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三. セトの章
35. 最後の安息
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「嬢ちゃんから連絡が届いた。解析が済んだらしいぜ」
「これは…何?光る、石?」
アッシュが懐から取り出したのは、掌に乗る程度の大きさしかない平べったい石ころだった。
石はチカチカと青く発光している。夜半に蛍が川辺でお尻を光らせているような、そんな光だ。
断続的に光る石は、アッシュが握り込むとその瞬きを止めた。そして彼が何やらボソボソ呟くと、今度は赤色に輝く。
「了解っと…。よし!嬢ちゃんの服を見繕ってから、帰ろうぜ」
「え?どういう事?」
ちょっと見せてと、アッシュが仕舞おうとした石に僕は手を伸ばす。
アッシュは少しだけ躊躇したが、占い師の様子を見て彼女が何も言わないのを確認した上で、僕にそれを渡してくれた。
輝きはもうなくなっている。
光りを失った石は、ただの石ころだ。
その辺に落ちている石と明らかに違うのは、それが透明であるという事だろう。
人差し指で摘まんで天井に透かしてみると、石の向こう側の景色が湾曲して見える。
シェフの趣味か、はたまたボインのウェイトレスの悪趣味か。天井に飾られた木彫りの熊がぐにゃりと歪んだ表情で僕らを見下ろしている。
「これは、ポータブルだ」
「携帯できるもの?」
「そう。携帯小型真霊送受信装置石。長いから、ポータブル。遠くの相手と連絡を取る便利な道具だよ。真霊力を動力にして動いてる」
「その石ころで遠くの人と遠距離でやり取りが出来るのかい!?それは凄いな!!」
「そそ。まだまだ改良途中みてえだけど、簡単な連絡なら充分な働きをするぜ。魔法使いじゃなくとも使えるのが、この装置の絶大な効果だろうな」
「へえ…この石にそんな能力が…。文明もここまで進んだのか…」
掌に載せてみるとひんやりしている。心地好い石の冷たさが、麦酒で火照った身体に丁度良い。
アッシュがいとも簡単に扱っているそれは、驚くべき超文明の利器で在る事にこの男は気付いているのだろうか。
どれだけ文明が進んでも、この世界ではマナの覇者を人間と魔族で争い順繰り順繰り入れ替わる為に、文明や進化が長続きする事は決して無い。
勝者はマナの恩恵の元、その種族の個体を増やしながら新たな歴史を紡ぐ。
一方、敗者は種の存続だけで精一杯だ。
文明は一度そこでストップし、継続できないから徐々に廃れてしまい、また最低限からやり直しになる。
この世界は、これの繰り返しなのだ。
『科学』という言葉がある。
この国の女神信仰の根底を否定し、人間や魔族は進化論によって産み出された存在で、この世の理は全て数字で表せるといった邪教を信じる一派の持論であり、基盤となる言葉だ。
この世界にある一定以上の文明が開化しないのは、それを裏から操る絶対的な存在があり、それこそ僕らを創造した女神なのだと神を冒涜する罰当たりな連中だ。
本来ならば魔法なんて力は頼らずに、科学と発明によってこの世はもっと住みやすい世界になっているはずだと、人々に敬遠されつつも地味に活動しているらしい。
そんな邪教徒が編み出したのが、『電気』と呼ばれる新たなエネルギーだ。
それを介せば様々な事が可能になるのだと吹聴しているが、具体的に何が出来るのかは分からない。
でも風の噂で聞いた事がある。
邪教徒は《中央》に潜伏していて、日々発明に勤しんでいるのだと。
その中でも特に関心を得ているのが『通信機器』で、怪しい実験が昼夜繰り広げているとか。
密かに囁かれているのだ。《中央》の4大ギルドに邪教徒が潜んでいて、《中央》の治世の糸を裏から引いているのではないかと。
「へえ…、あんたよく調べてんな。それ、半分はアタリだよ」
「僕の内偵を甘く見てもらっては困るよ。最も、君らのボスを暴く事さえできないショボい密偵だけどね」
自虐に笑うと、つられてアッシュも笑った。
否定はしなかった。僕が《中央》に人を忍ばせている事は、ニーナも知っていたように周知の事実だったみたいだ。
この世界の連絡手段は原始的である。
基本は紙に書いて蝋で封をし、斥候や配達人に託す。内密な内容であれば人伝手もあるけれど、危険を伴うから滅多に使わない。秘匿であればあるほど互いの信頼性が不可欠なのもあるけど、有事ではない平時の今は使い所がないから、やはり紙による連絡が主だ。
ちょっと値段は高くなるが、遠くの人と連絡を取り合うなら伝書鳩が一番である。
《王都》と《中央》の軍部は頻繁にやり取りをしていたから、鳩が四六時中空を飛んでいた。たまに迷子になったり怪我したりと、100パーセント届くとは限らないのが欠点といえば欠点だ。
「旦那の受け売りだけどさ、これから怒れる神と戦争するのに伝達手段を確立するのは最も大事な事らしくってよ」
「戦争……」
「これは科学の発明じゃねえよ。使えるようにしたのは、だん…“塔”のマスターともう一人のギルドマスターだ。それともう一個、こいつの正体は石じゃなくて【堕神の卵】。俺らが怒れる神から盗んだ、奴らの一部を改造したもんだ」
「は??ぬ、盗んだ…だって!?」
「一応これ、“塔”の重大秘匿事項だからこれ以上は明かせねぇんだわ。だけど、科学の力じゃねえのは確かだよ。携わってんのは、両極端な“科学者”と“魔法使い”だけどな。お陰で楽に仲間と連絡が取れるようになった。屋敷にいる嬢ちゃんから、わざわざ遣いを寄越さずともな」
「……ん」
いつまでも石を触っていたら、真正面の占い師が返せと云わんばかりに手を差し出してきた。
素直に彼女の手に石を乗せると、石は黒の薄絹の中に消える。
「君らは邪教と手を組んでるの?もしかして、“研究者”と云われるギルドマスターって…まさか科学を信奉しているのかい!?」
フレデリク将軍率いる王国騎士団。人外エルフ族を中心に寄り集まるエルフ族長キキョウのギルド。そして、最強の魔法使いが君臨する紡ぎの塔。
残る一つも謎多きギルドだった。《中央》の頭脳と云われ、インテリ集団を擁している通称“盗賊ギルド”。
「そんな、まさか。女神信仰の総本山がある地で、科学者が堂々とギルドを名乗ってるなんて、それは結構ヤバイ情報だね…」
するとアッシュが眉を顰めて吐き捨てた。
「敵は科学者じゃねえ。この世界の秩序をめちゃくちゃにしやがった怒れる神だ。あんたには、どうにもそうじゃねえように見えっけど、俺の気のせいだよな?」
「え、あ、そ、そうだよ!何を言っているのさ。人類の共通の敵が分からないはずないだろう?」
顔を顰めるアッシュの三白眼が細められると、ほぼ白目だけになる。
彼の穏やかな態度は急に鋭さを秘め、近寄り難く怖い雰囲気を醸し出す。
「君は…神が、憎いのかな…?」
「あん?憎いっつか、家族の仇っつーか。あんま深く考えないようにしてっけど、俺が天涯孤独になっちまったのは、間違いなくアイツらが堕ちてきた所為だ。災厄を生き延びた人間は、必ず一つは奴らとの因果を抱えてる。この町だって、地震の被害は出ただろうに…。ああ、そうだったな…、あんたらは無かった事になってるんだったな…。災厄そのものがよ」
「!!!」
ガタリと椅子を蹴飛ばすように立ち上がってしまう。
一際大きな音が店内に響き、何事かとコック帽のシェフが厨房から出てきてしまった。
「君は…何を知っているの?」
墓穴を掘ると分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
だって同じ台詞を、屋敷を訪れたフレデリク将軍も言ったんだ。
思わせぶりな態度で、僕が人類の仇敵と通じているんじゃないかと、盛大なカマをかけてきた。
アッシュの言葉は、確信に近かった。
“紡ぎの塔”に、僕の秘密を知られているかもしれない。その恐怖に思わず慄いてしまったのである。
「今回の騒動はそうもいかないみてえだな。これから嬢ちゃんの話を訊きに戻るけど、旦那の想定通りであれば、あんたらは初めて人の力じゃどうにもならない災厄に見舞われるってワケだ」
「災厄に見舞われる、だって…?はは、何を知ったような口を。有り得ないよ、災厄なんて」
大丈夫だ、大丈夫。
彼らもフレデリク将軍と同じ。カマをかけて僕の反応を見て楽しんでいるだけだ。
邪教徒をギルドマスターという地位に据えて、人類を引き連れて僕の大事な取引先と戦う?
それこそ、人類に対する謀反だ。
女神信仰はこの世界の礎だ。根本を覆す理論を撒き散らす邪教徒の方がよっぽどタチが悪い。
そんなものと仲良しこよしとは、僕に自ら転覆の機会を与えたようなものじゃないか。
この虫問題に片を付けたら、ギルドそのものを《中央》から滅ぼしてやる。
彼らの力を借りて邪教を擁するギルドを壊滅させれば、魔法使いに散々邪魔され苦しい立場にある彼らもまた、人類に恐怖を撒き散らしてくれるだろう。
その世界に僕が王として名乗りを挙げ、支配し、君臨する。
彼らと世界を二分し、互いに互いを認め合って共存する事で、新たな新境地を作り上げるのである。
滅ぼされるのはヴァレリじゃない。
君らだよ、小山のサルめ。
占い師が立ち上がる。
口元のベールを戻して薄絹を正し、僕に一瞥を食らわせてから金を無造作に置いた。
「旦那、ちょっとこの店の連中に挨拶だけさせてくんね?最後なのは分かってっけど、このままじゃ収まりがつかなくてよ」
「……」
「すぐに追いつくからさ。ここの飯美味かったし、嬢ちゃんらに包んで持っていくから」
占い師は頷き、無言で足早に出て行く。
アッシュはこれ以上僕に突っかかる事は無く、悪いなと肩を叩いて厨房の中へと勝手に入っていった。
取り残された僕は慌てて占い師の後を追う。
あのまま糾弾され続けるのかと、構えていたが拍子抜けした。
誰が訊いているとも分からない人の多い店内で口論する事もないし、石の伝達が本当ならば、ニーナが僕らの帰りを待っているはずだ。
そう、思って途中で話を打ち切ったのだろう。
「じゃあ続きは屋敷で、かな?」
どうせ烏合の衆。神を味方にした僕に敵う相手はいないのだ。
幾らでも真実とやらを追求して探っていればいい。その間に僕がサラっと奪ってしまうよ。
なにもかもね。
随分と長居した店から出ると、すでに陽はすっかり昇りきっていた。
昨日の小雨が嘘のように、空は晴れ渡っている。
青空が眩し過ぎて、日陰を探してそこに身を寄せた。
占い師の女はじっと空を見つめていた。
黒い粒が幾つも宙に浮いている様を、ぼんやりと眺めている。
「虫が、こんなところまで…」
目を凝らさずとも、それが空を漂う何千匹もの羽虫である事は一目瞭然だった。
「……」
そんな空の下で、占い師はただ上を見上げている。
両手に袋を幾つも提げてアッシュが店から出てきたのは、それから十数分経ってからだった。
「昼飯も確保したぜ。食いながら嬢ちゃんの話を訊こうぜ!」
アッシュの機嫌はすっかり元通りだ。
悪意のない笑みに嫌味はなく、人好きのする表情で僕らを待たせた詫びを入れる。
「女の服なんてわかんねーし、適当でいっか。今着てるメイド服も意外と似合うと思うけどな」
観光客の消えた寂しい商店街を僕らは廻り、ニーナに似合いそうなカッチリした服を選び、占い師はついでに自分の服を買っていた。
その服の種類はローブで、傍から見ても奇抜な色で突飛も無い造形をしていたのだけど、彼女は心なしかウキウキしているように見えたから僕は口出しせずに黙っている。
隣でアッシュが大笑いしているのを無粋だと小突いたら、眉を八の字にしてクスクス吹き出すに留まった。
「女の買い物は男には理解できないものさ」
「この人の場合、そんな問題でもないけどな。いつ着るんだよ、それ…」
そして僕らは屋敷に戻る。
ニーナの得たという真相は、後に僕を震撼させるには充分過ぎるものだったけれど、この時何も知る由はなく。
束の間の平和はこれが最後であったと気付くのは、全てが始まり終わった時だった。
こんなに楽しげに、何も知らない庶民達が全て喋らなくなるまで―――。
――――残り、三日。
「これは…何?光る、石?」
アッシュが懐から取り出したのは、掌に乗る程度の大きさしかない平べったい石ころだった。
石はチカチカと青く発光している。夜半に蛍が川辺でお尻を光らせているような、そんな光だ。
断続的に光る石は、アッシュが握り込むとその瞬きを止めた。そして彼が何やらボソボソ呟くと、今度は赤色に輝く。
「了解っと…。よし!嬢ちゃんの服を見繕ってから、帰ろうぜ」
「え?どういう事?」
ちょっと見せてと、アッシュが仕舞おうとした石に僕は手を伸ばす。
アッシュは少しだけ躊躇したが、占い師の様子を見て彼女が何も言わないのを確認した上で、僕にそれを渡してくれた。
輝きはもうなくなっている。
光りを失った石は、ただの石ころだ。
その辺に落ちている石と明らかに違うのは、それが透明であるという事だろう。
人差し指で摘まんで天井に透かしてみると、石の向こう側の景色が湾曲して見える。
シェフの趣味か、はたまたボインのウェイトレスの悪趣味か。天井に飾られた木彫りの熊がぐにゃりと歪んだ表情で僕らを見下ろしている。
「これは、ポータブルだ」
「携帯できるもの?」
「そう。携帯小型真霊送受信装置石。長いから、ポータブル。遠くの相手と連絡を取る便利な道具だよ。真霊力を動力にして動いてる」
「その石ころで遠くの人と遠距離でやり取りが出来るのかい!?それは凄いな!!」
「そそ。まだまだ改良途中みてえだけど、簡単な連絡なら充分な働きをするぜ。魔法使いじゃなくとも使えるのが、この装置の絶大な効果だろうな」
「へえ…この石にそんな能力が…。文明もここまで進んだのか…」
掌に載せてみるとひんやりしている。心地好い石の冷たさが、麦酒で火照った身体に丁度良い。
アッシュがいとも簡単に扱っているそれは、驚くべき超文明の利器で在る事にこの男は気付いているのだろうか。
どれだけ文明が進んでも、この世界ではマナの覇者を人間と魔族で争い順繰り順繰り入れ替わる為に、文明や進化が長続きする事は決して無い。
勝者はマナの恩恵の元、その種族の個体を増やしながら新たな歴史を紡ぐ。
一方、敗者は種の存続だけで精一杯だ。
文明は一度そこでストップし、継続できないから徐々に廃れてしまい、また最低限からやり直しになる。
この世界は、これの繰り返しなのだ。
『科学』という言葉がある。
この国の女神信仰の根底を否定し、人間や魔族は進化論によって産み出された存在で、この世の理は全て数字で表せるといった邪教を信じる一派の持論であり、基盤となる言葉だ。
この世界にある一定以上の文明が開化しないのは、それを裏から操る絶対的な存在があり、それこそ僕らを創造した女神なのだと神を冒涜する罰当たりな連中だ。
本来ならば魔法なんて力は頼らずに、科学と発明によってこの世はもっと住みやすい世界になっているはずだと、人々に敬遠されつつも地味に活動しているらしい。
そんな邪教徒が編み出したのが、『電気』と呼ばれる新たなエネルギーだ。
それを介せば様々な事が可能になるのだと吹聴しているが、具体的に何が出来るのかは分からない。
でも風の噂で聞いた事がある。
邪教徒は《中央》に潜伏していて、日々発明に勤しんでいるのだと。
その中でも特に関心を得ているのが『通信機器』で、怪しい実験が昼夜繰り広げているとか。
密かに囁かれているのだ。《中央》の4大ギルドに邪教徒が潜んでいて、《中央》の治世の糸を裏から引いているのではないかと。
「へえ…、あんたよく調べてんな。それ、半分はアタリだよ」
「僕の内偵を甘く見てもらっては困るよ。最も、君らのボスを暴く事さえできないショボい密偵だけどね」
自虐に笑うと、つられてアッシュも笑った。
否定はしなかった。僕が《中央》に人を忍ばせている事は、ニーナも知っていたように周知の事実だったみたいだ。
この世界の連絡手段は原始的である。
基本は紙に書いて蝋で封をし、斥候や配達人に託す。内密な内容であれば人伝手もあるけれど、危険を伴うから滅多に使わない。秘匿であればあるほど互いの信頼性が不可欠なのもあるけど、有事ではない平時の今は使い所がないから、やはり紙による連絡が主だ。
ちょっと値段は高くなるが、遠くの人と連絡を取り合うなら伝書鳩が一番である。
《王都》と《中央》の軍部は頻繁にやり取りをしていたから、鳩が四六時中空を飛んでいた。たまに迷子になったり怪我したりと、100パーセント届くとは限らないのが欠点といえば欠点だ。
「旦那の受け売りだけどさ、これから怒れる神と戦争するのに伝達手段を確立するのは最も大事な事らしくってよ」
「戦争……」
「これは科学の発明じゃねえよ。使えるようにしたのは、だん…“塔”のマスターともう一人のギルドマスターだ。それともう一個、こいつの正体は石じゃなくて【堕神の卵】。俺らが怒れる神から盗んだ、奴らの一部を改造したもんだ」
「は??ぬ、盗んだ…だって!?」
「一応これ、“塔”の重大秘匿事項だからこれ以上は明かせねぇんだわ。だけど、科学の力じゃねえのは確かだよ。携わってんのは、両極端な“科学者”と“魔法使い”だけどな。お陰で楽に仲間と連絡が取れるようになった。屋敷にいる嬢ちゃんから、わざわざ遣いを寄越さずともな」
「……ん」
いつまでも石を触っていたら、真正面の占い師が返せと云わんばかりに手を差し出してきた。
素直に彼女の手に石を乗せると、石は黒の薄絹の中に消える。
「君らは邪教と手を組んでるの?もしかして、“研究者”と云われるギルドマスターって…まさか科学を信奉しているのかい!?」
フレデリク将軍率いる王国騎士団。人外エルフ族を中心に寄り集まるエルフ族長キキョウのギルド。そして、最強の魔法使いが君臨する紡ぎの塔。
残る一つも謎多きギルドだった。《中央》の頭脳と云われ、インテリ集団を擁している通称“盗賊ギルド”。
「そんな、まさか。女神信仰の総本山がある地で、科学者が堂々とギルドを名乗ってるなんて、それは結構ヤバイ情報だね…」
するとアッシュが眉を顰めて吐き捨てた。
「敵は科学者じゃねえ。この世界の秩序をめちゃくちゃにしやがった怒れる神だ。あんたには、どうにもそうじゃねえように見えっけど、俺の気のせいだよな?」
「え、あ、そ、そうだよ!何を言っているのさ。人類の共通の敵が分からないはずないだろう?」
顔を顰めるアッシュの三白眼が細められると、ほぼ白目だけになる。
彼の穏やかな態度は急に鋭さを秘め、近寄り難く怖い雰囲気を醸し出す。
「君は…神が、憎いのかな…?」
「あん?憎いっつか、家族の仇っつーか。あんま深く考えないようにしてっけど、俺が天涯孤独になっちまったのは、間違いなくアイツらが堕ちてきた所為だ。災厄を生き延びた人間は、必ず一つは奴らとの因果を抱えてる。この町だって、地震の被害は出ただろうに…。ああ、そうだったな…、あんたらは無かった事になってるんだったな…。災厄そのものがよ」
「!!!」
ガタリと椅子を蹴飛ばすように立ち上がってしまう。
一際大きな音が店内に響き、何事かとコック帽のシェフが厨房から出てきてしまった。
「君は…何を知っているの?」
墓穴を掘ると分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
だって同じ台詞を、屋敷を訪れたフレデリク将軍も言ったんだ。
思わせぶりな態度で、僕が人類の仇敵と通じているんじゃないかと、盛大なカマをかけてきた。
アッシュの言葉は、確信に近かった。
“紡ぎの塔”に、僕の秘密を知られているかもしれない。その恐怖に思わず慄いてしまったのである。
「今回の騒動はそうもいかないみてえだな。これから嬢ちゃんの話を訊きに戻るけど、旦那の想定通りであれば、あんたらは初めて人の力じゃどうにもならない災厄に見舞われるってワケだ」
「災厄に見舞われる、だって…?はは、何を知ったような口を。有り得ないよ、災厄なんて」
大丈夫だ、大丈夫。
彼らもフレデリク将軍と同じ。カマをかけて僕の反応を見て楽しんでいるだけだ。
邪教徒をギルドマスターという地位に据えて、人類を引き連れて僕の大事な取引先と戦う?
それこそ、人類に対する謀反だ。
女神信仰はこの世界の礎だ。根本を覆す理論を撒き散らす邪教徒の方がよっぽどタチが悪い。
そんなものと仲良しこよしとは、僕に自ら転覆の機会を与えたようなものじゃないか。
この虫問題に片を付けたら、ギルドそのものを《中央》から滅ぼしてやる。
彼らの力を借りて邪教を擁するギルドを壊滅させれば、魔法使いに散々邪魔され苦しい立場にある彼らもまた、人類に恐怖を撒き散らしてくれるだろう。
その世界に僕が王として名乗りを挙げ、支配し、君臨する。
彼らと世界を二分し、互いに互いを認め合って共存する事で、新たな新境地を作り上げるのである。
滅ぼされるのはヴァレリじゃない。
君らだよ、小山のサルめ。
占い師が立ち上がる。
口元のベールを戻して薄絹を正し、僕に一瞥を食らわせてから金を無造作に置いた。
「旦那、ちょっとこの店の連中に挨拶だけさせてくんね?最後なのは分かってっけど、このままじゃ収まりがつかなくてよ」
「……」
「すぐに追いつくからさ。ここの飯美味かったし、嬢ちゃんらに包んで持っていくから」
占い師は頷き、無言で足早に出て行く。
アッシュはこれ以上僕に突っかかる事は無く、悪いなと肩を叩いて厨房の中へと勝手に入っていった。
取り残された僕は慌てて占い師の後を追う。
あのまま糾弾され続けるのかと、構えていたが拍子抜けした。
誰が訊いているとも分からない人の多い店内で口論する事もないし、石の伝達が本当ならば、ニーナが僕らの帰りを待っているはずだ。
そう、思って途中で話を打ち切ったのだろう。
「じゃあ続きは屋敷で、かな?」
どうせ烏合の衆。神を味方にした僕に敵う相手はいないのだ。
幾らでも真実とやらを追求して探っていればいい。その間に僕がサラっと奪ってしまうよ。
なにもかもね。
随分と長居した店から出ると、すでに陽はすっかり昇りきっていた。
昨日の小雨が嘘のように、空は晴れ渡っている。
青空が眩し過ぎて、日陰を探してそこに身を寄せた。
占い師の女はじっと空を見つめていた。
黒い粒が幾つも宙に浮いている様を、ぼんやりと眺めている。
「虫が、こんなところまで…」
目を凝らさずとも、それが空を漂う何千匹もの羽虫である事は一目瞭然だった。
「……」
そんな空の下で、占い師はただ上を見上げている。
両手に袋を幾つも提げてアッシュが店から出てきたのは、それから十数分経ってからだった。
「昼飯も確保したぜ。食いながら嬢ちゃんの話を訊こうぜ!」
アッシュの機嫌はすっかり元通りだ。
悪意のない笑みに嫌味はなく、人好きのする表情で僕らを待たせた詫びを入れる。
「女の服なんてわかんねーし、適当でいっか。今着てるメイド服も意外と似合うと思うけどな」
観光客の消えた寂しい商店街を僕らは廻り、ニーナに似合いそうなカッチリした服を選び、占い師はついでに自分の服を買っていた。
その服の種類はローブで、傍から見ても奇抜な色で突飛も無い造形をしていたのだけど、彼女は心なしかウキウキしているように見えたから僕は口出しせずに黙っている。
隣でアッシュが大笑いしているのを無粋だと小突いたら、眉を八の字にしてクスクス吹き出すに留まった。
「女の買い物は男には理解できないものさ」
「この人の場合、そんな問題でもないけどな。いつ着るんだよ、それ…」
そして僕らは屋敷に戻る。
ニーナの得たという真相は、後に僕を震撼させるには充分過ぎるものだったけれど、この時何も知る由はなく。
束の間の平和はこれが最後であったと気付くのは、全てが始まり終わった時だった。
こんなに楽しげに、何も知らない庶民達が全て喋らなくなるまで―――。
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ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
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