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三. セトの章
57. 甘くて美味しい真実 ①
しおりを挟む訊きたい事なんて、それこそ山ほどある。
でも一番知りたいのは―――この人の事だ。
「君の事が知りたい、占い師サン。君は本当は、誰なの?」
僕だけ蚊帳の外に追いやって、僕だけ説明してもらっていない。
皆はこの人が誰かなんてとっくに知っていて、話しの流れだけで知ったかぶりするのも嫌だった。
ちゃんと、この人の口から訊きたかった。
「本当に、《中央》のギルドマスター?一番偉い人なのかい?」
「…ギルドを束ねる意味では一番偉いかもな。治世を担う立場としても、その辺の奴らよりは遥かに高い権力を持っている」
「…やっぱりそうなんだね。占い師サ…いや、違うんだった。ねえ、君から言ってくれないかな。僕が君を何と呼べばいいのかを」
地下の冷たい石牢に二人きり。
薄くて臭くて息苦しい空気が蔓延する中に、僕らの声が響く。
壊れた鉄格子と埃以外は何もない空間に、僕は身体を丸めて座っていて、その真正面に彼女がいる。扉に面した地面に両手を付けて真霊力を送り込んでいる。
張り詰めた雰囲気などない。
こんなに非日常的な場所なのに、和やかになっている場合ですらないのに、泣きたくなるほどこの人の隣は居心地が良かった。
「《中央》4大ギルドが一つ、“紡ぎの塔”ギルドマスターだ。そう云えば名乗るのは初めてだったな。俺をどう呼ぼうと好きにすればいい。どうせ呼称でしか呼ばれんからな」
「占い師の時に使ってたリュシアって名は…」
「本名だ。別に隠す気も無いさ」
少しだけ顔を上げて、占い師―――リュシアは僕を見た。
鉄の無表情。こんなに綺麗なのに、取り繕うことすらしない。
名前も顔もとびっきり綺麗で、笑えばそこから花が咲き乱れるというのに。
誰しもがこの人の虜になって、世界から愛される類稀なる美貌を持ち合わせているというのに、なのにこの人は全てを隠す。
勿体無いどころではない。この人を創造した神に対する冒涜だ。
「僕を…騙していたの?どうして女装までして僕に近付いたの。何故今も、正体を明かした今でも“占い師”のままでいるの!?」
「質問が多すぎる。まあ、騙された立場からすれば分からんでもないが、一つずつ答えようか」
「…ご、ごめん」
頭を掻こうとして、その手が埃で真っ白になっているのに気付いてやめる。
行き場を失った手を手持ち無沙汰にわきわきしている僕から視線を外さず、リュシアは言った。
「まず、騙していたのは本当だ。奴らに俺がいる事を気取られる訳にはいかなかった。それにお前自身にも、俺が女であると確実に認識させたかった。最後に、俺はもう魔法を解いている。昨夜目的を果たした時点で、女装はしていない」
「え!?うっそだぁ!占い師サンの時と全然変わらないじゃないか!」
これで女装していないだって?
男というものは、そもそも根本的に女性と骨格が違うのだ。僕より小さな背丈のリュシアは、女性だと思えば長身で、でも男性として見れば平均よりやや小さめの部類に入る。
こんなに可愛い成りをして、男だと言われる方が不自然だ。
「ローブは何処に行っちゃったの」
「砂に埋もれている時に脱いだ。流石に砂中じゃ身動きしづらかったからな」
上から下まで全部、身体の線まで隠していたローブの中身は簡素なものだった。
上着は薄手のシャツ一枚。ガサガサした生地は、多分麻だ。
鎖骨部分が大きく開いていて、肩からずり落ちないように前を留める紐が交差しているだけの、飾り気ゼロの服だった。
言われてまじまじ見てみれば、確かに上着の胸元はペタンと萎れている。
あのふっくらと触り心地の良かった可愛らしい乳房が、跡形も無くなっているのだ。
下も、これといって特徴のないズボンだった。
丸みのないペタンコな腹と腰に革のベルトが巻き付けてあって、お尻の方に小さな皮袋がくっ付いている。
ふくらはぎまでの革靴を履いていて、これまた質素な靴で長年履きつぶしたような疵があちこち付いて、底が擦り減っていた。
ギルドの頂点を張っている者としては、余りにも貧相な出で立ちである。
全体的にダボっとしているが、占い師だった時と圧倒的に違うのは、出っ張っている胸の部分が引っ込み、引っ込んでいるはずの股間の部分に、やや丸みがある事だろう。
「でもその顔と長い髪は…」
「髪は地毛で造ったカツラだ。多少動いても外れないように結構きつめにつけているから、取るのが面倒臭いんだよ。取った後で持ち歩くのも不便だしな」
「…意外とそんな理由だったんだね…」
「それと、顔は自前だ………最初からな」
そこで初めてリュシアの表情が変わった。
昨夜僕と激しく睦み合っている最中に、ギルドマスターの顔が嫌いで何度も潰したと憎らし気に言っていた時と同じ表情だった。
「そうか…“占い師”はギルドマスターの一部だって、そういう事だったのか。…ははっ、最悪…。一応、嘘は言ってないね…まんまと騙されちゃったけど」
セックスの際、占い師は頑なに膣口への挿入を拒んだ。陰核を触る事すら許されなかった。操を立てているだなんて抜かしたのは、事実、男性であるのを看破されない為だった。
男性に膣は無い。その不自然さを隠しつつ、後ろを奔放に明け渡す事で僕の興味を尻に逸らしたのだ。
実際僕は、気持ち良すぎて前が許されなかった事をすっかり忘れてしまったのだから。
「僕は君と寝た…んだよね?その、ちゃんと胸はあったし、股間に何も無かった。完璧な女性の姿だったのは何故?」
「ただの錯覚だ。魔法で光を屈折させ、一種の幻を魅せていた。視覚効果は脳すら麻痺させる。女を派遣させるとユリウスが先入観を与えたのもあって、お前は疑う事もしなかった。お前には俺が完璧に女に見えていた筈だ。それすらも、騙し通せたからな」
「それ…とは…?」
「これだよ」
リュシアは床から手を離し、拳で僕の左胸をトンと突いた。
そこは心臓の真上。黒の行商人が腕を突っ込んできた場所だった。
「ここに、何があるっていうんだ…。行商人は【核】と言っていた。君も、そうだよ。ねえ、どういう事、なんだ?」
「……」
リュシアが僕の胸の前で手をかざす。
「―――っつ!!」
すぐに鋭い痛みを感じた。心臓が忙しなく鼓動を速め、内部に異様な熱さを伴ってくる。
「その説明をあの男にやらせようと思っていたんだが…仕方ないか」
そう言ってリュシアは語った。
10年越しの、とんでもない真実とやらを。
この惨劇は、やはり黒の行商人達によって、最初から仕組まれたものだった。
悪魔の取引を真似たのかもしれないと、僕なりに考え付いた持論を披露して見せたら、リュシアは少し驚いた顔をした。
「お前は間抜けだが、馬鹿ではないんだな」
と、あんまりな台詞を言われてしまう。
「奴がお前を選んだ理由は知らん。当時砂漠に棲みついていた賊相手にもこの話を持ち掛けていたようだし、案外誰でも良かったんだろう」
「砂漠の蛮族を知っているの!?…いや、知ってて当然か。《王都》じゃ相当悪さしていた物凄い悪人だったみたいだしね。僕も子供の時に殺されそうになった事があるよ」
「……」
人で在りながら平気で人を陥れる事の出来る、無慈悲な心の持ち主を行商人達は探していた。
僕は運が良いのか悪いのか、彼らの条件に合致した。
程よく頭が切れ、自己承認欲求が強く、また顕示欲もあって、なにより相応の権力を持ち合わせている。僕を「クズ」と呼んだのも、そこから来ているのだろう。
災厄という惨劇に見舞われて、日々の生活にも事欠く状況に立たされたあの逆境で、誰しもが藁に縋りたい思いだった。
悪の道に手を染めてでも生きたい、食いたい、眠りたい。それが悪の道であるという意識すらなく、甘い言葉があれば飛びついただろう。
ただ必死で生きたかった人の生存欲を、彼らは逆手に取ったのだ。
「行商人はその賊にも取引を持ち掛けたらしいんだけど、全く相手にされなかったみたいでね。砂漠で手下を引き連れて、好き勝手生きて何不自由ないのに、怪しい連中の手を借りる必要なんてないんだって攻撃してきたらしくって。彼らにも手に余るとんでもない連中だったみたい」
「……そうか」
「まあ、お陰で砂漠に閉じ込められていたみたいだし、いつの間にか全員いなくなっちゃって、アジトもぺちゃんこに潰れているし、僕には関係ないよね。でも、面白いや。その蛮族の棲家の地下に、僕らが避難しているなんてさ」
「遊牧民の居住地には、自然の猛威から避ける為の地下を設けているそうだ」
「良く知っているね」
砂漠の民だった父から聞いた事がある。
流浪する遊牧民達は、砂漠の各地に建てた石工建築に居を構える。オアシスが枯れたら別のオアシスへと旅立ち、数年放置した後にまた帰ってくる。そうして転々と移動しているのである。
地上にテントを構えてそこで寝泊まりし、石の建物内に物資を保管する。突然の砂嵐や魔物対策に、地下室は避難場所としても使われる。ひんやりと冷たい地下は温度も一定で、食料の保管場所に最適なのだと父が言ってたのを思い出した。
元々ここはその保管庫だったのだ。
蛮族が棲み着いてから地下に牢獄が作られたみたいだけど、その使い道は知りたくも無い。多分、残虐な目的で使われたに違いないだろうから。
「以前、砂漠の民から訊いた。それだけだ」
リュシアは蛮族には興味なさげな口調だった。
砂漠という小さな世界で、勝手に支配者気取りしていた挙句、智にも利にもならない事ばかりして人知れず自滅した阿呆どもなんて、僕らには関係の無い話だ。
「あの、さ…君らはその、全部知っているのかい?」
おずおずと切り出してみる。
悪魔の取引云々の話になっている時点でもう筒抜けのようなものだが、どうしても訊いてみたかったのだ。
最初から全部知っていたのかどうか。
そして、知っていて黙認していたその意図を。
「ニーナの話を覚えているか?お前の父親と口論していたあの話を」
「勿論覚えているよ。ニーナが事実を皆の前で暴露しちゃうから、父さんが言い訳もできなくなって激昂したんだったよね…」
大地の粛清5日目。蟲の襲来に備えて屋敷の居住区に待機していた僕と父は、じっとしているのも暇になってニーナの部屋に突撃した。
ギルドの連中が何を仕出かすか分からないと父さんは言い出して、僕も面白そうだと思って父の跡を付いて行ったんだった。
その後リュシアを怒らせる結果となって、みんな仲良く数時間も石にされちゃったオチが付いてしまったのだけどね。
あの時ニーナは、僕らの町以外でも、似たような事が起きているのだと言っていた。
無差別に人間を攻撃していたグレフが、ある時から明確な意思を持って、特定の町村を滅ぼし始めたと。
「僕のような、富を得た町…」
災厄の被害など物ともせず、誰の助けも借りずに自力で復興を果たし、乗じて富を得て発展を遂げた自治体。
実は彼らと取引をして富を得ていた、僕と同じような協力者が住んでいた町や村だ。それが今回狙われたとニーナは言っていたのだ。
「その違和感に、最初に気付いたのはユリウスだ」
「え?あの、フレデリク騎士団長!?」
「不自然過ぎたと奴は言っていたぞ。《王都》への道が閉ざされてもお前たちは平気な面をしてのうのうと暮らしているし、砂漠案内で外貨を得ていた町が収入源を失っても困った様子すら見せていない」
「そ、それは…」
「俺や他のマスターどもではなくユリウスが気付いたのは、かつて平和だった時代に何度も《王都》と《中央》を行き来するのにここを頻繁に訪れていたからなんだろう」
つまり、その時から僕らは目を付けられていたのだ。フレデリク将軍の心の中で、ひっそりと。
グレフだ何だと騒がれ始めたのはその少し後からだったから、その原因までは分からない。ただ当時は怪しいと思ってその因果関係を密かに探っていたそうだ。
「じゃあ、なに?しつこくフレデリク将軍がこの町にやって来ていたのも、騎士を駐屯させていたのも、全部僕らを見張る為だったって事?」
「それもあるだろうな。ユリウスはそれも含めて、悲願の砂漠攻略に勤しんでいたようだ。俺はそもそもこの町に関わっていなかった。奴の話を聴いていただけだから仔細は知らん」
時が経ち、グレフとの戦闘が激化してその対処法も編み出されてきた頃、内密に探っていた騎士団の働きにより、僕らのバックに敵が絡んでいるのではないかという懸念は確信へと変わったのだそうだ。
だけど敢えて素知らぬ振りをして、僕らを泳がせる事にしたらしい。
どっちつかずのコウモリのように、人にもグレフにも良い顔をしている僕らを、ただ見守るだけに留めた。
ヴァレリに対して不可侵であるべしと、フレデリク将軍が責任の元で各ギルドに通達されたそうなのだ。
「…え、なんで…?人に害を与えて裏切っているのがバレバレなら、とっ捕まえて罪を償わせれば良かったのに。将軍は砂漠攻略の要所として町を軍事的に利用したがっていたんだから、そのチャンスはいくらでもあったでしょう?」
「ギルドの方針はギルドマスターに一任される。余程の理不尽や不利益がなければ、俺とて口出しはできん。それに―――」
「…それに?」
「お前たちに害はないと判断された。町の外に出てくる事もなければ、侵略してくる事も無い。《中央》に密偵を放っているのは知っているが、情報を得たとて行動には移さないとな」
「…は?僕らが何も出来ない意気地なしだと言っているの?」
聞き捨てならない台詞だった。
僕の野望の強さを、野心の深さを知らずによくもそのような事が言えるものだ。
沸々と怒りが湧いてくる。
仮にも僕は王族の血をこの身に宿す、由緒正しき王の中の王なのである。
高潔な血を持つ僕に、本来ならば肩書程度のギルドマスターなどが、僕に偉そうに減らず口など叩けないのである。
寛大な僕がそれを許してあげているのだ。
庶民が王に向かって何たる侮辱、なんたる言い草だ。
「僕はっ!王さ―――」
「王様になりたいんだろ?」
また、遮られた。
「そ、そうだよ!!《王都》が彼らに囚われている今、唯一無二の王こそ、この僕なんだ!僕はいずれ《中央》に侵攻して御旗を掲げ、王様を名乗るんだ!世界に君臨して全ての女性に感謝される平和な世界を作れる僕が、小っちゃな町に閉じこもって何も出来ない臆病者だなんて言わせないよ。いくら君でも許さない!!」
ぐわんぐわんと地下に声が反響する。
自分の怒鳴り声が音を換えて鼓膜に返ってきて、それがうるさいのなんのって。
僕は懸命にリュシアを睨みつけたけど、やっぱりこの人には届いていなかった。
僕がどんなに怒りを露わにしても、眉一つ動かさないのだ。
一人だけ怒って興奮して、リュシアがこうだとなんだか急に馬鹿馬鹿しくなってくる。僕は急激に怒りを収めて、替わりに肩を竦めた。
「ごめん、怒鳴るつもりは…でも僕は、王様に…」
「俺が言いたいのはそこじゃない」
「……え?」
「これだ」
そう言って爪の先まで綺麗な細い指を、僕の胸元に当てた。
男のくせにか細い指先。形のいい爪先が僕の薄手の服を触る。カリカリと先っちょで、擽るように掻きだした。
昨夜の占い師の痴情を彷彿とさせる緩慢な動きは、僕の雄を刺激する。
思わず顔を赤くして、僕は心を乱してしまう。
この人は男なのに、男になんて全く興味はないのに、どうして彼の一つ一つの仕草が気に掛かるのだ。
何故こんなにも、僕はリュシアに興奮してしまうのだ。
綺麗だから?それとも一晩の情があるから?僕に絶対に靡いてくれないから?
「リュ――」
「お前の【核】が、そうさせているんだよ」
「……へぁ?」
変な声が出た。
リュシアが僕の服の下に手を突っ込んで、直に肌に触れてきたからである。
遠慮のない指が、僕の敏感な部分を擦る。
ぶわりと鳥肌が立つ。
男に触られている拒絶反応ではない。むしろ、渇望の方だ。
その時だった。
「……!!!ぐぅっ、!!?」
また、激しい痛みが胸部を貫いた。
どうしてだか、リュシアにそこを触られると剣で突き刺されたかのように、鋭く痛む。
「か、核って…っ…な、に?」
「取引の際、奴らがお前たちに植えたものだ」
「どういう…っ…ちょ、痛っ!!」
リュシアの手は離れない。
優男の細腕くらい体系が勝っている僕の力で簡単に解けそうなのに、身体が言う事を利かない。
心臓をじかに掴まれている訳でもないのに心臓が痛い。僕は痛みを訴えるだけで、されるがまま動けないのだ。
「奴らから何か渡されただろう?それを町中に配ったはずだ。奴らの攻撃の対象外になると、それを飲めと言われなかったか?」
「それは…っつ、!!」
そんな事まで知っているのか。
驚きよりも情けなさが先にくる。
リュシアの言う通りだったからだ。
怒れる神との取引は、僕と父と、あの時一緒に付いてきていた一部の従者しか知らなかったはずなのに。
その後確かに行商人から、黒い豆粒のような物を貰った。謳い文句も全て、リュシアの言った通りの言葉である。その事実は、僕と父の秘密だった。
豆粒は町の住人全員にそれを飲ませたけれど、配給と称して食料にこっそり混ぜたから、民に飲んだ認識すらなかっただろうに。
どこまで暴かれているのだ。
どこまで僕は、踊らされていたのか。
いや―――もう、全部、なのだろう。
僕らは必死で隠していたつもりだったけれど、彼らと同様に詰めが甘かったとしか言わざるを得ない。
「お前の心臓に、それが巣食っている。それは奴らの【核】。お前たちは、生きながらにして奴らに食われてしまったんだよ」
「……な、な、なんだって…!!??」
身体の中で、僕の核とやらが発光している。
どぎつい派手なピンク色の光を、下品に発している。
リュシアはようやく僕の胸から手を離してくれた。彼の冷たい指先の感覚がなくなって、ほっとしたのと物足りないのが鬩ぎ合う変な感情が鬩ぎ合う。
「お前の言う通り、これは最初から奴らによって仕組まれていた。10年後にお前たちが滅ぼされるのも、奴らの描いた物語の筋書き通りだ」
更に彼は言う。
でももう僕を見ていない。視線はまた何もない地下の扉に向けられた。
「核を植えられたお前たちは、奴らの手が加わった食糧を食って核を根付かせ、次第にマナを失くしていった。お前たちは人で在りながら人を止めた、グレフの言いなりの操り人形に変えられたんだよ」
「僕が…操られている?そんな馬鹿な!僕は僕の意思で行動していた。彼らの声なんか聴こえていないし、人間もやめてなんかいない!!」
リュシアの声は強弱もなく、一定であった。
平坦で感情の篭らない事務的な物言いで、僕の心情など構わず続ける。
全て語ると言ったのだ。今度こそ、僕に真実を告げる人がここにいるのに、その僕が邪魔をしては元も子もないのに。
分かっているのに感情が追い付かない。
「聴きたくないのならもう話さない。俺はお前と討論するつもりはないし、お前の否定など訊く気もない」
「ご、ごめん…つい…」
「奴と答え合わせをしていないから、100パーセント事実とは限らないがな。だが、大概は合っているだろう」
「お願いだよ。僕はもう邪魔しないから、お願いだから見捨てないで…」
僕はついに黙った。
どうせ口論しても状況は変わらない。
それが是か非かは、全て訊いた後に僕が判断する事だと思ったからだ。
心地良い低音を遮るのは無粋の極みだ。
もう僕は最後まで聴く。どんな素っ頓狂な設定を言われても、まずは聴かねば話になるまい。
僕がようやく聴く体勢に入ると、リュシアは機嫌を直してくれたのか雄弁に語ってくれた。
アッシュが言ってたっけな。この人は普段は本当に喋らないけど、意外と話好きなところがあるんだって。
占い師に扮していた時とはまるで違う弁達さに、僕は聴き惚れるのである。
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