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土砂降りの散歩道 編
下(完)
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あったかい我が家に帰った僕は、ほうっと息をつく間もなく言われたとおりにオレオを拭き上げ、飲み水をやる。
ガタガタと雨に濡れそぼった身体をとりあえず温めようとシャワーを浴びた。
あれは何だったのか。
すっきりした頭で幾ら考えて訳が分からない。
だけど怖いのだけは分かる。
父と母が何処に行ったのかも分からない。
いつも冷静で、どっしりと構えている父がずっと怒った顔をしていたのも気になる。
僕は車で出かけた両親を、猫のチコを抱いて待った。
猫はそういった類の気配を察知するというし、何かがあれば二階でぐっすり眠っている兄か妹を叩き起こせば良い。
しかし待てども待てども父と母は帰って来ず、日付が変わる頃に僕は寝落ちしてしまう。
朝日の眩しさに起きたら僕の部屋で、昨夜の一連の出来事は全部夢かと思ったぐらいだ。
結局、僕たちを追いかけて突然消えてしまったおじさんの事は分からず、父も母も何も言わなかった。
しつこく聞くと怒られるから僕も黙っていたけれど、本当は気になって仕方がなかった。
このモヤモヤの気持ちの行き場をどうにかしたくて、何か別のものに没頭すれば忘れられると思った僕は、その日の内に陸上部への入部届けを出していた。
父はあれから夜の散歩をやめた。
「夜は危ないからな!」
そう言い張る父の隣で、母がニヤニヤと笑っていた。
■■■
十数年後、大人になった僕は、妻を連れて帰省していた時に、あのときの真相を知る事となる。
母の手料理を家族みんなで囲っていた夕食の余興ツマミが何故か怖い話だったのだ。
歳を重ね、随分温和になった父が焼酎を飲みながら饒舌に語る。
「お前、覚えとらんやろ?」
「いや、覚えとるって。オッサン追いかけてきたやん。あれ、凄い怖かった」
田んぼの畦道で黄色い長靴のおじさんがバシャバシャと水溜りを蹴散らしながら凄まじい勢いで僕らのすぐ後ろまで迫った。
強張った父の顔が忘れられない。
僕らは雨の暗闇の中を全力疾走で逃げたのだ。
「お前が見たの、長靴?」
「うん。傘差しとったし、前は見えんやった」
父が笑う。そうじゃそうじゃと僕の記憶と父の記憶に相違はない。
「オレが見たのは足だ」
きっぱりと父が言う。
いや、だからさっきから言ってるではないか。僕も長靴を見たと。
「違う違う。オレが見たのは足。こっから、ここ」
父の手が腰を示す。
妻と2人で父のジェスチャーを凝視する。
腰に当てた手は、滑るように足首へ。
「下半身…?」
妻のつぶやきに父がそう!と手を叩いた。
「は?」
「いいか?オレがあの時見たのは、足だけなんだよ。腰から下しか、あれにはなかったんだ」
「え!」
父は語る。思い出話を実に楽しそうに。
あの時、狭い田んぼの畦道をおじさんとすれ違った時、父は違和感を覚えたそうだ。
僕らの前方から歩いてきたはずなのに、その足音は突然聞こえたそうで、不穏な霧が周りを立ち込めさせた時に、これはヤバイかもと思った。
こんばんはと声をかけたのは、その人の正体を見極める為だった。
挨拶はそれに最も相応しい。
不審者ならば声をかけられた時点でよからぬ行為を躊躇する。相手が怖がるのを目的としているから、先制すればいいのだ。
普通の通行人なら普通の反応が返ってくる。
父が声をかけた時、その人は会釈を返したから父も安心したのだと言う。
そしてすれ違いざま、父は見てしまった。
違和感の正体を。
初めは胸元の懐中電灯がそこしか照らしていない所為かと思った。
甚平のような薄いズボンと、黄色い長靴。
そこから上が、何もない。
腰から上が真っ二つに切られたように、あるはずの上半身は真っ黒だった。
暗い闇に、上半身が溶け込んでいた。
父はその時点で、おじさんは生きている人ではないと思ったそうだ。
僕はてっきりおじさんも傘を差していたと思っていたが、父曰くおじさんは腰から上がないのだから傘を支える手すらなくて、傘だと感じたそれは真っ白な煙だったそうだ。
煙はまるで傘のようにおじさんを囲っていて、しかし雨は煙を突き抜けて降り注ぎ、実際は半分しかない身体をひたすら濡らしていた。
ギョッとして僕らを通り過ぎるおじさんの後ろ姿もやはり上半身はなく、そこで父はオレオの首輪を掴み、僕におじさんを振り返らないように言い含めさっさと帰ろうとした矢先に、下半身だけが追いかけてきたのだった。
「……嘘」
「お前は怖がりやけんの。足しか無いと分かったらその場で気絶しとったろうが」
父が笑う。
いくらなんでも外で気絶なんてあり得ないと反論しようとしたが、たしかに僕はめちゃくちゃ怖がりなので完全に否定できないのが悔しいところだ。
あのおじさんの何にもない上半身を見なくて良かったと心底思った。
「でもあの後、お父さん達は何処行ったん?」
配膳の終わった母が席に着く。
あの時のようなニヤニヤと含みのある笑い方をして、今度は母が喋った。
「お父さんね、あんたの前だから顔には出さなかったけど、あの時すっごく怖かったんだって」
「そうなん?」
「だから、あまりに怖くて怖くて、怖すぎて逆に腹が立ってね。なんでこんなに怖がらせるんだって文句言いに行ったんよ。お母さんを連れて、ね」
母は現実主義者である。
殆ど動じず、摩訶不思議な出来事も鼻で笑って済ましてしまう。
この家で最も腹の据わった人は父ではなく、母だったのだ。
あのめちゃくちゃ狭い道を、父は軽自動車でぶっ飛ばしたそうだ。
田んぼがあるからトラクターがギリギリ通れる畦道を、自動車を走らせるなんて規格外だ。
「それに、頼りの灯りはお父さんの懐中電灯だけだったから、もしかすると本当に田んぼに落ちたのかもしれないと思ってね。あの暗がりじゃはっきり見えないし、車のライトだと遠くまで見渡せるやろ?」
人が落ちた万が一の可能性もあったから、父は直ぐに車を走らせた。
果たして結果は、何もなかった…のだけど。
あの場所に僕と父の傘が落ちていただけ。
傘を回収した2人は、そのままラーメンを食べに行った。
父があまりにも怖がるものだから、気分転換に人のいる場所に行きたかったらしい。
「お父さんは怖がりとよ。知らんやったやろ」
心底楽しそうに母は言う。
我が家では父がいる時は心霊番組やホラー映画といった類のテレビは消されてしまう。くだらんと一蹴されるから嫌いなんだと思っていたら、まさかの怖がりが原因だったとは。
一方母は何でもござれだ。
心霊番組は所詮テレビ用に作られたものだし、ホラー映画は役者が演じている。
心霊写真は自分には関係ないと思えば一切怖くないのだと。
「お母さんは見てないから、あんたとお父さんが見たものが幽霊だったとは思わないけど」
「けど?」
「けど」の部分をわざと強調した母は、一瞬で真顔になった。
「あれから気になって調べてみたら、ひと月前ぐらいの新聞に小さく載ってたんよ」
あの畦道の道路を挟んだ奥の民間で、【焼身自殺】があったと。
「ドラム缶の中で亡くなってたんだって。足が焼けて、煙を吸って一酸化中毒で」
ゾッとした。
「あんた達が散歩に出掛けた日は、四十九日でお寺さんが来ていたそうよ」
「はうわ」
また変な悲鳴が出た。
「な、怖いだろ?」
焼酎で真っ赤になった父が、舌足らずの口で大袈裟に身震いするのを、妻がニヤニヤと笑っていた。
あの日僕らが土砂降りの雨の中見たものは、錯覚だったのかもしれないし、近所の人が驚かせただけかもしれない。
この世にないものだったとしても証拠がないから、証明の仕様がない。
でも、僕らは怖い体験をした。
誂えたような後日談だったけど、もしそれが焼けて亡くなった人のお化けだったとしたら?
あのツンとした焦げた臭い。
煙のような白いモヤ。
荼毘に付され、焼けずに残った上半身だけが49日を経て成仏し、焼けた下半身が今でも彷徨っているとしたら?
何処にも証拠はない。
だけどそれを否定する証拠だってない。
「いずれにしても、オレオは幽霊の気配に鈍感だって事だな!」
歳を取って足腰が弱り、大好きな散歩も出来なくなったオレオは僕らの側でのんびり眠っている。
「……そうだね」
二度とあの道を見ないと決めた。
■■■
「ただいま」
20時15分。妻が帰ってきた。
娘はカラオケ番組の歌詞バーを追いかけて興奮している。
「おかえりなさい。今日のご飯は生姜焼きと餃子だよ」
僕の一日。
娘が寝たら、これで終わりだ。
「ああ、新婚の頃にお義父さんから聞いたね。読み物としては面白かったな」
妻は餃子にマヨネーズをつけて食べる。邪道とは言わせないらしい。
「たまたま黒い服を着てただけやろ。そう簡単に幽霊には出会わん。幽霊も生者が怖いんだから、2人と1匹の場所に現れたりせんよ」
「それって…どういうこと…?」
妻はニヤニヤと笑っている。あの時の母の顔とそっくりだ。
「なんで笑うの」
「だって、嘘やもん」
「は?」
妻は目を細め、ご飯と一緒に餃子を掻き込む。
「お義母さんが面白がってついた嘘なんだってよ。焼身自殺のくだり」
「え!」
「歩くのはいいけど、何時間も出歩いて携帯も持ってないし、田舎やけど暴走族もいて危ないからね。やめさせたかったんだって」
なんと、まさかこんなオチがついたとは。
たしかに父はあの後夜中の散歩をやめた。
一度言い出したら効かない頑固な父に、最も効果的な、強引なやり方。
「妻の愛だよね~」
暢気に言う妻の見ながら僕は思う。
これが母の仕組んだ罠だとしたら、あの時出会った長靴のおじさんの正体も、母だったということになる。
オレオが特に反応しなかった理由も説明がつく。
ならば、突然消えたように見えたのはどうやって?
全力疾走で家に転がり帰った僕らを出迎えた母は何?
怖がらせるにも、タチが悪過ぎるんじゃないか。
それになにより。
陸上部に入って出来た友達に、あそこで本当に焼けて亡くなった人がいると聞いたのは、何だったのだろう。
消防車も警察も総出でやってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎだったと言っていた。
母の作り話は、本当にあった事を脚色したに過ぎなかったとしたら。
僕らがあの夜、出会ったおじさんは―――――本物。
今も下半身だけで、あの畦道を散歩しているおじさんは、今何を思っているのだろう。
今日からしばらくは電気が消せないかもしれない。
怖がりな僕は、やはりあの道を二度と見ないでおこうと心に固く誓った。
オレオが元気だった頃、どんな事にも呑気な顔でいた逞しい愛犬の亡き姿を思い浮かべながら―――。
終わり
ガタガタと雨に濡れそぼった身体をとりあえず温めようとシャワーを浴びた。
あれは何だったのか。
すっきりした頭で幾ら考えて訳が分からない。
だけど怖いのだけは分かる。
父と母が何処に行ったのかも分からない。
いつも冷静で、どっしりと構えている父がずっと怒った顔をしていたのも気になる。
僕は車で出かけた両親を、猫のチコを抱いて待った。
猫はそういった類の気配を察知するというし、何かがあれば二階でぐっすり眠っている兄か妹を叩き起こせば良い。
しかし待てども待てども父と母は帰って来ず、日付が変わる頃に僕は寝落ちしてしまう。
朝日の眩しさに起きたら僕の部屋で、昨夜の一連の出来事は全部夢かと思ったぐらいだ。
結局、僕たちを追いかけて突然消えてしまったおじさんの事は分からず、父も母も何も言わなかった。
しつこく聞くと怒られるから僕も黙っていたけれど、本当は気になって仕方がなかった。
このモヤモヤの気持ちの行き場をどうにかしたくて、何か別のものに没頭すれば忘れられると思った僕は、その日の内に陸上部への入部届けを出していた。
父はあれから夜の散歩をやめた。
「夜は危ないからな!」
そう言い張る父の隣で、母がニヤニヤと笑っていた。
■■■
十数年後、大人になった僕は、妻を連れて帰省していた時に、あのときの真相を知る事となる。
母の手料理を家族みんなで囲っていた夕食の余興ツマミが何故か怖い話だったのだ。
歳を重ね、随分温和になった父が焼酎を飲みながら饒舌に語る。
「お前、覚えとらんやろ?」
「いや、覚えとるって。オッサン追いかけてきたやん。あれ、凄い怖かった」
田んぼの畦道で黄色い長靴のおじさんがバシャバシャと水溜りを蹴散らしながら凄まじい勢いで僕らのすぐ後ろまで迫った。
強張った父の顔が忘れられない。
僕らは雨の暗闇の中を全力疾走で逃げたのだ。
「お前が見たの、長靴?」
「うん。傘差しとったし、前は見えんやった」
父が笑う。そうじゃそうじゃと僕の記憶と父の記憶に相違はない。
「オレが見たのは足だ」
きっぱりと父が言う。
いや、だからさっきから言ってるではないか。僕も長靴を見たと。
「違う違う。オレが見たのは足。こっから、ここ」
父の手が腰を示す。
妻と2人で父のジェスチャーを凝視する。
腰に当てた手は、滑るように足首へ。
「下半身…?」
妻のつぶやきに父がそう!と手を叩いた。
「は?」
「いいか?オレがあの時見たのは、足だけなんだよ。腰から下しか、あれにはなかったんだ」
「え!」
父は語る。思い出話を実に楽しそうに。
あの時、狭い田んぼの畦道をおじさんとすれ違った時、父は違和感を覚えたそうだ。
僕らの前方から歩いてきたはずなのに、その足音は突然聞こえたそうで、不穏な霧が周りを立ち込めさせた時に、これはヤバイかもと思った。
こんばんはと声をかけたのは、その人の正体を見極める為だった。
挨拶はそれに最も相応しい。
不審者ならば声をかけられた時点でよからぬ行為を躊躇する。相手が怖がるのを目的としているから、先制すればいいのだ。
普通の通行人なら普通の反応が返ってくる。
父が声をかけた時、その人は会釈を返したから父も安心したのだと言う。
そしてすれ違いざま、父は見てしまった。
違和感の正体を。
初めは胸元の懐中電灯がそこしか照らしていない所為かと思った。
甚平のような薄いズボンと、黄色い長靴。
そこから上が、何もない。
腰から上が真っ二つに切られたように、あるはずの上半身は真っ黒だった。
暗い闇に、上半身が溶け込んでいた。
父はその時点で、おじさんは生きている人ではないと思ったそうだ。
僕はてっきりおじさんも傘を差していたと思っていたが、父曰くおじさんは腰から上がないのだから傘を支える手すらなくて、傘だと感じたそれは真っ白な煙だったそうだ。
煙はまるで傘のようにおじさんを囲っていて、しかし雨は煙を突き抜けて降り注ぎ、実際は半分しかない身体をひたすら濡らしていた。
ギョッとして僕らを通り過ぎるおじさんの後ろ姿もやはり上半身はなく、そこで父はオレオの首輪を掴み、僕におじさんを振り返らないように言い含めさっさと帰ろうとした矢先に、下半身だけが追いかけてきたのだった。
「……嘘」
「お前は怖がりやけんの。足しか無いと分かったらその場で気絶しとったろうが」
父が笑う。
いくらなんでも外で気絶なんてあり得ないと反論しようとしたが、たしかに僕はめちゃくちゃ怖がりなので完全に否定できないのが悔しいところだ。
あのおじさんの何にもない上半身を見なくて良かったと心底思った。
「でもあの後、お父さん達は何処行ったん?」
配膳の終わった母が席に着く。
あの時のようなニヤニヤと含みのある笑い方をして、今度は母が喋った。
「お父さんね、あんたの前だから顔には出さなかったけど、あの時すっごく怖かったんだって」
「そうなん?」
「だから、あまりに怖くて怖くて、怖すぎて逆に腹が立ってね。なんでこんなに怖がらせるんだって文句言いに行ったんよ。お母さんを連れて、ね」
母は現実主義者である。
殆ど動じず、摩訶不思議な出来事も鼻で笑って済ましてしまう。
この家で最も腹の据わった人は父ではなく、母だったのだ。
あのめちゃくちゃ狭い道を、父は軽自動車でぶっ飛ばしたそうだ。
田んぼがあるからトラクターがギリギリ通れる畦道を、自動車を走らせるなんて規格外だ。
「それに、頼りの灯りはお父さんの懐中電灯だけだったから、もしかすると本当に田んぼに落ちたのかもしれないと思ってね。あの暗がりじゃはっきり見えないし、車のライトだと遠くまで見渡せるやろ?」
人が落ちた万が一の可能性もあったから、父は直ぐに車を走らせた。
果たして結果は、何もなかった…のだけど。
あの場所に僕と父の傘が落ちていただけ。
傘を回収した2人は、そのままラーメンを食べに行った。
父があまりにも怖がるものだから、気分転換に人のいる場所に行きたかったらしい。
「お父さんは怖がりとよ。知らんやったやろ」
心底楽しそうに母は言う。
我が家では父がいる時は心霊番組やホラー映画といった類のテレビは消されてしまう。くだらんと一蹴されるから嫌いなんだと思っていたら、まさかの怖がりが原因だったとは。
一方母は何でもござれだ。
心霊番組は所詮テレビ用に作られたものだし、ホラー映画は役者が演じている。
心霊写真は自分には関係ないと思えば一切怖くないのだと。
「お母さんは見てないから、あんたとお父さんが見たものが幽霊だったとは思わないけど」
「けど?」
「けど」の部分をわざと強調した母は、一瞬で真顔になった。
「あれから気になって調べてみたら、ひと月前ぐらいの新聞に小さく載ってたんよ」
あの畦道の道路を挟んだ奥の民間で、【焼身自殺】があったと。
「ドラム缶の中で亡くなってたんだって。足が焼けて、煙を吸って一酸化中毒で」
ゾッとした。
「あんた達が散歩に出掛けた日は、四十九日でお寺さんが来ていたそうよ」
「はうわ」
また変な悲鳴が出た。
「な、怖いだろ?」
焼酎で真っ赤になった父が、舌足らずの口で大袈裟に身震いするのを、妻がニヤニヤと笑っていた。
あの日僕らが土砂降りの雨の中見たものは、錯覚だったのかもしれないし、近所の人が驚かせただけかもしれない。
この世にないものだったとしても証拠がないから、証明の仕様がない。
でも、僕らは怖い体験をした。
誂えたような後日談だったけど、もしそれが焼けて亡くなった人のお化けだったとしたら?
あのツンとした焦げた臭い。
煙のような白いモヤ。
荼毘に付され、焼けずに残った上半身だけが49日を経て成仏し、焼けた下半身が今でも彷徨っているとしたら?
何処にも証拠はない。
だけどそれを否定する証拠だってない。
「いずれにしても、オレオは幽霊の気配に鈍感だって事だな!」
歳を取って足腰が弱り、大好きな散歩も出来なくなったオレオは僕らの側でのんびり眠っている。
「……そうだね」
二度とあの道を見ないと決めた。
■■■
「ただいま」
20時15分。妻が帰ってきた。
娘はカラオケ番組の歌詞バーを追いかけて興奮している。
「おかえりなさい。今日のご飯は生姜焼きと餃子だよ」
僕の一日。
娘が寝たら、これで終わりだ。
「ああ、新婚の頃にお義父さんから聞いたね。読み物としては面白かったな」
妻は餃子にマヨネーズをつけて食べる。邪道とは言わせないらしい。
「たまたま黒い服を着てただけやろ。そう簡単に幽霊には出会わん。幽霊も生者が怖いんだから、2人と1匹の場所に現れたりせんよ」
「それって…どういうこと…?」
妻はニヤニヤと笑っている。あの時の母の顔とそっくりだ。
「なんで笑うの」
「だって、嘘やもん」
「は?」
妻は目を細め、ご飯と一緒に餃子を掻き込む。
「お義母さんが面白がってついた嘘なんだってよ。焼身自殺のくだり」
「え!」
「歩くのはいいけど、何時間も出歩いて携帯も持ってないし、田舎やけど暴走族もいて危ないからね。やめさせたかったんだって」
なんと、まさかこんなオチがついたとは。
たしかに父はあの後夜中の散歩をやめた。
一度言い出したら効かない頑固な父に、最も効果的な、強引なやり方。
「妻の愛だよね~」
暢気に言う妻の見ながら僕は思う。
これが母の仕組んだ罠だとしたら、あの時出会った長靴のおじさんの正体も、母だったということになる。
オレオが特に反応しなかった理由も説明がつく。
ならば、突然消えたように見えたのはどうやって?
全力疾走で家に転がり帰った僕らを出迎えた母は何?
怖がらせるにも、タチが悪過ぎるんじゃないか。
それになにより。
陸上部に入って出来た友達に、あそこで本当に焼けて亡くなった人がいると聞いたのは、何だったのだろう。
消防車も警察も総出でやってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎだったと言っていた。
母の作り話は、本当にあった事を脚色したに過ぎなかったとしたら。
僕らがあの夜、出会ったおじさんは―――――本物。
今も下半身だけで、あの畦道を散歩しているおじさんは、今何を思っているのだろう。
今日からしばらくは電気が消せないかもしれない。
怖がりな僕は、やはりあの道を二度と見ないでおこうと心に固く誓った。
オレオが元気だった頃、どんな事にも呑気な顔でいた逞しい愛犬の亡き姿を思い浮かべながら―――。
終わり
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