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未来を探す歩幅7
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太陽がゆっくりと地平線の向こうへと沈むと、空は一気に群青色に変わり、オレンジから紫、そして藍色へと滑らかに色を変えていった。川面はその変化を映し出し、揺れる度に万華鏡のような光を放つ。デッキに立ったまま俺とイジュンはしばらく黙ってその光景を眺めていた。
「沈んだね」
イジュンがぽつりと呟く。
「うん。でも、まだ明るいな。街の明かりが映り始めてる」
視線の先、橋のアーチに取り付けられたライトが徐々に輝きを増していく。遠くのビル群の窓にも、ひとつ、またひとつと光が灯っていった。
「昼でも夜でもないこの時間が一番好きだな」
「イジュンらしいな」
「らしいって?」
「いつも間に立ってる感じがする。昼と夜の間、国と国の間。そういうのを選んで大事にしてる」
口にしてから、しまったと思った。だけどイジュンは目を細め、ふっと笑った。
「悪くない解釈だね。俺が選んだのは、今、明日海とここにいることだよ」
さらりと告げられて胸が跳ねる。川風に混じるイジュンの声がやけに近く感じて、俺は視線を逸らすしかなかった。
「……」
「ほんとだからね」
イジュンは念を押すようにそう言った。それは不安になった昨日のことを言っているんだろう。
船内からアナウンスが流れ、間もなく桟橋に戻ると告げられた。デッキにいた乗客が少しずつデッキを離れていくけれど、俺とイジュンは最後まで残っていた。
「寒くない?」
「さすがに少し寒いな」
「風邪ひいたら大変だから早く中に入ろう」
そう言って船内に入るととても温かく感じた。
川岸に近づくにつれ、街の光が強さを増していく。夕暮れから夜へ。その境目を確かめるように、俺は何度も振り返っては川を見た。
「今日来て良かった」
自然に言葉が零れた。それに対し、イジュンが短く答える。
「俺も」
その声に、確かな温度を感じた。
やがて船は再び低い汽笛を鳴らし、ゆっくりと桟橋へと戻っていった。タラップを降りると足元に陸の感触が戻ってくる。それでもまだ揺れているような余韻があった。
「次は昼間のクルーズもいいね。あ、夜景もあるんだ。あと2回は乗らなきゃね」
「欲張りだな」
「だって、まだ全部は見てないってことだからさ」
そうからかうイジュンを見て、俺は思わず吹き出した。イジュンらしい。
「さぁ、クルーズも終わったし、夕食食べに行かなきゃね。と、その前にせっかく汝矣島に来たから63ビルで夜景を見よう」
「近いの?」
「ちょっと歩くかな? タクシーに乗ろう」
と言ったところで、ちょうどタクシーが来たので63ビルまで行って貰う。道はさほど混んでいなかったので63ビルまではスムーズに着いた。
チケット売り場でチケットを買い、展望台へと行く。するとそこからは遊覧船から見た街並みが眼下に広がっていた。ソウルタワーからの夜景も綺麗だったけど、ここからの夜景も綺麗だと思った。なによりイルミネーションを川面に映した漢江がとても綺麗だった。すると、ハートや星形の紙が壁にたくさん吊るされているのが目に入った。
「これはなに?」
「願いの壁って言って願い事を紙に書くんだ。最終的には済州の野焼き祭りに送られ祈願して貰うんだ」
「願い事はなんでもいいの?」
「なんでもいいよ」
「そしたら書きたい」
「なに? 俺とずっと一緒にいられますようにって?」
「馬鹿。事業が上手くいきますようにって書くに決まってるだろ。ほら、紙買ってきてよ」
「ちぇー。行ってきまーす」
ふざけているイジュンを近くのギフトショップに買いに行って貰う。ほんとはイジュンとずっといられますようにって心の中で思ってる。でも、恥ずかしくて本人には言えない。それに、それはソウルタワーで見た鍵に書けばいいと思う。それはまだもう少し時間が必要だ。だけど、俺がソウルに来て仕事を一緒にやっていくうちに心も固まってくると思う。そうしたらそのときに書けばいい。そのときにはソヨンさんのことで心が乱れなくなっているといい。
「買ってきたよ」
イジュンが星形の紙を手に持って帰ってきた。
「俺、韓国語でなんて書けないから書いて。俺がわからないからって嘘書くなよ」
「怖いなー。大丈夫きちんと事業のこと書くよ」
イジュンはペンを手にとり、さらさらと紙に文字を書いていく。卒業したらソウルに来るんだから、それまでにもう少し韓国語をなんとかしないと。俺が韓国語がわからないと店先には立てない。マンツーマンで韓国語勉強してみようかな。グループレッスンよりは身につきそうだ。
「よし。書けた。吊るすよ」
「うん。叶うといいな」
「大丈夫だよ。俺と明日海がやるんだもん。2人ともそういう勉強してきてるんだしさ」
「でもマーケティングは自信ないよ」
「それはこれから勉強すればいい」
「頼むよ。俺は韓国語を勉強することで忙しい」
「明日海に頼まれたら頑張れる」
「ふざけるな」
「はーい」
イジュンはふざけているようだけど、きっとほんとに真面目に勉強してくれるだろう。それに俺も韓国語を覚えたら勉強すればいい。事業はイジュン1人ではなく、2人でやるものなんだから。
「沈んだね」
イジュンがぽつりと呟く。
「うん。でも、まだ明るいな。街の明かりが映り始めてる」
視線の先、橋のアーチに取り付けられたライトが徐々に輝きを増していく。遠くのビル群の窓にも、ひとつ、またひとつと光が灯っていった。
「昼でも夜でもないこの時間が一番好きだな」
「イジュンらしいな」
「らしいって?」
「いつも間に立ってる感じがする。昼と夜の間、国と国の間。そういうのを選んで大事にしてる」
口にしてから、しまったと思った。だけどイジュンは目を細め、ふっと笑った。
「悪くない解釈だね。俺が選んだのは、今、明日海とここにいることだよ」
さらりと告げられて胸が跳ねる。川風に混じるイジュンの声がやけに近く感じて、俺は視線を逸らすしかなかった。
「……」
「ほんとだからね」
イジュンは念を押すようにそう言った。それは不安になった昨日のことを言っているんだろう。
船内からアナウンスが流れ、間もなく桟橋に戻ると告げられた。デッキにいた乗客が少しずつデッキを離れていくけれど、俺とイジュンは最後まで残っていた。
「寒くない?」
「さすがに少し寒いな」
「風邪ひいたら大変だから早く中に入ろう」
そう言って船内に入るととても温かく感じた。
川岸に近づくにつれ、街の光が強さを増していく。夕暮れから夜へ。その境目を確かめるように、俺は何度も振り返っては川を見た。
「今日来て良かった」
自然に言葉が零れた。それに対し、イジュンが短く答える。
「俺も」
その声に、確かな温度を感じた。
やがて船は再び低い汽笛を鳴らし、ゆっくりと桟橋へと戻っていった。タラップを降りると足元に陸の感触が戻ってくる。それでもまだ揺れているような余韻があった。
「次は昼間のクルーズもいいね。あ、夜景もあるんだ。あと2回は乗らなきゃね」
「欲張りだな」
「だって、まだ全部は見てないってことだからさ」
そうからかうイジュンを見て、俺は思わず吹き出した。イジュンらしい。
「さぁ、クルーズも終わったし、夕食食べに行かなきゃね。と、その前にせっかく汝矣島に来たから63ビルで夜景を見よう」
「近いの?」
「ちょっと歩くかな? タクシーに乗ろう」
と言ったところで、ちょうどタクシーが来たので63ビルまで行って貰う。道はさほど混んでいなかったので63ビルまではスムーズに着いた。
チケット売り場でチケットを買い、展望台へと行く。するとそこからは遊覧船から見た街並みが眼下に広がっていた。ソウルタワーからの夜景も綺麗だったけど、ここからの夜景も綺麗だと思った。なによりイルミネーションを川面に映した漢江がとても綺麗だった。すると、ハートや星形の紙が壁にたくさん吊るされているのが目に入った。
「これはなに?」
「願いの壁って言って願い事を紙に書くんだ。最終的には済州の野焼き祭りに送られ祈願して貰うんだ」
「願い事はなんでもいいの?」
「なんでもいいよ」
「そしたら書きたい」
「なに? 俺とずっと一緒にいられますようにって?」
「馬鹿。事業が上手くいきますようにって書くに決まってるだろ。ほら、紙買ってきてよ」
「ちぇー。行ってきまーす」
ふざけているイジュンを近くのギフトショップに買いに行って貰う。ほんとはイジュンとずっといられますようにって心の中で思ってる。でも、恥ずかしくて本人には言えない。それに、それはソウルタワーで見た鍵に書けばいいと思う。それはまだもう少し時間が必要だ。だけど、俺がソウルに来て仕事を一緒にやっていくうちに心も固まってくると思う。そうしたらそのときに書けばいい。そのときにはソヨンさんのことで心が乱れなくなっているといい。
「買ってきたよ」
イジュンが星形の紙を手に持って帰ってきた。
「俺、韓国語でなんて書けないから書いて。俺がわからないからって嘘書くなよ」
「怖いなー。大丈夫きちんと事業のこと書くよ」
イジュンはペンを手にとり、さらさらと紙に文字を書いていく。卒業したらソウルに来るんだから、それまでにもう少し韓国語をなんとかしないと。俺が韓国語がわからないと店先には立てない。マンツーマンで韓国語勉強してみようかな。グループレッスンよりは身につきそうだ。
「よし。書けた。吊るすよ」
「うん。叶うといいな」
「大丈夫だよ。俺と明日海がやるんだもん。2人ともそういう勉強してきてるんだしさ」
「でもマーケティングは自信ないよ」
「それはこれから勉強すればいい」
「頼むよ。俺は韓国語を勉強することで忙しい」
「明日海に頼まれたら頑張れる」
「ふざけるな」
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