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路地裏

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 依然として余り治安が良くない、これまたならず者の溜まり場として窺える裏路地に面した同所にて。



 自ずと、築数年程と思しき古めかしい趣を呈して見受けられる石造りの協会の脇道を通り抜けることとなる三名。



 都合、これといって何をしたわけでない彼等彼女等であるがしかし、それを見咎めた者達から途端、声が与えられる。



「おいおい嬢ちゃん達よぉ。ただでここを通すわけにはいかねぇな。しっかりと通行料を払ってもらわなきゃ、此方の面子が無くなっちまうんでなぁ。ガキだからって見逃すわけにはいかねぇんだわ」



「へへっ、そうだぜぇ。そんなに綺麗なおべべ着てこんな裏道を歩こうだなんて世間知らずも良いところだぜ。大方その装いから察するに旅人といったところだろう?早いとこ出す物出しときゃ痛い目は見なくて済むぜ」



「ああそうだ。いくら俺たちが屑でもお前らみたいな餓鬼どもを奴隷にして売り捌こうなんて残酷な真似はできねぇ。ただ少しばかり、貧しい善良な一市民として小銭を恵んでもらいてぇだけなんだ」



「俺たちも舐められるわけにはいかねぇんだ。お前らもその若さで、まだ死にたくはねぇだろう?ここは得難い経験をしたと思って金さえ置いてけば、レアノスティアサマとやらに免じてお家に返してやるよ。俺らは寛容だからな」



 唐突、予期せずして建物が聳え立つその合間にて、恫喝紛いの脅迫を受ける羽目となる面々だろうか。



 どうやら外套で上半身を覆っている旅人風の趣きを呈した服装として見て取れる装いをしている面々であることが不幸にも災いした様だ。



 だからだろうか、これを側から眺めるならず者達から一方的に生じた勘違いから、標的として見て取られたらしい。



 道行くアイと姉妹の三名の眼前にて、此れに立ちはだかる様にして複数名の男達が真正面から並び立つ。



 誰も彼もが厳つい装いにてめかしこんで見受けられる彼等は、前者に対峙するかの如く腕を組んで悠然と佇んでいた。



 挑む様な眼差しでアイ等面々を捉えている、剣呑な視線を向ける男達からは、有無を言わせぬ雰囲気が窺える。



 しかしながら他方、これに何ら萎縮した様子もなく、一切構った様子が見受けられないのが、睨みつけられている姉妹だ。



「あら‥穏やかではないわね。それに‥」


 ならず者達面々に向けて返答するに際し、誰よりも早くに顕著な反応を示したのは姉妹の片割れであるマリア。



「随分と一方的に語ってくれるじゃない。少しばかり、口が過ぎるのではなくて?レアノスティア聖王国の御子足るこのわたし、マリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアに」



 その理由は偏に、人一倍に高い自尊心を誇る彼女は、平素より他者を見下しているが所以。



 それ故に都合、元より勝ち気な切長の瞳が、研ぎ澄まされいくかの如く吊り上がり、挑む様な眼差しが男達を射抜く。



 お陰で、一方的に恫喝をしていた立場から一転、途端にマリアと対峙する彼等の顔色が青褪める。



 対して、攻守逆転の憂き目に遭う羽目と相成った男達であるがしかし、事態は進行する。



 他方これに対して、蠱惑的な微笑を称えたリリーは、追い討ちを掛けるかの如く、ここぞとばかりに語り見せる。



「ホントにキミたちっておバカだよねぇ。今はこういう風に姿を隠してるからわからないだろうけど、このリリーさまを脅迫しようだなんて、少しくらい身のほどを弁えようよ。自分達が恫喝する相手を見極めることもできないなんて、いくらなんでも無能すぎるよぉ。リリーは失望しちゃったぁ」


 少なからず嘲笑入り混じる声色にて言い放たれた侮辱の言葉は、思いの外響いて同所には聞こえた。



 流石にこれを受けて自ずと、殊更なまでに顔面を揃いも揃って誰もが一切の例外なくして蒼白となる男達。



 途端に、極めて顔色が優れない様に窺える彼等は、当初見せていた威勢の良い立ち振る舞いもなりを顰めて見受けられた。



 その理由は偏に、自分達が恐喝した相手から名乗りを受けて、その出生に見当がついたが故に、恐れ慄いているが所以。



 都合自然と、姉妹に真正面から並び立つ様にして佇んでいた面々の面持ちからも窺える程度に焦燥も露わ。



 しかしながら、幾ら彼女等姉妹の立場がどれ程に高位であれど、ここまで恐れられているのには訳がある。



 その理由とはそれ即ち、


「もッ、申し訳御座いませんッ。まさか姉御だとはいざ知らず、この様な無礼を働いてしまったことを、此処に深くお詫び致しますッ。ですからどうかッ、命だけは勘弁してくだせぇッ」



 途端、同所へと殊更に響いては聞こえた姉妹二人の、不遜に過ぎる口上を耳とした男の一人の態度が一変した。



 先程の堂々とした立ち振る舞も唐突、自身が身を置く同所が地面であることにも厭わない彼は、その場で体勢を平伏させる。



 次いで声高にも上擦った声色にて吠えて見せた彼からは、幾度となく縋る様な声音での物言いが奏でられている。



「え‥?」



 他方、その様にまさかの展開を一方的に受けては、驚愕も露わとするのがアイだ。



 都合、自ずと思いがけずして、大男の土下座の姿勢を目の当たりとすることと相成った次第のアイ。



 自然、その様な違和感も甚だしい光景を前としては、続く台詞を失う彼だろうか。



 お陰で二の句を告げることさえままならない彼は、美麗なる姉妹に挟まれたままに口を噤む他にない。



 他方、そんな驚愕を呈して窺えるアイに対し、何ら構った様子が見受けられないのが現在渦中に身を置く当本人である二人の姉妹。



「全く‥。本当に何処まで貴方達は無能なのかしら‥。これだから庶民は教養がないにもほどがあるわ。困ったものね。これでは幸先が思いやられるのではないかしら?」



「へッ、へへぇッ。いつも姉御にはお世話になっておりますッ、はいッ。ですんで頼まれていた御約束通りの奴隷どもは、しっかりと揃えて用意してありますッ。どうかこれをお納めくださいッ」



「ふ~ん‥そうなんだぁ‥。お馬鹿さんなわりには結構ちゃんとお仕事はしてるんだねぇ。それなら少しだけ見直してあげてもいいかなぁ?どうするのぉ?お姉ちゃん」



 どうやら少なからず、今し方当人等の間にて交わされた会話の内容を鑑みるに、姉妹と男は顔見知りの間柄である様だ。



 それ故に姉妹の片割れの姉であるマリアは、自身が思う所を何ら躊躇うことなく言い放つ。



「そうね第一として、その姉御という呼び方はあまり好かないわ。即刻やめなさいな。次はないわ。そして例の薬の件だけれど、現時点でどれほどの被害が及んでいるのかしら?」



 そうして自ずと吐き出された台詞は、何処か物騒な物言いが含まれている物言いでの口上。



 都合、そんな冷淡な彼女の言い回しでの脅迫と共に問いかけを受けた男はこれに対し、極めて謙った口調で返答する。



「はッ、はいッ。それが‥以前にも増して、市街に出回ってる様です。俺らも一応呼び掛けはしてるんですが、あんまりにも流通量が多くて、人が回りません。正直に言いますと、これだけ蔓延しちまうともう、どうにもならないと思いやす。多分ですが既に手遅れかと‥」



 慣れない様に窺える拙い口調ながらも、特段畏まった物言いにて、淀みなく語り見せるならず者の男。



「そう‥。やはり庶民は愚か‥だということなのかしらね‥。自身の身を滅ぼすことを理解しているにも関わらず、自ら死を選ぶなんて。それも人間としての在り方をすら、失ってしまうなんて哀れみを禁じ得ないわね。挙句の果てに尊厳すら貶められてしまうだなんて、わたしであればとてもではないけれど、耐えられる自信がないわ。それ程までに惨めな話だわ」



 対し、これを耳とする依然として大仰な程に不遜極まる立ち振る舞いを続けるのが姉妹の片割れのマリア。



「そうかなぁ?わたしも概ねはお姉ちゃんと同意見ではあるけれどリリー的には、ちょっとそれは一方的に過ぎる考え方だと思うんだよねぇ。だってぇ、例え最期が高潔で綺麗な終わり方を迎えたとしても、結局の所みんな死んじゃうんだから、おんなじ事だと思うなぁ」


 一方、その妹であるリリーは自身に姉に倣い、これまた平素通りの飄々とした戯けた態度にて返答だろうか。



 他方、同所に身を置く面々における、現状において唯一の当事者ではないアイは、これを目の当たりとして困惑も一入。


「お姉ちゃん‥もしかして薬ってセラが言ってたあの‥」


 お陰で、初対面の見知らぬ男と自身の姉である少女二人の間で交わされる会話の内容に疑問を呈するばかりのアイである。


 しかしながらその殊勝な心掛けも虚しく─



「アイ、貴方は少し黙っていなさい。今話している会話の内容は本来であればわたしの弟である貴方が、知る必要のない事なのだから。けれど、わたしがどれ程に貴方の姉として優秀であるのかを、自身の瞳に焼き付けなさいな。そしてこのわたし、マリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアと比較して、どれだけ自らが無能であるのかを、しかとその胸に刻み込みなさい。わかったわね?」



 途端これに対し、彼の傍らに佇む高飛車な態度を隠そうとともしないマリアが、何ら躊躇いのない物言いで語り見せる。


「そうだよぉ。わたし達は確かに弟くんよりも年上だけどぉ、そこまで離れているわけじゃないんだからぁ、それを鑑みると頭の巡りの差は圧倒的だよねぇ。リリーは昔から優秀だからぁ、凡人の弟くんみたく自分の生まれに甘んじているだけじゃないんだよねぇ。あ、でもでもぉ、そんな風にお馬鹿さんな弟くんのこと、リリーはすっごく大好きだからぁ、ずっとそのままで安心したよぉ。昔から全然変わらないねぇ」


 都合、自ずと自身の姉が容赦なく言い放った口上に迎合する形で、言葉を引き継いだリリーの甘ったるい声音が殊更に響いて聞こえては、奏でられる


「‥はい。お姉ちゃん」


 お陰で、普段通りに相も変わらず、唯我独尊を貫く自身の姉達からの無常なる物言いに対し、首肯するばかりのアイであった。
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