春は君のとなり 〜Tokyo & Seoul 〜

水無瀬 蒼

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勉強と兵役と2

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 イジュンが連れてきてくれたのは、俺が思った通りの店だった。大学近くには何軒かカフェはあるけれど、シックという言葉で言いあらわせられるのは、ここだけだ。看板のフォントも、くすんだ色味も、時代に取り残されてそこにあるような、不思議な風格がある。

「ここ。いいよね」

 イジュンがドアの前で足を止め。ガラス越しに中を覗き込んで目を輝かせている。

「落ち着くだろ」
「やっぱり明日海は知ってたよね」
「まぁ、この辺に毎日通って、もう4年目だからな」
「そうだよね」
「確か、20年以上内装変わってないはず」
「すごい。うちのばあちゃんちより古そう」

 下手するとこのままドアの前に居続けそうだから、明日海がドアを開ける。するとカランと涼しげな鈴が鳴った。

「わー。日本だー!」
「なに言ってるんだよ」
「日本の感性!」
「その意味、わかんないよ」
「韓国人にはわかる」
「あいにく俺は日本人だからな。わからない」

 内装は木の椅子とテーブル。ずらりと並んだコーヒーカップの棚。レトロなフォントのメニュー。そしてカウンターの奥には年季の入ったレジが控えていた。そんな店内をイジュンは見渡す。

「なんか映画のセットみたい」
「映画?」
「そう。『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいな」
「よく知ってるな」
「何気なくVODで観たんだよね。それのセットみたい」
「あー、確かにそれっぽいな」

 映画のセットではないのに、ここはまるで時間の流れが外の世界とは違うみたいだった。窓際の席に向かい合って座ると、年配のマスターがオーダーを訊きにくる。

「何にいたしますか?」

 イジュンは日本語のメニューはお手上げなので、明日海に訊いてくる。

「プリンあるかな?」
「プリンアラモードならあるけど」
「プリンアラモード?」
「そう。プリンに生クリームとフルーツが乗ったやつ。イジュンは好きそうだけど」
「なら、ブレンドとそれにする」
「じゃあ、ブレンドふたつとプリンアラモードひとつで」

 俺がそう注文すると、マスターはカウンターの向こうに戻っていった。

「食事メニューじゃなかったけど、夜までお腹もつのか?」
「だって、プリンの他にフルーツ乗ってるんでしょう? それなら大丈夫だよ」

 コーヒーの香りが店内を満たす。静かな店内は気持ちも落ち着いてくる。

「こういう店、日本には多い?」
「いや、もう少ないよ。古い町にはあるだろうけど、今はチェーン店ばかりだよね」
「そうなのか。韓国と一緒だね」

 そう言ってイジュンは残念がる。韓国もこういったレトロな店は少ないのだろう。今はほんとにチェーン店ばかりで味気ない。

「カップ。違うデザインのがいくつかある」

 イジュンの目はコーヒー棚に向いていた。そして、その言葉に明日海は、ああと思う。

「常連さんが自分のカップを持ち込んだりするらしいよ」
「え? マイボトルならぬ、マイカップ? VIPみたい」
「地元の人にはそういった場所なんだと思う」
「いいなぁ。俺もこういうところに通いたい」

 ぽつりと漏らしたその言葉は、思いのほかまっすぐで、明日海は笑い流すことはできなかった。それは観光客としてただ来るのでは飽きたらないということだろう。

「じゃあ、また来る?」
「来たい! 明日海を学校まで迎えにくるよ」

 イジュンは即答して、明日海の方を見る。その目はやっぱり真っ直ぐで、少しだけ胸がざわついた。
 そんな会話をしていると、コーヒーとプリンアラモードが運ばれてくる。プリンアラモードを見たイジュンの表情は、真面目なそれから一変して、いつものイジュンの顔になった。

「うわー。すごい! これがプリンアラモードか。豪華だね。フルーツがたくさんだ。写真撮らなくちゃ!」

 そう言うとイジュンは写ルンですで撮ったあと、スマホを取り出して、女子よろしく写真を撮りまくっていた。スマホは多分SNS用だろう。俺はそれを黙って見ている。
 あらかた写真を撮って満足したらしいイジュンは、プリンに手をつけた。

「あれ、固い」
「プリンは固めがいいんだよ。今の柔らかいのは邪道」

 俺がそう言うとイジュンは笑って、プリンを口に運んだ。

「んー。美味しい。生クリームも美味しいし、幸せ」
「韓国にはないの?」
「俺の知ってる限りではないな」
「そうなんだ。日本だけなのかな」
「かもしれないよ。でも、ほんと映画のセットの中にいるみたいだ」
「また映画?」
「だって、俺にとっては全部そうだよ。こうやって、日本で明日海と一緒にいるのもさ」

 そう言ったあと、イジュンはちょっと恥ずかしそうな顔をして、コーヒーカップを手に取る。そんなイジュンの様子に、俺まで恥ずかしくなって、熱いコーヒーを口にした。
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