蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

16. 魔法の発動

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 冒頭。

 何度目かの精を解き放った後、めちゃくちゃ眠くなって俺は微睡んだ。

 これが噂に聞く『賢者タイム』なのかと妙に納得してしまう。

 こんな寂れた田舎村ではあるものの、一応俺は年ごろの健全な男の子であって、それは当然、一人やもめの時期が長いあのクソ親父も同じ事で、要するに俺は親父の寝室からそういう類のムフフ本を黙って拝借していたから、あの時はちっとも分からなかった言葉の成す意味が今では分かる!まさか男で卒業するとは思ってもみなかったがな!!

 と力説しながら、ウトウトと瞼の重みを感じている。


「そういや一気に緊張が解れた気もする…」

 今目を閉じて、この微睡みに身をゆだねる事が出来たなら、どんなに気持ちが良いだろうか。

「何も状況は変わってないけどな」

 素っ気なく旦那が返す。

「確かにその通りなんだけど」

 苦肉?の策とでもいうのか。
 あのままだと、俺と旦那は間違いなくその場で殺されていたに違いない。

 いつの間にか用意された簡素なパンを頬張り、冷たい水で流し込む。

 俺が興奮の最中にいる時に、宣言通りちゃんと繋がっているか確認しにやってきたばあさん達が一緒に持ってきたらしい。

 怒涛の真ん中にいた俺はあんまり覚えていないのだけれど。

「生かすからほら、こうやって食料も持ってきてくれたんじゃん」
「彼らの望みを叶えるまでは、な」

 意味ありげに旦那は言った。

 旦那は差し入れられた貴重な水を、小さなカバンから取り出した布に浸し、汚れた身体を拭いていた。

 惜しげもなく曝け出したその見事な裸体を隠そうともせず、腋の間を拭っている。
 その色っぽい仕草にゴクリと喉が鳴るが、勤めて旦那から目を逸らし平静を装っていたのだが、当の旦那には丸わかりらしい。

 クスリと笑われ、ようやく俺に背を向けてくれた。

「それにしてもあんたホントに男なのか?どっからどう見ても女にしか見えないんだけど」

 何度目かの台詞。

「言ったろ、魔法で錯覚を生じさせてるんだって」

 信じられない。

 魔法というやつは、そんなにも何でもできるものなんだろうか。

 村に魔法を使える奴はいなかったから、これも人伝だったり日曜学校だったりの知識しかないが、こんなにも万能な力ならば世の中はもうちょっと変わっていたんじゃないかと思ってしまう。

 それこそ、災厄の日に【カミが堕ちてきた】時、何らかの対処が取れたのではないかと訝しがるのも当然だろう。

 人は誰でも魔法が潜在的に使えるのだと云われている。ではその人々が、森羅万象の力で復興しないのは何故なのか。
 俺の疑問は最もだと思う。

「お前の言う通り、魔法は誰でも使えるが、どんなものでも使えるかというとそうじゃない」

 そこが魔法使いが不遇といわれる由縁だと旦那は言う。

「そもそも、人によってマナの許容量が違う。許容を超える魔法は使えないし、それに人間が身体に持っておけるマナの量はほんの微々たるものだ。以外と大した魔法は使えないのが実情だ」

 旦那が脱ぎ捨てたローブを着込み始めた。

 正直助かった。

 なんせ成り行きとは云え、情を交わした相手なのである。

 しかも絶世の美女!――男だけど。

 照れないはずがない。

 旦那の顔が直視できるほど俺は無頓着じゃない。
 だから顔をローブで隠してくれて助かった。

「マナはそこら中に存在するけど、マナそのものを使う事は出来ない。マナはあくまで、魔法を具現化してくれる精霊へのご褒美みたいなものだ」

 ローブを着た旦那と真正面に向き直る。
 とても眠かったが、眠る気にはなれなかった。


 そう、状況は何も変わっていないのだ。

 アマラばあさん含む、村人達の要求は旦那との子どもを作る事。

 その為に旦那も俺も怪しい薬を飲まされた。恐らく、身体の作りを、特に女性の体質を無理やり変えさせる代物だろうと旦那は踏んだ。

 ひとまず、俺と旦那が彼らの目の前でつんぐほぐれつの大運動会をする事で、納得してくれたようだ。彼らが差し入れた食料がその証拠である。

 生かすから、食わす。


 だが、一つ問題もある。

 これが最大の大問題なのだが、旦那と俺は男だ。

 無我夢中で腰を振りまくっていた俺は、別に何もない場所でヘコヘコしてたのではなく、そのなんというかちゃんとした場所に、きちんとという言い方は可笑しいが、まあ挿入れていたのだ。

 やることはやったが、如何せん旦那も俺も同じ男同士。どう天地がひっくり返っても、男と男に子どもはできねえ。

 そもそも男は妊娠しないし、乳もでねえ。

「っつか、魔法の力で男も子どもが出来るとかいうんじゃないだろうな」
「まさか。幾ら何でも自然の摂理には逆らえない」

 ふむ。
 そうすると、魔法にもできない事はあるのか。

「火水土風、そして光と闇。この六大元素に準じるならば、大抵のことはできる。例えば光。光の反射を利用して屈折させ人の錯覚を生ませるとかな」

 ならば、いずれはバレるのだ。

 旦那が男で、俺たちの間には、村人たちが望むガキなんぞ一匹も作れやしないってね。

 早かれ遅かれ、その時が来る。
 ほんの少し、猶予が伸びただけだ。

 いずれ俺たちは、最初の計画通り殺される。


「だから、今がチャンスだと思う」
「え?」

 旦那が服を放り投げた。俺の服だ。
 それを着ろと顎をしゃくって合図する。

「魔法は万物の力を操るが、適正がなければ精々釜土に火を熾すだけが関の山だ。魔法を正しく発動するには、この世の原理を知る必要があるし、それは途方もなく長い時間をかけて勉強して習得する割には、大した呪文は放てない。精霊を遣える触媒の真霊晶石も高価で一般人には高嶺の花だ。どう考えたって割に合わない。職業としての魔法使いが不人気である理由はまさにここだ」

 それに魔法は詠唱を必要とする。
 どうしても隙が出る。
 詠唱している魔法使いは集中している為、完全に無防備だ。

 手っ取り早く敵を倒せる剣や槍や弓に鞍替えする冒険者の理由がわかるような気がする。

 土や汗に汚れたままの身体を手で軽く叩いて、旦那の指示するまま服を身に着ける。

「本当は、お前を放置して全部終わらせようと思ったんだけど」
「終わらせるって…」
「この地下室ごと、塵に化そうかと」
「ぶ!!」

 噴き出した。

 この旦那、時たま物騒な発想になるのは如何なものか。

 旦那が魔法使いなのは間違いないと思うし、あの日の夜にグレフとかいう化け物を一発で仕留めたりもしているから、塵に化すなんて造作もないことなんだろうけど、え、俺を放置って言ってなかったか。

「お前に責任持つと言っただろ。最後まで一緒にいるさ。だから俺と一緒に戦えるよう、”マナの同化”を行った」


 ”マナの同化”。


 コトの最中にそんな事を言っていたっけか。
 それに「成功」とも。

「身体を繋げていたからすんなりお前の中に入れたよ。そんな事よりアッシュ、何か自身に変わった様子はないか?」
「はい?」

 目を泳がせ、思案する。

 ううん。変わった事?俺に生じた変化?

「童貞を、あんたで捨て、た?」

 それしか考えられないからちょっと頬を染めて言ってみたら、旦那は冗談と受け取ったのか少し笑って先を続ける。

「ちょっと目をつぶってみろ」

 言われた通り、目を瞑る。

 固く閉じると現れる黒。
 旦那の視線を、瞼の向こう側から感じるだけだ。

「そうだな、アッシュは料理が得意だったか。ならば『火』か。いつもお前が料理をすると想像して、店の厨房に立って、火をどう付ける?」

 ええと。

 小さな俺と親父の食堂。
 使い慣れた古臭い厨房。釜土は一つ、コンロは二つ。調理場の前にたくさんの調味料。

 火を熾す。

 火を熾すには、焼いた石炭の上に藁を敷いて。

「それから?」

 それから、火打石でひたすら打つ。

「想像の中でやってみるんだ」

 カツカツカツ

 細かい火花を藁に移すように、小さな火種を見失わないように素早く石を鳴らすんだ。


 すると目の前に、硬く閉じた目の奥に、ミジンコのようにピンピンと動く淡い光が見えた。

 埃かと思ったが違う。
 俺は目を閉じているし、こんなにはっきり見えないはずだ。

 ミジンコはどんどん俺の視界を覆うまでに肥大化し、そこで俺は怖くなって目を開けた。


「な、んだ、あれ」
「成功だ」

 旦那が立ち上がる。

 俺に手を差し伸べ、ローブに隠れて見えないが嬉しそうな声色で俺の手を待っている。

「あれが精霊だ。人によって見え方は違うがな」
「精霊!?あんた俺に何しやがったんだ…」
「俺のマナとお前のマナを同化して、、とでも言えばいいかな」
「は?」
「魔法はすべて精霊との会話無しには始まらない。その精霊を遣う為にはモノの原理を学ぶ必要があると言ったよな。それを省略したんだよ。流石に詠唱無しに魔法は発動できないだろうけど、いちいち精霊を呼ばなくても、お前が思い描いた魔法は思いのまま、行使できるようにした。お前の持つマナの許容量も少し増えただろうし、これでお前も立派な魔法使いだ」
「はああ?」
「そしてこれ」

 旦那の手に誘われるまま俺は腕を伸ばす。

 全く持って意味が分からないが、どうやら俺はいつのまにか魔法が使えるようになっているらしい。

 一体全体いつの間に!!

 どぎまぎしている俺の手を取り、旦那があるものを握らせてきた。

 乾いた木の感触。

「え、これ…」

 見覚えのある、木の首飾り。

 三か月前、俺の食堂で誇らしげに見せてきた、あの聖職者たちの持つ輪違の紋章。

 あの日の夜、旦那が畑で拾った彼らの忘れ形見。

「輪違いの中央に石がハマってるだろ?これが真霊晶石マナの石だ」

 紋章を裏返してみる。

 確かに小さな小さな、小指の爪の先っぽほどの小さな赤い石が、輪違いの真ん中に埋められている。

 これは、彼らの持つ触媒。
 魔法を使うために必要な、精霊の声をマナに書き換える為のマナの結晶。

「これをお前に預ける。彼らの無念、村人であるお前の手で責任を取る必要があるんじゃないか?」
「旦那は、俺に戦えというのか」

 俺はまだ何も知らない。

 村の目的を、こんな悪行を仕出かす親父達の行動の理由を。
 男女二人をさらって摂理に逆らってまで子どもを作る理由を。
 俺たちが、俺がもてなした、俺の料理を褒めてくれた気のいい旅人達を、無下に殺していた奴らの所業のワケを。


 俺は知りたいと思った。

 問い詰めたいと思った。

 出来る事ならば、罪を償って親父とまたやり直せたら。


「俺は知りたいと思った。なんか妙に頭がスッキリしちまって、モヤモヤが晴れた。あんなにどうでも良かった事が、今じゃどうにも気になって仕方がねえ。俺の村が明らかにオカシイんだったら、正してやりてえと思う。俺の大好きだった村を、もう一度取り戻すためにも」

 だから俺に、戦う武器を。

 無防備で丸腰で、めちゃくちゃ弱い俺に今あるのは。

 旦那がくれたという、魔法の力のみ。


「教えてくれ、旦那。俺はどうしたらいい。どうしたら村を救える?村に攫われた人を助けられる?」

 魔法を、教えてくれ。

 旦那に懇願する。鼻がツンとしてきた。俺の目の前で号泣した親父の姿を思い出す。

 俺が親父らを問い詰めてやる。

 輪違いの紋章を首にかける。古びた革の匂い。あちこちに傷の入った、客人達の大事な大事な紋章。

「今、村人は油断しているはずだ。今も尚、俺とお前はよろしくやっていると思い込んでいるだろうから」
「そうなのか?」
「マナの同化は浄化清めでもある。お前の中の異物を浄化したから、お前はこうやって俺と話が出来ている。あの薬の効果は絶大だったと思うよ。それこそ一日中、狂ったように腰を振り続けていただろうな」

 ぞっとする。

 そんな薬を盛ってまで、成しえたかったのは赤ん坊。

 俺の意思はまるっきり無視で、俺の自尊心も、俺の存在も、俺という固有名詞もただ何もなく。

 名前のない家畜同然の扱い。


 人間牧場じゃないか、そんなのまるで。


「人を人として扱わない。それがお前の村の現実だ。だが彼らもただの人。一部の人間以外はここの存在は知らないんだろう、日中は元の生活をしていると思われる。誰にも不審がられないためにな。まあ、不審がる者は村には誰一人としていないだろうけど、念のためかな」


 だから今がチャンスなのだ。


 村人たちはいない。

 俺達を見届けて、食料を置いて地下室を出ていった。

 となれば、今は昼。
 彼らは今までもそうしてきたように、農作物を育て、家畜の世話をし、のんびりとのんびりと毎日を過ごす。村の主食たる大事なトウモロコシ畑の真下で、こんな殺戮が繰り広げられているとは知らずに。

 少し前の俺のように。


「魔法でここから出るぞ。なに、コツさえ掴めば自由に操れるさ」

 ローブの隙間から不敵な笑みを浮かべた旦那が見えた。その悪そうな顔を見て、こいつはやっぱり男以外あり得ないと強く思う。

「分かった。旦那に従う。教えてくれ、魔法を。あいつら全員、ぶっ飛ばしてやる」

 その意気だと、旦那が背中を思い切り叩いた。



 ■■■



 瞳に映すはただ一点。

 赤茶色に錆びた、俺達の自由を阻む鉄格子。

 その付け根、鉄と鉄が交差する場所。

 腐食するもしっかりとその役目を果たすその場所を、睨みつけるように目に焼き付ける。

 両手に抱えた輪違いの紋章。淡く光るそれを握りしめる。


「イメージするんだ」


 心地よい旦那の声。

 旦那に導かれながら、脳裏に浮かぶは水の水面。


「長い時を経て、水と空気にさらされた鉄は錆びる」

 鉄格子に水をしたたり落とす。一滴一滴、ツツーと伝って土に還る。

「鉄は錆び、腐食し、真ん中から砕け散る」

 もはや茶色。
 錆びて使いものにならないかつての鉄。
 両手で押せばほら、簡単に脆く崩れ去る。

 頭の中で、考える。

 ミジンコみたいな生き物が、ぴょんぴょんと跳ねている。

 彼らは人語を理解するが、彼らの言葉はヒトには理解できない。


 原理とは、即ち強いイメージなのだと旦那は言う。

 そう強く思えば、大抵の事はその通りになるのだと、そのように精霊が動かすのだと、魔法は本来、そうそう面倒臭いものではなく、想像力の足りない人間達のただの言い訳に過ぎないのだと言った。


「俺と同じ詠唱を――」

 イメージの中では、もう鉄格子は壊れている。

 それを具現化するのだ。

 詠唱を以って精霊に働きかけ、その精霊が俺の持つマナを褒美に魔法へと変換する。


「水の加護を受けし精霊メロウよ」

 メロウとは水の精霊の名。
 その名を呼び、精霊との契約を結ぶ。


”水の加護を受けし、精霊メロウよ”

 手の中の触媒が青く光りだす。

 水の精霊・メロウが俺の呼び声に応えた!


「詠唱に決まりはない。そのイメージに最も近い詞を紡ぐんだ。」

 魔法の性質、対象、そして目的の三つ。

「そうだな…。我らを阻む重き金属の柱 永久に流れる水を注ぎて 浸食せよ」

 先程までイメージしていた水による鉄の腐食を、詞に変えて精霊へと伝える。精霊はその詞を聴き、マナの力を具現化して魔法を構築するのだ。

「ええと、”俺達を阻む重い金属の柱 とこしえに流れる水を注いで 浸食してくれ”――でいいか?」
「ああ。そして呪文を以って発動。この場合は、『霧放水』と叫べばいい」

 頷き、唾を飲み込む。

 身体の奥に熱いものを感じる。

 力が湧いてくる、込み上げてくるエネルギーの塊。


霧放水アクエ・スプラッシュ!!”


 俺の突き出した手から放たれた青い光が鋭い水を放出し、瞬く間に鉄を腐食し始める。

 水は鉄を溶かし、成す術もなく鉄はその身を削られる。


 耳を劈く、金属の擦れる音。

 キインと不愉快な音は、全身の鳥肌を立てさせるには十分であり、しかしその音に耳を塞ぐ間もなく鉄格子は重い悲鳴を響かせながら土から剥離すると、ゆっくりと倒れた。


 果たして初めての魔法は成功し、俺は歓喜で思わず飛び跳ね喜びを表したのも束の間、そのままの形で土に倒れた鉄格子の残骸からひょっこりと顔を覗かせた豚の首が、旦那の発動した魔法によって吹っ飛んだ。

 凄まじい轟音が次第に収拾していく中、ちっとも態度の変わらない旦那がピクピクと残された豚の身体を踏み潰す。

 そのあまりの残酷さに口を開きかけるも、その豚は俺の知っている豚ではなく、あの日あの晩、俺を恐怖のどん底に突き落としたあの白いモヤのような塊に成り替わった時、俺は悟った。


「村人はいなかったが、がいたな」

 本当に何でもない口調で、旦那が足に力を込めた。

 モヤが霧散し、塊が弾ける。

「怒れる神…」

 そういえば、【神様の一部】とかなんとか言ってなかったけな。

 大事な情報を小出しにしやがって。


 俺はまた深くイメージする。

 旦那がそうしたように、あの恐ろしい化け物を吹っ飛ばす算段を頭の中で組む。

「努力する奴は好きだよ」

 思わずドキンと胸が高鳴る。

 ブルブルと頭を振り、勤めて冷静を装う。
 この旦那、敢えて俺を挑発してるんじゃないだろうな。


「くっそ」



 そして俺たちは駆け出した。




 村を、俺を、捕まった人たちを、助けるために。


 全て、終わらせるために。
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