春は君のとなり 〜Tokyo & Seoul 〜

水無瀬 蒼

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未来を囲む灯り7

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 明日海の様子がおかしいのに気がついたのは、家を出るときだった。
 
「またいらっしゃい」

 家を出るときに、オンマとハルモニが声をかけてくれた。それに対して、「はい」と笑顔で答えているけれど、その笑顔が硬い。疲れたのだろうか。そうも考えた。でも、それとは違う気がした。

「行きに言ってたブテチゲのお店、行っていい? 味は保証する」

 そう訊くと、明日海は小さく頷いた。いつもならこれでなにか言うのに、明日海はなにも言わない。歩調を合わせながらも沈黙は続いている。 
 大学生の頃よく通っていた店。そんなに大きな店ではないけれど、味はほんとに美味しくて、辛いのを食べたいと明日海が言ったから、それならここのブテチゲを食べさせたいと真っ先に思った。
 ブテチゲの鍋が卓上でぐつぐつと煮立ち、スパムやソーセージ、ラーメンの麺が次々と顔を覗かせる。大学時代、友人たちと夜遅くまで語りながら食べた味だ。ここでなら少しは気持ちも和らぐんじゃないかと思ったけど、明日海はスプーンを機械的に動かして口に入れているけど、味わっている様子はない。思わず、今日の味はおかしかったかな? と思って口にするけれど、懐かしい味がするだけで特におかしな味はしない。ということはなにか考えているということだ。視線も俺と合わない。いや、合わせようとしないと言った方がいいかもしれない。視線は鍋に落ちたまま動かないんだ。そんな様子に耐えきれずに問いかけた。

「ねぇ明日海。どうしたの? なにかあった? さっきから元気ないよ」

 けれど、その問いに明日海は、「ううん。なんでもない」と首を振るだけだった。その言葉が、まるで自分を守る壁のようで余計に気になった。しばらく沈黙が続く。鍋の中から立ち上る湯気と、周りのテーブルのざわめきだけが耳に届く。俺は辛抱強く待った。明日海が話したいと思うまで何度でも訊くつもりだった。何度目に問いかけたときだろうか、ようやく明日海の唇が開いた。

「……ソヨンさん、すごくイジュンとお似合いに見えた」

 それは小さな声で、ややもすれば周囲の声にかき消されそうだったけれど、きちんと俺に届いた。でも、その言葉を聞いて俺は言葉を失った。ソヨンは従姉妹で家族みたいな存在に過ぎない。俺にとってはそれだけの存在だけど、明日海の表情は真剣で、不安そうに揺れていた。思わず笑いがこみ上げた。決して明日海を馬鹿にする気持ちではない。ただ、そんなことで悩ませてしまっていることが、どうしようもなく愛しくて切なかった。

「なに言ってるの。俺が好きなのは明日海だけだよ」

 はっきりと言い切ると、明日海は驚いたように顔をあげ、そして瞬く間に真っ赤に染まった。耳までも染まるその様子に、俺の胸も熱くなる。

「な、なに言ってるんだよ……」

 明日海はごまかすように、必死にスプーンでスープを飲む。そうやっていても、震えたその声は俺にちゃんと聞こえてきた。そして、その様子が可愛くて、顔がにやけそうで、真面目な表情を保つのが大変だった。
 店を出ると、学生街である新村の賑わいが聞こえる。地下鉄3駅にみっつの大学が隣り合って建っているエリアだから、いつも学生で賑わっているのだ。ゆえにお店をオープンする候補地でもある。これは明日また明るいうちに再度来るけれど。
 俺は隣に並ぶ明日海の横顔を盗み見た。視線は落とし気味で、瞳に街の明かりが反射しているのに、その瞳は暗い。そんな様子に胸が締め付けられる。

「明日海」

 名前を呼んで、歩みを少し緩めた。明日海も歩を緩める。人並みの中で、俺たちだけが取り残されたみたいだ。

「さっきも言ったけど、俺が誰を選ぶか、答えは最初から決まってる。明日海以外、考えたこともない」

 声が掠れるほど本気で伝えると、明日海はびっくりした顔で俺を見る。よし、表情変えられた。
 不安を全部消すことなんてすぐにはできないかもしれない。それでもいい。どれだけの時間がかかってもいいから、明日海に伝えたい。そう思った。
 また再び歩き出し、ほんの少し手の甲を触れあわせる。それに明日海は一瞬驚いたような顔をして振り向いて、それから小さく「わかった」とだけ答えた。その声はまだ弱々しいけれど、どこか安心を含んでいて安堵した。
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