蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

50. マーリンとの対決

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 波飛沫をあげて陸に至ったマーリンは、待ち構えていた私達の姿に面食らい、その馬鹿でかい図体を固まらせた。

 私とリュシアと、奴が追ってきたテルマを交互に見て、状況が理解出来ないでいる。
 白いモヤで作ったスクリーンは陸に上がった時に霧散させている。

 僅かにスキュラの臭いと気配が残るこの場に、奴が望むものは何も無く、興奮を落ち着かせる挿入口を探して啼き叫ぶ。


 その隙に奴が出てきた海へと繋がる穴を、ようやく追いついた私の傀儡が塊となって塞ぐ。

 これで海に逃れる術はない。

 グレフの目の前には最強の魔法使い。スキュラも一瞬で殺した。
 これの運命も、近い内にそうなる。
 飛んで火にいるなんとやら。グレフの命の灯火は、彼の前だと線香花火以下に成り果てる。

 ざまあみろだ。


「リュシアさん、今です!あいつが我に返る前に!!」

 そうなると思っていた。これもリュシアが殺すのだと。
 そのように思い込んでいた。

 それで全てが終わると。この疲れ切った身体をようやく休ませる事が出来ると。


 だが、予想に反してリュシアは動かなかった。

 彼はマーリンをまじまじと観察し、魔法を発動する気配を一向に見せないでいる。


「リュシアさん!?」
「ちょっ…!」

 その時である。
 海への穴を塞いでいた数十体の傀儡へのリンクが、急に断ち切れたのだ。

「え!」

 バチンと頭への衝撃と共に、傀儡を動かしていたマナの消費も無くなる。
 身体への負担がすうっと解消され楽になったが、何が起こったか把握できない。

 しかもこの戸惑いに要した時間はマーリンの慄きを解除するには充分で、私達を「人間」であると認識し、敵意を剥き出しに距離を取ってしまった。


 奴とスキュラの大きな違いは雌雄というだけではなく、好戦的であるか否かだ。
 水中にないマーリンの攻撃手段は未明だが、陸の上で難なく立ち上がっている。魚の尾鰭を足のように使い、二足歩行を可能にしていた。

 更にこれはいる。

 私達の罠にまんまと嵌められた事実に憤慨しているのだ。


 猛った男性器は未だ天井を向いている。
 この目で実際に見ると、そのグロさが際立つ。

 そういった意味でグレフを直視できなかったが、何よりも障壁の一つもなく、生身で怒れる神と近い場所で睨み合っているというこの現状に、私は恐怖を感じていたのだ。

 この10年で叩き込まれた。奴に出会うと死あるのみだと。


 その死が今、目の前に存在する。



 私の制御から解かれた傀儡は、私が操っていないのに何故か動いている。

 折角張り巡らせた傀儡の蓋は無くなった。
 だが瞬時に別の結界が張られる。

 物理的ではない。
 硬いガラスのような膜が、海への穴のみならず、この場所全域を覆ったのである。

「なにを!!」

 リュシアを仰ぎ見る。

 彼は無言だ。
 こんな仕業は、彼の魔法以外考えられない。

 私が驚き止まっている間にも、テルマが彼を汚い言葉で罵っている。
 馬鹿だの阿呆だの、言いたい放題だ。

 こんな危険を冒してまで、何故奴を殺さず自由にさせているのだ。戦闘態勢の取れていない奴を殺すには絶好の機会だったのに、何故時間を与えたのだと。
 彼が張った結界は、マーリンだけではなくこの中にいる私達も逃れられないのである。



 リュシアは私の傀儡を奪った。
 一体どうやって。少し前に魔法の発動時のマナを解析したと言っていたが、他人の魔法を乗っ取るなど前代未聞である。

 その数十の傀儡はリュシアの手足となって、自在にそして軽快に飛び回っている。
 一通り傀儡の感触を確かめた後、彼は押し黙っていた口をようやく開いた。


「サンプルが欲しい」
「はあ?」

 じりじりと間を詰めてくるマーリンは、まずテルマに目星をつけた。
 やはりまだ交尾を諦めていない。
 テルマの数倍はあるマーリンに気圧され、テルマの腰は引けている。

「こんな状況で何言っちゃってるの、お兄ちゃん!サンプルってどういう事よ!?」
「言っただろ。俺が欲しいのは『対策』だと」
「対策!?」

 リュシアの冷静な声が癇に障る。

「最初から俺が出て行けば終わっている話だ。わざわざ誘き出す手順など踏まずに、こいつを見つけた時点で遠隔魔法で殺してる」

 でもそれをしなかったのは何故か。

 私達に力を使わせ、私達が「対処」するのを見ていたというのか。
 それによってグレフがどう動くのかも確かめたかった。
 リュシアはあくまでフォローに徹するのみ。

 言われてみればそうだ。指揮系統はリュシアにあったが、敵の前に立ち、必要な物資を集め、考え行動したのは私達だ。


 そして何より―――。


「グレフが眷属のグレフを生み出すのは分かっている。だが別のモノを産み出す個体は見た事がない。気にならないか?それが垂れ流す精液に遺伝子情報が含まれているかどうか。子を育む理由を、奴らが人間を模する理由を、俺達人間を滅ぼす理由を」


 この世界に祖先の時代からそうやって人も動物も生きてきた。

 グレフは人じゃない。実際は実体をさえ曖昧なモヤの化け物だ。それが今回、「物質」を生んだ。
 生き物の進化の系譜の中に、割り込んできた。


「グレフに対抗するのは人でなくてはならない。戦うのは「俺」だけじゃない。俺一人で《王都》を取り戻すのは不可能だ。俺の魔法だって万能じゃないんだ。全知全能を謳う神のようにギルドの連中は俺を崇めるが、だったらとっくに世界は平和になってる。《中央》にギルドなんてものも必要ですらない」


 残った傀儡を合わせ、一つの形にする。
 布の色彩は褪せているが、一箇所に集まると万華鏡のように綺麗だ。

 布と布が結ばれ、再び大きなスクリーンを形成する。


「てめえらの尻拭いで終わる人生なんて、まっぴらごめんなんだよ。どいつもこいつも!」


「…リュシア、さん」

 リュシアらしからぬ乱暴な言葉遣いだった。

 それは感情をひた隠して、押し殺して押し殺して、それでも滲み出てしまった悲痛な叫びに聞こえた。
 あくまで無表情を貫きとおす彼の本音は、そう取り繕わなければならない影に、ひっそりと奥底に隠されている。


「欲しいのはこいつの核と、達した時の精液だ。お前たちに核の入手を任せる」

 乱暴なのは一瞬だった。すぐに彼の口調は元に戻る。
 何事も無かったかのように、彼の態度も平坦となった。

 いつもの…彼。


 何が「らしからぬ」だ。それこそ先入観じゃないか。

 そう彼が取り繕うから、それが私の知る「リュシア」となった。

 本当の彼は、災厄に見舞われる前の彼は、今よりもっと明るくて、もっとくだけた喋り方をして、ほんの少し言葉足らずな所を信頼する仲間に怒られて、笑って―――。

 今の私やアッシュや、死んでしまった団員達みたいにごく普通の、どこにでもいる男性。
 ちょっと見てくれが整いすぎているけれど、それ以外の特徴は何もなく、ただの人間。
 そんな想像をしてしまう。災厄に亡ぼされてしまった彼の過去を。


「弱点を探せ。核は奴の心臓部。仲間の無念を晴らしたいのなら、ここで本懐を遂げろ」

 多彩な布のスクリーンが、スキュラの映像を映す。今度はよりはっきりと。

 一度騙されたマーリンが同じ手に掛かるのか、不安がよぎるが杞憂だったようだ。
 テルマの核に引き寄せられていたマーリンは、映し出された映像に釘付けとなっている。


「……うわあ…」


 それもそのはず。
 目一杯にあのスキュラの膣を、どアップで流しているのだから。



 ビタンビタンと魚の尾が地面を叩く。

 リュシアとは逆方向に私とテルマは身を寄せた。とりあえずは奴の注意は彼に向いた。いや、ここでも彼は私達を助けている。
 口では辛辣な言葉を吐きながら、私達だけでも奴を「安全に殺せる」ように仕向けてくれている。

 そう言わない所が彼らしい。親切丁寧にフォローしてくれるのに、素っ気ない態度とのギャップが愛おしくも感じる。

 私達に背を向けるマーリンは、お陰で隙だらけだ。
 幾らでも攻撃できる。


 気を取り直す。


「テルマ」
「うん!」


 私とテルマはある意味繋がっている。私が考えている事も、恐らくは筒抜け。

 私が彼に抱いている感情、理念、そして未来を。
 張り詰めた空気を、微々たる力かもしれない、ほんの少しでも和らげる事ができたなら。

 彼が何の制約にも縛られず、取り繕う事も気丈に振る舞う事もなく、本音で語り喋り、笑い、怒り、泣き、彼が「彼」であれる未来を私が与える事が出来るのなら、こんなに素敵な夢なんてないと思った。



 今この時、私は真たる目的を見出したのかもしれない。

 翼を得、彼を宿り木とて漠然と生きるのではなく。

 微力ながら彼に尽くし、彼の後ろに控えて存在を保持するのでもなく。

 カモメとして、として、彼に夢を見させるのだ。



 いつか、本当の彼に出会える日を―――私も夢見る。





 さあ、考えろ。
 このグレフをどうやって私は殺す?


 私一人の力では無理だ。傀儡の行使でマナは減り、そもそも攻撃魔法は水の元素しか扱えず、マーリンは水こそを得意とする。
 魔法の威力でさえ、アッシュよりも劣るのだ。

 だが私にはテルマがいる。

 一心同体ともいうべき存在。精霊に昇華した我が妹。
 空を飛び、無詠唱で魔法を紡ぐ彼女の力はリュシアとほぼ同格か。


「いいえ。わたしはお兄ちゃんほどの力はないよ。でも、一点集中すれば神の身体を貫けるはず」
「だったら弱点を見つければいいのよね」

 リュシアもそういった。弱点を探せと。

 グレフに攻撃は無意味だと云われてきた。奴らは不死身だと思われていた。
 でもそれは闇雲に攻撃していただけ。グレフはどのような形にでも変体させられる。白いモヤが実体のグレフに攻撃が効かないのは当たり前だ。



 私の操る傀儡はリュシアに乗っ取られたが、あの4体のアンティーク人形は未だ手元にある。

「これで、探れるかもしれない。【核】の位置を」

 私がテルマに命を吹き込んだ時、核と透明な石の両方にマナを込めた。
 二つは私の力を瞬く間に吸収し、内部にマナの力を貯めた。
 その中に私が「意識」を入れ込んで、テルマは具現化を果たしたのである。


「そういえば…お兄ちゃんが言ってた。グレフはマナを喰らうって」
「うん。私が死人化した時もそう感じた。どんどん力が失われていくと共に、グレフの聲がより大きくなったのを覚えてる」

 グレフはマナを喰らう。
 彼の者が持つエネルギーは、この世界には存在しなかった力である。私はそれを探知した事で、このマーリンが隠れている場所を見つけた。マナの中の「無」を探したのだ。

「わたしには分かるよ。なんとなく、だけど」

 テルマが胸元を抑える。小さなもみじの手が僅かに震えている。

「精霊だから分かるのかもしれない。この世界に新しいマナが生まれていない事を」
「え…」
「まだわたしは産まれたばかりだから、この世の仕組みがいまいち理解できてないの。だけど魔族と人間が引っ掻き回して作っていたマナは、魔族の絶滅で無くなった。創造神もいなくなったとされる今、誰がこのエネルギーを補充するのかしら」

 ふと視線を感じる。
 スクリーン上のスキュラの影と一心不乱に交尾に乗じているマーリンの向こう側で、リュシアが私達を見ていた。

 彼のほんの数センチ先で疑似セックスに興じているマーリンを目の前にしても顔色一つ変えていない。

 とてもじゃないが綺麗な図ではない。色んな液体を迸らせ狂ったように腰を振る姿は憐れむより先に嫌悪が湧く。
 そんなのを前に平気な顔をして、リュシアはこれが果てるのをただ待っている。


「今はまだ大量のマナは残されているけど、使えば使うほどマナは無くなる。全て枯渇するには数百年は掛かるだろうけど、問題はグレフ。神がマナを喰えば食うほど…後は分かるわよね」
「ええ。無くなるスピードが早くなる。人類が滅亡する速度も、加速する」

 彼がこくりと頷いた。
 それは肯定の証。

 ああ、そうか合点がいった。
 だから《王都》を解放せねばならないのだ。

 グレフがこの世に牛耳っている限り、私達のマナは食われ続けていくのだ。
 人がグレフに殺され滅亡するか、グレフがマナを喰らいつくして世界が滅亡するか。そのいずれかの未来は数百年先とは言わず、直ぐにも訪れる。


「だから、マナを喰らわせるのよ!」


 グレフの性質を逆に利用するのだ。
 奴らがマナを喰らい、グレフ独自のエネルギーに変換する際、どうしても起こり得るエネルギー同士の衝突を感知する場所こそが、奴らの心臓部【核】だ。

 核が一時的にマナを保管するのは分かっている。テルマの核はリュシアの浄化によって「吸収」の機能を失っただけで、核そのものはグレフの特徴そのままだ。
 先程のグレフの位置を暴いた逆をいけばいい。

「無」から私の送り込んだマナを探知する。

 4体のアンティーク人形はその為の触媒。マーリンはスキュラの幻を悦ばす事に夢中だから、ほら、べったり身体に引っ付いても気づいてない。

 人形はそれぞれ背、腹、尾びれ、頭に展開する。そこから探るのだ。


「テルマは魔法よ」
「うん!任せといて!!」

 いきり立つテルマは笑顔だ。面白くて仕方ないといった顔。

「すぐにマナは吸収されちゃうから一瞬よ。絶対に外さないでね」
「へへーん。わたしはおねえちゃんの役に立つためにここにいるんだから、頑張っちゃうよお!」

 両手を宙に掲げる。併せた掌の中に水の刃が現れる。

「おねえちゃんのマナが基本だから、わたしも水の魔法が得意なんだよ」
「期待してるからね、テルマ」

 彼女のシルバーブロンドをぽふぽふと撫でる。

「えへへ」

 テルマは照れてはにかむ。頬が朱に染まる顔が愛おしい。


「今度こそ、終わらせます。リュシアさん!」
「果てた瞬間を狙え。身体が弛緩したその時こそ、これは完全無防備だ」
「合図をください!ここからだとマーリンのお尻しか見えなくって」

 するとリュシアもはにかんだように見えた。テルマのような可愛らし気な態度ではなかったけれど、その端正な顔が綻ぶ頬が緩くて愛おしくて。

「…了解だ」


 ああもう。此処から無事に出られたら、絶対に抱きしめてやるんだから。

 二人とも、覚悟しておいてね!




 狂ったように腰を振る下劣なマーリンの身体に人形を這わせる。

 感じ取るのは、私がこいつに与えるマナだ。
 残されたマナは少なく、こっちが調整して与える分は良いが、逆に吸い尽くされると抵抗は敵わない。

 しかし奴の気はそぞろ。
 馬鹿だと彼に一蹴されるだけある。

 攻撃も警戒も中途半端。思考の殆どを交尾に交尾に費やしているのだから当然か。
 一か八かの博打ではない。100パーセント勝てる勝負に乗り出す。

 マナを与える行為は己の命も脅かされる愚行だが、何だかんだと冷たい癖にやけに面倒見の良いリュシアが控えているのだ。

 私は見捨てられる事はないだろう。彼にとって、私の存在価値は高いからである。
 これは驕りじゃない。彼が求めるグレフ対策の中に、私が行使する人形遣いの応用は、いずれ彼らとの全面戦争で役に立つのだ。

 まだ卵を利用した受信機能を発見したばかり。仕組みを解明し、一般レベルまで落とし込むまで私の傀儡の魔法は必要だ。



 マナを少しずつ注ぎ込む。
 無理やり吸い取られる感覚はない。

「おねえちゃん、気を付けて!」

 水の刃は数十本。いずれも先端が鋭利に尖っている。テルマは刃を上空に掲げ、発動のタイミングを計っている。


 人形を通じて、マーリンの内部を覗く。

「……無」

 驚くほど何も無い。
 グレフの形を模るように、周囲を漂うマナがぽっかりと無くなっている。

 体内の臓器らしきものも感じない。
 心臓の鼓動や、血液の脈流、関節や骨の軋みすらも無く、何によってこれが動いているか不思議に思う。
 私がマナを注いでいるのに、そのマナすらも体内には確認できない。

 彼の言う【核】なんて、これには存在しないのでは、と一瞬よぎるが、ならばこの精悍な一物から流れ落ちる白濁は何なのだと思いなおす。
 白濁は実体を持たないグレフから「物質」として現れているのだ。流れた液体は白いモヤとして消えてはいない。この狭い洞窟内をびちょびちょに汚している。生臭い匂いのおまけ付きで。

 だったらこれを具現化する器官が備わっているはずだ。
 テルマが実際に触れるように、これにも何処かに必ず核がある。



 フシュ!フシュ!フシュ!フシュ!!



 マーリンの声は次第に早く、間隔が短くなっている。

 腰のふり幅は小刻みで、機械的である。目で追う事すら出来ないほど速い。遠目からでは微動だにせず止まっているように見えるだろう。

「おねえちゃん、あそこ?」

 心底嫌そうな顔をしたテルマが舌を出している。

 私が彼女に無意識下でマナを注ぎ続けて20年近く。そう考えれば彼女の年齢は20歳前後で立派な大人なわけだが、外見が年端もいかない幼女なものだから、どうしても教育上よろしくない気がしてしまう。

 私がマーリンの体内を探って見つけきれなかった最後の砦こそ、リュシアの作る幻にすっかり騙され、ひたすら出し挿れを繰り返すあそこしか残っていないのだ。


「そうだと思う」

 人形を一つ失う覚悟をして、律動の最中に傀儡を差し向けた。
 逞しい凶器は一瞬で人形をバラバラにしてしまう。邪魔が入っても少しも気にしていない。

 だがその刹那にマナを感じ取ったのだ。
 私が今まで注いできたマナの塊を。

「やっぱり…」


 マーリンの核は、哮り狂う肉棒だった。



 女にだらしなくすぐにベッドに直結させる男を身近に知っている。

 アドリアンだ。今は亡き彼は団の特攻隊長として仕事は出来るのに、相当女に入れあげる悪い癖があった。
 カモメ団は町の若い者が中心だから、アドリアンにとって天国の何物でもなかっただろう。
 幹部だから彼に言い寄る女の子も多く、その度にトラブルになって幼馴染のコルトにこっぴどく叱られていたものだが。

 幹部で唯一の女性であった私をアドリアンの恋人と誤解されて、とばっちりで何度か修羅場に出くわした事もある。

 まあ、過ぎた話だ。

 そんな時、団長もコルトもアドリアンを『下半身の中に脳みそが入ってる阿呆』と揶揄していたもんだが、まさにそんなのが実在したとは。

 彼を想いだして笑いが込み上げる。
 これはアドリアンよりも単細胞だ。こう言ってしまうと彼に対して失礼ではあるが。

 そんな彼の失われた命は、何処に行ってしまったのだろうか。創造神が喪われ、輪廻の輪を巡らなくなった魂の行方は無と帰するだけなのだろうか。
 ならば少しでも報いてやるのが私の務めだ。


「そろそろ、だぞ」
「はい!」


 正確にいえば、マーリンの核は男性器そのものではない。
 そこより更に深いところ、女性でいうところの膀胱辺りだ。

「だったら長いの邪魔だからちょん切っちゃおう」

 男性が聴くと竦み上がる台詞を口に、彼女の編み出した水の魔法が展開を開始する。



 グモモモモモモモモモオオオオ!!!



 マーリンの背がのけぞった。

 リュシアの手がさっと上がった瞬間であった。

 凄まじい嘶きと共に、グレフの身体がビクンと大きな痙攣をした。
 達したのだと思った。

 すぐさまテルマが水の刃を下半身に打ち込む。


 しかしその前に、何故か奴の身体が反転したのである。


「!!」


 声を出す暇さえ無かった。

 その勢いはリュシアであっても反応しきれなかった。


 どうしてこうなったのか。


 テルマの魔法は正確だった。宣言通り、奴が恐ろしいほど大量の白濁を笠の中心から噴き出した瞬間に、彼女は竿をまず切断し、間髪入れず内部の核を貫いた。

 一瞬の出来事にマーリンは何が起こったのか理解する間もなく絶命した。
 こんな手間暇を掛けて、振り返ると実に呆気なく、奴は死んだのだ。


 それはいい。
 それはいいんだ。

 だけど、真から喜べない。

 仲間の仇を討ち、後顧の憂いを完全に断ち、リュシアの目的も果たされ、私はここからスタートするはずで喜ばしいはずで。
 本当ならばここでテルマとリュシアをぎゅうと抱きしめて、感動の余韻に浸っているはずなのだが。



 一体どうしてこうなった。



「信じ、らんない…」


 私は今、全身ずぶ濡れである。

「最悪…」

 その隣では、グレフに止めを刺した功労者も同じく濡れ鼠だ。

「……」

 無表情が板についているリュシアの顔ですら、驚愕に目を見開いている。しかしすぐに我に返り、私達を遠巻きに近づいて、腰の皮袋から小さな小瓶を私に投げて寄越す。

「採取、よろしく」
「ひう……ぐす…ベトベトいやあああ!!!」

 テルマがついに泣いた。
 びしょびしょに濡れた手で、溢れる涙を拭おうとした時。

 小さな腕からびちゃりと塊が地面に落ちた。

「地面に落ちたのは無しで」

 この非情な男め。私達に降り懸かったこの惨劇を愉しんでいるのか。

「……」




 私とテルマは、奴の白濁を頭からぶっかけられた。

 まともに、真正面から、もう、たっぷりと。


 全身で液体を浴び、固まるしかない私達二人を見て、今度こそ彼が笑った。


「まさかあそこでとはな」
「……さいっあく!!!」



 彼の笑顔はとても綺麗だったが、この時ばかりは殴りたくなった。
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