蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

48. 傀儡

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 私とリュシアは【スキュラ】の産んだ卵、あの透明な石が大量に残された洞窟の中にいる。


 雌が死んだ洞窟内は静かなものだ。何をするにも音が響く。

 アッシュ達を待っている間、私はリュシアの指示で石を洞窟外にせっせと運んでいる。

 これが案外きつく、小石程度の大きさとはいえ数が集まるとそれなりにずっしりと重くなる。
 私に与えられた時間の猶予は一刻。出来るだけ外に運ぶにはどうしたらいいか。

 そこで考え付いたのが、騎士団から譲渡されたあの皮製のローブだった。

 リュシアはまだ身に着けたままなので、アッシュと私の分のローブを繋ぎ合わせて簡素な袋を作る。その中に片っ端から石を詰め込んで、文字通り引きずりながら外へと運ぶのだ。

 皮は固い岩盤に擦れても破れにくい。
 いい案だと思って実行したら、これが地面の海水を吸ってめちゃくちゃ重かった。

 でも文句を言ってもやるのは私しかいないので、こうして一人汗だくになりながら洞窟内をひたすら往復しているのである。



 一方リュシアはスキュラのいた位置に陣取って、屈みこんでいる。
 石は50個ほどを残して、残りの数千個は私が運んでいる最中だ。
 作戦の要となる50個に、彼がマナを込めている。

 彼が言わずとも、これからやる事は明白だ。
 アッシュが持ち帰ってくる物にこの石を嵌め、人形を行使したように私が操るのだろう。


 物理的に行けないのならば、敵の方からやって来させればいい。
 操った傀儡を餌にして。要はそういう事なのだろう。


 しかし出来るだろうか。

 10体を操るだけでも、ごっそり力を持っていかれたのだ。
 アッシュの作った「ナンチュウ」とやらをどれだけ食べればいいのか。私に50体の傀儡を同時に操るマナは無い。下手するとマナを失い過ぎて死ぬ可能性だってある。

 それを彼は理解していないはずがない。
 彼が何も言わないという事は、何らかの案があるのだろう。

 私があれこれと稚拙な頭で考えていても仕方ないのだ。ならば彼の作戦の邪魔にならぬように、目の前の仕事をこなすのみである。



「ふう!」

 額の汗をぬぐい、中腰の姿勢が辛かった腰を伸ばす。
 バキバキと凄い音が鳴る。ああ、気持ちいい。

 洞窟の入り口の両端に、最後の石を積み上げた。

「ニーナ、ご苦労だったな」
「リュシアさん!」

 すぐ後ろで声がしたかと思ったら、リュシアが洞窟の内側から顔を覗かせている。

「い、いえ!大丈夫です!」

 私を労う優しい声に心臓が跳ね上がる。
 低い洞窟の入り口を潜り、彼が私の元までやってくる。

「魔法使いに体力仕事は向いていないからな。でもあと少しで終わる。もう一踏ん張りだ」
「はい!」

 まさかそんな声を掛けて貰えるとは思わなかった。彼の賛辞は何よりの回復薬だ。
 心が満たされ、相乗効果で疲れた身体すら癒される。

 何よりも嬉しかった。


「あの、何を持っているんですか?」

 彼は手ぶらではなかった。
 左手に丸い形をした茶色の物体を持っている。

 よく見るとリュシアのローブの前がはだけている。
 あれは、ローブの前を止めていたベルトのバックルだ。

 ローブは皮製でしっかりとしているのに、対照的にベルトは簡素な造りだった。騎士団が保持する紋章すら刻印されていないそれは、役職付でない一般兵が常備するものなのだろう。

「これに石を埋め込んだ。動かしてくれないか?」

 バックルの中央が割れ、中に透明な石が収められている。

「はい」

 人の形はしていないが、要領は掴めている。マナに余力もあるからいけるだろう。

 腰に挿した真霊晶石の杖を取り出す。触媒の杖に意識を集中し、傀儡の源である精霊テルマに呼び掛けようとした矢先、掲げた手をリュシアに掴まれた。

「!!」
「俺も、一緒に」
「へ!」

 情けない声が出た。

 うわ、近い!
 手、冷たい!

 ドキドキが止まらない。
 必要以上にくっ付かないで欲しい。集中したくともできやしない。
 この人は何を考えているのだ。


「悪いが発動時のマナの解析させてもらう。俺もんでね」

 まさか、彼も人形を操るとでも言うのか。

「そんな事も出来るんですか!?」
「あくまでお前のマナを介してだがな。俺のマナも若干流れているから容易いだろう。その杖じゃなくて、俺を触媒にするといい。マナの消費も抑えられるはずだ」

 人間を魔法の触媒にするなんて、規格外もいいところだ。
 それに私の魔法を解析して、同じ波動の魔法を発動するなんて簡単に言うが、涼しい顔で自分が何を口走っているか自覚はあるのか。

 この人に不可能な事など存在しないのではないか。力の出し惜しみなど、そういう問題じゃない。
『摂理』の問題だ。


 ああ、もう!
 この人に関しては、いちいち常識を当て嵌めるこっちの方がおかしいのだ。

「わ、分かりました!」

 もうなるようになれだ。

#____#

「はあい!なーんとなく視えてたけど、そっちはそっちで面白い事になっていそうね!」

 何だかテルマの性格が、明け透け無さすぎるような気がする。
 野次馬根性丸出しというか、妙に達観しているというか。

 今度、精霊について調べてみよう。魔法は勉強したが、精霊はあまり気にしていなかったから知らない事ばかりだ。
 人の言葉を交わす種類が別にいるのか、テルマは私が生み出した人工精霊だけど、根本の部分は自然に生息する精霊たちと変わらないだろうし。

 もっとテルマの在り方を有効利用できるかもしれない。


「おねえちゃーん?大丈夫?離れてるけど、おねえちゃんとはマナの繋がりが強いからいけるよ!早速始めよう!」
「う、うん」

 そして私はテルマの力を借り、リュシアのバックルに嵌め込んだ石にマナを注いだ。

 彼の両手は私の手を包み込んでいる。
 ひんやりと冷たい。男性にしては細い指。それでも関節の節は女性とは違う硬さがある。

 ローブを羽織っているだけのリュシアは、フードを被っているが隠されてなく顔は見えている。
 その目は閉じられ、繋いだ手を通じてマナの穣脈を探っている。

 端正な顔立ち。瞳を閉じても尚美しい。
 清楚でありつつも耽美。性別すらも邪推に思える。
 女神とまごう事なき容姿をしているのに、吐き出される言葉は辛辣。
 平坦な態度も冷たい眼差しも、万物を愛する女神とは真逆の存在だ。

 彼自身を触媒にしたからなのか。瞬間的に糸が繋がる。


「…掴んだ。なるほど、道理さえ分かれば簡単だな」

 リュシアが手を離した。
 名残惜しい。まだその心地よい体温を感じていたいのに。

 そんな私と彼の間に、バックルが浮いている。
 成功だ。人を模したものでなくとも、傀儡化は可能だ。


 茶色のバックルが飛び回りだした。
 上下左右に激しく動いている。

 洞窟内を行ったり来たり、回転したり海へ飛び込んだり、自在に動き回っている。
 私は何もしていない。傀儡への命令回路が一方的に遮断されている。それを動かす私のマナだけが消費されている。

「本当に動かせるんですね…」

 溜息すらも出てこない。


「こっちの準備は整ったな」

 そうしてリュシアは満足そうに笑った。



 ■■■



 少しして、アッシュ達が戻ってきた。
 アッシュもギャバンも両手一杯に物を抱えている。

 低い洞窟の入り口につっかえて四苦八苦していたので、石の方をそっちに運んだ。どうせ50個ぐらいしかないのだ。


 彼らが持っていたのは布であった。

 汚れたもの、ほつれたり破れたりして用途を果たすには使い物にならないが、種類は豊富で色取り取りで綺麗だ。

「10年も放置されてた割には丈夫だろ?」

 人形の替わりになるものを探して、広い廃墟をたった二人でウロウロするのは効率が悪すぎる。
 大概のものは私の自警団が探索で粗方攫いつくしていたし、ならばと瓶を見つけたが蓋が無いか小瓶で石そのものが入らない。

「水に溶けないっつーのが、意外となくて」

 もうその辺に転がっている瓦礫に穴を開けて石を嵌め込めばいいんじゃないかと安楽に持ち運ぼうとしたが、重過ぎてどうにも出来なかった。それに一個一個穴を開ける手間も面倒臭い。

「という訳で。布ん中に石ころ入れて結べばいいじゃんって事になって、探してきました!」
「…オレも探索には参加してたからね。ある程度、何処に何があるか把握してたし」

 ピシっと姿勢を正すアッシュの隣ではにかむギャバンは、頼もしい味方だった。


 港よりほど近い場所に、土産屋があった。
 様々な土地の伝統工芸品が売られていた店だった。貿易都市ならではの、強みを活かした交易品である。

 その中に、人外族のエルフが織る布が放置されていたのを、ギャバンは思い出したらしい。

 木の枝だけを使って、昔から伝わる手法で織られた布地。
 染色も地元の草花を使う。その土地ごとに特色があって、一度にたくさん作れないからと価値も高かった。

 色を多用するから一般家庭で活用するのは難しく、主な顧客は大きな屋敷を持つ金持ちか貴族ぐらいなものだったが。
 私達が探索で見つけた時に持って帰らなかったのは、10年も野ざらしで汚れきっており、価値がないと判断したからだ。


 リュシアは布の前にしゃがみ込み、アッシュらを労う事もなく無言で石を包み始めた。

「少しくらい褒めてくれたってバチは当たんねえと思うけど。途中で死人が現れたりして大変だったんだぜ」

 私達もリュシアに倣って作業に移る。
 布を適当な長さに割いて、中に石を入れる。
 それをギャバンがひたすら結んで簡易的な巾着を作っていくのだ。

「そうなの?大丈夫だった?」
「ああ。戦いはガキんちょが請け負ってくれたからな」

 ガキ呼ばわりされたテルマはというと、彼女はアッシュ達を送り届けた後、あの冒険者ギルド跡地の上空に待機している。
 聴けばテルマは水の魔法で簡単に死人をいなしたと言う。

「旦那みてえに詠唱せずに水鉄砲発射して、奴らの身体に風穴開けまくってたぜ。精霊ってのはすげえんだな」

 若干不貞腐れ気味のアッシュの手は早い。何だかんだと文句は多いが、やるべき事はきちんとこなす。


 人はやった事に対する対価、褒美であったり賛辞が無ければ次第にやる気をなくす。鞭だけで人は動かない。
 自己承認欲さえ満たされれば、人はおのずと気力を保てるのだ。
 対価は対等に支払われるべきであり、リュシアの盲目的信者のようなアッシュであっても例外ではないだろう。

 しかしリュシアは滅多に労わない。やってもらって当然のような態度を貫き通す。
 飴よりも鞭の方が格段に勝る。そんな事ではいつ足元を掬われるか。

 逆に心配になるほどだ。
 信頼している背中を背後から撃たれかねないのを、この男は分かっているのだろうか。




 黙々と作業すること、十数分。

 一刻を少し過ぎて、全ての準備が整った。



 私はまたリュシアを触媒にして、布を結んだだけの簡易的な人形擬きに命を吹き込む。
 私のマナはすっからかんだ。私の身体を維持させるだけしか残っていない。

 これ以上は命が危うい。リュシアと繋いだ手から持続的にマナが供給されていくも、消費のエネルギーが凄まじくかなり辛いのだ。

 半ば彼に支えられるように立ち、50体の傀儡を従えて洞窟内に戻る。

 アッシュとギャバンはいない。
 もう彼らにやる事はないと、リュシアに洞窟外に追いやられてしまったのだ。

 外で二人は大人しく待つしか選択肢は与えられなかった。



 作戦は至って簡単である。


 馬鹿だと一蹴したグレフを此処に誘き出し、一網打尽にするのである。

「けっ、作戦もへったくれもねえな」

 洞窟内に向かう私達の背中に声を掛けたアッシュは不貞腐れた態度を隠していない。
 せっかく着いてきたのに、邪魔だからその辺に突っ立ってろと言われれば誰だって頭にくるだろう。
 私がせっかく積み上げた透明な石を蹴飛ばし、山を崩す。少しも気持ちに寄り添わないリュシアを睨み、相当苛立っている様子が見て取れる。

 どうしてこの人はこんな物言いしかしないのか。わざわざ敵を作らずとも、温和を心掛けるだけで心情の変化は雲泥の差だというのに。
 無下に扱われたアッシュを気の毒に思うが、私も立場が違えば彼と同様の扱いを受けると言う事である。
 今は私の力が必要だから一緒にいるのであって、これが終われば私は用無しだ。恐らく、そうなるのだろう。

 ギャバンは何も言わない。この中で彼と一番付き合いが長いのはギャバンだ。
 しかし彼は《中央》ではなく私の町を拠点にしているし、アッシュのように彼にベッタリでもない。だからだろうか、ギャバン自体はリュシアの言動を余り気にしていないようであった。


 アッシュが揶揄うヘッタクレもない作戦は、私にとっては死活問題だ。とにかく大量のマナを使う。

「誘い出し、翻弄するのは俺だ。お前は傀儡で包囲。海に逃がさないようにな」
「はい!」

 それでもアッシュを無視し、洞窟内に踵を返すリュシアだったのだが。
 ふいに彼が短い溜息を吐いたのが分かった。

 何事にも動じない彼にしては珍しい。


「あの、アッシュはいいんですか?そんな態度を取らなくても…。こんな事言ってる場合じゃないのは分かってますけど…」

 余りにも可哀相で、どうしても抑えられない。

「……」

 案の定、何も返事は返ってこなかったのだけど。




 スキュラの産卵場に着く。

 彼の態度はいつも通り冷静で平坦であったが、表情が違っている。
 彼自身も何処か不機嫌そうな、整った眉が顰められているのだ。

 しかし怒りの表現はない。声をかけ辛い圧はあるが、威圧するものではなかった。
 彼もこんな顔をするのか。実に人間らしい表情である。

 例えるなら―――…の。


「俺達が倒そうとしているグレフは単純だ」

 彼は一度だけ頭を振った。何らかの感情を断ち切るかのような仕草であった。

「恐らくはただの種馬。そういう命令しか受けていないんだろう。本能的に反撃するだけで、人の小賢しさを何処かで学び、しかしそれを活かしきれてない」
「人から学んでいる…」
「そうだろうな。俺達が敵を知るように、あっちも人間の性質を知りつつあるという事か」

 リュシアの操るバックルと、私の50の傀儡をスキュラが鎮座していた水中へと放つ。
 ここを通ってあの番が交尾しに来ていたのならば、確実につながっている。あの冒険者ギルドの海の底へと。


 バックルは凄いスピードで海の中を突き進む。
 彼のマナを追うだけで私は必死だ。

 リュシアの手をぎゅうと掴む。マナがどんどん減っていくが、それと同じ速度で補充されるので辛さも半減されている。

 その分、リュシアが私の負担を背負う羽目になるのだが。
 彼自体は平気なようで、何とも思ってないだろう。

 彼のマナと深く繋がっている影響なのか、マナの隆起しか見えなかった私の視覚が、海の中を爆走する傀儡の気泡を捉えた。


「視える…!」

 海の中は燦々たる状況であった。
 災厄で港近くの街並みが沈んだとは聞いていたが、まさにそのままの形で沈んでいたのである。

 ガラスの割れた窓からは小さな魚が出入りしている。人の替わりに住み付き、皮肉にも新たな生態系が紡がれている。
 苔や海藻で覆い尽くされた無人の建物群は、まさに魚たちの海底都市だ。

 あの中に何百と人間が生活していた。
 どれだけ繁栄していただろう。
 もうその姿を二度と見る事は叶わない。


「わたしも合流するわ!」

 長く沈黙していたテルマの声が頭に響いた。私達のマナのエネルギーを感じたようだ。
 少ししてテルマが海中に現れ、傀儡たちと並走する。

「あいつはまだ動いてないよ。どうするの、お兄ちゃん」
「お前の身体はグレフの核だ。それを利用する」
「…分かった。任せるよ、お兄ちゃん。ちゃんと終わらせてね」
「……」


 彼は何も答えなかった。


 その表情は先程と変わらず、腑に落ちないものを感じているような、戸惑いの感情に眉は顰められたままであった。
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