」
毎日食卓に並ぶ豪華な同じ料理に、私は料理長を呼び出した。料理長は私のメニューを見て鼻じらみ、
「出来かねます。伝統ある王宮料理をなんと心得ますか、王太子妃様」
と笑った。肥え太らせる豚飯を作っている張本人も中年の脂ぎる豚だわ。これは興味ありません、硬そうですもの。
「ーーでは、お前は解雇します。すぐに出ていきなさい」
悪令嬢の睨みがましい冷たい視線を向け顎を軽く上げる。
「私の命令は王太子殿下の命令同等です」
きつく言い放すと、
「国王陛下に直訴します」
そう捨て台詞を料理長は叫び消えた。大したレシピではありませんから、副料理長を呼んだ。
「ーーお前にこの料理は出来ますか?」
両手を組んで目を伏して話すと、副料理長は少し思案する。
「見たことのないレシピですが、食材は揃えられます。手本がありましたら……」
「お前には見所があります。私が手本を見せましょう」
旦那様の胃袋をまず掴みましょう。私の持てる力を使って。
「え、王太子妃様が?」
「小パレス厨房に案内しなさい」
私は扉を開けて小パレスの一階に降りる。一階には生活に必要な厨房や洗い場があり、私たち貴族が入ることはない。半地下の使用人居住区には入ることは許されていないが、過去の私はいじめるために実家で入っていたのだから馬鹿ですね。
厨房には三人の給仕メイドがいて、私を見て頭を下げる。かなり痩せていた。保冷庫を開けると、
「副料理長、この高価で希少なバターとチーズの山は何?」
と私は聞いた。副料理長は困った顔をしたので、発言を許可すると小さな声で話し始める。料理長が厨房預かりとして権力で買い漁ったのだとか。帳簿は後から見るとして、私はそのバターとチーズを大パレスの厨房に譲ることにした。
「もうじき友好国から外遊がありますわね。確かバターとチーズを好まれるお国だとか。ならばあちらの厨房でお使いになればよろしいのです」
私は副料理長に持たせて行かせてから、痩せた三人の給仕メイドに聞いた。
「賄いが少ないのですか?その貧相ななりはなんです?」
給仕メイド以外にも小パレス内のメイドやスチュワートが痩せているのが気になった。発言を許可すると怯えながら話し始める。あの豚料理長が金を取って賄いを与えているとのことで、三食となるとほぼ一日分となるため、一食にして過ごし親への仕送りにあてたり、生活費にしているらしいのだ。
副料理長が帰るなり私は副料理長に包丁を突き出し、
「今後賄いへの金品の請求はなりません。足りなければ私に請求なさい。見苦しい立ち姿は殿下への恥につながるわ」
と告げて料理に取り掛かる。前世では食餌の管理のために調理師の資格を得た私ですから抜かりはなくてよ。
皿に彩りサラダそしてテリーヌを少々。ソースは絵を描くように引き、スープはあっさりと鶏肉出汁とコンソメ油はしっかり濾す。仔牛のステーキは厚めではあるが小さくして炙り焼き、ソースは胡椒と塩にスグリのフルーツソース。キャロットラペやポテトマッシュをサイドに。パンはバケットをカットしたものを三切れ。デザートはブランデー入りオレンジソルベ。
「コース料理と言います。晩餐ではお皿がカラになったら次を持ってくるスタイルで、ゆっくりと食事をし満腹中枢を満たします。ワインは赤ワインのさっぱりしたものがよいでしょう。今までの食事に出されていた貴腐ワインは本来デザートワインです。夜にチーズやクラッカーなどと少量飲むものです」
私の様子に副料理長ががっくりとうなだれてからコック帽子をぐしゃりと手にしました。それから片膝を曲げて私に礼を取り、
「弟子にしてください」
と言う。もちろん快諾した。一日のレシピをいくつか渡して、分からなければ聞くように話してから告げる。
「私の代わりにしっかりと料理をお作りなさい。私は殿下のイートペースを維持しますから、給仕メイドはしっかりお働きなさい」
その日の晩餐から旦那様の食餌管理が始まった。ゆっくりとお話しをしながら食事をしていく。フランス料理はダイエットに向いている。乳製品を控えればかなりヘルシーなのだ。
「殿下、私とペースを合わせてください。夫婦なのですから」
「う、うん。少し物足りない……バケットはおかわりしてもいいのかな」
給仕メイドの持ってきた焼きたてのバケットをちぎって口に入れる。もちろんバターはありません。無駄なカロリーと塩分など取らなくてよろしい。
優雅に微笑む私が見守る中、無言でパンをちぎる旦那様がとても可愛い。
◇◇◇◇◇
「殿下、お風呂には毎日入らなくては駄目ですよ」
「僕はお風呂に入るたびに溢れていく湯に辛くなるのです」
「では一緒に入りましょう、もっとたくさん溢れますわ。それから念入りにボディマッサージをしましょう」
「そんな……ジョゼと入浴だなんて……」
「夫婦ですもの。ーー気持ちいいことも致しましょう」
最後は声を顰めて耳元で。湯を流せばメイドに教え込んだリンパマッサージで全身のむくみを取り、吹き出物だらけの肌を整える。
二人でベッドに入ると旦那様が
「お願いがあります。僕もジョゼに愛称で呼ばれたい」
と少しスマートになった顔で話してきた。エリオット王太子殿下だから……
「エリー……かしら?」
旦那様ったら真っ赤な顔をして私を抱きしめた。その夜はなかなかのお手前でした。
さて、気づいてきたのだが旦那様は小パレスから殆ど出ない。私がパティオの散歩に誘っても
「一人で行ってください。僕は忙しくて」
と部屋に篭り本を読むふりをする。どうやら白豚でいることにコンプレックスを持っているようなのだ。食餌管理、リンパマッサージ、半身浴……痩せやすい環境は整えたが、部屋から出ないのでは難しい。痩せるには絶対に運動が必要だ。
私は王立貴族学舎へメイドを連れて歩いていく。午前中は学舎で学ぶのだが、三年で履修のはずがテストに合格しまくり、半年後には卒業になるから、まあ意地悪をした人たちの目を潤すべく、毎日旦那様の可哀想な婚姻をした悪令嬢として、ひそひそ話と陰口を囁かれていた。気にはしませんが。
「あの、王太子妃様。お話しがあります」
見たことのない男子生徒が食堂に入ってきた。中肉中背のまあまあの顔。つまり凡庸ね、つまらない。旦那様くらいメリハリが欲しいわ。
「発言を許可します」
私は授業と授業の間のお茶を楽しんでいたのだが。
「私はアルベルト・ベルガー。ベルガー伯爵家の三男です」
「ああ、ベルガー伯の蜂蜜は本当に素晴らしいですわ」
「我が家の蜂蜜がお気に召しましたか?」
「ええ、顔と髪のパックに使いますの。殿下のしつこい吹き出物もなくなり、オイリーな地肌もぷるぷるになりました」
「食べるのではなく、塗るーー」
「それでベルガー伯?」
「アルベルトとお呼びください、王太子妃。私は王太子殿下のご学友として幼少期からご一緒させていただき、学舎卒業後は殿下の護衛騎士になるべく研鑽を積んできました。しかし殿下は卒業すると、護衛騎士はいらないと……」
「ーーまあ、あなた……留年したの?お馬鹿なのかしら、この程度な学びで」
アルベルトは真っ赤になって首を横に振る。
「違います、違います!殿下とご一緒に卒業し、研修生として学舎に残りました!ーーあの、私を王太子妃の護衛騎士にしてください」
「……とか言いながら、私ではなく殿下狙いなのね。ねえ、アルベルト、あなたDIYは得意かしら」
「でぃーあいわいとは?」
大工仕事だとさらりと告げた。
「これを作ることが出来たら、あなたを小パレスの私の騎士にしましょう」
私は私の書いた設計図をアルベルトにに見せた。私ではどうにもできないもの。
「……少し時間をもらえますか?」
「なるべく早くお願いしますわ」
「いや、それは……」
分かっています。これを作るのはとんでもなく大変でしょう。見たこともないでしょうし。私はメイドを連れて食堂を出ると、遅れてしまった授業に向かった。
しかし次の日には目の下に隈を作ったアルベルトが学舎の前で待っていて、
「何とかなります」
「え、あの……」
「明日、小パレスに搬入したく思いますので、そのお手続きをお願いします」
「あら、まあ、分かったわ」
私は控えていたメイドにとあることを頼んだ。メイドは訝しむがこれも必要なことだ。
そして本当に次の日の午後、小パレスに荷馬車が到着した。私が学舎から帰宅すると、馬車の前には更に黒い隈を付けたアルベルトが待っていて私に礼をする。
「殿下にはお話ししてありましたが、パレスに入らなかったのね」
「……今の主はあなた様なので。どうでしょうか」
私は荷馬車の中を覗き込んで優雅に微笑む。
「今の主はね……運んでちょうだい」
そして旦那様に取り入る算段ですね。いいでしょう、出来次第であなたも使わせていただくわ。
私の後からアルベルト、そして彼の屋敷の家礼が数人で運ぶものはなかなか大きくて大変そうだが、私は出来上がりに満足し旦那様とくつろぐ一階の居間へそれを置かせた。
「ジョゼ……ア、アルベルト……」
部屋にアルベルトが入るなり、旦那様の顔色はかなり青く小刻みに震えている。
「どうされました、エリー。ああ、アルベルトは私の騎士にいたしましたの。お気にならず」
と話すにこやかな私の顔を見つめた後、無言でふらふらと部屋を出て行こうとする。それをアルベルトに止めさせた。
「エリー、ほらご覧になって?」
アルベルトの家礼に布を剥がさせると退出させる。
「これは?」
巨大ゴムベルトにローラーがついた手作りルームランナー。
「これでお散歩をしましょう」
私が抱きつくと旦那様は
「お散歩?部屋の中で?」
と疑問符を繰り返す。メイドが入ってきてルームランナーの前に大きなキャンバスを出した。
「これは小パレスのパティオの絵ですわ。歩き続けると違う絵を出しますの。お部屋にいながらお散歩が出来ますのよ。さあ、エリー、お散歩をしましょう」
「うん………」
よちよちとルームランナーに乗る旦那様、ああ……可愛くてたまらない。私もひらりとルームランナーに乗り上がり旦那様のペースで歩き出した。
お散歩がジョギングになるのにはさほど時間が掛からなかった。絵も一枚一枚出すのが面倒になり、画家にはロール紙にパレス周りの屋敷を描くように指示をした。
「い、今はどの辺りかな?」
はあはあと息を吐きながら旦那様が尋ねる。私は隣を走りながら、
「ベルガー伯の屋敷ですわね。花畑が素敵だわ」
すると俯き加減になり、旦那様は背後で加速に耐えられなくなった旦那様を受け止める係のアルベルトをチラリと見た。まあ可愛い。
「アルベルトには……悪いことをしたと思っています。幼い頃から一緒にいたのに、私は醜く肥え太り、アルベルトの主として相応しくないのです」
「殿下っ!私は……っ……」
「アルベルト、歩みを緩めます」
私は旦那様の手を取りゆっくりと速度を下げていった。ルームランナーから降りると滴る汗をメイドに拭かせてから、アルベルトに
「殿下への発言を許可します」
と告げた。アルベルトは片膝を旦那様の前でつき礼をとる。
「殿下、私は何かいけないことをいたしましたでしょうか。十七の年の頃から殿下は私と目を向けてもくれなくなりました。私の心は張り裂けんばかりで……」
目から涙も溢れさせるアルベルトに私はふと思いついて、
「アルベルト、あなたその頃から痩せたのではありませんか?」
と聞くと図星だった。
「エリー……ぽっちゃり仲間だったアルベルトに裏切られた気分だったのかしら」
こちらも図星だった。アルベルトは伯爵家の三男坊で領地開拓に勤しむうちに痩せて今の中肉中背に落ち着いたらしい。
「ああ、愛しのエリー、アルベルトを許して差し上げて。アルベルトは生活が苦しくて痩せてしまったのですわ」
「あ、いえ、王太子妃……うぐぅっ!」
私は横からアルベルトの足をドレスに隠れてギリギリと踏む。
「アルベルトは私の騎士ですが夫婦ですものね。アルベルトはエリーの騎士でもありますわ。ああお優しいエリー、貧しいアルベルトに沢山の俸禄とパレス内での住まいを与えましょうよ」
私は旦那様の手を取った。旦那様はアルベルトを見下ろして涙ぐむ。
「幼馴染みの君がそんな貧しく辛い思いをしていたなんて……気づかなくてすまない。是非僕に君を支えさせてくれないか?そして僕を支えて欲しい。ジョゼと共に」
「ーーは、はいっ!殿下っ、命にかえましても」
私はアルベルトの足から足を退けると、剣をアルベルトから貰いアルベルトの肩に刃を軽く載せる騎士の誓いを見て微笑んだ。
やっと仲間ができた。旦那様には仲間が必要だったのだ。ジョギングで脂肪燃焼をしやすい身体は作ることが出来た。旦那様は今はちょいぽちゃくらいになっている。だが、圧倒的に足りないのは、筋肉。インナーマッスルを作らないといけないわ。
「では、明日からブートキャンプをしましょう」
ブートキャンプ初日。折れてしまいそうな旦那様を励ますのはアルベルトの役目。
「殿下なら出来ますっ!出来ますともっ!」
二日目には全身筋肉痛で泣きながらのキャンプ。
「さあ、始めるわよ!」
「「イエス、ボス!」」
こうして起動していく旦那様。そして旦那様を支え励ますアルベルト。その繰り返しが、かつての幼馴染みの関係を取り戻した。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
今日は美しい妻の卒業式。
美しい顔は冷たい印象を受けますが、彼女が完璧すぎるからですね。冷たい口調は正論で、僕ら不出来な人間の劣等感をくすぐるけれど、本当なのだから受け入れればいいだけなのです。
悪令嬢……そう誤解していればいいのです。
ジョゼは僕を変えてくれました。さながら芋虫が蝶に羽化するが如く。
「アルベルト、大丈夫だろうか?」
「完璧でございます、殿下」
壇上で卒業勲章を渡すのが僕の仕事です。
ジョゼを最初に気に入ったのは国王である父でした。無礼な男爵令嬢を弾圧する口ぶりは理路整然と正しく、なおかつ指導すらしていたそうです。だからこそ次期国王の僕に相応しいと。僕は気弱な性格で常に流されてしまいがちでしたから、気の強いしっかりとしたジョゼを妻にしたくなり、国王の申し出に頷きました。
思った通り彼女は美しく可愛らしく素晴らしい女性で、ジョゼはベッドの中でもどこでも恋する乙女のような目で自分を見つめてくる。この白豚と言われていた僕を好きと言って、恥ずかしくて気持ち良いあんなことやこんなことをしてきます。
それが演技であるかないかなど、王太子として教育を受けてきた僕には分かります。幼馴染みで親友のアルベルトとの仲も戻してくれた妻には感謝しかありません。
そんな愛する妻を連れ、卒業式に参加できるなんて。卒業式は大パレスの大広間で、会場に着くなり卒業生の視線が一斉にジョゼに向きました。当然ですね、彼女はいつも美しいけれど互いに高めた精神と肉体は完璧です。ニ年で卒業する妻は華奢な肩を出したドレスに身を包み、檀下できりりと立っていた。
ドレスは僕が初めて選んだタイトなデザイン。少し大人びたものではありますが、彼女にはそれがよく似合うのです。大胆なカットのスリットと、谷間を隠せていない胸元が素敵です。ああ、あの胸であんなことやこんなことをされています。
「これはまた美しいな」
隣で国王陛下である父がジョゼに目を向けて呟きました。少し恰幅が良くなられましたか、父上。
「ありがとうございます陛下。我が妃への最高の褒め言葉です」
ジョゼは誰か知り合いがいるのか、二人ほどの卒業生と話していたが対して話題がないのか令嬢が何かを叫び、ジョゼは後ろに下がりました。あまり面白くありません。勲章を授与してから、ジョゼに聞いてみたいですね。
「卒業勲章授与」
僕はアルベルトを伴い足を運ぶ。ざわりとした視線が刺さる。
「なんて綺麗な方……」
「王族にあんな方がいたかしら」
「まるで太陽の光のようですわ」
「なんて美しいの……卒業のダンスは申し込めるのかしら」
実感は湧きませんが、僕はそこそこに美形の部類だったようですね。ジョゼやアルベルトも褒めてくれるのですが、アバタもエクボと申しましょうか……。
次々に勲章を手渡していき、ジョゼの番になりました。
「私の旦那様、他の人に目移りしてはだめよ」
少し首を傾げながら勲章をいただくジョゼが可愛らしいのです。早くも二人きりになりたいです。
授与が終わると最優秀の人が国王から表彰され、ダンスパーティーになります。壇下に行き僕はジョゼに笑いかけました。
「ジョゼフィーヌ様、そちらの素敵な方はどなた?王族の方とお知り合いなのかしら」
大広間には学舎に通う全ての子息令嬢がいます。かけられた声に振り向くとそこには令嬢たちがいて、ジョゼはにっこりと微笑んでいます。
「殿下、元婚約者を含め皆様こんな話して持ちきりなのですよ」
「殿下?どちらの殿下なのです?」
「殿下は殿下でしてよ?元婚約者様」
ジョゼの言葉に対応しているようですが、その目は僕に向いていますね。ああ、君がジョゼの元婚約者といじめられていた男爵令嬢ですね。ジョゼには似合わないような気がするのは気のせいでしょうか。
「皆さま卒業おめでとうございます。卒業後はこの国の中央で国のために力を注いでください」
ジョゼはうっとりとした表情で僕を見上げています。僕は洗練された仕草でジョゼの手を取りました。それからジョゼの元婚約者殿に向き合いました。あなたのお陰でジョゼを手に入れることができました。あなたがあんまりにもあっさり諦めれくれましたから。
「あなたのお連れの御令嬢は、まるで野花のように素朴でお可愛らしい方ですね。どうかお幸せに」
少し嫌味が入ってしまいました。
小さな背丈と可愛らしい顔立ちですが、ジョゼが指摘したでしょうに、この卒業式には相応しくないドレスを身につけています。生まれながらの元婚約者殿は、国王采配に文句も言わず嬉々として快諾したとアルベルトが教えてくれました。僕には理解し難いですね。
「……雰囲気が変わったな、結婚してから」
元婚約者殿はジョゼにポツリと呟きました。妻が満面の笑みを浮かべました。
「やはりお判りになられましたか!」
「ああ……」
「見事に痩せられたのです。食餌療法から始まりスキンケア、そしてブートキャンプでは半年間頑張りました。実はですね、脱ぐと細マッチョなんですよ。アルベルトは腹筋が割れてシックスパックですが、私はエリーのしなやかな筋肉が好みなんですの。夜の耐久時間も長くなり素敵な生活を満喫していますわ。流石私の旦那様……」
ジョゼ、そこは言わなくてもいいと思いますよ。それに元婚約者殿は「変わった」とはそあなたの雰囲気のことを話しているような気がします。僕のことではありませんよ、きっと。
「旦那様……?王太子殿下っ?ーーまさかっ!」
無礼ですね。上から下まで視線を流して、驚く姿は少々残念です。確か公爵家の長男のはずですが。
ジョゼは私をうっとりと見つめ、ふふふと上品に笑った。
「ええ、そうですわ。私の大事な大事な旦那様、エリオット王太子殿下です」
「ああ、ダンスの曲が始まりましたね。お手をどうぞ、私の愛しい妻」
「ええ、美しい旦那様」
曲に乗ってダンスをする僕らはとても幸せです。元婚約者殿は男爵令嬢とぎこちなくステップを踏み、踏み間違えて男爵令嬢に怒られています。他の令嬢方、すみません。僕は妻持ちですからね。何故皆さん歯軋りをするのですか。悔しそうに地団駄を踏む理由が分かりません。
「ふふふ。エリーったら分からないって顔をなさるのね」
「ええ。少し見た目は変わりましたけれど、あの方々は何を悔しがっているのでしょう。僕の本質は変わりませんのに」
「そうね、物語なら『ざまぁ』でしてよ?」
ジョゼは僕には分からない言葉を耳元で紡ぎました。
◇◇◇◇◇◇
卒業式も無事に終わり美しい太陽の光のような旦那様とお庭を散歩していると、大パレスの方からよろよろとご婦人が歩いてくる。
「大丈夫かしら」
「心配ですね」
二人で少し走ると旦那が目を見張って驚かれた。
「母上っ!」
むくみ切りたるんだ身体は一年前の中年太りとは明らかに違う。多分太りやすい体質だろうが、一年でこれは酷すぎる。肉割れも痛いだろう。お義母様ははらはらと涙を流し、
「ジョゼ、ジョゼフィーヌゥゥ……わたくしを痩せさせてください……半年後に大国の陛下夫妻が来るのです……こんな身体いやあああっ」
と私にすがる。
今度はコアリズムにいたしましょうか。
ああーー私は貴族学舎で名だたる令嬢たちに嫌がらせをした挙句、それを学園をまとめ上げたと勘違いされて、この国の最も嫌われている王太子の元へ無理やり嫁がせられる悪令嬢だということを思い出した。
なんで自分はあんな馬鹿なことをしていたのか。馬鹿すぎて反省の念すら湧かない。次期王太子妃候補たちをねちねちいびってはいたものの、本当にいびられていたのか怪しくてたまらない。だが、そんな傍若無人な態度でいた日々は確かに記憶にあった。
王子のお見合いともなるべく日々繰り返された学舎舞踏会では、腰巾着の令嬢たちを従え、自分よりよいドレスの令嬢を見れば脚を引っ掛け、素敵な髪飾りの頭上にグラスの水を降らせ、気立てのいい令嬢には悪評を流し、すればするほど私の評価は何故か上がってしまった。裏目に出た。
結果ーー
生まれついての婚約者の公爵子息には嬉々として婚約を破棄され、よく分からず家に帰れば別の人間との結婚が用意されていた。
相手はこの国の王太子。成人した王太子はぎとぎとの脂ぎった親父のごとく太り、頰には大人ニキビとは言えないくらいの吹き出物のある肌を持ち、令嬢を見ると鼻息荒く悶える気持ち悪さで有名だ。
全ては国王の思し召し。
誰もが婚約を嫌がった王太子の嫁にと言い出したのだ。もちろん私より身分の上の令嬢はたくさんいたが、私が暇つぶし、いえ、いびり潰していた令嬢は、散財・密輸・傲慢を謳歌していた貴族の令嬢であり、私はどうやらそれを懲らしめてしまっていた寸法らしい。
質素倹約適材適所、程よく品よく着飾った私を規律とした貴族学舎のパーティーの様子に、でっぷりと太った国王は王太子の嫁に抜擢した。
国一番の嫌われ者の王太子の嫁。
私ははとんでもなく嫌な女でありなおかつ私が悪かった。綺麗だけど寄り付きにくいとか言われてる自分に対して、令嬢たちの妖精のような可憐さに嫉妬し、身分差を考えないで清々しいほど頭の悪い態度で、いじめを繰り返した。しかしこれは理不尽過ぎる。
私の未来は、どう、なる、の。
◇
「白いウエディングドレスが残念ながらお綺麗ですわね」
「ええ。本当に、ありがたいことですわ。王太子殿下の視線から免れましたわ」
「まぁ、わたくしもそう思いましてよ」
厳かな式の最中にもかかわらず、ひそひそとした声が聞こえてきた。私を捨てた婚約者である公爵子息と、すぐさま婚約した令嬢もこの式に参列していた。令嬢は私がいじめ抜いた一人だ。
まるで処刑を見物にきた野次馬ばかりで、そしてそれらは私の元婚約者のみならずあちこちから感じる好奇と侮蔑の視線。
「誓いの指輪の交換を」
太く白い指がベールの中を暴く。
「美しいあなたをこんな近くで見られるなんて大変嬉しいです」
口調は喉も肉巻きだからだろうかくぐもり、囁かれる言葉に私は顔を上げた。
「これからはら夫婦仲良くやっていきましょう」
……ああ……
はあはあと吐く息は荒く臭い。
……まああ……
たっぷりと肉の付いたむっちりとした二重顎。
肉に覆われた細い青い目と垂れた目尻。
まああああっ!
ふんわりした金髪はなんだかヘルメットみたいに撫でつけて、大人っぽさを出そうとして見事に台無し。
これが、私の旦那様?
白い豚……舞踏会で見かけた時は白豚そっくりなその容姿に嫌悪しか抱かなかったのに、今は何故か胸がときめく。
おかしい、でも、可愛い、好き。
上品そうなところはさらにいいわ。なんて柔らかそうなお肉とか何を考えているのかしら、私。
前世の好みかしらーーいいえ、違うわ。
世間で言われているような我儘女な女は、うっかり正義と法と秩序を正し、嫌がらせまでも私の国を守るための純粋な気持ちとされてしまった。
罪悪感なんてない私なのに、私は今までのことを悔いながら、横の太った二重顎を見上げている。
「今夜が楽しみだね。優しくします」
太っていても王太子。どこか遠くを見つめていた私を気遣うように花婿は優しく笑う。
この無礼な白豚風情が!と思った次の瞬間には違った感想が浮かぶ。白い脂身が素敵、私が男にして差し上げてよ。さあ。早く結婚しましょうと、嫌悪と愉悦の間で揺れる。
指輪をなんとか交換して、白豚の顔が近付き触れる唇の感触。はあはあと荒い口呼吸の中でする胃液っぽい口臭と酸っぱい汗臭さ。それをどこか喜んでいた。ああ、私の愛しの白豚王太子様ーーと。
◇◇
私は前世ではパーソナルトレーナーだった。肥満大国ではダイエタリーパートナーとして個人的に契約し、衣食運動メンタル全てにおいて時には泊まり込みできっちり身体を作り上げる。
ぽっちゃりとした体型を互いの努力で絞り切り美しい筋肉と均整の取れた身体に変化させる喜び、それは恋愛の対象に変化していく。
ただのデブではだめ。
ふんわりとマシュマロのような柔らかな白い脂肪の塊がいい。自分に甘く他人にも甘い、いつもどこかで挫けてしまい、どうせ僕なんてとお菓子に手を伸ばす。努力しても運動も勉強も出来ない。でも本当はそんなに努力をしていない。愛されたい愛したいときらきらした夢があり、でも、脂肪の塊だから口には出さない気弱な白豚。
中途半端な堅太りはつまらない。
そんな可愛い白豚を見事な大人になるまでプロデュースしていた。大抵は半年、長ければ一年。私の理想の恋人のように仕上げるから、私の通り名は『ミラクルマネージャー』。そして自信をもった彼らは本当の意味で第二の人生を謳歌する。
私から旅立ちをした彼らは、常に素晴らしい人生を歩んでいった。
彼らだってなりたくて白豚になったんじゃないわ。甘やかされて、放置されて、蔑まれてと色々ある。肥満大国の食べ物はビックサイズで寂しがりの彼らは、胃袋を満たすことでしか癒されなかったんだもの。
私はそんな彼ら自身を愛してトレーナーとして常に側にいて、励まし、癒し、愛し、声をかけ続け、苦労を分かち合ったのだった。
◇◇◇
初夜が淡白すぎる件について。
隣でゴーゴーとイビキを掻いて眠る旦那様を見つめて目を細めた私は、はっきり言って欲求不満。披露宴もしっかりこなし晒し者になったあと磨き込まれ、王太子の寝室でもじもじ始められた初夜は、それはもうつまらない、一回だけよ、先っちょだけ!
オー、イエス!の国の記憶のある連戦練磨の私としては物足りません。それに眠りながら呼吸止めるのもドキドキする。それ、無呼吸症候群だから。まずは健康的な白豚を目指さなくてはだめね、旦那様。ポヨンポヨンなマシュマロの腹を撫でる。
「ん、ん? ジョゼフィーヌ、どうしたのですか?」
「おはようございます、殿下」
「お、おはよう」
全裸で寄り添う私に戸惑う王太子は私より三つ年上の可愛い男の子。
「昨夜はありがとうございます」
「童貞処女同士……うまくはいかなかったけれど、ごめんね」
「いいえ。お互い様ですもの」
起き抜けに照れて上機嫌に揺れる腹をうっとりと撫でさする。言っていることも可愛い。馬鹿みたいな正直発言も可愛くてたまらない。
完全にジョゼフィーヌに前世のミラクルマネージャーが螺旋のように絡みつき同化している。ああ、思いっきりプロデュースしたい。
好き、可愛すぎる。
「大好き、好きよ、好き。だから殿下にお願いがありますの。今後は私だけを見てください。私の声を聞いて、私を見て、私を信じてください」
「愛しいジョゼフィーヌ?僕たちは夫婦だよ。君を信じなくてどうするの?」
ありがとう、無垢な魂。膨らみ揺れる二重顎にちょんとキスをすると、旦那様は驚いて肉に埋もれている青い目を丸くした。
「可愛い可愛い旦那様。ジョゼのお願いをたくさん聞いてくださいまし」
「うん、ジョゼ。なんでも聞くよ」
とりあえず言質はとりました。旦那様のマシュマロ胸に顔を寄せて今はまだ柔らかなそれを堪能する。
美しく仕上げて見せる、私好みの肉体と精神に。
私の旦那様に私が相応しいように、私に旦那様が相応しくならねば。引いてはこの国の頂点で美しく咲き誇ってもらわなくてはならない。肥満大国のプレジデントボーイにミラクルを施したように。
深く深く愛してあげますわ。
◇◇◇◇
王宮には大パレスと離宮である小パレスがあり、王太子である旦那様の住む小パレスに住まいを移した私は、すぐに王太子専属の料理長を呼んだ。
国王夫妻は外交や来賓との会食が多く、まだこれといって外交方面の仕事はしていない旦那様は日々勉強中。私も貴族学舎での卒業を待たずに結婚してしまったので、王宮から貴族学舎へ通っている。
「殿下の朝昼晩のメニューを書きました。このレシピ通りに料理を作りなさい」
毎日食卓に並ぶ豪華な同じ料理に、私は料理長を呼び出した。料理長は私のメニューを見て鼻じらみ、
「出来かねます。伝統ある王宮料理をなんと心得ますか、王太子妃様」
と笑った。肥え太らせる豚飯を作っている張本人も中年の脂ぎる豚だわ。これは興味ありません、硬そうですもの。
「ーーでは、お前は解雇します。すぐに出ていきなさい」
悪令嬢の睨みがましい冷たい視線を向け顎を軽く上げる。
「私の命令は王太子殿下の命令同等です」
きつく言い放すと、
「国王陛下に直訴します」
そう捨て台詞を料理長は叫び消えた。大したレシピではありませんから、副料理長を呼んだ。
「ーーお前にこの料理は出来ますか?」
両手を組んで目を伏して話すと、副料理長は少し思案する。
「見たことのないレシピですが、食材は揃えられます。手本がありましたら……」
「お前には見所があります。私が手本を見せましょう」
旦那様の胃袋をまず掴みましょう。私の持てる力を使って。
「え、王太子妃様が?」
「小パレス厨房に案内しなさい」
私は扉を開けて小パレスの一階に降りる。一階には生活に必要な厨房や洗い場があり、私たち貴族が入ることはない。半地下の使用人居住区には入ることは許されていないが、過去の私はいじめるために実家で入っていたのだから馬鹿ですね。
厨房には三人の給仕メイドがいて、私を見て頭を下げる。かなり痩せていた。保冷庫を開けると、
「副料理長、この高価で希少なバターとチーズの山は何?」
と私は聞いた。副料理長は困った顔をしたので、発言を許可すると小さな声で話し始める。料理長が厨房預かりとして権力で買い漁ったのだとか。帳簿は後から見るとして、私はそのバターとチーズを大パレスの厨房に譲ることにした。
「もうじき友好国から外遊がありますわね。確かバターとチーズを好まれるお国だとか。ならばあちらの厨房でお使いになればよろしいのです」
私は副料理長に持たせて行かせてから、痩せた三人の給仕メイドに聞いた。
「賄いが少ないのですか?その貧相ななりはなんです?」
給仕メイド以外にも小パレス内のメイドやスチュワートが痩せているのが気になった。発言を許可すると怯えながら話し始める。あの豚料理長が金を取って賄いを与えているとのことで、三食となるとほぼ一日分となるため、一食にして過ごし親への仕送りにあてたり、生活費にしているらしいのだ。
副料理長が帰るなり私は副料理長に包丁を突き出し、
「今後賄いへの金品の請求はなりません。足りなければ私に請求なさい。見苦しい立ち姿は殿下への恥につながるわ」
と告げて料理に取り掛かる。前世では食餌の管理のために調理師の資格を得た私ですから抜かりはなくてよ。
皿に彩りサラダそしてテリーヌを少々。ソースは絵を描くように引き、スープはあっさりと鶏肉出汁とコンソメ油はしっかり濾す。仔牛のステーキは厚めではあるが小さくして炙り焼き、ソースは胡椒と塩にスグリのフルーツソース。キャロットラペやポテトマッシュをサイドに。パンはバケットをカットしたものを三切れ。デザートはブランデー入りオレンジソルベ。
「コース料理と言います。晩餐ではお皿がカラになったら次を持ってくるスタイルで、ゆっくりと食事をし満腹中枢を満たします。ワインは赤ワインのさっぱりしたものがよいでしょう。今までの食事に出されていた貴腐ワインは本来デザートワインです。夜にチーズやクラッカーなどと少量飲むものです」
私の様子に副料理長ががっくりとうなだれてからコック帽子をぐしゃりと手にしました。それから片膝を曲げて私に礼を取り、
「弟子にしてください」
と言う。もちろん快諾した。一日のレシピをいくつか渡して、分からなければ聞くように話してから告げる。
「私の代わりにしっかりと料理をお作りなさい。私は殿下のイートペースを維持しますから、給仕メイドはしっかりお働きなさい」
その日の晩餐から旦那様の食餌管理が始まった。ゆっくりとお話しをしながら食事をしていく。フランス料理はダイエットに向いている。乳製品を控えればかなりヘルシーなのだ。
「殿下、私とペースを合わせてください。夫婦なのですから」
「う、うん。少し物足りない……バケットはおかわりしてもいいのかな」
給仕メイドの持ってきた焼きたてのバケットをちぎって口に入れる。もちろんバターはありません。無駄なカロリーと塩分など取らなくてよろしい。
優雅に微笑む私が見守る中、無言でパンをちぎる旦那様がとても可愛い。
◇◇◇◇◇
「殿下、お風呂には毎日入らなくては駄目ですよ」
「僕はお風呂に入るたびに溢れていく湯に辛くなるのです」
「では一緒に入りましょう、もっとたくさん溢れますわ。それから念入りにボディマッサージをしましょう」
「そんな……ジョゼと入浴だなんて……」
「夫婦ですもの。ーー気持ちいいことも致しましょう」
最後は声を顰めて耳元で。湯を流せばメイドに教え込んだリンパマッサージで全身のむくみを取り、吹き出物だらけの肌を整える。
二人でベッドに入ると旦那様が
「お願いがあります。僕もジョゼに愛称で呼ばれたい」
と少しスマートになった顔で話してきた。エリオット王太子殿下だから……
「エリー……かしら?」
旦那様ったら真っ赤な顔をして私を抱きしめた。その夜はなかなかのお手前でした。
さて、気づいてきたのだが旦那様は小パレスから殆ど出ない。私がパティオの散歩に誘っても
「一人で行ってください。僕は忙しくて」
と部屋に篭り本を読むふりをする。どうやら白豚でいることにコンプレックスを持っているようなのだ。食餌管理、リンパマッサージ、半身浴……痩せやすい環境は整えたが、部屋から出ないのでは難しい。痩せるには絶対に運動が必要だ。
私は王立貴族学舎へメイドを連れて歩いていく。午前中は学舎で学ぶのだが、三年で履修のはずがテストに合格しまくり、半年後には卒業になるから、まあ意地悪をした人たちの目を潤すべく、毎日旦那様の可哀想な婚姻をした悪令嬢として、ひそひそ話と陰口を囁かれていた。気にはしませんが。
「あの、王太子妃様。お話しがあります」
見たことのない男子生徒が食堂に入ってきた。中肉中背のまあまあの顔。つまり凡庸ね、つまらない。旦那様くらいメリハリが欲しいわ。
「発言を許可します」
私は授業と授業の間のお茶を楽しんでいたのだが。
「私はアルベルト・ベルガー。ベルガー伯爵家の三男です」
「ああ、ベルガー伯の蜂蜜は本当に素晴らしいですわ」
「我が家の蜂蜜がお気に召しましたか?」
「ええ、顔と髪のパックに使いますの。殿下のしつこい吹き出物もなくなり、オイリーな地肌もぷるぷるになりました」
「食べるのではなく、塗るーー」
「それでベルガー伯?」
「アルベルトとお呼びください、王太子妃。私は王太子殿下のご学友として幼少期からご一緒させていただき、学舎卒業後は殿下の護衛騎士になるべく研鑽を積んできました。しかし殿下は卒業すると、護衛騎士はいらないと……」
「ーーまあ、あなた……留年したの?お馬鹿なのかしら、この程度な学びで」
アルベルトは真っ赤になって首を横に振る。
「違います、違います!殿下とご一緒に卒業し、研修生として学舎に残りました!ーーあの、私を王太子妃の護衛騎士にしてください」
「……とか言いながら、私ではなく殿下狙いなのね。ねえ、アルベルト、あなたDIYは得意かしら」
「でぃーあいわいとは?」
大工仕事だとさらりと告げた。
「これを作ることが出来たら、あなたを小パレスの私の騎士にしましょう」
私は私の書いた設計図をアルベルトにに見せた。私ではどうにもできないもの。
「……少し時間をもらえますか?」
「なるべく早くお願いしますわ」
「いや、それは……」
分かっています。これを作るのはとんでもなく大変でしょう。見たこともないでしょうし。私はメイドを連れて食堂を出ると、遅れてしまった授業に向かった。
しかし次の日には目の下に隈を作ったアルベルトが学舎の前で待っていて、
「何とかなります」
「え、あの……」
「明日、小パレスに搬入したく思いますので、そのお手続きをお願いします」
「あら、まあ、分かったわ」
私は控えていたメイドにとあることを頼んだ。メイドは訝しむがこれも必要なことだ。
そして本当に次の日の午後、小パレスに荷馬車が到着した。私が学舎から帰宅すると、馬車の前には更に黒い隈を付けたアルベルトが待っていて私に礼をする。
「殿下にはお話ししてありましたが、パレスに入らなかったのね」
「……今の主はあなた様なので。どうでしょうか」
私は荷馬車の中を覗き込んで優雅に微笑む。
「今の主はね……運んでちょうだい」
そして旦那様に取り入る算段ですね。いいでしょう、出来次第であなたも使わせていただくわ。
私の後からアルベルト、そして彼の屋敷の家礼が数人で運ぶものはなかなか大きくて大変そうだが、私は出来上がりに満足し旦那様とくつろぐ一階の居間へそれを置かせた。
「ジョゼ……ア、アルベルト……」
部屋にアルベルトが入るなり、旦那様の顔色はかなり青く小刻みに震えている。
「どうされました、エリー。ああ、アルベルトは私の騎士にいたしましたの。お気にならず」
と話すにこやかな私の顔を見つめた後、無言でふらふらと部屋を出て行こうとする。それをアルベルトに止めさせた。
「エリー、ほらご覧になって?」
アルベルトの家礼に布を剥がさせると退出させる。
「これは?」
巨大ゴムベルトにローラーがついた手作りルームランナー。
「これでお散歩をしましょう」
私が抱きつくと旦那様は
「お散歩?部屋の中で?」
と疑問符を繰り返す。メイドが入ってきてルームランナーの前に大きなキャンバスを出した。
「これは小パレスのパティオの絵ですわ。歩き続けると違う絵を出しますの。お部屋にいながらお散歩が出来ますのよ。さあ、エリー、お散歩をしましょう」
「うん………」
よちよちとルームランナーに乗る旦那様、ああ……可愛くてたまらない。私もひらりとルームランナーに乗り上がり旦那様のペースで歩き出した。
お散歩がジョギングになるのにはさほど時間が掛からなかった。絵も一枚一枚出すのが面倒になり、画家にはロール紙にパレス周りの屋敷を描くように指示をした。
「い、今はどの辺りかな?」
はあはあと息を吐きながら旦那様が尋ねる。私は隣を走りながら、
「ベルガー伯の屋敷ですわね。花畑が素敵だわ」
すると俯き加減になり、旦那様は背後で加速に耐えられなくなった旦那様を受け止める係のアルベルトをチラリと見た。まあ可愛い。
「アルベルトには……悪いことをしたと思っています。幼い頃から一緒にいたのに、私は醜く肥え太り、アルベルトの主として相応しくないのです」
「殿下っ!私は……っ……」
「アルベルト、歩みを緩めます」
私は旦那様の手を取りゆっくりと速度を下げていった。ルームランナーから降りると滴る汗をメイドに拭かせてから、アルベルトに
「殿下への発言を許可します」
と告げた。アルベルトは片膝を旦那様の前でつき礼をとる。
「殿下、私は何かいけないことをいたしましたでしょうか。十七の年の頃から殿下は私と目を向けてもくれなくなりました。私の心は張り裂けんばかりで……」
目から涙も溢れさせるアルベルトに私はふと思いついて、
「アルベルト、あなたその頃から痩せたのではありませんか?」
と聞くと図星だった。
「エリー……ぽっちゃり仲間だったアルベルトに裏切られた気分だったのかしら」
こちらも図星だった。アルベルトは伯爵家の三男坊で領地開拓に勤しむうちに痩せて今の中肉中背に落ち着いたらしい。
「ああ、愛しのエリー、アルベルトを許して差し上げて。アルベルトは生活が苦しくて痩せてしまったのですわ」
「あ、いえ、王太子妃……うぐぅっ!」
私は横からアルベルトの足をドレスに隠れてギリギリと踏む。
「アルベルトは私の騎士ですが夫婦ですものね。アルベルトはエリーの騎士でもありますわ。ああお優しいエリー、貧しいアルベルトに沢山の俸禄とパレス内での住まいを与えましょうよ」
私は旦那様の手を取った。旦那様はアルベルトを見下ろして涙ぐむ。
「幼馴染みの君がそんな貧しく辛い思いをしていたなんて……気づかなくてすまない。是非僕に君を支えさせてくれないか?そして僕を支えて欲しい。ジョゼと共に」
「ーーは、はいっ!殿下っ、命にかえましても」
私はアルベルトの足から足を退けると、剣をアルベルトから貰いアルベルトの肩に刃を軽く載せる騎士の誓いを見て微笑んだ。
やっと仲間ができた。旦那様には仲間が必要だったのだ。ジョギングで脂肪燃焼をしやすい身体は作ることが出来た。旦那様は今はちょいぽちゃくらいになっている。だが、圧倒的に足りないのは、筋肉。インナーマッスルを作らないといけないわ。
「では、明日からブートキャンプをしましょう」
ブートキャンプ初日。折れてしまいそうな旦那様を励ますのはアルベルトの役目。
「殿下なら出来ますっ!出来ますともっ!」
二日目には全身筋肉痛で泣きながらのキャンプ。
「さあ、始めるわよ!」
「「イエス、ボス!」」
こうして起動していく旦那様。そして旦那様を支え励ますアルベルト。その繰り返しが、かつての幼馴染みの関係を取り戻した。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
今日は美しい妻の卒業式。
美しい顔は冷たい印象を受けますが、彼女が完璧すぎるからですね。冷たい口調は正論で、僕ら不出来な人間の劣等感をくすぐるけれど、本当なのだから受け入れればいいだけなのです。
悪令嬢……そう誤解していればいいのです。
ジョゼは僕を変えてくれました。さながら芋虫が蝶に羽化するが如く。
「アルベルト、大丈夫だろうか?」
「完璧でございます、殿下」
壇上で卒業勲章を渡すのが僕の仕事です。
ジョゼを最初に気に入ったのは国王である父でした。無礼な男爵令嬢を弾圧する口ぶりは理路整然と正しく、なおかつ指導すらしていたそうです。だからこそ次期国王の僕に相応しいと。僕は気弱な性格で常に流されてしまいがちでしたから、気の強いしっかりとしたジョゼを妻にしたくなり、国王の申し出に頷きました。
思った通り彼女は美しく可愛らしく素晴らしい女性で、ジョゼはベッドの中でもどこでも恋する乙女のような目で自分を見つめてくる。この白豚と言われていた僕を好きと言って、恥ずかしくて気持ち良いあんなことやこんなことをしてきます。
それが演技であるかないかなど、王太子として教育を受けてきた僕には分かります。幼馴染みで親友のアルベルトとの仲も戻してくれた妻には感謝しかありません。
そんな愛する妻を連れ、卒業式に参加できるなんて。卒業式は大パレスの大広間で、会場に着くなり卒業生の視線が一斉にジョゼに向きました。当然ですね、彼女はいつも美しいけれど互いに高めた精神と肉体は完璧です。ニ年で卒業する妻は華奢な肩を出したドレスに身を包み、檀下できりりと立っていた。
ドレスは僕が初めて選んだタイトなデザイン。少し大人びたものではありますが、彼女にはそれがよく似合うのです。大胆なカットのスリットと、谷間を隠せていない胸元が素敵です。ああ、あの胸であんなことやこんなことをされています。
「これはまた美しいな」
隣で国王陛下である父がジョゼに目を向けて呟きました。少し恰幅が良くなられましたか、父上。
「ありがとうございます陛下。我が妃への最高の褒め言葉です」
ジョゼは誰か知り合いがいるのか、二人ほどの卒業生と話していたが対して話題がないのか令嬢が何かを叫び、ジョゼは後ろに下がりました。あまり面白くありません。勲章を授与してから、ジョゼに聞いてみたいですね。
「卒業勲章授与」
僕はアルベルトを伴い足を運ぶ。ざわりとした視線が刺さる。
「なんて綺麗な方……」
「王族にあんな方がいたかしら」
「まるで太陽の光のようですわ」
「なんて美しいの……卒業のダンスは申し込めるのかしら」
実感は湧きませんが、僕はそこそこに美形の部類だったようですね。ジョゼやアルベルトも褒めてくれるのですが、アバタもエクボと申しましょうか……。
次々に勲章を手渡していき、ジョゼの番になりました。
「私の旦那様、他の人に目移りしてはだめよ」
少し首を傾げながら勲章をいただくジョゼが可愛らしいのです。早くも二人きりになりたいです。
授与が終わると最優秀の人が国王から表彰され、ダンスパーティーになります。壇下に行き僕はジョゼに笑いかけました。
「ジョゼフィーヌ様、そちらの素敵な方はどなた?王族の方とお知り合いなのかしら」
大広間には学舎に通う全ての子息令嬢がいます。かけられた声に振り向くとそこには令嬢たちがいて、ジョゼはにっこりと微笑んでいます。
「殿下、元婚約者を含め皆様こんな話して持ちきりなのですよ」
「殿下?どちらの殿下なのです?」
「殿下は殿下でしてよ?元婚約者様」
ジョゼの言葉に対応しているようですが、その目は僕に向いていますね。ああ、君がジョゼの元婚約者といじめられていた男爵令嬢ですね。ジョゼには似合わないような気がするのは気のせいでしょうか。
「皆さま卒業おめでとうございます。卒業後はこの国の中央で国のために力を注いでください」
ジョゼはうっとりとした表情で僕を見上げています。僕は洗練された仕草でジョゼの手を取りました。それからジョゼの元婚約者殿に向き合いました。あなたのお陰でジョゼを手に入れることができました。あなたがあんまりにもあっさり諦めれくれましたから。
「あなたのお連れの御令嬢は、まるで野花のように素朴でお可愛らしい方ですね。どうかお幸せに」
少し嫌味が入ってしまいました。
小さな背丈と可愛らしい顔立ちですが、ジョゼが指摘したでしょうに、この卒業式には相応しくないドレスを身につけています。生まれながらの元婚約者殿は、国王采配に文句も言わず嬉々として快諾したとアルベルトが教えてくれました。僕には理解し難いですね。
「……雰囲気が変わったな、結婚してから」
元婚約者殿はジョゼにポツリと呟きました。妻が満面の笑みを浮かべました。
「やはりお判りになられましたか!」
「ああ……」
「見事に痩せられたのです。食餌療法から始まりスキンケア、そしてブートキャンプでは半年間頑張りました。実はですね、脱ぐと細マッチョなんですよ。アルベルトは腹筋が割れてシックスパックですが、私はエリーのしなやかな筋肉が好みなんですの。夜の耐久時間も長くなり素敵な生活を満喫していますわ。流石私の旦那様……」
ジョゼ、そこは言わなくてもいいと思いますよ。それに元婚約者殿は「変わった」とはそあなたの雰囲気のことを話しているような気がします。僕のことではありませんよ、きっと。
「旦那様……?王太子殿下っ?ーーまさかっ!」
無礼ですね。上から下まで視線を流して、驚く姿は少々残念です。確か公爵家の長男のはずですが。
ジョゼは私をうっとりと見つめ、ふふふと上品に笑った。
「ええ、そうですわ。私の大事な大事な旦那様、エリオット王太子殿下です」
「ああ、ダンスの曲が始まりましたね。お手をどうぞ、私の愛しい妻」
「ええ、美しい旦那様」
曲に乗ってダンスをする僕らはとても幸せです。元婚約者殿は男爵令嬢とぎこちなくステップを踏み、踏み間違えて男爵令嬢に怒られています。他の令嬢方、すみません。僕は妻持ちですからね。何故皆さん歯軋りをするのですか。悔しそうに地団駄を踏む理由が分かりません。
「ふふふ。エリーったら分からないって顔をなさるのね」
「ええ。少し見た目は変わりましたけれど、あの方々は何を悔しがっているのでしょう。僕の本質は変わりませんのに」
「そうね、物語なら『ざまぁ』でしてよ?」
ジョゼは僕には分からない言葉を耳元で紡ぎました。
◇◇◇◇◇◇
卒業式も無事に終わり美しい太陽の光のような旦那様とお庭を散歩していると、大パレスの方からよろよろとご婦人が歩いてくる。
「大丈夫かしら」
「心配ですね」
二人で少し走ると旦那が目を見張って驚かれた。
「母上っ!」
むくみ切りたるんだ身体は一年前の中年太りとは明らかに違う。多分太りやすい体質だろうが、一年でこれは酷すぎる。肉割れも痛いだろう。お義母様ははらはらと涙を流し、
「ジョゼ、ジョゼフィーヌゥゥ……わたくしを痩せさせてください……半年後に大国の陛下夫妻が来るのです……こんな身体いやあああっ」
と私にすがる。
今度はコアリズムにいたしましょうか。
1
この作品は感想を受け付けておりません。
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