うさぎのキセル屋

夕霧

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キセル屋と橋姫様

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キセル屋
煙管を作って売っている兎。キセルの他に刻み煙草や香炉、お香を作っている。
煙管の修繕や掃除も受ける職人。
人望が厚く、世話焼き。べらんめぇ調でしゃべる、喧嘩っ早い江戸っ子。

橋姫様
橋の守り神として柱になった姫さま。
もともと人間であったことから人間の肩を持つ様子が伺える。
優しく気立てがいい。
キセル屋の香り袋を楽しみにしている顧客の一人。

+++

キセル屋「橋姫様!お久しゅうございます」

橋姫「キセル屋。よく来てくれました」

キセル屋「お体の調子はいかがですか?」

橋姫「もうすっかり良くなりましたよ。あなたが頻繁に来てくれたおかげです」

キセル屋「いえいえ。あっしに出来ることはこれくらいですから。橋姫様の信仰が薄くなって久しくなりましたからね」

橋姫「そうですね…昔は、よく人が通る橋でしたが…今では人を見ることすら稀になりました…それどころか、人は八百万の神の存在を否定するようになってきた。悲しいことです…」
 
キセル屋「あっしら妖…妖怪の存在も昔の人間が考えたお伽噺の一つと思っている節がある。お陰様で、いまは人里に降りて商売することもすっかりなくなりました」
 
橋姫「…すみません、つまらない話しをしましたね」
 
キセル屋「いえいえ。お気になさらず。橋姫さまは本来人よりの神。人あってこその橋の守り神様ですから、人恋しく思うのは仕方ありませんよ」
 
橋姫「人恋しい…そうですね…人恋しいものです。今では人の信仰心に頼らずとも、姿を保持するだけの霊力を補給することができるようになりました。…もう既に、この身は神というより妖に近い存在になっているのでしょうね…」
 
キセル屋「橋姫さま…」
 
橋姫「ああ、また…。すみません。湿っぽくなりましたね。どうも貴方といるとそのままの気持ちを口に出してしまう…」
 
キセル屋「こんな兎めでよければ、いつでもお話を聞きますよ?あっしにはキセルと香司の腕、耳しか持っておりませんので」
 
橋姫「ふふっ…。お気遣い感謝します」
 
キセル屋「それでは、橋姫。お待ちかねの香り袋でございますよ」
 
橋姫「まぁ、可愛らしい!袋も色々な種類がかあるのね」
 
キセル屋「ええ。まず香りを選んで頂き、その次に袋の柄を選んでいただこうかと。どれになさいます?」
 
橋姫「そうねぇ…香りは伽羅(きゃら)、袋の柄は蒸し栗色で」
 
キセル屋「はい、伽羅(きゃら)の蒸し栗でございますね」
 
橋姫「この香り袋は貴方が用意したの?どれも繊細だとこ」
 
キセル屋「いえいえ、これは猿の三助の品ですよ」
 
橋姫「ああ、あの風呂屋の。なるほど、彼は手先が器用ですものね」
 
キセル屋「ええ。最近奴は巾着袋を作って客に売っているらしくて。風呂の道具一式をいれる道具袋と奴は言っておりましたよ。これが女性客に特に人気らしく」
 
橋姫「へぇ。そうなの。こんなに可愛らしいもの、女性に人気が出て当然だわ。袋の端に小さな動物の影が写っているものも愛らしい。これは鼠ね」
 
キセル屋「しかし、橋姫様。この巾着袋の動物なのですが、お気をつけ下さいませ?油断すると袋の柄の絵から抜け出して逃げてしまう、と猿の三助が言っておりましたので」
 
橋姫「まぁ!袋の絵が逃げるの?面白いわ!では、逃げないようにお手入れをきちんとして、常に清潔にしていなければいけませんね」
 
キセル屋「ええ。手入れをしてやって下さい。ほら、ネズミをご覧ください。いい持ち主だと判断したらしく、絵の中で飛び跳ねておりますよ?」
 
橋姫「あらあら!まあまあ!本当に面白いわ!ますます大事にしなくちゃ!キセル屋、三助に伝えてくださる?良い品をありがとうございますと」
 
キセル屋「ええ、お伝えしましょう。文字通り飛び跳ねて喜ぶでしょうね」

後日

キセル屋「よいせっ、と。ふぅ…今日はいつにも増して売れたなぁ。刻みタバコも完売したし、新作のキセルや香炉も売れた!いやいや、良かった良かった!ではそろそろいつもの売り場に戻るかな…」
(荷車を引いてキセル屋が森の中を歩き出す)
 
キセル屋「うん?なんだ?スンスン(鼻を鳴らす)…何やら焦げ臭いような…何だい?火事か?匂いがするのは…なんてこったい!橋姫様のいる大橋からじゃねぇか!ちくしょう!間に合っておくれよ!」
(荷車を置いて、ものすごいスピードで走っていく)
 
キセル屋「橋姫さま!ご無事でございますか!?」
 
橋姫「きゃ!?キ、キセル屋?ああ…驚きました…。どうしたのです?そんなに慌てて」
 
キセル屋「どうしたもこうしたも!橋姫様の大橋辺りから煙臭い匂いがしたので、急いで駆けつけたんですよ!」
 
橋姫「あらあら…そうだったの?」
 
キセル屋「ふぅ…見たところ、火事では無かったみたいで、安心しましたぜ…」
 
橋姫「ごめんなさい、いらない心配を掛けてしまって」
 
キセル屋「いえ。ご無事で何よりです。…煙臭い原因はこれですか?スンスン(鼻を鳴らす)これは…薫物(たきもの)の香りですね…荷葉(かよう)ですか?」
 
橋姫「さすがキセル屋ね!瞬時に名前を当てるなんて!」
 
キセル屋「あっしのように鼻のきく妖でなければ、分かりませんよ。殆ど煙の臭いに呑まれて荷葉(かよう)が伝わらない…」
 
橋姫「や、やっぱり…」
 
キセル屋「橋姫さま、一つ宜しいですか?」
 
橋姫「はい、どうぞ…」
 
キセル屋「練香(ねりこう)は直火で焚くものではありません!焚き火なんてもってのほか!!」
 
橋姫「ごめんなさい!絶対やり方違うだろうって思いながらしました!」
 
キセル屋「そもそも、どうやって焚き火をおこしたんですか?橋姫様は火を扱えないでしょう?」

橋姫「焚き火は河珀(かはく)さまにおこして頂いたの」

キセル屋「河珀(かはく)さま?川神様の河珀様でございますか?」
 
橋姫「ええ、そうよ。最初は嫌がっていたけど、やってくれなければ二度と口をきかないと言ったら渋々やってくれたわ」
 
キセル屋「あぁ…恋は盲目でございますねぇ…河珀さま、火が大の苦手なのに…」
 
橋姫「恋…?あの方に限って、そんな訳ないでしょう。大方私が他の水精や女人(にょにん)の妖と違って全くなびかないから、口説こうと必死になっているだけよ。まぁ、確かに…火の苦手な方にやらせたのは、ちょっと罪悪感があるけれど…」
 
キセル屋「…左様でございますか。…これ、河珀様が聞いたら大泣き所じゃ済まなそうだねぇ。川が氾濫するかも…」
 
橋姫「はぁ…勿体無いことをしてしまったわ」
 
キセル屋「あっしを呼んで頂ければ、薫物を焚いて差し上げられたのに、何故おひとりで?」
 
橋姫「…薫物で着物や扇に香りを移すのは、女人の嗜みだと聞いて…」

キセル屋「失礼ながら…その情報はどこから…?」
 
橋姫「河珀様よ?彼がそう仰っていたの。平安の御世の女人は皆、薫物の香りを持ち物に移して過ごしていた、と聞いたわ。ならば同じ女として私も見習わなきゃって」

キセル屋「平安って…千年も前の話ではありませんか…まぁ、きっかけは何にせよ、薫物に興味を持っていただけたのは有難いですがね。よし、橋姫様。薫物の焚き方をお教えしましょうか?」
 
橋姫「えっ?本当!?教えて頂けるの!?」

キセル屋「ええ、お教えしますよ。但し、火を扱いますのでお独りでは絶対に焚かないで下さいませ?この約束が守れるのであれば、お教えします」
 
橋姫「もちろんよ!火は1人で扱わないわ!早く薫物のやり方を教えてちょうだい!」
 
キセル屋「おお…橋姫様がやる気になっておられる」
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