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第一章 異世界召喚
20. 神殿の中の愉快な住人達 ②
しおりを挟む「フアナ?」
フアナがそう一言喋ると、途端に皆ガタガタと席を立ち、葉っぱだらけのご馳走もどきを片付けていく。
皿の葉っぱは残り少ない。チョビ髭ボンジュールが一つの皿にまとめ、大事そうに抱えて持ち出している。
「まだ食べるの?」
フアナが訊くから慌てて首を振る。
「勿体無いな。味付けに貴重な塩を使ったのに。でも、合わないのならしょうがないね。ジョインさん、こっちもお願い!」
その名に振り返ったのはボンジュールだった。
彼は大袈裟に嘆きながら、俺の殆ど手付かずの皿を片付けていく。
悪いとは思うが、喉を通らないのだからどうしようもない。その辺に落ちている葉っぱなんて、食べようとする方がどうにかしている。
「コウハ様、リア様のお食事は宜しいのですか?」
リアのミルクは沸騰した湯から作ったからまだ熱い。
新たにテーブルクロスを敷き直し、その上にカチャカチャと食器を並べるロマンスグレーの男はアルフレッドと名乗った。
「本名ではありません。字名のようなものです」
「あんた、執事なのか?」
「はい。執事に与えられし称号を名乗らせて頂いております。リア様が降臨なされた時からお傍に居ります故、かれこれ30年にもなりますか」
「降臨…」
聞き慣れない、それでいて一方で聞き慣れた言葉を反芻する。
「夢、じゃないんだな」
「貴方様も私も皆様方も、すっきり目覚めておられますよ」
「だとしたらこれは―――」
「…恐らくは、貴方様が思っていらっしゃる事で間違いないと思います。ですが…」
アルフレッドは垂れ目がちな細めを棒にして笑っている。
「それは私から説明するわけには参りません。今は的確なお方が皆、デザートの準備中でございます。もう暫し、お待ちいただければと存じますが」
その時、思い切りバチンと背を叩かれた。
「っ!!!な、なんだ!?」
つんのめってリアを膝ごと押しつぶす。
機嫌が良いのか知らないが、それまで舌を出し入れしていただけのリアの顔が歪み、あの「へけへけ」が始まってしまった。
「ちょ!!」
「へけっ、へけっ」
やばい、泣く!
誰が俺の背中をいきなり叩きやがったんだと振り返ると、きょとんとした顔の禿げ頭。
テカテカとろうそくの灯りを反射する小憎たらしい肌色が、ずんと俺に突き出されている。
「おやおや、ご機嫌斜めかね」
にやにやと下品な笑い声。
最後の一人、名は確かバズと言っていたか。
「誰の所為だよ!っつかなんだよ、いきなり叩きやがって!」
「へけっ、へけっ、へけっ」
「お前さんが落ち込んでいるように見えたから慰めたつもりなんだが…逆効果だったかい?」
悪意のない、純粋なつぶら目にウっとくる。
こういうタチの悪い善意が扱いに一番困るのだ。
悪い奴じゃなさそうなんだけど、間が悪いというか、空気が読めないというか。
食事中も食えないって言ってるのに、どんどん皿に葉っぱを盛りやがる。
この男は神殿の下働きで、主に買い出しや庭の手入れ、掃除や水汲みなど様々な雑用を引き受けているのだそうだ。
この神殿の麓に村があって、今日は来ていないが奥さんと交代で通っているのだと聞いた。
「ふぇわぁぁあああああ!!!」
「ほんわぁあああぁぁあぁ!!」
「ほんわぁ!ほんわぁ!ほんわぁ!」
「くそ、また!」
ついに本格的に泣き出しやがった。
ガタガタガタガタ!!!!
大きな食卓のテーブルが、そこだけ地震でもあったかのように揺れる。
白いテーブルクロスがぶわりと風も無いのに舞い、上に置いてあった並べたばかりの皿をまき散らす。
「やべえ!」
中腰となって床に落ちていく皿を受け止めようとするも遅かった。
「あわあわあわ」
ガシャン!!とけたたましい音を立てて皿が次々と割れていくのを、エリザは右往左往しているだけだ。
「ほわ!ほわ!ほわ!」
今度はろうそくの火が何倍にも大きくなる。
垂れた蝋に火が燃え移り、テーブルクロスが焼き焦げていく。
「ふふ。お師様ったら、なんてことをしてくださるのかしら」
その様子をパルミラがのほほんとみている。
「あんたの所為よ!!」
フアナがバズの禿げ頭を殴る。カポンといい音!
とにかくリアを泣き止ませないと、と両手の塞がる俺の代わりによくやってくれた!
「リア様がこうなったら、部屋がめちゃくちゃになるって何度も言ってるでしょ!!」
怒りが収まらないフアナが蹴りを追加で食らわせている横で、エミールとボンジュールが必死にデザート用の焼き菓子を死守している。
「これだけは、守りま~す!!」
「あはは、お皿、また割れちゃったね」
「ふぇ!ふぇ!ふぇ!」
やはりリアが泣くと、それに感化されたかのようにこの惨事が巻き起こる。
まさに室内に吹き荒れる台風だ。恐ろしい有様で目も当てられない。
「おーよし、よし、よし。ハゲは成敗されたからな、頼むから泣き止め、泣き止め!」
泣き止ませ方なんて知るもんか。俺にはどうしようもなく、ただリアを揺り動かすだけに集中している。
ちなみに、哺乳瓶を突っ込んでもダメだった。これで効かないなら俺の万策も尽きたも同然。
もう何もかも諦めて、自力でリアが泣き止んでくれるのを待つしかないのである。
「何なんだよ、これ…」
「魔法よ、魔法」
台風の中心にいる俺とリア。
加護かなんか知らんが、割れた皿の破片が遠慮なく飛んでくるも俺にダメージはない。
薄い膜でも張ってあるかのように、カキンと当たって弾かれた後、落ちていくのだ。
「魔法!?」
ああ、ついにこの単語が出たか。
「赤ん坊になってしまったリア様は、魔法の力を持て余してしまって、制御ができないみたいなの!」
しかし、俺以外は普通にダメージを食らっている。
フアナは頭を縮こませ、スープの鍋蓋を頭上に掲げている。
巫女服の袖が切れている。ここは危ない。
「とりあえずお前たちは表に出てろ。リアが泣き止んだらまた戻って、今度こそ説明してくれ」
「わ、分かったわ」
見るとエリザとエミールも同じように蓋を装備して他の面々を爆風から守っている。
その顔は真剣そのもの。エミールに至っては、その綺麗な足に赤い線がプクリと筋を作っている。ガラスで切ったのだろう。
「リア様の声が届く範囲で、この現象は起きるからね。僕らは外に出ているよ」
「コウハ様、どうしても収まらない時は、殴って気絶させてちゃってもいいですからね」
「おいおい…」
最後のはエリザだ。この娘、おっとりして出てくる言葉が物騒で困る。
「じゃあ、任せたわよ。ほら、みんな行きましょ。バズはこれから反省会ね」
「まじっすか」
騒がしくフアナ達が部屋を出て行く。
ガシャンと閉められた扉に、容赦なくガラスの雨が渦を巻く。
「ふえええええええ!!ふええええええ!!!」
「なんだかなー」
ポツンと置いてけぼりを食らう俺。またも真実を聞きそびれてしまった。
「しょうがねえ、こうなったら意地でもお前に付き合ってやらあ!」
リアをポンポンとあやしながら俺はその場に胡坐を掻いて座り込む。
ほとぼりが冷めるまでどれくらいかかるか。
泣き叫ぶ赤ん坊を目の前に、俺の嘆きは掻き消えてしまうのであった。
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