142 / 360
第3章 3 ミライと謎の猫娘
寝坊のミライ
しおりを挟む
元悪魔軍四天王、氷の大魔法使いマーズ・シィとの戦いで傷を負った俺たちは、一週間コンヨクテンゴクで療養させてもらうことになった。
俺たちがいた森はフーユインの南西にある森だったのだが、わざわざそこまで従業員が迎えにきてくれた。
オムツおじさんが手配してくれたらしい。
さらに、今回はこちらの不祥事だからと、傷が癒えるまでタダで宿泊させてくれたのだ。
帰り際に無料宿泊券までもらえたので、またぜひ来たいと思った。
断じて棍棒浴、略して棍浴が気持ち良かったからじゃないぞ。
行きと同じように彦宇木鉄道のプレミアム馬車に乗ってグランダラに帰る。
寄り道せずにわが家へ直行、俺はすぐベッドにダイブして死んだように眠った。
コンヨクテンゴクで療養したので傷は癒えていたが、いろいろなことがあったからか精神的な疲れがまだ取れていなかったのだ。
そして、目を覚ますと。
「んん……うわっ、もう朝だよ」
まさか一回も起きずに朝まで寝ることになるとは。
引きこもりの時でもこんなに寝たことはないぞ。
とりあえず窓を開けて、朝の日差しと爽やかな空気を取り込んで眠気をふっ飛ばす。
「食べる前にシャワー浴びるかぁ」
体が少し汗ばんでいるので、ちょっとすっきりさせたい。
この時間、多分ミライはキッチンで朝食を作っているはずだから、少しゆっくり準備してていいぞと伝えておくか。
「おはようミライ。今日はシャワー浴びてから…………あれ」
しかし、キッチンには誰もいなかった。
「寝坊か? 珍しいな」
まあ、ミライだってたまには寝過ごしてしまうこともあるだろう。
シャワーを浴びているうちに起きてくるだろうから、無理に起こすこともない。
そう思って、俺はシャワーを浴びてからリビングに戻ってきた。
「……まだ、か」
ミライは起きていなかった。
リビングはしんと静まりかえっていて、ちょっとだけ寂しさを感じる。
「なんか、変な気分だな」
いつもだったら、朝起きてリビングにいくとミライの「おはようございます」という優しい声が聞こえてくる。
焼けたパンのにおいが鼻腔に広がって、暖かな気持ちになることができる。
だが、いまはなにもない。
「なにもないテーブルの上って、なんか虚しいな」
朝起きたら朝食がすでに用意されている。
それが俺の中で当たり前になっていたのだろう。
毎日欠かさず用意されていた朝食がないだけで、こんなにも悲しくなるなんて。
「起こしにいくかぁ。寝坊のこと、なんてからかってやろうかなぁ」
俺はミライの部屋の前までいって、ノックしようと手を顔の前まで上げる。
「……いや、違うのか」
俺は首を振りながら、上げた手を元に戻した。
「これが当たり前じゃないんだ。感謝することなんだ」
朝食が用意されていないのなら、自分で作ればいい。
ミライだって寝坊することはある。
朝食が用意されていないくらいで、ぐっすりと寝ている人を起こすなんておかしいのだ。
「パン、焼くだけだしな」
いっちょやったるかなぁ、と俺は目のまわりを揉みほぐす。
簡単な物しか作れないけど、目玉焼きと……サラダでも作ってみるか。
キッチンに戻って食材を確認すると……うん、大丈夫だな。
どっちも作れる。
ミライ、俺が作ったって聞いたらどんな反応するだろうなぁ。
楽しみだし、ちょっとだけ緊張する。
「え、引きこもりの誠道さんが料理を? 明日この世界は終わってしまうのでしょうか」
もしくはこうか。
「あなた誰ですか? こんなの、引きこもりとしてあるまじき行為です。あなたは誠道さんじゃありませんね!」
……あれ?
やっぱり全然楽しみじゃないぞ。
バカにされる未来しか見えないぞ。
「ははは、まさか、ね」
とりあえず作ろう。
俺はなれない作業に四苦八苦しながらも、なんとか朝食を完成させた。
レシピなんて見なかったけれど、サラダや目玉焼きを失敗するなんてありえない……目玉焼きの黄身が割れているのは失敗に入らないよね?
野菜だって包丁を使うと危ないと思ったので手でちぎった。
パンはまあ、俺は実はこういう焦げだやつが大好きなんだ。
「ミライって意外とすごいやつだったんだな」
あんなにもおいしそうな食事を、毎日欠かさず、簡単そうに作っているのだから。
もしくは俺が低スペックすぎてそういう錯覚を起こしているだけ――考えるのやめよ。
「……でも、さすがに遅いよなぁ」
ミライはまだ起きてこない。
朝食も作り終えたし、そろそろ起こしにいこう。
一度昼夜逆転したら、生活習慣を完璧に戻すのに最低でも一週間はかかる。
これ、引きこもりとしての経験則な。
「ミライ、起きろー。朝だぞー」
ミライの部屋のドアをノックしながら声をかける。
なんか新鮮。
いつもは俺が起こされる立場だからな。
「…………」
「ミライー、ご飯もできてるぞー」
「…………」
「ミライ? さすがにそろそろ起きろー」
「…………」
何度声をかけても反応なし。
部屋の中から物音ひとつ聞こえない。
どんだけぐっすり寝てんだよ。
「こうなったら……」
ミライはいつも俺の布団をひっぺがして無理やり起こしてくるから、俺だってそれをしていいよな?
その時に、ミライのパジャマがはだけていても仕方ないよな?
因果応報はこの世の摂理だ。
起きない方が悪いのだ。
「ミライさーん。入りますよー。変な格好していても知りませんからねー」
そっとドアを開ける。
中から漏れ出してきた空気は甘くていい匂いがした。
さすが女の子の部屋だ。
「ミライさーん。いい加減起きて下さーい」
抜き足差し足忍び足でベッドまで近づいていく。
すでに声出してんのになにやってんだってツッコミはなしね。
女の子が寝ている部屋に侵入する行為が、なんだかいけないことのような気がして勝手に抜き足差し足っちゃうんだから。
「ミライさーん。起こしますよー」
ベッドの上には、こんもりと盛り上がった布団がある。
ミライってきちっと寝ているってイメージがあったけど、結構寝相が悪いんだな。
どんな格好してても知らないぞ。
せめてお腹くらいは出していてほしいな。
なぜか火照り始める体を無視して、なぜかばくばくしている心臓を無視して、俺は布団を掴み。
「いひかげぬ、おっきれろー」
盛大に噛みながら布団を剥いだ。
持ち上げた布団は床の上にどさりと投げ捨て、いよいよ無防備なちょっとえっちい寝姿のミライとの邂逅――
――そこにいたのは、涎を垂らして眠る見知らぬ女の子だった。
「……え? しかも、猫耳?」
俺たちがいた森はフーユインの南西にある森だったのだが、わざわざそこまで従業員が迎えにきてくれた。
オムツおじさんが手配してくれたらしい。
さらに、今回はこちらの不祥事だからと、傷が癒えるまでタダで宿泊させてくれたのだ。
帰り際に無料宿泊券までもらえたので、またぜひ来たいと思った。
断じて棍棒浴、略して棍浴が気持ち良かったからじゃないぞ。
行きと同じように彦宇木鉄道のプレミアム馬車に乗ってグランダラに帰る。
寄り道せずにわが家へ直行、俺はすぐベッドにダイブして死んだように眠った。
コンヨクテンゴクで療養したので傷は癒えていたが、いろいろなことがあったからか精神的な疲れがまだ取れていなかったのだ。
そして、目を覚ますと。
「んん……うわっ、もう朝だよ」
まさか一回も起きずに朝まで寝ることになるとは。
引きこもりの時でもこんなに寝たことはないぞ。
とりあえず窓を開けて、朝の日差しと爽やかな空気を取り込んで眠気をふっ飛ばす。
「食べる前にシャワー浴びるかぁ」
体が少し汗ばんでいるので、ちょっとすっきりさせたい。
この時間、多分ミライはキッチンで朝食を作っているはずだから、少しゆっくり準備してていいぞと伝えておくか。
「おはようミライ。今日はシャワー浴びてから…………あれ」
しかし、キッチンには誰もいなかった。
「寝坊か? 珍しいな」
まあ、ミライだってたまには寝過ごしてしまうこともあるだろう。
シャワーを浴びているうちに起きてくるだろうから、無理に起こすこともない。
そう思って、俺はシャワーを浴びてからリビングに戻ってきた。
「……まだ、か」
ミライは起きていなかった。
リビングはしんと静まりかえっていて、ちょっとだけ寂しさを感じる。
「なんか、変な気分だな」
いつもだったら、朝起きてリビングにいくとミライの「おはようございます」という優しい声が聞こえてくる。
焼けたパンのにおいが鼻腔に広がって、暖かな気持ちになることができる。
だが、いまはなにもない。
「なにもないテーブルの上って、なんか虚しいな」
朝起きたら朝食がすでに用意されている。
それが俺の中で当たり前になっていたのだろう。
毎日欠かさず用意されていた朝食がないだけで、こんなにも悲しくなるなんて。
「起こしにいくかぁ。寝坊のこと、なんてからかってやろうかなぁ」
俺はミライの部屋の前までいって、ノックしようと手を顔の前まで上げる。
「……いや、違うのか」
俺は首を振りながら、上げた手を元に戻した。
「これが当たり前じゃないんだ。感謝することなんだ」
朝食が用意されていないのなら、自分で作ればいい。
ミライだって寝坊することはある。
朝食が用意されていないくらいで、ぐっすりと寝ている人を起こすなんておかしいのだ。
「パン、焼くだけだしな」
いっちょやったるかなぁ、と俺は目のまわりを揉みほぐす。
簡単な物しか作れないけど、目玉焼きと……サラダでも作ってみるか。
キッチンに戻って食材を確認すると……うん、大丈夫だな。
どっちも作れる。
ミライ、俺が作ったって聞いたらどんな反応するだろうなぁ。
楽しみだし、ちょっとだけ緊張する。
「え、引きこもりの誠道さんが料理を? 明日この世界は終わってしまうのでしょうか」
もしくはこうか。
「あなた誰ですか? こんなの、引きこもりとしてあるまじき行為です。あなたは誠道さんじゃありませんね!」
……あれ?
やっぱり全然楽しみじゃないぞ。
バカにされる未来しか見えないぞ。
「ははは、まさか、ね」
とりあえず作ろう。
俺はなれない作業に四苦八苦しながらも、なんとか朝食を完成させた。
レシピなんて見なかったけれど、サラダや目玉焼きを失敗するなんてありえない……目玉焼きの黄身が割れているのは失敗に入らないよね?
野菜だって包丁を使うと危ないと思ったので手でちぎった。
パンはまあ、俺は実はこういう焦げだやつが大好きなんだ。
「ミライって意外とすごいやつだったんだな」
あんなにもおいしそうな食事を、毎日欠かさず、簡単そうに作っているのだから。
もしくは俺が低スペックすぎてそういう錯覚を起こしているだけ――考えるのやめよ。
「……でも、さすがに遅いよなぁ」
ミライはまだ起きてこない。
朝食も作り終えたし、そろそろ起こしにいこう。
一度昼夜逆転したら、生活習慣を完璧に戻すのに最低でも一週間はかかる。
これ、引きこもりとしての経験則な。
「ミライ、起きろー。朝だぞー」
ミライの部屋のドアをノックしながら声をかける。
なんか新鮮。
いつもは俺が起こされる立場だからな。
「…………」
「ミライー、ご飯もできてるぞー」
「…………」
「ミライ? さすがにそろそろ起きろー」
「…………」
何度声をかけても反応なし。
部屋の中から物音ひとつ聞こえない。
どんだけぐっすり寝てんだよ。
「こうなったら……」
ミライはいつも俺の布団をひっぺがして無理やり起こしてくるから、俺だってそれをしていいよな?
その時に、ミライのパジャマがはだけていても仕方ないよな?
因果応報はこの世の摂理だ。
起きない方が悪いのだ。
「ミライさーん。入りますよー。変な格好していても知りませんからねー」
そっとドアを開ける。
中から漏れ出してきた空気は甘くていい匂いがした。
さすが女の子の部屋だ。
「ミライさーん。いい加減起きて下さーい」
抜き足差し足忍び足でベッドまで近づいていく。
すでに声出してんのになにやってんだってツッコミはなしね。
女の子が寝ている部屋に侵入する行為が、なんだかいけないことのような気がして勝手に抜き足差し足っちゃうんだから。
「ミライさーん。起こしますよー」
ベッドの上には、こんもりと盛り上がった布団がある。
ミライってきちっと寝ているってイメージがあったけど、結構寝相が悪いんだな。
どんな格好してても知らないぞ。
せめてお腹くらいは出していてほしいな。
なぜか火照り始める体を無視して、なぜかばくばくしている心臓を無視して、俺は布団を掴み。
「いひかげぬ、おっきれろー」
盛大に噛みながら布団を剥いだ。
持ち上げた布団は床の上にどさりと投げ捨て、いよいよ無防備なちょっとえっちい寝姿のミライとの邂逅――
――そこにいたのは、涎を垂らして眠る見知らぬ女の子だった。
「……え? しかも、猫耳?」
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる