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最終章 3 ミライへ
黒色の絶望
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戦況は、当然のことながら悪化の一途をたどっていた。
そりゃそうだ。
敵はオムツおじさんに心出たち、コハクちゃんに聖ちゃんまで。
対して味方は、マーズとミライだけ。
しかも俺たちは、相手に全力で攻撃できないという足枷付き(オムツおじさんと心出たちは除く)だ。
こんなの勝てるわけがない。
怒涛のような攻撃を防いで躱してまた防いで、の繰り返し。
ちっとも攻撃に時間を割けないまま、体力と魔力を消耗していくだけだった。
「ははは! いいぞ! まるでネコから逃げ惑うことしかできないネズミのようだ!」
アテウの楽しげな笑い声は本当に耳障りだ。
アテウ本体を攻撃すればいいだけとわかってはいるのだが、現状そのアテウまで辿り着ける気配すらない。
しかも今はミライとマーズとともに一か所に集められ、四方八方からの攻撃をマーズの【氷の窯盾】でなんとか防いでいる状態だ。
その前は俺が【盾殺燃龍】で防いでいたが、持ちこたえられなくなってマーズに代わってもらったのだ。
「どうするよ、マーズ。このままじゃじり貧だ」
「わかってるわよ、それくらい」
マーズの声が殺気立っている。
それくらいヤバい状況なのだろう。
早く、逆転の一手を考えなければ。
「……あれ?」
不意に、ミライがなにかに気がついたように首を傾げる。
「どうしたんだよ? まさか、今度こそこの状況を打破する神の一手を」
「そうではありません」
「違うんかい!」
じゃあ思わせぶりな態度を取るなよ!
「だったらいったい何に気づいたんだよ」
それでも、一応聞いてみることにする。
なぜなら俺は、これから起こることを予知できているから。
今回は『逆に』のパターンなのだと。
重要そうな情報を言うと見せかけてどうでもいいことを言うという展開は、さっき終わった。
つまり今度は、どうでもいいことを言うと見せかけて実は重要な情報を言う展開だ。
そうに決まっている!
「はい、実は……」
ミライがもったいぶるように間を開けて、一言。
「イツモフさんがいないなぁって思いまして」
「そんなのどうでもいいんだよ! ……いや、たしかにおかしいのか?」
たしかにちょっとおかしい気がする。
イツモフさんも貸し切り(貸し切りとは言っていない)されているフェニックスハイランドに来ていたはずで。
しかも、このメンツが揃って操られているなら、イツモフさんもアテウに操られ、敵として現れていいはずだ。
いや、どちらかといえばマーズのように味方として助けに来てくれた方がいいか。
もしそうなればとても助かるし、現状を打破する一手になりえるのだが、いまのところそんな気配は微塵も感じられない。
「イツモフさーん? どこですかー? イツモフさーん?」
ミライがイツモフさんの名前を呼びながら、きょろきょろ周囲を見渡している。
いや、いくらイツモフさんが金の亡者で、お金が絡まないと重い腰を上げない人だとしても。
俺たちの声が届く距離にいるなら、すでに何かしらのアクションを起こしているはずである。
「早く敵として現れてくださーい。みんなだって操られているんですよー。ここは敵になる場面ですよねー。そういう展開ですよねー。自分の役割を遂行してくださーい」
「なんでさらなる窮地を願ってんだよ! 味方として現れることを願えよ!」
謎の呼びかけをするミライにツッコんだとき、【氷の窯盾】に亀裂が入る音がした。
「くっ、まだよ! 絶対に防いで見せるわ!」
「はははっ! 威勢だけはいい……そうだ! お前らにさらなる絶望をプレゼントしてやろう」
下卑た笑みを浮かべながら、アテウがなにやら呪文を唱えはじめる。
空中に巨大な魔法陣が現れ、暗黒の輝きを放ちはじめた。
「なんだよ! まだなんかあんのかよ!」
恐怖を逆撫でせんばかりの不気味な黒色に、思わず声が荒くなってしまう。
暗黒の輝きがなにかを形作るように大きく広がっていき、やがて巨大な漆黒龍が姿を現した。
「いやここはイツモフさんが登場する場面だろ!」
壮大な前ふりがあっただろうが!
「でも……嘘だろ。ここでドラゴンかよ……」
こんなの、どうしろっていうんだ。
「いくらなんでも、ちょっとやりすぎじゃないかしら」
漆黒龍を睨みつけているマーズが舌打ちをする。
「まさかっ、そんなっ」
ミライも巨大な漆黒龍を見上げ、あからさまに狼狽えはじめ。
「あれは…………どう考えても、ゲンシドラゴン」
「ミライはあのドラゴンのこと知ってるのか?」
「はい」
深刻な顔をしたままのミライが小さくうなずく。
ゲンシドラゴン。
初耳だがその名前から想像するに、この世界に存在するドラゴンたちの先祖、世界ではじめて観測されたドラゴン的な立ち位置ってところか。
なにそれ、めちゃくちゃ強いの確定じゃん。
そんなドラゴンまで現れるとか、もう万事休すだろ。
オーバーキルすぎるだろ。
「ゲンシドラゴンって、そんなの反則だろ」
「そうですね。ゲンシドラゴン。正式名称、原作者の知らないドラゴン」
「…………え?」
「いや、ですから、原作者の知らないドラゴン。略してゲンシドラゴンです」
「紛らわしい略し方すんなよ! なに? ここはアニオリ展開の世界なの? 『ああなるほど』って言葉の略語を最初に考えたやつと同じくらいの反省をしろ!」
「反省するのは私ではなく、自分の個性を出したいがために変な新キャラや謎の展開を用意して原作改変を行い、作品を大爆死させてきた人たちでは?」
「それはそうだけどさ! そのまま映像化してくれれば幸せだって誰もが思ってるけどさぁ!」
「ちょっと! 隙あらばいちゃいちゃしないで! 私ももう限界が近いんだから!」
マーズに一喝されてしまう。
そうだった。
正式名称が『原作者の知らないドラゴン』だろうが、状況がさらに悪化したことに変わりはな――刹那。
聖ちゃんの【聖一刀両断】でついにマーズの【氷の窯盾】が破壊された。
「やばっ」
俺たちの前にはコハクちゃんの放った【離澄虎】が迫っていた。
すぐに全員が避けられないことを悟る。
ミライをかばうように俺が前に出ると、さらにその前にマーズが立ちふさがった。
「コハクちゃんからの攻撃は、私にとってご褒美だから」
ちらりとこちらを振り返ったマーズが、一瞬だけにやりと笑う。
だが、当然マーズの体だけでは防ぎきれず、俺たちは濃縮されたエネルギー砲をもろに食らって吹っ飛ばされた。
そりゃそうだ。
敵はオムツおじさんに心出たち、コハクちゃんに聖ちゃんまで。
対して味方は、マーズとミライだけ。
しかも俺たちは、相手に全力で攻撃できないという足枷付き(オムツおじさんと心出たちは除く)だ。
こんなの勝てるわけがない。
怒涛のような攻撃を防いで躱してまた防いで、の繰り返し。
ちっとも攻撃に時間を割けないまま、体力と魔力を消耗していくだけだった。
「ははは! いいぞ! まるでネコから逃げ惑うことしかできないネズミのようだ!」
アテウの楽しげな笑い声は本当に耳障りだ。
アテウ本体を攻撃すればいいだけとわかってはいるのだが、現状そのアテウまで辿り着ける気配すらない。
しかも今はミライとマーズとともに一か所に集められ、四方八方からの攻撃をマーズの【氷の窯盾】でなんとか防いでいる状態だ。
その前は俺が【盾殺燃龍】で防いでいたが、持ちこたえられなくなってマーズに代わってもらったのだ。
「どうするよ、マーズ。このままじゃじり貧だ」
「わかってるわよ、それくらい」
マーズの声が殺気立っている。
それくらいヤバい状況なのだろう。
早く、逆転の一手を考えなければ。
「……あれ?」
不意に、ミライがなにかに気がついたように首を傾げる。
「どうしたんだよ? まさか、今度こそこの状況を打破する神の一手を」
「そうではありません」
「違うんかい!」
じゃあ思わせぶりな態度を取るなよ!
「だったらいったい何に気づいたんだよ」
それでも、一応聞いてみることにする。
なぜなら俺は、これから起こることを予知できているから。
今回は『逆に』のパターンなのだと。
重要そうな情報を言うと見せかけてどうでもいいことを言うという展開は、さっき終わった。
つまり今度は、どうでもいいことを言うと見せかけて実は重要な情報を言う展開だ。
そうに決まっている!
「はい、実は……」
ミライがもったいぶるように間を開けて、一言。
「イツモフさんがいないなぁって思いまして」
「そんなのどうでもいいんだよ! ……いや、たしかにおかしいのか?」
たしかにちょっとおかしい気がする。
イツモフさんも貸し切り(貸し切りとは言っていない)されているフェニックスハイランドに来ていたはずで。
しかも、このメンツが揃って操られているなら、イツモフさんもアテウに操られ、敵として現れていいはずだ。
いや、どちらかといえばマーズのように味方として助けに来てくれた方がいいか。
もしそうなればとても助かるし、現状を打破する一手になりえるのだが、いまのところそんな気配は微塵も感じられない。
「イツモフさーん? どこですかー? イツモフさーん?」
ミライがイツモフさんの名前を呼びながら、きょろきょろ周囲を見渡している。
いや、いくらイツモフさんが金の亡者で、お金が絡まないと重い腰を上げない人だとしても。
俺たちの声が届く距離にいるなら、すでに何かしらのアクションを起こしているはずである。
「早く敵として現れてくださーい。みんなだって操られているんですよー。ここは敵になる場面ですよねー。そういう展開ですよねー。自分の役割を遂行してくださーい」
「なんでさらなる窮地を願ってんだよ! 味方として現れることを願えよ!」
謎の呼びかけをするミライにツッコんだとき、【氷の窯盾】に亀裂が入る音がした。
「くっ、まだよ! 絶対に防いで見せるわ!」
「はははっ! 威勢だけはいい……そうだ! お前らにさらなる絶望をプレゼントしてやろう」
下卑た笑みを浮かべながら、アテウがなにやら呪文を唱えはじめる。
空中に巨大な魔法陣が現れ、暗黒の輝きを放ちはじめた。
「なんだよ! まだなんかあんのかよ!」
恐怖を逆撫でせんばかりの不気味な黒色に、思わず声が荒くなってしまう。
暗黒の輝きがなにかを形作るように大きく広がっていき、やがて巨大な漆黒龍が姿を現した。
「いやここはイツモフさんが登場する場面だろ!」
壮大な前ふりがあっただろうが!
「でも……嘘だろ。ここでドラゴンかよ……」
こんなの、どうしろっていうんだ。
「いくらなんでも、ちょっとやりすぎじゃないかしら」
漆黒龍を睨みつけているマーズが舌打ちをする。
「まさかっ、そんなっ」
ミライも巨大な漆黒龍を見上げ、あからさまに狼狽えはじめ。
「あれは…………どう考えても、ゲンシドラゴン」
「ミライはあのドラゴンのこと知ってるのか?」
「はい」
深刻な顔をしたままのミライが小さくうなずく。
ゲンシドラゴン。
初耳だがその名前から想像するに、この世界に存在するドラゴンたちの先祖、世界ではじめて観測されたドラゴン的な立ち位置ってところか。
なにそれ、めちゃくちゃ強いの確定じゃん。
そんなドラゴンまで現れるとか、もう万事休すだろ。
オーバーキルすぎるだろ。
「ゲンシドラゴンって、そんなの反則だろ」
「そうですね。ゲンシドラゴン。正式名称、原作者の知らないドラゴン」
「…………え?」
「いや、ですから、原作者の知らないドラゴン。略してゲンシドラゴンです」
「紛らわしい略し方すんなよ! なに? ここはアニオリ展開の世界なの? 『ああなるほど』って言葉の略語を最初に考えたやつと同じくらいの反省をしろ!」
「反省するのは私ではなく、自分の個性を出したいがために変な新キャラや謎の展開を用意して原作改変を行い、作品を大爆死させてきた人たちでは?」
「それはそうだけどさ! そのまま映像化してくれれば幸せだって誰もが思ってるけどさぁ!」
「ちょっと! 隙あらばいちゃいちゃしないで! 私ももう限界が近いんだから!」
マーズに一喝されてしまう。
そうだった。
正式名称が『原作者の知らないドラゴン』だろうが、状況がさらに悪化したことに変わりはな――刹那。
聖ちゃんの【聖一刀両断】でついにマーズの【氷の窯盾】が破壊された。
「やばっ」
俺たちの前にはコハクちゃんの放った【離澄虎】が迫っていた。
すぐに全員が避けられないことを悟る。
ミライをかばうように俺が前に出ると、さらにその前にマーズが立ちふさがった。
「コハクちゃんからの攻撃は、私にとってご褒美だから」
ちらりとこちらを振り返ったマーズが、一瞬だけにやりと笑う。
だが、当然マーズの体だけでは防ぎきれず、俺たちは濃縮されたエネルギー砲をもろに食らって吹っ飛ばされた。
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