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第二章 子育て奮闘中
34. ミルクを作ってみよう ①
しおりを挟む俺の一日は、ミルクに始まりミルクに終わる。
24時間、3時間ごとに8回。
新生児のご飯事情はかなりハードである。
相手は物も言わないただの赤ん坊。3時間に一度ミルクを上げるだけなのだから、楽じゃないか!と俺は思っていた。
だが俺はすぐにその安直な考えを撤回する事になる。
ご存知か?
赤ん坊には昼も夜もないのだと。
そりゃそうだろう。
母親の胎内にいた赤ん坊は、好きな時に起きて好きな時に眠る。自動的に栄養が補給されていたし、クソもションベンも肚の中に垂れ流す。
いつもほんわかした羊水に包まれて、母親の鼓動に守られる。
赤ん坊にとって全てだった胎の狭い世界は、それだけで完結していた。それがこの世に誕生した瞬間に、世間の荒波に晒される。
胎の中で至れり尽くせりだったのに、いきなり何も与えられなくなるのだから赤ん坊としても戸惑いしかなかろう。
あったかい世界は崩壊し、裸一貫で外に放り出された赤ん坊は頻繁に腹を空かし、温もりを求め、濡れたオムツの不快感に泣くしかない。
赤ん坊が昼夜を理解するのは個人差もあるが二ヵ月頃からだと言われる。
一日の約7割は寝ているが、何時間もまとまって眠ったりはしない。
大体、2,3時間毎に目覚めては自己主張し、散々親の手を煩わせた後にまた眠る。
赤ん坊はこの繰り返しだ。
俺が楽ではなく、キツいと感じたのは慢性的な睡眠不足である。
生活パターンが確立している大人の俺は、夜に寝て昼間に活動する生活習慣に慣れきっている為、夜中にぐっすり眠れないのが何より辛かった。
俺がこの世界に召喚される前の一週間、ベビーシッターを待ち望んでいた神殿の連中が悩まされていたのも睡眠不足だった。
昼も夜も泣き続けるリアの対応に閉口していたのは勿論だが、リアは特別な赤ん坊だ。泣けばマナが溢れて魔法が勝手に発動し、周囲の物を無差別に攻撃してくるのも堪らなかった。
さらに彼らはまともに飯を与えていなかった。リアは腹を空かせて一層泣いただろう。赤ん坊になって一度も満たされなかったのだから当然といえば当然だ。
赤ん坊の唯一の自己表現こそ、この『泣く』行為なのだから。
「コウハ、すっごい顔!冷たい水で洗ってきたら?」
「あぁ?」
あれから二日、まだ《王都》からの返事はない。
俺は早くも根を上げそうだった。つい二日前、こいつの面倒を見てやると啖呵を切った俺自身を殴りたい気分である。
「いや、悪ぃ…。3時間って意外と早く経つもんだなって…」
俺のスマホのアラームは、3の倍数で鳴るように設定してある。
社畜だった頃も毎朝のアラームは大嫌いだったが、今はこのアラーム音をこの世から消し去りたいと思う。
グズるリアとミルクを抱え、もはや通い慣れた厨房の仕切り戸を開いた。
中からフアナが飛び出してくる。手には哺乳瓶、彼女もたった二日でミルク作りはお手の物になった。
計16回も与えてんだから、そりゃ慣れるってもんだ。
「そんなに辛いなら、リア様と一緒に寝たらいいんじゃない?どうせコウハに他の仕事はないんだし」
「それ、母親に言っちゃいけない台詞だぞ」
「なにそれ、意味分かんない」
「誰もがそう言うんだよ。どうせ赤ん坊の世話しかしないんだから一緒に眠れってな。お前だって一週間前までは寝れなかっただろ?エリザなんかぶっ倒れそうだったしな」
「そうだったわ……。思い出したくもない辛さだったのを忘れてた」
ミルクの作り方は様々あるが、一般的には沸騰させた湯を70度まで冷やし、そこでミルクの粉を投入。
シャカシャカと泡立てないようにかき混ぜ、人肌程度にまた冷ます。
こうして初めて赤ん坊の口に入れられるのだ。
3時間のインターバルは、色々やってるとその幅も縮むものだ。
リアが寝ていれば起こし、泣いていれば抱っこして揺らすのに10分。
ミルク缶と哺乳瓶を持って厨房へ行き、湯を沸かしたり冷ましたりで15分。
リアにミルクを飲ませるので15分。ゲップに10分。
それから哺乳瓶を煮沸消毒したりオムツを換えたり、なんや色々やって30分。
そんだけで3時間の半分は使う。
でだ。
また1時間30分後にミルクなのである。
この繰り返しで一体俺はいつ眠ればいいのか。
どっかの某ぐうたら小学生のように、座布団さえあればいつでもどこでも一瞬で昼寝できる特技があればまた違っただろうが、大抵の大人は一旦完全に目覚めてしまうと、どれだけ眠たかろうがそう容易く眠れないものなのだ。
うとうととしているうちに、憎きアラームが鳴る。
ようやく眠れそうな時にまた叩き起こされ、無力な赤ん坊の為に身体を叱咤しつつ、ミルクを与えねばならないのである。
グチグチと文句を失礼。
たった二日まともに眠れていないだけで、頭がおかしくなりそうなのだから勘弁頂きたい。
つまりは、朦朧とした頭で神殿の厨房に訪れた訳だが、ボザボザの髪と疲れた顔をフアナに指摘され、こうして反論した次第なのだ。
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