44 / 60
プリクラの距離6
しおりを挟む
「お腹空いたー」
水上バスから降りたイジュンの一言目はそれだった。それに俺はちょっと笑ってしまった。
「明日海。お寿司屋さんはどっち?」
「ついてこい」
ほんとは回転寿司に行く予定だった。あのまま秋葉原で食べていたら回転寿司に行ったと思う。でも、なんだかお寿司と一口に言っても、日本と韓国では違いがあるようだから、回っていない、きちんとした寿司屋に連れて行こうと決めた。でも、この辺の寿司屋はよくわからないからネットで調べた。浅草だけあって外国人が来るような店もあるけれど、あえてそういうところは避けた。でも、イジュンには行く寿司屋を変えたとは言ってない。言わないでびっくりさせたい。googleマップを頼りにお店にたどり着くと、イジュンはびっくりしていた。
「え? 日本は回転寿司でもこんなに本格的な店構えなの?」
「回らない寿司だよ」
「え? でも回転寿司行くって」
「そう思ってたけど、日本と韓国だと結構違いがあるようだから、こっちにした。ほんとの寿司を味わって欲しいから」
「明日海……」
「ほら、入るぞ」
のれんをくぐって店内に入ると板前さんが元気よく「いらっしゃい」と迎えてくれる。イジュンはぼんやりとしている。
「ほら、座れ」
テーブル席には行かずにカウンター席に座る。目の前にネタがあったり、板前さんが握っているのとか、回転寿司では味わえないことだからだ。ということは、イジュンは未経験だということだ。
「生魚がいっぱいあるのに、全然生臭くない」
「新鮮な魚は生臭くないんだよ」
「そうなんだ……韓国では生臭いのが当たり前だった」
「それじゃあ美味しい寿司は食べれないよ」
出された温かいお茶を飲みながら、そんな話しをする。やっぱり普通の寿司屋にして正解だったかもしれない。イジュンの横顔を見ると、期待に満ちた顔をしている。普段より無邪気で、子供みたいで可愛かった。
板前さんが鮮やかな手つきで握りを並べていく。最初に出てきたのは赤身のまぐろだった。イジュンは少し緊張したように箸を持ち、恐る恐る口に運ぶ。そして、口に入れた瞬間、目が丸くなった。
「溶けた! 美味しい!」
声を抑えられなかったらしくて、板前さんはにこりと笑い、隣のお客さんもちらりと笑う。もちろん、俺も。
「明日海! 口に入れたら溶けちゃったよ。噛んでないんだよ。なのに溶けてなくなっちゃった」
「いいネタは溶けるんだよ」
「やっぱり全然違うんだね。韓国で食べたのはもっと冷たくて、なんか別物だった。ここのは柔らかくて舌の上で溶けちゃったから」
「まぐろは江戸前寿司の花形だからな。もっと驚くのが出てくるよ」
次で出てきたのは炙りのサーモン。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、イジュンは身を乗り出している。
「すごい……香りがもうたまらないよ」
そう言って口に入れた瞬間、イジュンの表情がパッとほどけた。その幸せそうな顔を見ていると、こちらまで胸が温かくなる。
「やっぱり輸入物とだと味が全然違うね。それでも韓国で寿司と言ったらサーモンなんだよ」
「輸入物なのにか。自国の海で捕れるものじゃないっていうのが不思議だな」
「日本は四方を海で囲まれてるからそうだろうな。明日海はよく食べるの?」
「普段は回るところな。でも、お祝い事やなにかがあるときはこういうきちんとしたところで食べる」
「じゃあ今日は?」
「誰かが喜んでくれると思ったから」
自分でそう言ってから恥ずかしくて思わず視線を逸らした。けれど、イジュンが真剣な顔でこちらを見ているようでたまらない。
寿司は次々と板前さんの手から生み出されていく。甘えび、こはだ、穴子……。イジュンはその度に驚いたり、感動したり、子供のように素直に反応した。感情がそのまま表情に表れるのが面白くて、つい俺も笑顔になってしまう。
水上バスから降りたイジュンの一言目はそれだった。それに俺はちょっと笑ってしまった。
「明日海。お寿司屋さんはどっち?」
「ついてこい」
ほんとは回転寿司に行く予定だった。あのまま秋葉原で食べていたら回転寿司に行ったと思う。でも、なんだかお寿司と一口に言っても、日本と韓国では違いがあるようだから、回っていない、きちんとした寿司屋に連れて行こうと決めた。でも、この辺の寿司屋はよくわからないからネットで調べた。浅草だけあって外国人が来るような店もあるけれど、あえてそういうところは避けた。でも、イジュンには行く寿司屋を変えたとは言ってない。言わないでびっくりさせたい。googleマップを頼りにお店にたどり着くと、イジュンはびっくりしていた。
「え? 日本は回転寿司でもこんなに本格的な店構えなの?」
「回らない寿司だよ」
「え? でも回転寿司行くって」
「そう思ってたけど、日本と韓国だと結構違いがあるようだから、こっちにした。ほんとの寿司を味わって欲しいから」
「明日海……」
「ほら、入るぞ」
のれんをくぐって店内に入ると板前さんが元気よく「いらっしゃい」と迎えてくれる。イジュンはぼんやりとしている。
「ほら、座れ」
テーブル席には行かずにカウンター席に座る。目の前にネタがあったり、板前さんが握っているのとか、回転寿司では味わえないことだからだ。ということは、イジュンは未経験だということだ。
「生魚がいっぱいあるのに、全然生臭くない」
「新鮮な魚は生臭くないんだよ」
「そうなんだ……韓国では生臭いのが当たり前だった」
「それじゃあ美味しい寿司は食べれないよ」
出された温かいお茶を飲みながら、そんな話しをする。やっぱり普通の寿司屋にして正解だったかもしれない。イジュンの横顔を見ると、期待に満ちた顔をしている。普段より無邪気で、子供みたいで可愛かった。
板前さんが鮮やかな手つきで握りを並べていく。最初に出てきたのは赤身のまぐろだった。イジュンは少し緊張したように箸を持ち、恐る恐る口に運ぶ。そして、口に入れた瞬間、目が丸くなった。
「溶けた! 美味しい!」
声を抑えられなかったらしくて、板前さんはにこりと笑い、隣のお客さんもちらりと笑う。もちろん、俺も。
「明日海! 口に入れたら溶けちゃったよ。噛んでないんだよ。なのに溶けてなくなっちゃった」
「いいネタは溶けるんだよ」
「やっぱり全然違うんだね。韓国で食べたのはもっと冷たくて、なんか別物だった。ここのは柔らかくて舌の上で溶けちゃったから」
「まぐろは江戸前寿司の花形だからな。もっと驚くのが出てくるよ」
次で出てきたのは炙りのサーモン。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、イジュンは身を乗り出している。
「すごい……香りがもうたまらないよ」
そう言って口に入れた瞬間、イジュンの表情がパッとほどけた。その幸せそうな顔を見ていると、こちらまで胸が温かくなる。
「やっぱり輸入物とだと味が全然違うね。それでも韓国で寿司と言ったらサーモンなんだよ」
「輸入物なのにか。自国の海で捕れるものじゃないっていうのが不思議だな」
「日本は四方を海で囲まれてるからそうだろうな。明日海はよく食べるの?」
「普段は回るところな。でも、お祝い事やなにかがあるときはこういうきちんとしたところで食べる」
「じゃあ今日は?」
「誰かが喜んでくれると思ったから」
自分でそう言ってから恥ずかしくて思わず視線を逸らした。けれど、イジュンが真剣な顔でこちらを見ているようでたまらない。
寿司は次々と板前さんの手から生み出されていく。甘えび、こはだ、穴子……。イジュンはその度に驚いたり、感動したり、子供のように素直に反応した。感情がそのまま表情に表れるのが面白くて、つい俺も笑顔になってしまう。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
きみに会いたい、午前二時。
なつか
BL
「――もう一緒の電車に乗れないじゃん」
高校卒業を控えた智也は、これまでと同じように部活の後輩・晃成と毎朝同じ電車で登校する日々を過ごしていた。
しかし、卒業が近づくにつれ、“当たり前”だった晃成との時間に終わりが来ることを意識して眠れなくなってしまう。
この気持ちに気づいたら、今までの関係が壊れてしまうかもしれない――。
逃げるように学校に行かなくなった智也に、ある日の深夜、智也から電話がかかってくる。
眠れない冬の夜。会いたい気持ちがあふれ出す――。
まっすぐな後輩×臆病な先輩の青春ピュアBL。
☆8話完結の短編になります。
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
僕を守るのは、イケメン先輩!?
刃
BL
僕は、なぜか男からモテる。僕は嫌なのに、しつこい男たちから、守ってくれるのは一つ上の先輩。最初怖いと思っていたが、守られているうち先輩に、惹かれていってしまう。僕は、いったいどうしちゃったんだろう?
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる