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禍根

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 そしてそんなアイリスの捜索へと打って出た彼女等とは、遥か彼方の遠方の地にて存在している、鬼人族の村落にて。


 否、最早辺り一面に見渡せる限りに、石造りの城壁と思しき聖王国のそれを彷彿とさせるその光景は、とても山奥に所在している同所とは思えない。


 ユキが聖王国に幽閉されて以来、長い月日を経た同所はといえば、極めて凄まじいまでの文明開花を果たすに至っていた次第である。



 それ故に、未だユキリスが同所に暮らしていた過去の時分とは、軽く一世紀ばかり様相を異として窺える。



 それ程までに目覚ましい文明の発展を見せたこの鬼人族の、最早都市と称してしまってさえも、なんら差し支えないこの場は、殊更に栄えている光景が見て取れる。



 現にそれを証明するかの如く、石造りに誂えられた都市内部からは、人々の雑踏から与えられる賑やかなまでの喧騒が響いては聞こえる。



 そしてそれは特段何かしらの祭り事が控えている為でもなく、どうやらこれを平素から顕著に呈されて見て取れる様子との事である。



 であるからして、ユキリスが留守にしていた長い年月の間に鮮明な位に発展して変わり果てた所存の同所である。



 しかしながら、自身の生まれる以前の話など到底知る由も皆無なアイリスはといえば、別段混乱を露わとすることもなく適応を示した次第である。



 何故ならば、この都市よりも遥かに発展しているレアノスティア聖王国が出生である彼からすれば、都市内部に対して顕著に見受けられる自然の息吹を除けばさして驚きに値しなかったが所以に他ならない。



 だから転移を果たした折にこそ困惑を露わとしたアイリスであったがしかし、すぐさまフウガへと自らの境遇を縋ったが為に、特段身体が極まる事もなかった所存。



 だがしかし現状における危うい自身の立場の程を聡明にも悟るに及ぶアイリスは、フウガに命じられるがままに身を委ねる他に取るべき選択肢はなかった。




 そう、自らが生まれ付いた地である聖王国であるならばいざ知らず、その国から遥かに遠方を極める今現在自身の身を置くこの都市は、訪れた事もなければ、耳としたこともない人類未到の同所に相違ない。



 故に、この場においてアイリスはただの一つとしてよるべがないという、自身に迫る窮地を、年齢に反して賢い頭脳を誇る彼は正確に理解していた。



 それだから、今までの自身の生において経験した事もない、未曾有の事態に瀕している自らの現状に対してよくよく及びがついているアイリスは、至極賢しい手段を用いることと相成った所存である。



「あ、あのフウガ様、学園という所についてわたしは既にお母様からよくよく聞き及んでいます。ですからその‥、お家に居たく思います」



 そんな彼はといえば、自らがユキリスの娘として誤認されている現状を逆手に取って、上目遣いでフウガを仰ぎ見ていた。



 その極めて可憐な姿からは、これを目の当たりとした男の庇護欲を大いに誘う魅力さえも漂わせて窺える。




 まるで本当に少女の如く、真正面へと自らの五指を絡ませるアイリスは、祈りを捧げるかの様な姿勢で媚びた振る舞いを見せ付ける。




 そう、この鬼人族の都市でその身柄を保護される形となったアイリスは、それに加えて学園に通う運びの手筈となっていたのだ。



 しかしながら、その事実を後から聞き及んだ彼はからは、これの話しに対して並々ならぬ拒絶の意思を呈する姿が見て取れるばかりである。



 それは何故ならば、当初こそ自身の姉が通っている学園に興味関心を抱いていたアイリスであるが、ことここに至ってはこれに対する好奇心も消失しているが為。



 そしてその理由は偏に先にアイリス自ら語り見せた通りに、自身の母から伝え聞いた内容が所以である。



 であるからして本来の人見知りな気性も相まって災いし、幾分か萎縮してしまった彼にとって自ら学園に通うのすらも憚られた。



 つまる所それは、当初に限ってこそ学園への通学の意欲を見せたものの、同所への性質に及んだ今ここに至ってはそれも完膚なきまでに消失して思われる。



 それ故に今現在においの立場はフウガの私邸に身を置いているアイリスであるが故に、己が身を襲うその要求に対して躊躇いを覚えていたのだ。



 だから一方で、そんなアイリスの鮮明に思われる程に明確な拒絶を受けたフウガはといえば、何処か思案を巡らせる様にして受け応える。



「アイリス、君がどの様な事を聞かされたのかはわからない。だが‥」



 そうして何事かを熟考して思われたフウガは、至極厳かな力強い声色で自らの思う所を語り見せる。



「仮に不服がある様なら、俺から直接学園に対して便宜をはかろう。であれば何も案ずることはない。それを鑑みても、君の意見は変わらないか?」



 そしてその様に己を仰ぎ見るアイリスに対して言い聞かせるフウガは、極めて粛々とした振る舞いにて言い切った。



 だから他方、これを一方的にこうして言い含められる様に言い放たれたアイリスの側としては、これは寝耳に水な話に他ならない。



「‥それはアイが虐められない様にして頂けると言うことですか?」



 故に今し方疑問を呈した通りに怪訝な面持ちを晒す彼は、依然とし恐る恐るとした調子ながら、存外にも明確に問いを投げかける。



「無論その様な愚行は決して起こさせはしないさ。暁家の名に誓うよ」



 都合これに次いでフウガから与えられたのは、至極誠実な振る舞いを見せての断言となる。



「それは‥とても嬉しく思いますが‥ですが本当に御座いますか?」


 だからお陰でそんな彼の返答を受けるに応じたアイリスであるがしかし、未だ判然としない面持ちを露わとしている。



「ああ、その様な虚言を吐いた所で意味もなし。だが、未だ憂うのであれば俺も同行しよう。さすれば何事も不安に思うことはあるまい?」



 しかしながらそんな始末の極めて無礼千万な態度を呈したアイリスになんら意に介することのないフウガはといえば、威風堂々たる振る舞いにて、応じてみせる。



「ありがとう御座います。アイはフウガ様の事を誤解していました。最初は大変怖く思い、失礼な勘違いをしていました。ですが今ではとてもお優しい方だという事が理解できます」



 それだから先程まで訝しげな眼差しをフウガに対して向けていたアイリスは、これに返答するに際して素直に頭を下げて見せた。



 どうやら今し方に力強く語り見せられた手前も相まって、フウガの性質の程に対しての及びが漸く着いた様子。



 それ故に、自身の性別を偽っている自らの不徳のなすところに対して罪悪を覚えるに至るアイリスはといえば、何処か卑屈な素振りでフウガを上目遣いにて仰ぎ見る。



 そうしてそんな、男に対して媚びた有様を見せるアイリスであるからして、これに対して応じるフウガの態度は、殊更に穏やかな対応となる。



「いいや、それは無理もない事だ。突然この様な無体を働かれては誰を疑っても不思議ではない。寧ろ君はとても落ち着いている程だ。流石は龍鬼さんとユキの娘だ」



 そして受け応えるに際しては、その様にして鷹揚にも頷いて見せるフウガも、極めて落ち着いた素振りにてアイリスの頭部を撫でる。



「あ‥」



 都合、対してこの様に些か不躾な振る舞いを受けるに対応するアイリスはしかし、何処か恍惚とした美貌を晒す。



 その可憐な姿は何処からどの様にして見て取っても、年若い少女の容貌としか思えないから、余計に質が悪く思われる。




 お陰で、そんな可愛らしい思わずといった塩梅にて溢れたアイリスの声色を耳としたフウガは、これに我に帰るに伴い自虐的に口の端を歪ませる。



「‥すまない‥。あまりにユキと似ていてな‥」



 ─これは、未練か



 そうしてそんな感傷と思しき感慨を覚えるに至るフウガはといえば、その精悍な顔立ちに似合わぬ苦笑を浮かべて見せる。


 そしてそれは予期せずしてこれを目の当たりとしたアイリスが思わず見惚れてしまう程には、存外にも格好の良い影のある笑みとして見て取れたのであった。
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