蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

5. 微かな異変

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「アッシュ、いい加減起きろ!!」

 ゲンコツと共にいきなり覚醒させられる。

 いてえっオヤジのゲンコツも痛いが、あーこりゃ昨日は完全に呑みすぎた。 

 こめかみ辺りが痛い。

 鐘の中に頭を突っ込んで、問答無用に打ち鳴らされてるような鈍痛というか、目蓋も重いし口は臭えし何よりまだ眠い。


 昨夜、夢みてえなショーライを親父に語ったら、意外とすげえ乗ってきて、俺の考えたその夢は現実に叶えられる事案だと彼は喚いた。

 実は俺の知らない所で村の重鎮たちがそんな案を出してきていたというのである。

 願ったり叶ったりと親父はたいそう喜んだ。


 この村は都からめちゃくちゃ離れた云わば限界集落みたいなもんだから、村を存続させるには次代に引き継ぐ子供世代の俺らが子孫を残していかなければならない。


 全村民合わせて50人にも満たない小さな村で嫁や婿を迎えるのが難しいのならば、村全面協力するから町なり都なり人のたくさんいるところに行ってお見合いなり何でもすればいい。
 そろそろアッシュも子供の一人や二人いないといかん年齢だろ、親父さん孫はすげー可愛いぞ、なんて半ば洗脳よろしく親父にしつこく言っていたのだと。

 親父も機会があれば俺に勧めようとしていた矢先に、俺から「婚活の旅に出たい」と聞けば、そりゃ話が早いやじゃあ呑みましょうとなるのは必然である。


 しかし酔った頭で具体的な話など出るはずもなく、大いに夢を語ったー俺の場合嫁よりも料理の比率の方がでかかったけどー割にはちっとも前に進んでいないのが現状で、でも久々に親父と酌み交わす杯はとても旨くて幸せな気分のまま眠りに落ちていったはずなのだが。


「う、頭痛てえ…」

 右手で額を押さえ、起き上がる。

 ベッドではなく椅子に突っ伏して寝ていたのだ、身体もバキバキに軋む。

 食堂に差し込む光はとうに朝日などではなく、朝を知らすお節介な鶏も午前の放牧を終えて小屋で餌を突いている時間。

「あー、畑、またサボっちゃった…」

 ガシガシと無造作に髪を掻く。

 母親ゆずりの赤い髪が数本抜けてテーブルに落ちた。

 そのテーブルの上に、呆れ顔の親父がグラスを置く。グラスの中には並々と注がれた透明な液体。
 ただの水だが、山脈に降る万年雪の雪解け水なのだ、スウと喉越し爽やかで癖もないその水は、酒で焼けた喉を潤すに最も相応しい。俺は口の両端から零れ落ちるのも構わずに、一気に水を飲みほした。

「くぅ~!!うまい~」

 そこでようやく頭がハッキリしてくる。

 親父の注いでくれた二杯目を飲み干す頃には、いつも客のいない寂れたこの食堂に幾つかの見知った顔が勢揃いしていた事を知った。

 体たらくを見せる俺を窘めもせず生真面目な固い表情で、互いの顔をまるでくっ付けるかのように密着して皆一様に背中を丸めて座っていたのである。


「アッシュ、寝起きで悪いがすぐに簡単なものを作ってくれないか」

 同じような恰好で同じような年齢の男達が同じように並んで座っているのだから、誰が誰かなど寝起きでなくとも分かるもんか。

 そう冗談で返す雰囲気ではなかったので、はいよと一言だけ返事してすぐに作業に取り掛かる。

 親父も俺をゲンコツで起こしたら、その丸まった背中の一員となっていた。
 俺よりも呑んでいたはずなのに、ケロリとしてやがる。もっとも、その親父も陽気で豪快ないつもの成りを潜めてえらい真剣な顔をしていたから、調子の良さなんて分からなかったけれど。


 何かがあったんだろう。


 店に集まるのは親父を入れて5人。
 一人はこの村の村長イグレフさんだ。

 昨夜の話を、俺が村を出て婚活パーティに繰り出す時期の相談をしているような様子でもない。

 おそらくは別件。
 皆、この村の重鎮達、村を円滑に運営する実行委員のようなものだ、親父はその委員に入っている。
 男どもが集まる時、例えば村のお祭りだったり、定例会議だったりをする際はよくこの店を利用する。

 今日もそうなのだろう。


 俺は難しい事はあまり考えない。

 料理を頼まれたので、ちゃちゃっと湧水で顔を洗い、肩にダラリと垂れた髪を結い直して手を洗う。

 簡単なものか、俺も食いたいからパンにするか。客は男だから甘すぎず、ボリュームもあって、朝食にもなる料理がいいな。

 メニューが決まれば後は早い。

 小麦のパンを人数分切り分ける。
 ボリュームをだしたいから少し厚めに切って、真ん中をくり抜く。フライパンにバターを引いて香ばしくなったところでパン投入。

 真ん中には溶いた卵とカリカリベーコンのスクランブルエッグを塩コショウで味付けして、香り付けにオルガさんが調合してくれたハーブをパラリ。 

 卵が固まる前にくり抜いたパンを被せて、素早く両面を焼く。
 焼けたバターと小麦、ベーコンの匂いが程よく店中に充満した頃を見計らって、はい出来上がり!!

 パンを半分に切ると、半熟の卵がトロリと零れ落ちる。
 焼いている間に煎ったコーヒーに湯を入れて、濃いめの仕上がりにしてそれぞれのカップに注いだところで声を掛けた。

「アッシュ特製、大人のスクランブルエッグトーストお待ちどうさん!!」

 店内を見るとあれだけ気難しい顔をしていた男達が、揃いも揃って鼻をひくひくさせてやがる。

 涎出てるぞ、おっさん。

 俺の料理の前に、幸せ以外の感情は無粋なのである。


 ■■■



 数分後、舐めたんじゃないかと思うぐらい綺麗になった皿を片付ける。

 食べながら会議をしたかったんだろうが、皆一口食った途端に黙り込んで目の前のパンに齧り付いていた。

 コーヒーの入ったポットを近くのテーブルに載せ、俺は一時引っ込む。
 彼らは食った後ちょっとだけ談笑したら――主に俺の腕についての絶賛なのは言うまでもない――またあの生真面目な顔に戻って会議の続きに入ったからである。

 俺は手早く皿を洗い、自分の朝食を採る為にカウンターに座る。

 丁度、親父たちの真後ろに居るのだが人払いするほどの重要事項を話すのではないのだろう。

 何のお咎めもないので、そのまま俺は彼らの話を聞きながら遅い朝食に取り掛かった。


 彼らの話を総合すると、今この村に旅人が来ているらしい。

 外界から孤立しているこの村は、外貨を運んでくる村人をこの上なく歓迎している。

 村人全員で、最大級のおもてなしをするのが通例で、村の決まりでもあった。

 殊更、男女二人のカップルに対する待遇は複数人や個人とは別格扱いで、何故そうするのかまでは不明だが、滅多に接する事のない外の人間は、貴重な情報源であり、特産品を売りつけて得る外貨調達員であり、村人達の変わらぬ毎日の持て余した暇つぶし要員なのである。


 旅人は一人。
 今朝早くにたどり着いたという。

 本来ならば旅人が一人だった場合はもてなしながらも適当にあしらって、速やかに帰路に付かせるので重鎮達の話し合いなど必要はないが、その旅人の取る行動が非常に怪しいらしく、こうやって対応策を採っているのだとオッサン達は言った。

「その旅人は男か?」

 親父が聞く。

「いや、分からない。フードを深く被っていてな、声もくぐもって聴こえるからどっちか分からないらしい」

 別の誰かが答える。

「背丈で分からないか?」
「そのフード…というかローブとでもいうのか?それが頭の部分がビヨーンと立ってて計り知れないみたいだ」

 なんだそれ、思わず吹き出しそうになった。
 自重、自重。

「目的は何だ?元・冒険者だろうか」
「さあ、どうやら人を探していると言っているみたいなんだが」
「人?誰だ」
「いや、あの例のあの人達ですよ、ほら三か月前の……」

 チラリと一瞬だけ俺を見た。
 あの、あのと言いにくそうに濁すが、周りの男達は気にしていないようである。

「あの聖職者達か。彼らを探しにって、もうとっくに村を出たじゃないか」

 3か月前にここで料理を食いながら、世を憂いていたあの新婚カップルの聖職者の事を言っているのだろう。
 確かに彼らはその日の夕方、村長に荷馬車を貸し与えられ村を後にしたはずだ。この辺にいるとは考えられない。

 だって荷馬車は翌日頼まれて、俺が渓谷の入り口で回収したのだからだ。

 もちろん、中は空だった。

 そう会話に割って入ると、そうなんだよなと親父が唸った。 

「いや、ただの人探しだけじゃないみたいな。なんか色んな事を聞かれてるみたいだぜ」
「どんな事を聴かれるのだ」
「オレのカミさんが云うには、聖職者達がここで何を話していたかとか」
「ほう」
「村で魔法を使われていないか、とか」
「魔法?何故魔法が出てくる」
「オレにもよく分からないんだが、この村を訪れた旅人達は今まで何人ぐらいでどんな人達だったかとか…」

 どうやら現在のヤーゴ村の事ではなく、ヤーゴ村を訪れた過去の旅人達の様子を根掘り葉掘り聴いているらしい。

「そいつは怪しいな」

 そしてそのフードの旅人は、ずかずかと遠慮なく村を歩き回ってもいた。

「普通、村長にお伺い立てるだろうよ」

 ごもっともな意見だ。

 俺はこの村以外を知らないが、村には村、町には町のルールがあるはずで、他人の陣地に土足で上がりこみ、我が物顔で闊歩するのはさすがに気持ちの良いものではない。
 常識的に考えて当たり前だと思う。

 でもそいつはそんな事お構いなしに、隅から隅まで歩いては止まり、きょろきょろと周りを見て、村人がいれば片っ端から声を掛けて、そのすでに村を出た聖職者のカップルの居場所と、旅人に関する質問を遠慮無くして回っているのだ。

 旅人自身の事は、全く分からないにも関わらず、である。

「薬師のオルガの所では、違うだったみたいだけど」

 今はこの近辺の店を中心に探っているみたいだ。

 ならば当然、この店にも出向いてくるだろう。村で一軒しかない食堂は情報収集するに適した場なのだから。

「薬草学の知識があるみたいですね。オルガさんに薬草の効能や配分を聞いていたみたいです。専門用語を使っていたので、同業者かもしれないとおっしゃってましたが」
「旅の薬剤師、か…」
「教会は薬草学に長けていると聞くし、オルガの亡くなった夫も覚えているだろう?牧師だったからな。在り得るな」
「彼らの知り合いには違いないが、何かこう、胡散臭いものを感じるな」
「村に害成す輩でなければよいのだが…」

 さっさとそいつに声を掛けて来訪の目的を聴けばいいのに、大の大人が5人も背中を丸めてボソボソするだけとは実に可笑しな構図だと思ったが口には出さない。

 親父たちが行動に出ないのは、指示がないからなのだろうと察したからだ。

 とどのつまり、今は打つ手無しってな訳で、こうやって無駄にコーヒーを消費していくしかないのである。

 俺としてはその分きっちりコーヒー代は頂戴するつもりなので、どれだけココにいようと全く構わない。

 まだまだ腰は重いだろうと気の利く俺は、コーヒーに合う茶菓子でも一つでも出してやろうと、戸棚を引っ掻き回すのであった。
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