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翻弄

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 それから面々は、多くの者達が行き来する、大勢の人々の雑踏の合間を縫うようにして歩みを進ませた。



 都合、その場所からほど近い位置に面した噴水が設けられて見て取れる広場に誂えられている長椅子へと、腰を落ち着ける運びと相成った。



 理由は偏に、慣れない様々な種族が入り乱れて窺える、老若男女が集うこの国の熱気に充てられたアイが、これに堪らず根を上げたが所以。



 どうやら平素から聖域に閉じ籠るアイであるから、出不精な性質が祟り、それが災いして疲弊も甚だしいといった具合の塩梅だ。



 一方予め羽織っている外套によるフードにより目深くまで隠れている手前、幸いにして面々の正体は露見することはない。



 お陰で同所へと腰を落ち着けている面々には、周囲からの視線は集わせてはいるものの、これといって騒ぎを起こす兆しは見受けられない。



 しかしながら都合、依然として場を共にするならず者の男達は、アイを筆頭とした面々の傍らへと控える羽目と相成った次第である。



 奇しくも成り行きから、自分達が恐怖の念を抱く対称と行動を共にする運びと成った男達は、これまた困惑も一人といった所だろうか。



 それ故に自ずと何処か辟易としてさえ見受けられる面貌を晒す彼等一同は、皆が一様に苛立ちを募らせて窺える。



 他方、予期せずして厳しい装いが多分に窺える強面の彼等に付き従われる展開を受けては、流石に表情を顰めて不快感を露わとする限りのアイ。



 その理由は偏に、自身の周囲を取り囲む様にして身を控えている男達の誰も彼もが例外なく粗暴な雰囲気を漂わせているが所以。



 奇しくもこの場に居合わせているアイは、同所において凡そ似つかわしくないまでに、場違いな人間だ。



 それは最早、高貴なる身分の出身故に、寧ろ相応しくないと称してしまっても、何ら差し支え程の異分子としてすらも窺えた。



 であるからして、それを本人も自覚している上で同所へと身を置いているアイだから殊更に居心地を悪く感じ取れている様だった。



 しかしながら、これになんら構った様子が見受けられないのが例によって傲岸不遜を地で行く姉妹二人。



「それにしてもだけれど、本当に貴方はわたしの弟でありながら、どうしてこうも貧弱なのかしらね?聖堂においても唯一の男子であるのだから、多少なりともその地位に相応しい人物になるべくして日々心掛けるべきなのよ。であるにも関わらず、この様な体たらくだなんて、あまりの醜態よね」



 噴水に程近い位置に面した同所へと設けられている長椅子に腰掛けたままに、淀みなく苦言を呈するマリア。



 未だ歳幼い少女であるが故に相応に華奢な五指で頬杖を付き、更にはスラリと長い美脚をも組む姿からは、これまた高飛車な性質が窺える。



「そうかなぁ?別にリリーは特段おかしな事だとは思えないけどぉ?だって、弟くんは長い間聖殿に閉じ込められていたわけだしぃ、こんなに沢山の人達、それも多分男の人自体あんまり目にする機会は無かったと思うから、それで少し気疲れしちゃったんじゃないかな。普段からわたし達みたく街に繰り出しているわけじゃないんだから、初めてなら尚更仕方ないと思うなぁ」



 一方、自身の姉である彼女に続けて口を開くリリーであるがしかし、紡がれた言葉はそれに倣う内容ではない。



 依然として甘ったるい、何処か舌ったらずな物言いで奏でられる意味合いは、自らの弟であるアイに対し好意的な物言いとして聞き取れる。



「うん‥リリーお姉ちゃんの言う通り、なんだか珍しくて、少しだけ驚いた」



 そうして奇しくも自身の心の内を代弁して見せたリリーに首肯して、肯定の意を呈するアイだろうか。



 自ずとリリーの語り見せた台詞に応じては、相槌などを返したアイは、それに迎合するかの如き言い回しで述べた。



 だがしかし、自然と与えられた言葉に対し返答するに際した言葉を聞き取っては、これに眦を釣り上げるマリアだろうか。



 加えて、眉を顰めて美貌を歪ませた彼女は、突如として物騒な内容を孕む物言いでの、語りの本流を迸らせた。



「リリーお姉ちゃん?フンっ、今回はとても素直なものね。以前戯れに興じた時分は、随分とわたし達のことを邪険に扱ってくれたけれど、どうやら今日はその限りではない様ね?貴方にしては酷く懸命な判断ではあるけれど、何か心変わりでもあったのかしら?そうであるのなら、これはそう‥とても‥ええ‥とっても尭孝な事だわ。‥けれど、仮にそうであったとしても貴方はわたしの弟なのだから、リリーの言葉を受け入れるにしても、わたしを苛立たせる様な言葉を吐く様な真似は避けた方がいいのではないかしら?少しでもわたしに反抗する意思があるのであれば、それは無謀と言い表す他にないわ。だからそう‥あなたはただわたしのご機嫌をとっていればそれでいいのよ。わかった?変にわたしの言ったことに逆らおうだなんて考えない方が身のためよ。例えそれがリリーから与えられた慈悲であったとしても、自らの頭で考えて言葉を口にしないと、後々に割を食うのは貴方自身なのよ?良いかしら、今し方わたしが貴方に教えた道理を、一言一句違わずに覚えておきなさいな。そして精々以後の発言には、貴方自身の責任が伴うということを理解しなさい。わたしの言っていることは、わかるわよね?もしも理解したのであれば先程の、わたしの言葉に反抗した事に対して何か示さなくてはならない態度があるのではないかしら?」



 唐突、予期せずにまるで堰き止められていた濁流が解き放たれたかの様なそれを、目の当たりとする羽目となるアイだろうか。



 そうして少なからず語り見せるマリアの苛烈な口上を、思いがけずして耳としたアイは自ずと、これには流石に気圧されるばかり。



 それ故に、いつにも増して些か辛辣な言葉を受けるに当たり閉口する限りの彼は、続く言葉に躊躇する。



 お陰で、何ら容赦がない物言いにて淀みなく、苛烈な口上を浴びせ掛けられてしまった手前、上手い返答が思い浮かばない始末。



 都合、その様な体たらくであるからして、自然と絞り出す様にして紡がれた返す言葉は、酷く弱々しい声音となりて響いては聞こえた。



「う、うん。ごめんなさい‥マリアお姉ちゃん。アイはちゃんとお姉ちゃんに相応しい弟になれる様に頑張るから‥。だからそんな風に怒らないで‥」



 必然、自ずと萎縮した声色にて同所へと吐き出されることと相成ったそれはしかし、存外に美しい囁きとして奏でられた様子。



 どうやら自身の姉であるマリアに語られた独白に圧倒されながらも、それに応じるに際した答えを模索していた模様。



 だから瞬時に思考を巡らせるアイは、自身の脳裏へと浮かび上がるそれから取捨選択を行った次第。



 それ故にアイは、謙った上目遣いでマリアを仰ぎ見ると、慎重に言葉を選別して、口上を紡ぐ。



 都合先に与えられた独白の内容の通り、自然と御機嫌を伺う様な体勢となる彼は、マリアを下から見上げる形となる。



「これからはしっかりとお姉ちゃん達の言うこと聞くから許して」



 お陰で、そうして続けられた二の句を前としては、元来苛烈な気性のマリアとて、これを迎え入れる他にない。



「そう‥それはとても殊勝な心掛けね。わたしとしてもそれを聞けて幾分か安心したわ。どうやら不祥の弟にも、多少ばかりの向上心がある様ね」



 先程の研ぎ澄まされた眼光が称えられていた切長の鋭い眦から一転、依然として険の窺える瞳ではあるものの、質量さえ伴って感じられた威圧感は霧散して見受けられた。



 これに応じては、口上を語るに際して腰元に添えられていた両手をそこを離れ、現在はアイの両頬へと充てられている。



「もぅ‥ホントにお姉ちゃんってそういうところが自分の悪癖だっていうことがわかってないんだから、余計に質が悪いよねぇ。もしもわたしがそんなこと言われたらホントにドン引きだよぉ。ほらぁ、弟くんも怖いお姉ちゃんなんかじゃなくて、リリーみたいに優しい女の子がいいよねぇ?」



 他方、それは姉妹の片割れとて例外ではなく、彼女に倣いリリーもまた一蹴することなく、寧ろ機嫌も上々に受け答える。



 そうして一方的に、マリアの両手に捉えられていたアイのかんばせを自らの方向へと向けさせたリリーは、甘い囁きを呈する。



 都合その様に柔らかな手中に両頬を挟み込まれてしまったお陰で、これにされるがままに押し黙る限りのアイ。



 その理由は偏に、先程の様に異議を呈する悪手を選択すれば、例によって再三に渡り説教を浴びせかけられる羽目になることを理解しているが所以。



 それ故に、美麗なる容貌を誇る二人の少女の取り合いの渦中の当事者本人であるアイは、自らの進退を放棄するばかり。



 同所において、厳つい強面の男達の集団が集う場を他所に、戯れに興じる姉妹二人に翻弄された挙句の果てに、弄ばれる憂き目と相成った次第のアイであった。
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