蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

3. 依存の港町 グレンヴィル

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 荷馬車に今日の成果の武器をたくさん積んで、馬を休憩させつつ町まで帰り着いた時は、既に空は真っ暗ですっかり夜も更けた頃だった。

 みんな疲れていたけれど、団のアジトに一度戻る。

『探索』で見つけた戦利品を細かく分析して、平等に分ける。
 といっても見つけたのは武器だったので、これは後に鍛冶屋で燻され、鉄や銅といった貴重な資源になるのだ。

「久々に金になるものが手に入ったなあ!!」

 疲れ知らずのロルフ団長が場の空気も読まずに言う。
 みんな項垂れて眠そう。私も散々歩いて疲れてしまった。今日はぐっすり眠れるだろう。

 スリスリと剣に頬ずりするも、誰も相手をしないのでようやく私たちが疲労困憊していると気付いたようだ。

「お前たち、そんなことだとに負けちゃうぞ~!!」

 あ、出た。団長のギルド嫌い。

「だんちょう…いい加減疲れた…」
「夜更かしすると、お肌が痛んじゃうのよ!」
「だんちょうさーん、明日にしようぜー」
「ぐー…」

 ついに団員の不満が爆発して、不承不承ながらもようやく私たちを解放してくれた。

「ほんと、空気読めないよね!」

 ぷんぷんと口を尖らせる新人君と途中まで一緒に帰る。
 最も、私の家はアジトのすぐ傍なので、すぐに別れる事になるのだが。

「今日はニーナさん、お疲れさまでした」

 街路灯も少ない裏路地、互いの顔が分かるぐらいの明るさの中、二人で歩く。
 女の子っぽい喋り方が特徴の新人くん――エーベルは、誰に対しても屈託ない笑顔で接し、とても人懐っこい。メンバー入りして日も浅いのに、いつのまにか幹部に取り入って、すっかり打ち解けている。
 今回の作戦に彼が同行すると分かった時は驚いたものだ。

「ニーナさん、魔法すっごいんだねー。ボクらは魔法が使えないからほんと、今回は助かったと思うよ!」
「あはは、どうもありがとう」

 褒められると純粋に嬉しい。
 それが例えお世辞であっても、努力したのに違いは無いので素直に賛辞を受け取る。

「こーんな気持ちいい風で、こーんなになーんにもないと、世の中は平和だと思っちゃうけど」

 黒しかない空を見上げ、エーベルがううんと両手を伸ばす。

 手先の器用なエーベルは、爆弾担当だった。彼がここぞという時に合図したからこそ、私の魔法はあの魔物の動きを止めたのだ。
 私だけではない。彼やみんなの功績だってちゃんとある。

「お互い様だよ」
「えへへ、ありがとう!」

 にっこりと笑う彼は、私よりもよっぽど女の子っぽくて可愛く見えた。

 彼の云う通り、初夏が到来するこの季節、町は一日中涼しい風が吹く。
 潮風の、とても清々しい風だ。

「そういえば、ニーナさん、もうすぐ誕生日ですって?」

 そう。この時期になると思い出す。

 もうすぐ私の誕生日。7歳の特別な誕生日を祝われず、海の巫女へお祈りする儀式も行われなかったあの日から、もう22年も経つ。
 儀式もしてないのに、私は大きな病気一つせず、健康そのものだ。

「あんま…言わないで」

 今年25歳。
 独身。恋人も、いない。今後の予定も、無い。

 四捨五入すると30歳。
 まだ10代のエーベルから見たら、すっかりオバサンだろう。

「大人の女性って魅力的~なのに~」

 そう言い残し、次の路地で私とエーベルは別れる。彼はあざとくウインクして、大げさに手を振ってくれる。

 いつも楽しそうなエーベルが羨ましく感じた。

 彼と別れて、また路地を進む。余り治安は良くないけれど、家はもう近いのだ。
 周りは民家だし、いざとなれば大声を出せばいい。



 エーベルは今年15歳になったばかりの少年だ。

 物心ついた時には、既に世界は変わってしまっている。彼は以前の災厄前の世界を知らない。
 だから彼はこの状況を当たり前だと認識している。私たちが恐怖する飢えや殺戮、怒れる神を普通に受け入れている。

 前の平和だった世界に懐古して、いつまでも前を向かない私達大人こそ、既にこの世界には似つかわしくないのかもしれないと思う。

 いずれ世界は、若い人達にとって代わる。足掻き続ける大人は彼らから見て滑稽ではないだろうか。エーベルを見るといつもそんな事を考える。

「はあ…」

 私には夢が無い。

 描いていた夢は10年前に打ち砕かれ、それ以降は周りに流されるまま生きてきた。
 夢も、目的もなく、何故団にいるのか、そこで何をしたいか。何も答えられない。

 ふと、風に乗って焼き魚の匂いがしてくる。どこかの家の晩御飯なのだろう。

 ぐう。
 お腹が空いた。
 どうせ私のご飯は用意されてないだろう。

 あの冷たい家で、冷め切った家族の顔を思い浮かべる。
 一体どこで、どう辻褄が合わなくなったのか分からないが、私の家族は家族で在ることをとっくの昔に捨てている。

 私は踵を翻し、表の広場への方へと足を向ける。遅い時間だが、酒場はまだ営業しているだろう。そこで軽く食べて、寝るためだけに帰るのだ。

 ポケットの中の、透明な石を触る。
 すべすべでひんやりと気持ちい滑らかな感触を味わいながら、私は疲れた身体を引きずって、酒場へと歩くのであった。



 ここ、グレンヴィル町は、《中央》と呼ばれる第二の都市・湖の都アムルマハの平原を越えたちょうど真東に位置する、小さな港町である。

 ここよりさらに南へ下った先にある、第三の都市・貿易都市リンドグレンに従属する町だ。

 主だった交易は無し。これといった特徴もない。
 人の密集するリンドグレンに別荘を構えていた金持ちの貴族が、人込みを避けるように作った集落に徐々に人が集まりだし、リンドグレンの網目を潜るように細々と漁が始まった時に町として機能し始めた。

 漁領を荒らさないようにと、町の海域で貝の養殖を始めたら、これが思わぬ珍味と大ヒット。
 ついに《王都》にまでその名が届くようになった時、《王都》の庇護下に入る前にリンドグレンの領主にすべての事業が乗っ取られ、彼の街に従属する事を条件に安定した養殖権を得た。
 立場的には非常に弱く、税金としてその殆どが貿易都市に奪われる代わりに、最低限の生活の保証を得たのだ。

 しかし、それ以外は特に何もなく、面倒な貿易や商人との駆け引きさえも全てリンドグレンが請け負ってくれており、町は言われた事さえはいはいとやっていればよいだけだったので、甘んじてその境遇を受け入れていたのである。

 さらに貿易都市は、町に学校や病院、銀行や教会も作ってくれた。
 そして、のどかだけがとりえのこの町を、貴族の避暑地として売り出し始めた。
 町人の誰も気づかぬ内に町名の申請も果たされており、形だけの町長が港街に言われた通り《グレンヴィル》=貿易都市の端っことしてその名が告げられ、以来町は《港町グレンヴィル》として機能している。

 これといった特産品もないので、観光客は全て貿易都市の方へ行く。
 接客の煩わしさを知らずに町はずっと生きてきた。年に一度だけ真夏の避暑に訪れる貴族を持て成せば、生活のすべては貿易都市が保証してくれる。

 都市ほどの潤いはないけれど、それなりにうまくお零れを頂戴していたりもしていて、町はそんな生活に何の不満も持たずに平和に呑気に過ごしていた。

 これが10年前までのグレンヴィル町の姿である。




 10年前、何の前触れもなく、【カミ】が落ちてきた。

 今まで経験した事が無い衝撃と、かつてないほどの地震に町は大混乱に陥った。

 地盤が固かったのか、はたまた丈夫な石で作ったからか、幾つかの家や施設は壊れてしまったものの、町はその形をしっかりと残していた。
 しかし、混乱はあちこちに飛び火し、海に飛び込んだまま浮かんでこない者、火事で家ごと焼けた者、崩れた瓦礫に押しつぶされた者と、多数の被害者を出した。

 追い打ちをかけるように、津波である。

 浜の岩と岩に挟まれるようにつくられた地形が自然の堤防を果たし、水の勢いは運よく削がれた。
 しかし大量の海水は流れ込んでしまい、養殖場を破壊して、停泊する船を何処かに流したや。極めつけが、その水が町の中まで入り込んでしまった事だろう。

 建物の殆どが水に浸かった。引く波に足を取られ、何人もの人が海に攫われた。

 浸水した水は食料を腐らせ、家具を駄目にして、地盤を脆くする。
 ようやく被害が落ち着いたと思った矢先に、水害による二次被害に町は苦しめられる事となった。

 砂を大量に含んだ土砂は、掻き出すのも一苦労だった。
 それに、リンドグレンから流れてくる遺体や廃材も溜まる一方で、町の復興は思うように進まなかったのだ。

 元々が、貿易都市におんぶにだっこと依存していた町である。リンドグレンが災厄により全滅したと知った時は、町民の殆どがうろたえるばかりで何もできなかったのがその証拠だ。

 数か月後、混乱をいち早く脱した《中央》が立ち上がり、そこからほど近いこともあって、その助けも借りて徐々に町は復興していく。

 リンドグレンの恩恵を受けられない今、町が奮起してようやく独立への目途が立った時には、災厄から5年の月日が流れていた。





 それより前の、災厄から2年目の頃。

 まだ町がだらだらと生きていた時、このままではリンドグレンと共倒れだと危機を感じた若者たちが中心となり、自警団を設立する。

 貿易都市に依存丸出しの大人達を変えるには、まずは子ども世代が動くしかないと学校に通う生徒が立ち上がった。
 その発起人こそ、学校で剣術を教えていた若き新米教師、ロルフであった。

 ロルフはまず、生徒会のメンバーを仲間に引き入れ、彼らを伴って廃墟と化したリンドグレンに遠征する。そしてそこで得られた保存食を、慢性的な飢えを耐えていた若者達に、平等に配ったのだ。

 若者たちのロルフの株は爆上りした。
 ロルフは元々《中央》の人間で、災厄の1年前から町に滞在していた。その前に教えていた剣術の先生が怪我をした代わりに一時的に教鞭をとるために、この町に来た人間だ。

 2年を過ぎても一向に使われる事のない貴族の大きなお屋敷を、ロルフは自警団のアジトとして利用し出す。
 大人は不敬だと文句を言ったけれど、すっかり子どものヒーローだったロルフに立てつく人間は、もはやこの町にはいなかった。

 ロルフは決して威張らなかった。あくまでその存在を認めてくれるならば、自警団を町に作る事を許してくれるなら、そしてメンバー達に最大の敬意と労りを払ってくれるなら、相応の対価を支払うと大人達と交渉したのである。

 始めは良い顔をしなかった大人達は、率先して復興に尽力する若者達の姿に心を解き解され、かつては良いように扱われていた貿易都市の忘れ形見を受け取るようになって、次第に自警団在りきとその意を変えていく。

 5年も経てば大人はすっかり自警団に依存していて、町ぐるみの協力を惜しまなくなった。

 自警団によって暮らしが楽になるにつれ、余裕が出てきた大人達にも変化が訪れる。
 大人達はようやく重い腰を上げ、自らが動いて働いて、完全に貿易都市への未練を捨てた。

 自警団の元、この町は完全に復興した。

 今ではそのルーチンも当たり前になってきて、怒れる神や魔物さえ気を付ければ平和そのものと云えるまでに回復している。




 私ニーナは、その自警団の初代メンバーの一人である。
 団の歴史、町の流れる様、全て見てきた。

『その翼 空に輝く星の如く いつまでも輝き、いつまでも飛ぼう』

 メンバーの一人が言った気障な台詞に心を打たれた団長が、団結成から7年目の時にようやく名前を付けた。
 単純な団長らしい直球すぎる名前だが、それはそれで気に入っている。

 ”超新星カモメ団”、と。

 絵が得意な団員が、真っ青な旗の真ん中に星と白いカモメを描いた派手な旗を作って持ってきた。
 それは今、貴族の別荘跡地の外門に、堂々と風に揺れている。

 手先の器用な団員が、燻した銀をこねて、星の中を飛ぶカモメのバッジを作ってきた。
 それは今、団員の胸元を誇らしく飾っている。

 グレンヴィルは超新星カモメ団の元、平和を享受している。

 行く当てもなかった自分に止まり木を用意してくれた団に、感謝しているのは事実だ。
 いつまでもこの平和を、自らが掴み取った自由を味わいたいとも思う。永遠にこの時が続けばいいのにと思う。

 だが、心の小さな片隅に、飛び立てなかった後悔が、いつまでもいつまでも尾を引いている。

 夢も目標も色褪せたこの世界に在り続ける事で、本当の幸せを得る事が出来るのだろうかといつも自問自答を繰り返している。
 答えが出ないのもいつも通りで、また明日も明後日もこんな無駄な質問を繰り返すのもいつも通りなのだろう。



 真夜中過ぎ、家族が寝静まった深夜に帰宅した私は、こっそり足音を立てずに部屋に戻る。

 真っ暗な部屋の中で一人、そう考えるのも、またいつも通りであった。
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