蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

15. 情交

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 親父の持ってきた松明の灯りが全てだった。


 チラチラと時たま揺れる赤い炎に、俺たちは淡く照らされる。

 炎の瞬きが俺と、俺が組み敷く美女の顔に影を作る。

 光と影の、白と黒のコントラストに酔う。
 異常なほどの喉の渇きが、何ともし難い興奮を生む。

 激しい鼓動。

 凄まじい眩暈。

 血反吐を吐きたくなるほどの頭痛。

 俺を襲うマイナスの事情を軽く吹っ飛ばす、耐え難い高揚感に泣き苦しむ。


 どうにかしてくれ。

 この渇きを、この飢えを、だれかどうにか。


 俺の涙を美女が舌で掬う。妖艶な仕草。
 俺の頭を抱きかかえる、しなやかな腕。
 俺の顔に押し当てられる、美女のあどけない顔。

 何もかもが矛盾している。

 俺は嘆く。


 ああ、この人は、どこまでも俺の心を搔き乱す。


 俺の高ぶりを難なく呑み込むその肢体に誘導され、俺は高みへ昇り詰める。
 理性など、とうに捨てている。
 いや、捨てさせられた。


 そうでなければ。


 俺の抱いている『女』が、『俺と同じ性別』だという事実に、俺が今しているこの原始的な煽動の根本的な俺の自尊心的な何がが、脆くも崩れ去ってしまうからだ。

 はっきり述べてしまえば。

 この年齢まで守り切ってきた童貞を、俺を、一体誰が憐れんでくれるというのか。


 その通りだ。


 御察しの通り、俺が組み敷く綺麗な美女は、あくまで旦那の女装した姿なのだという。


 魔法で俺たちの視覚に錯覚を起こさせているだけとの事で、ついてるモンはついてるとその旦那の股間の真ん中でプラプラしているナニモノを実際にこの目で見たから間違いない。

 確認してもいいよと旦那が言うけれど、どこからどう見ても女にしか見えない、しかも絶世の美女の股間に、堂々と俺とおんなじモンが主張している姿っていうのは、なかなかどうして色んな意味で刺激が強すぎて、この頓珍漢な成り行きに俺の頭は理解を追い越した。

 ぶっちゃけ、そんなモノは触れないし、触りたくないです。

 成り行き上、旦那とオッセッセする流れになってしまい、それは覆せない事象になってしまった。


 親父が村人たちを呼びに行き、奴らが血気盛んにやってきたかと思えば、ろくに水も飲まさず、代わりに変な茶色の液体を飲ませやがった。 

 美しい姿の旦那に見惚れつつ――ローブを脱いだらこんな美女が現れるなんて誰が思うか、その旦那にも怪しさ満点の液体を飲ませていた。


 村人達、いや、村長の嫁さんであり、村の影の支配者でもあるアマラばあさんと雑貨屋のマリソンさん、薬師のオルガさんまでもがいた。

 薬はオルガさんが調合したものらしく、すぐに何もかも忘れるぐらい気持ちよくなれるからと言葉とは裏腹に、とても悲しそうな顔で俺に言った。

 果たしてすぐに薬の効果が現れ、俺はすっかり息が上がって眩暈と頭痛に乾いた喉を掻きむしりながら地面を転がりまわった。

 心臓の高鳴りなんてもの優しい。

 心臓を鷲掴みにされるほどの動悸である。

 額からは汗が流れ落ち、目は血走り、口からはだらしなく涎。

 理性は掻き消えた。

 今、まさに俺の目の前に立っている、この美しすぎる裸の女を貪り尽くしたい、ただその一心が俺を支配する。

 抗えない興奮が、薬で無理やり引き出された欲望の現れが、俺の身体の中心部が主張する。


 旦那はそんな俺を一瞥してアマラばあさんに向きなおった。

「村に害なすお主が、一時しのぎの救世主となるかもしれぬとはな。殺さなくて正解だったわい」
「貴女の役目はただ一つ。この哀れな若人と愛に情じ、子を成す事」
「それができれば、命は助けてやるよ。もちろん、アッシュもね。当然だよ、アッシュとその妻として、村はあんたらを歓迎するよ」

 俺を余所に話が進む中、旦那がはいはいと手を振った。

 出ていけとのジェスチャー。

 これ以上は無粋だと言わんばかりに旦那の態度は一貫して変わらない。

 冷静で、坦々。


「我々は一旦引くがね」

 アマラばあさんの一声で、村人達がぞろぞろと牢屋から出ていく。
 こんな狭い部屋によくもまあこんなに入れたものだと感心する。

「ただし、途中でまた見に来るからね。きちんと事を成してるか確認しないと」
「余計なお世話だ、さっさと何処かへ消えろ」

 女性とは思えない口の利き方である。
 こっちは腹を括ってるんだと旦那がアマラばあさんに顔を向けたまま、俺に近づいてくる。

「ふん。何かお主は腹に据えかねる。一癖も二癖も持っている気がするでな。念のためだよ」
「別に構わんよ。出て行くなら早くいけ。気が散ってしょうがない」

 そう言って旦那は、地面でもがき苦しんでいる俺を、すっかりと興奮している俺をあの汚い体液まみれの臭くて薄い布団まで引っ張っていき、脱ぎ捨てたローブで俺たちを覆い隠すと徐に抱き着いてきた。

「積極的なのは良いことだよ。精々子種を搾り取って我々を安心させておくれ」

 それを捨て台詞に、ガシャンと錠が閉まる音。
 そそくさと立ち去る足音。

 親父の残した松明の炎だけが揺れる。


 ローブに隠され、唐突に訪れた闇に面食らっている俺の唇に人差し指を添える旦那。

 旦那の顔が近い。
 一気に発汗し、理性を失った俺はそのピンクの唇に噛みつこうと必死にもがく。

 唇が触れる瞬間、旦那が言った。

「お前には悪いが、俺は男だ。魔法で光を屈折させて、俺が女であると錯覚させている」
「お、とこ?」

 考えが霧散する。


 はやくくれ、ほしい。
 その唇を、その身体がほしい。

 うわ言のように呟く俺に、初めて旦那が目を顰めた。

「可哀相に。何も知らないまま、薬を飲まされ、家畜のように繁殖だけを成す為だけに生かされるとは。お前も間違いなくこの村の一員であったはずなのに、今じゃすっかり道具だ。お前を見て泣いた父親も、結局はお前より村を取った。でもこれが、組織のあるべき姿なのかもしれない」

 旦那が俺の頬を両手で包み込む。

「アッシュ、俺は真実が知りたい。怒れる神の目的を知りたくて、村を操る術を知りたくてここまで来た。お前を利用するような事になってすまないと思う」

 美しい顔が近づいてくる。

 本当に綺麗な顔だ。
 錯覚でそう見えてるのならば、さもありなんと思う。

 正直、一目惚れしたのだと思う。

 料理にかまけて別段女に興味は無かった俺の心を揺さぶるには十分すぎる美しさだったから。

「悪いな、顔は自前なんだ」
「信じ、らんねえ…こんなに綺麗なのに、あんたほんとに男なの、か?」

 旦那は悲しそうに眼を伏せた。 

 その仕草も、伏せられた瞼も、長い睫毛も美しかった。
 それしか言葉が思い浮かばない。

「だ、だんな、俺もう、なんか、限界っぽいんすけど…」
「お前は村に捨てられた。俺はお前に服を着せると言った。だから最後まで、お前を生かすと約束する。お前に力をあげようと思う」


 さっきから何をこの人は言っているのだ。

 俺はもう限界で、ビンビンに上を向いた俺の半身を旦那に擦り付けていて、旦那が男だろうが女だろうが、早くこの高ぶりを開放したいのだ。


 もう、どうでもいい。


「”マナの同化”を行う。少し苦しいかもしれんが…まあ、さっきの薬で緩和されるだろう。せめてもの罪滅ぼしだよ」

 そして旦那が顔を上げ、高揚した俺の汗で汚れる事も構わずに、その柔らかな唇を俺の唇へと押し付けた。

 その瞬間、辛うじて残っていた最後の理性というか虚勢というか、もう何もかもが吹っ飛んで。



 俺はただ欲望の赴くまま、原始的に腰を穿つだけの野生動物と化した。



■■■




 気持ちが良いなんて、そんな生易しいモンじゃなかった。


 まさに、俺は天に昇った。

 あまりの快感に、死んでしまうかと思った。

 欲望のはけ口を探して、暗闇の中に一点だけある光の粒に意識を集中させて、無我夢中で昇り詰める。

 頭痛も眩暈も何もかもを凌駕した先に、俺の求める開放がある。


 開放に向かう最中、旦那の内部の熱さが頭を駆け巡る。
 熱さは一筋の光となって、俺の頭の中を蹂躙する。

 心地よさに浸っていると、重力に押しつぶされるような気怠さが襲ってくる。

 二つの感情がぐるぐると脳裏を駆け回り、酔い潰れた頭は胃を圧迫して、旦那を下に敷いたまま俺は吐く。


 昇り詰めた時、あの開放の瞬間、何故か頭の中が芯から冷えた。

 俺でさえ気づいていなかった頭の中のモヤが、スウと真っ新に霧が晴れたかのように澄み切った感覚が支配する。

 旦那が笑ったような気がした。

「成功だ」

 俺は思うまま、半身を爆発させた。

 高みに昇り詰めたまま、何度も何度も同じ動作を繰り返す。ひと時の休憩。

 再び闇の中に放置された俺は、一点だけある光の粒を目指してまた初めからやり直す。

 冷えた頭のまま、やり直す。


 これはもはや、薬の問題ではないな。



 どちらかがそう言い、どちらかが笑った。
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