蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

10. viande

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「はあぁぁあああ~ああぁぁぁあ」

 とても疲れた。

 変に肩の力が入ってしまって、必要以上に緊張していたからである。

 あの怪しいフードの旅人が姿を消して2日後。

 日暮れの畑で彼と二人、ほぼ一方的に疑問とやらに応えて、凄まじい威圧感に苛めながら俺達の村の終焉を告げた男。

 夕焼け時に現れる陽炎のように存在が曖昧で、なのに脳裏に浮かぶはっきりとした姿。

 あの会話の内容を忘れるはずはない。

 数々の疑問と共に、露になった幾つかの矛盾。
 彼と出会う事で、初めて露呈した村への懐疑。

 しかしその懐疑も深いものではなく、確かに変だな、と思う軽いもの。

 そこまで重要視される事柄ではないようにも思えたが、しかし妙にスッキリした頭で考えると気になって仕様が無いといった俺の気持ち自体に矛盾が生じている。


 村の物見が確認した、村にとって待ち望んだ例の二人組の客人は、結局翌日の夕方頃に村へとやってきた。

 畑などの作業を終わらせ、各自帰路へ着く時間帯。

 随分とかかったものだと思ったが、どうやら女の方が渓谷途中で足を痛めてしまい、頻繁に休みながら歩いて来たのだと云う。

 じきに夜が来てしまう為、歓迎の儀は翌日と相成った。

 客人達はそのまま村長さんの離れに案内され、ひとまず疲れた身体を癒す流れとなった。

 オルガさんが少しは痛みを緩和できるだろうと煎じた湿布薬を持って来る。俺は親父に頼まれて、簡単な夜食を手配した。

 この村は客人を歓迎はするけれど、彼らが泊まる宿のようなものは無い。
 それも敢えて考えると変だと分かるのだが、その時は不憫だなとしか思わなかった。

 客人用の寝具はないので、せめてもの気持ちとして新しいふかふかの藁布団で我慢してもらったからだ。それでも野生動物に怯えず、足を真っ直ぐにして暖かい藁に包まれて休めると、彼らは喜んでくれたのだが。

 彼らに夜食を運び、すぐに帰宅して料理の下準備に入る。

 隣にはにこにこ顔の親父がいて、明日の会食を楽しみにしていた。


 俺はずっと、モヤモヤが消えなかった。

 あの男の言葉が忘れられないからだ。

 彼は恐らく村の何処かに隠れていて、俺達の様子を窺っているのは間違いない。

 明らかに村にとっては疫病神。
 あれこれと村を調べ、不躾に疑問をぶつけ、内部の事まで根掘り葉掘りと慇懃無礼な態度だった。

 でも俺は、それを村の連中に云えていない。

 親父に一言、あの例の旅人が何か仕出かしそうだと伝えれば簡単なのだ。
 親父は村のおっさん達をかき集め、血眼でヤツを探すに違いないだろうから。

 だが、言ってない。

 親父はもちろん、村もいつもの通り、平和そのものである。

 理由は分かる。

 単純に、少し興味があったからだ。

 彼の疑問の答えも気になるが、今夜、何かが起こると彼は自信満々そう言った。

 気になるなら、来いと。


 昼間、手を掛けた割には珍しく上の空で料理を作って、客人と親父の会話に気が乗らず、口を引き攣らせるのに必死だった。

 相変わらず俺の料理は絶賛で、この日の為に犠牲になった大事な鶏も、綺麗サッパリ食ってくれて成仏の手向けとなってくれた。

 やはり客人達は言った。こんなうまい料理は食った事がないと。

 親父たちの話をまとめると、彼らはやはり夫婦で、男は働き盛りの壮年、女はそれよりも若干若いぐらいか。
 全体的にみすぼらしい恰好をしていた。

 男は元・冒険者だったが、女はただの町役場の係員だったとかで旅慣れしておらず、この険しい渓谷に疲弊したという。

 彼らは新天地を求めて、旅をしているのだと言った。

 この村の外、すなわち外界は、もはや人の住める場所ではないと。
 挙句、《中央》の方ではどうやら人集めを積極的にしていて、引き寄せられるようにならず者らが闊歩し、治安は最悪だそうで。幾つかの町や村を見て回り、彼らは此処にやってきた。

 移住するには最適だと、女は喜んだ。
 こんな地上の楽園があっただなんてと、男が泣いた。

 かつての俺ならば、彼らの話を聞いても別段何も思わず、「旨い飯を食って忘れちまいな」と無責任な科白を吐いていたに違いない。

 それに俺は知っている。
 この村に、移住者など一人もいない事を。

 過去この村を絶賛した客人には、彼らのように移住を希望する者も当然いた。

 だが俺や親父は料理を提供するだけが役目なので、移住についてはやんわりと村長に云うように誘導していた。

 彼らは村長にどう説明されたか知らないが、にこやかに速やかに帰っていく。

 そう、必ず帰るのだ。

 そのまま居ついた者など、過去に於いて一度も存在しない。

 ああ、そういえば、先日のフードの男は例外だった。

 同じ顔を二度見る事は、彼の疑問の通り無かったのである。

 気付いていながら、気にしていなかった。

 村が平和ならばそれでいいではないかと、彼らのその後を完全無視していた。

 なぜいままで俺は、こんなにも世間の事由が他人事なのだろう。


 そんな事を考えながら客人と接していたものだから、妙に肩の力が入ってしまって疲れてしまった。

 開口一番の溜息は、それが理由だからである。


「はあぁぁあああ~ああぁぁぁあ」


 閉店作業を終わらせた時に出た大きな溜息。

 もうすっかり外は暗い。

 田舎の日々は朝日と共に始まり、闇と一緒に寝るのが常。少々片付けに手間取っていたら、いつのまにかお休みタイムである。

 親父はいない。

 村の会合があるのだと、酒を片手に出掛けて行った。

 これも今思い出す。

 客人が訪れた晩、親父を含めた村の中心人物は今後の対策と乗じて打ち上げに興じるのである。

 俺が寝ている間にこっそり戻ってくるから、朝までには帰ってくるのだろうが、不思議と酒の匂いがしていないのも、毎回の事であった。

 親父は俺の様子がちょっと変だと気付いたが、村から正式に1か月後に外界に降り立ち、町で嫁さん探しの旅路にでる事を許された為、それで多少気が動転しているのだろうと勘違いしてくれて、俺を気遣った。

 すまないと思う。
 こんな世界に一人だけしかいない、俺にすげえ優しい親父に黙ってまで、ローブの男の真意とやらを知る必要があるのかと思う。

 彼の言う、オアシスに浸ったままで良いのではないかとも思う。

 何分俺は、自他ともに認める日和見主義だ。

 その真意に万が一触れ、俺は俺のままで居られるのか、そんな不安もある。
 責任持って服は着せてやると言ったあの男に、俺の何が分かるというのだ。

 何だか急にバカらしくなってしまった。

 たった一人で、「終わらせる」のならば勝手にすればいい。

 矛盾?そんなのどうだっていい。

 勢いよくベッドに倒れこむ。

 ああ、疲れた疲れた。

 目を瞑る。
 この動作は、あの額を合わせて熱を感じた時を思い出す。

 「くそっ!!」

 布団を深くかぶり、丸くなる。

 さっさと寝てしまおう。疲れているから、すぐにおちるはず。

 あの客人達は、無事に渓谷を降りているだろうか。

 ああ、静かになると思ってしまう。

 足を痛めた女の方は、貸し出された荷馬車にえらく感動して何度も何度も頭を下げた。
 俺らはその姿が見えなくなるまで手を振った。何もなければ、渓谷の中腹辺りの休憩所に辿り着けるはずで、そこで夜を明かせるのだから頑張ってほしいと思った。

 その気持ちは嘘ではなくて、彼らを心配するのは同じ人間として当たり前の事で――。

 何度も寝返りを打つ。

 そうやって全く襲ってこない眠気よ来い来いと願いながら、俺は長い夜を過ごすのであった。
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