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そうして転移を果たしたフウガにアイリスを連れ去られてしまった禁足地とは、遠く離れた聖都へと所在している聖殿における謁見の間にて。
予期せぬ魔物との邂逅から死闘を経て、思いがけない手傷を負う羽目となったマリアとリリーの両名が正に、疲労困憊といった塩梅にて疲弊も甚だしいながらも如何にかして同所へと辿り着いた頃合いの事。
だからそんな二人の姿からは、平素から滲み出る上品なまでの気品は既になりを潜め、まるでそれに打って変わるかの様に、その絶世の美貌を損なうかの如き強烈な程に苛烈な鬱屈している感情が窺える。
何故ならば、手痛くものの見事に返り討ちの憂き目と遭った彼女達は、自ら魔物に喧嘩を売った挙句、惨めにも撤退を余儀なくされたが所以に他ならない。
そんな彼女等姉妹の誇る美しいプラチナブロンドの長髪も、今現在の時分に至っては、それも僅かながらに解れてさえ窺える。
つまる所、形の良い両側頭部を起点として、ツインテール状に結えた髪の一方の、その純白の穂先が頬へと垂れているのだ。
そしてそう解けてしまった頭髪を自らの手で改めて結い直さないその理由は偏に、たかがそれ如きの小事に拘っている暇はないが故である。
それ故に何処か剣呑な、まるで苛立ちを抑えるかの様にしながらも、謁見の間において跪いている姉妹の片割れの内の一人であるマリアが、口火を切った様子が見て取れる。
どうやら痛い程の静寂に包み込まれた同所の、重苦しいまでに質量さえも感じ取れる、その雰囲気が癪に触る模様。
だからこれを厭うた人一倍気の早いマリアはといえば、壇上の上に佇むレアノスティ聖王国の頂点が女教皇、リリス・スノーホワイト・フォン・レアノスティアに進言するに至る。
そしてそんな彼女を仰ぎ見ながらも、これに挑む様な調子で臨むマリアの物言いからは、酷く鮮明な程に焦燥に駆られている、その苛立ちに捉われている胸中すらも窺える。
「リリス様、恐れながら進言させて頂きます」
であるからしてそんな、平素からの高慢な振る舞いとは対称的に何処か、意気消沈した姿を露呈させているマリアからの言葉を受けてはこれに対して、粛々と受け答えるリリスだろうか。
「此方としても既に事の詳細は存じています。そして貴方の望みも」
つい今し方まで、それも二人の姉妹を前にして尚、祝詞を捧げる最中にあったリリスの閉ざされていた瞳が、漸く見開かれる光景が窺える。
その様にして開眼を見せた美しき双眸に宿る眼光は、まるで相手を射貫く槍の如き研ぎ澄まされた鋭い眼差しを垣間見せる。
そうして宝石の如く透き通る大きな二対の瞳に真正面から対峙したマリアは他方、あまりに鋭利に過ぎる程に感じ取れるそれに対して、気圧されるばかり。
都合、切長の瞳から注がれる視線に射抜かれる羽目となるマリアは、まるでその場に縫い留められてしまったかの如く、身じろぎすらもままならない様子が見て取れる。
「わたくしの名の下に、聖騎士の指揮を与えます。これにて貴方の一存で、彼等を動かすことも叶うでしょう」
そしてそんな無様な姿を晒すマリアとは一方で、これと相対するリリスは極めて平静な声色にて言い放つ。
だからその様に与えられた冷然とした言葉を耳としたマリアはこれに対し、自ずと自らの情動が赴くがままに苛立ちを露わとする。
「‥それは‥不敬を承知の上で申し上げます。あの上位個体に対してたかが聖騎士如きの戦力ではとても、対抗できる筈もありません。恐らくですがあの化け物達には抗うこともままならないかと‥。それにわたし達でも叶わなかった相手に、到底及ぶ事も無い様に思われます。ですから‥」
そしてそんな衝動に身を任せた彼女の露呈した何処か険の含まれて窺える口上は、沈黙の帳が覆うこの場において、殊更に響いては聞こえた。
それ故にその情緒が顕著に示されたその声色で口としたマリアを目の当たりとしては、これに対して声を挙げる第三者の存在が同所へと呈される。
「リリスお母様、それならわたくしが参ります。それはあの子の母であるわたしの責務です。それにアイもそれを望んでいる筈です」
そうたった今その様にしてマリアの続く台詞をまるで遮るかの如く進言したのは、同所に居合わせている面々と同様にリリスの元に跪くユキリスに他ならない。
恭しくこうべを垂れながらも、何事かを熟考していた様子のユキリスは、その美麗なる面貌を挙げるに共に自らの母であるリリスの仰ぎ見る。
その至極真剣に露わとされた面持ちからは、自身の息子であるアイリスを何としても自らの手で助け出そうとでも言わんばかりの、強固な意志の力が窺える。
それ故に今に見て取れる彼女の姿は、その尊い程の清廉なる心に、まるで呼応するかの如く、眩いばかりの純白の輝きを帯びていた。
だから、そんな彼女の頭上よりこれまた冷然とした眼差しを伴い見下ろすリリスはといえば、刹那の思案を巡らせる様にして瞳を閉じると共に、一瞬の間を置いて言い放つ。
「それは承諾できません。ですが、その代わりに貴方の側付きである、あの子達を行かせましょう。わかりましたね?」
しかしながら、その返答はユキリスに向かうことなく、彼女の傍らへと恭しく控えている姿が見て取れるサーリャとセラの両名へと与えられる。
「‥はい。畏まりました」
そしてそんな自身の両隣へと侍る自らのそば付きが頷いたのを尻目に確認したユキリスはといえば、これに渋々ながらも倣う他にない。
何故ならば、自らの母であるリリスに負い目がるユキリスはそれと同時に、彼女に対して心底から心酔しているが所以に他ならない。
しかしながらそのユキリスの姿からは今し方にリリスから与えられたその命に対して、大いに不平を抱いている心中が、誰の目から見ても明らかな程に窺える。
だからその様に、自身の胸中に思いがけずして浮かべてしまった自らの母から下された命に対する不服を危うい所で喉元にて押し留める。
その証左に、彼女の薄桃色に妖しく輝く艶かしいその唇は、自らの無力を憂う様にして噛み締められている痛々しい姿が見て取れる。
そんな彼女は、予期せずして起きてしまった悲劇に対して自らの意思が介在しない、事実に俯く他にない。
それ故にそんな自身の力が及ばない出来事を受けて悲嘆に暮れるばかりに伴い歪む彼女の美貌には、まるでその美しい容姿を際立たせるかの如く、一筋の翳りが差す。
そしてそんな彼女の姿からは、何処か儚いまでに完成された、絶世のまるで人形の様に美しい、精緻に誂えられている顔の造形が窺える。
「では、今申し付けた人員で、貴方達が事を運びなさい。構いませんね?」
であるからしてこれに続いて紡がれる言葉をが無い事を確認したリリスは、改めてマリアとリリーの両名へと良い含める様にして問い掛ける。
そうして命を下す前者の切長の双眸に称えられた研ぎ澄まされた眼光は、なんら容赦なく後者へと向けられる。
「‥はい」
そして他方、その様にして自らに迫り来るまるで刃の如き眼差しに射すくめられたマリアは、自身に対してリリスから与えられた有無を言わせぬ物言いに頷く限り他にない。
無論それは彼女の妹足るリリーも同様に、此方は平素からの戯けた振る舞いもなりを潜めて能面の如き美貌をさらすばかりに、何処か薄気味悪い雰囲気を漂わせて窺える。
だがしかし、そんな彼女の穏やかとは到底言えない感情の機微に対して悟るに及ぶ者はといえば、ただ一人の姉を除いて誰一人としてこの場には居合わせていない。
つまる所内心では今現在に至るまでの経緯に対して大いに不平を抱いているリリーの心中は、すぐさま情緒を欠いてしまいそうな程には、苛立ちを堪えていたのだ。
だがそれもことここに至っては幾分か致し方の無い話としても窺える。
何故ならば、つい先程までは魔物相手に対して大立ち回りを繰り広げていた手前のそれとは一転、その獲物に返り討ちにされたのみならず、自らの愛しい弟まで攫われてしまったが為である。
それ故に例え、並外れた一流と称してさえ、なんら差し支えないまでの戦闘力を有しているリリーであっても、依然として幼き身である事実には相違ない彼女では、忍耐の程もたかが知れている。
であるからしてそんな彼女の凄まじいまでに堪え難い屈辱に苛まれると共に、自らの弟を奪われた事に対しての並々ならぬ称えられた憤怒の程は、察するに余りある。
そう、そうしてリリーの一方的な独壇場と思われた先に行われた死闘も、今現在の彼女にとっては、自らの晒していた油断に対する失態を想起させるだけの出来事に他ならない。
それ故にその自身の晒してしまった無様に対して恥辱を覚えているリリーは、これを怒りへと変じることに躊躇わない。
寧ろ自らに与えられた所業を鑑みては、その屈辱から湧き上がる情動に呼応するかの如く、魔力を顕現させている次第。
そしてそんな彼女はといえば、自らの母親であるユキリスと同様に、自身の弟であるアイリスが攫われた事に対しての何よりも静かな怒りを露わとしていた。
正にユキリスの如き己が衝動に極めて正直な母親にして、このリリーの様な自らの情動の赴くがままの振る舞いが見て取れる娘あり、といった所だろうか。
お陰でそんな心中を胸に抱いている手前もあり、おいそれとはこの場においての自身の発言を呈するわけにもいかず、進言を控えている所存であった。
だからそんな自身の妹の感情に対しては特段改めて推し量るまでもないが故に、さして言及する様な愚行を冒すこともないマリアである。
それだから沈黙に俯くそんな自身の妹の振る舞いに対してなんら意を介さない彼女の側はといえば、今し方にリリスから自らに与えられた権限に対して思考を巡らせる。
しかしながらそんな自身の脳裏に思い描く考えの没頭に捉えられている彼女の装いを見て取りて、これに対して瞳を眇めたリリスが再三に渡り声を挙げる。
「そして貴方達のその格好はあまりに相応しくありません。‥ユキリス、どうか貴方の力で子供達の治療をお願いします」
どうやら先に繰り広げた死闘の折に、所々に負傷した箇所へと意識が及んだリリスは、それを見咎めた模様。
そうしてその傷の具合を鑑みた彼女はしかし表情には出さないながらも、二人の姉妹の安否の程を案じている様子が見て取れる。
それ故に平素からの粛々とした超然とした振る舞いを崩さないリリスであるがしかし、自らの娘であるユキリスに先程術の行使を命じたのもその為だ。
「はい、リリスお母様」
であるからしてそんな彼女から見下ろされるがままに受け答えるユキリスは、それに応じるにに身を委ね、己の術を行使する。
その途端、二人の姉妹へと翳された掌の目前の虚空に顕現したユキリスの魔力は、向けられた少女達へと与えられる軌道を見せる。
そしてその魔力の迸る本流を受けるに際した二人の姉妹の傷は唐突、まるで時を遡る様にして治療が施される。
都合その眩いばかりの輝きに照らし出されたその傷口はたちまち、思わず目を見張ってしまう程に癒されていく常人からすれば、あまりに荒唐無稽に過ぎる光景が見て取れる。
お陰でその裂傷により傷付いた皮膚も、次第に元のきめ細やかな純白の、まるで初雪の如く美しい艶やかな輝きを取り戻すにまで至れり。
そうしてその過剰な程に純度の高い魔力が、二人の姉妹を起点として渦を巻いていたのも束の間の事。
次の瞬間にはユキリスにより掲げられている掌へと舞い戻ると共に、再び彼女の肉体へと収束を果たす。
そして翳された掌へと集う眩いばかりの煌めきは、刹那の瞬間には宿主の元へと輝きを与えている光景が見て取れる。
「すごい‥神の奇跡だわ‥」
それ故に他方、そんな神秘的なまでに美しいこれを側から眺める修道女の一人が、思わずといった塩梅で誰に言うでもなく感嘆の意を呈する。
「本当、流石は聖女様ですわ」
次いで、そう独りごちた一人の少女を皮切りとして、まるで反応が連鎖するかの如く皆一様にユキリスへと称賛の言葉を口とする。
「やはり純白の聖女の名は伊達ではないと言うことですね」
であるからして都合、そうして語られる中にはまるでユキリスを見定める様な輩の、何処か推し量るかの如く囁かれた呟きも殊更に響いては聞こえる。
どうやらその様にしてユキリスを褒め称える限りのシスター等の少女達は、今し方に行使された術に対して見惚れているばかりな模様。
その鮮明なる証左として未だ眩いばかりの煌めきを身に纏うユキリスの姿に対して、まるで情景を抱く様にして食い入るかの如く視線を釘付けとされている光景が見て取れる。
そして思わずその幻想的なユキリスの美貌に捉われてしまった少女達は、否が応にも虜とされる他になかった。
そうして本人の意図しない状況において、無自覚にも予期せずして、人々から支持を集めるユキリスの天性の資質は、リリスから受け継いだ才能に他ならない。
しかしながらそれは依然として本人の意識しない所にある性質であるのだから、その天賦の人身掌握術の程は、実に大した手腕である。
だがしかしそれの惜しむらくは、ユキリス自身がその自らの美貌を自覚して、それを他者に対して用いるまでに及ばない事である。
であるからして、どうやらそこにまで至るには、自身に対して極めて無頓着なユキリスの性質を鑑みるに、当分先の事柄の様に窺える。
そしてそんな人目を憚ろうともしない修道女達の唇から交わされる無神経な呟きに対してなんら意に介さないのがマリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアという存在だ。
それ故に既にこの場に居合わせている自身の存在意義を見出せない彼女はといえば、何処か焦燥を浮かべた面持ちも露わに立ち上がる。
「ありがとうございます、ユキリスお母様。それではわたし達は早速アイの捜索に掛かりますので、これにて失礼させて頂きます。‥ほら、行くわよリリー」
だからその様にして同所から早々に立ち去るべく動いたマリアは、依然として俯いたままのリリーへと声を掛けると共に踵を返す様子が見て取れる。
どうやらその姿から鑑みるに、先程の意気消沈とした塩梅の彼女とは一転して少なからず、平素からの高飛車な振る舞いを再び取り戻した模様。
「うん」
故に都合、そんな自身の姉に言葉を与えられたリリーもこれに倣い自ずと、その背中にまるで追従するかの如く足を運ばせる姿が見受けられる。
そうして手際も良くアイもといアイリス捜索に対しての条件を揃えた姉妹二人は早々に、その行手を阻む様にして存在している巨大な扉を勢い良く開け放つ。
そしてそれと同時に、見目麗しい少女二人のプラチナブロンドの長髪が翻ると共に、虚空へと軌跡を残す。
都合、その様にして極めて美麗なる眩いばかりの煌めきを伴うそんな彼女等二人の姿を傍らから眺める有象無象の人々は、この姉妹に対して気圧される他にない。
何故ならばそんな二人の少女達は、自らの美貌に物を言わせて同所に場を共にする者等に対して幅を利かせる手法を心得ているが所以である。
それ故にこの点に関しては、自らの容姿に対して然程の興味もない何処ぞの聖女様と比較して、自身への理解の程は雲泥の差と言えよう。
だがしかし、そうして自分達に視線が向けられている事実に気づくに至る彼女等であったが、特段それに対して意を介す素振りも皆無といった塩梅だ。
であるからして、そんなマリアとリリーは、至極超然とした何事にも捉われない様な、颯爽とした足取りでもってして、この謁見の間を後とする、極めて粛々とした振る舞いが見て取れる
そうして残された面々が最後に目としたのは、極めて厳かなる造りの巨大な誂えとして窺えるスイングドアの扉が、殊更に大きな音を響かせて閉ざされる光景だ。
であるからしてして自らの娘二人の、毅然とした振る舞いにて歩みを進ませる姿を後ろから不安げにこれを眺めるばかりであったユキリスであるがしかし、不意に声が与えられる。
「‥何も案ずることはありませんよ、ユキリス。無論、あの子等だけに任せる様な、無体な愚行を冒すことは致しませんから」
その様にすて思いがけず再三に渡り良い含めるかの如くユキリスに対して言い聞かせたのは、やはり依然として冷徹な美貌を晒すリリスだ。
「貴方達には、魔術師の指揮を任せます」
しかしながら、次いで女教皇足るリリスから直々に命を下されたのはユキリスではなくて、同所に控えているシスターの少女等に対してである。
そしてそんなリリスから極めて一方的に指示された修道女達の側はといえば、特段不平を抱く様子もなく粛々と応じて見せる。
そうして幾人もの見目麗しい少女達が恭しくこうべを垂れる姿を壇上から眺めるに際しては、これを何処か壮観とすら見て取りて、圧倒されるばかりな次第のユキリスであった。
予期せぬ魔物との邂逅から死闘を経て、思いがけない手傷を負う羽目となったマリアとリリーの両名が正に、疲労困憊といった塩梅にて疲弊も甚だしいながらも如何にかして同所へと辿り着いた頃合いの事。
だからそんな二人の姿からは、平素から滲み出る上品なまでの気品は既になりを潜め、まるでそれに打って変わるかの様に、その絶世の美貌を損なうかの如き強烈な程に苛烈な鬱屈している感情が窺える。
何故ならば、手痛くものの見事に返り討ちの憂き目と遭った彼女達は、自ら魔物に喧嘩を売った挙句、惨めにも撤退を余儀なくされたが所以に他ならない。
そんな彼女等姉妹の誇る美しいプラチナブロンドの長髪も、今現在の時分に至っては、それも僅かながらに解れてさえ窺える。
つまる所、形の良い両側頭部を起点として、ツインテール状に結えた髪の一方の、その純白の穂先が頬へと垂れているのだ。
そしてそう解けてしまった頭髪を自らの手で改めて結い直さないその理由は偏に、たかがそれ如きの小事に拘っている暇はないが故である。
それ故に何処か剣呑な、まるで苛立ちを抑えるかの様にしながらも、謁見の間において跪いている姉妹の片割れの内の一人であるマリアが、口火を切った様子が見て取れる。
どうやら痛い程の静寂に包み込まれた同所の、重苦しいまでに質量さえも感じ取れる、その雰囲気が癪に触る模様。
だからこれを厭うた人一倍気の早いマリアはといえば、壇上の上に佇むレアノスティ聖王国の頂点が女教皇、リリス・スノーホワイト・フォン・レアノスティアに進言するに至る。
そしてそんな彼女を仰ぎ見ながらも、これに挑む様な調子で臨むマリアの物言いからは、酷く鮮明な程に焦燥に駆られている、その苛立ちに捉われている胸中すらも窺える。
「リリス様、恐れながら進言させて頂きます」
であるからしてそんな、平素からの高慢な振る舞いとは対称的に何処か、意気消沈した姿を露呈させているマリアからの言葉を受けてはこれに対して、粛々と受け答えるリリスだろうか。
「此方としても既に事の詳細は存じています。そして貴方の望みも」
つい今し方まで、それも二人の姉妹を前にして尚、祝詞を捧げる最中にあったリリスの閉ざされていた瞳が、漸く見開かれる光景が窺える。
その様にして開眼を見せた美しき双眸に宿る眼光は、まるで相手を射貫く槍の如き研ぎ澄まされた鋭い眼差しを垣間見せる。
そうして宝石の如く透き通る大きな二対の瞳に真正面から対峙したマリアは他方、あまりに鋭利に過ぎる程に感じ取れるそれに対して、気圧されるばかり。
都合、切長の瞳から注がれる視線に射抜かれる羽目となるマリアは、まるでその場に縫い留められてしまったかの如く、身じろぎすらもままならない様子が見て取れる。
「わたくしの名の下に、聖騎士の指揮を与えます。これにて貴方の一存で、彼等を動かすことも叶うでしょう」
そしてそんな無様な姿を晒すマリアとは一方で、これと相対するリリスは極めて平静な声色にて言い放つ。
だからその様に与えられた冷然とした言葉を耳としたマリアはこれに対し、自ずと自らの情動が赴くがままに苛立ちを露わとする。
「‥それは‥不敬を承知の上で申し上げます。あの上位個体に対してたかが聖騎士如きの戦力ではとても、対抗できる筈もありません。恐らくですがあの化け物達には抗うこともままならないかと‥。それにわたし達でも叶わなかった相手に、到底及ぶ事も無い様に思われます。ですから‥」
そしてそんな衝動に身を任せた彼女の露呈した何処か険の含まれて窺える口上は、沈黙の帳が覆うこの場において、殊更に響いては聞こえた。
それ故にその情緒が顕著に示されたその声色で口としたマリアを目の当たりとしては、これに対して声を挙げる第三者の存在が同所へと呈される。
「リリスお母様、それならわたくしが参ります。それはあの子の母であるわたしの責務です。それにアイもそれを望んでいる筈です」
そうたった今その様にしてマリアの続く台詞をまるで遮るかの如く進言したのは、同所に居合わせている面々と同様にリリスの元に跪くユキリスに他ならない。
恭しくこうべを垂れながらも、何事かを熟考していた様子のユキリスは、その美麗なる面貌を挙げるに共に自らの母であるリリスの仰ぎ見る。
その至極真剣に露わとされた面持ちからは、自身の息子であるアイリスを何としても自らの手で助け出そうとでも言わんばかりの、強固な意志の力が窺える。
それ故に今に見て取れる彼女の姿は、その尊い程の清廉なる心に、まるで呼応するかの如く、眩いばかりの純白の輝きを帯びていた。
だから、そんな彼女の頭上よりこれまた冷然とした眼差しを伴い見下ろすリリスはといえば、刹那の思案を巡らせる様にして瞳を閉じると共に、一瞬の間を置いて言い放つ。
「それは承諾できません。ですが、その代わりに貴方の側付きである、あの子達を行かせましょう。わかりましたね?」
しかしながら、その返答はユキリスに向かうことなく、彼女の傍らへと恭しく控えている姿が見て取れるサーリャとセラの両名へと与えられる。
「‥はい。畏まりました」
そしてそんな自身の両隣へと侍る自らのそば付きが頷いたのを尻目に確認したユキリスはといえば、これに渋々ながらも倣う他にない。
何故ならば、自らの母であるリリスに負い目がるユキリスはそれと同時に、彼女に対して心底から心酔しているが所以に他ならない。
しかしながらそのユキリスの姿からは今し方にリリスから与えられたその命に対して、大いに不平を抱いている心中が、誰の目から見ても明らかな程に窺える。
だからその様に、自身の胸中に思いがけずして浮かべてしまった自らの母から下された命に対する不服を危うい所で喉元にて押し留める。
その証左に、彼女の薄桃色に妖しく輝く艶かしいその唇は、自らの無力を憂う様にして噛み締められている痛々しい姿が見て取れる。
そんな彼女は、予期せずして起きてしまった悲劇に対して自らの意思が介在しない、事実に俯く他にない。
それ故にそんな自身の力が及ばない出来事を受けて悲嘆に暮れるばかりに伴い歪む彼女の美貌には、まるでその美しい容姿を際立たせるかの如く、一筋の翳りが差す。
そしてそんな彼女の姿からは、何処か儚いまでに完成された、絶世のまるで人形の様に美しい、精緻に誂えられている顔の造形が窺える。
「では、今申し付けた人員で、貴方達が事を運びなさい。構いませんね?」
であるからしてこれに続いて紡がれる言葉をが無い事を確認したリリスは、改めてマリアとリリーの両名へと良い含める様にして問い掛ける。
そうして命を下す前者の切長の双眸に称えられた研ぎ澄まされた眼光は、なんら容赦なく後者へと向けられる。
「‥はい」
そして他方、その様にして自らに迫り来るまるで刃の如き眼差しに射すくめられたマリアは、自身に対してリリスから与えられた有無を言わせぬ物言いに頷く限り他にない。
無論それは彼女の妹足るリリーも同様に、此方は平素からの戯けた振る舞いもなりを潜めて能面の如き美貌をさらすばかりに、何処か薄気味悪い雰囲気を漂わせて窺える。
だがしかし、そんな彼女の穏やかとは到底言えない感情の機微に対して悟るに及ぶ者はといえば、ただ一人の姉を除いて誰一人としてこの場には居合わせていない。
つまる所内心では今現在に至るまでの経緯に対して大いに不平を抱いているリリーの心中は、すぐさま情緒を欠いてしまいそうな程には、苛立ちを堪えていたのだ。
だがそれもことここに至っては幾分か致し方の無い話としても窺える。
何故ならば、つい先程までは魔物相手に対して大立ち回りを繰り広げていた手前のそれとは一転、その獲物に返り討ちにされたのみならず、自らの愛しい弟まで攫われてしまったが為である。
それ故に例え、並外れた一流と称してさえ、なんら差し支えないまでの戦闘力を有しているリリーであっても、依然として幼き身である事実には相違ない彼女では、忍耐の程もたかが知れている。
であるからしてそんな彼女の凄まじいまでに堪え難い屈辱に苛まれると共に、自らの弟を奪われた事に対しての並々ならぬ称えられた憤怒の程は、察するに余りある。
そう、そうしてリリーの一方的な独壇場と思われた先に行われた死闘も、今現在の彼女にとっては、自らの晒していた油断に対する失態を想起させるだけの出来事に他ならない。
それ故にその自身の晒してしまった無様に対して恥辱を覚えているリリーは、これを怒りへと変じることに躊躇わない。
寧ろ自らに与えられた所業を鑑みては、その屈辱から湧き上がる情動に呼応するかの如く、魔力を顕現させている次第。
そしてそんな彼女はといえば、自らの母親であるユキリスと同様に、自身の弟であるアイリスが攫われた事に対しての何よりも静かな怒りを露わとしていた。
正にユキリスの如き己が衝動に極めて正直な母親にして、このリリーの様な自らの情動の赴くがままの振る舞いが見て取れる娘あり、といった所だろうか。
お陰でそんな心中を胸に抱いている手前もあり、おいそれとはこの場においての自身の発言を呈するわけにもいかず、進言を控えている所存であった。
だからそんな自身の妹の感情に対しては特段改めて推し量るまでもないが故に、さして言及する様な愚行を冒すこともないマリアである。
それだから沈黙に俯くそんな自身の妹の振る舞いに対してなんら意を介さない彼女の側はといえば、今し方にリリスから自らに与えられた権限に対して思考を巡らせる。
しかしながらそんな自身の脳裏に思い描く考えの没頭に捉えられている彼女の装いを見て取りて、これに対して瞳を眇めたリリスが再三に渡り声を挙げる。
「そして貴方達のその格好はあまりに相応しくありません。‥ユキリス、どうか貴方の力で子供達の治療をお願いします」
どうやら先に繰り広げた死闘の折に、所々に負傷した箇所へと意識が及んだリリスは、それを見咎めた模様。
そうしてその傷の具合を鑑みた彼女はしかし表情には出さないながらも、二人の姉妹の安否の程を案じている様子が見て取れる。
それ故に平素からの粛々とした超然とした振る舞いを崩さないリリスであるがしかし、自らの娘であるユキリスに先程術の行使を命じたのもその為だ。
「はい、リリスお母様」
であるからしてそんな彼女から見下ろされるがままに受け答えるユキリスは、それに応じるにに身を委ね、己の術を行使する。
その途端、二人の姉妹へと翳された掌の目前の虚空に顕現したユキリスの魔力は、向けられた少女達へと与えられる軌道を見せる。
そしてその魔力の迸る本流を受けるに際した二人の姉妹の傷は唐突、まるで時を遡る様にして治療が施される。
都合その眩いばかりの輝きに照らし出されたその傷口はたちまち、思わず目を見張ってしまう程に癒されていく常人からすれば、あまりに荒唐無稽に過ぎる光景が見て取れる。
お陰でその裂傷により傷付いた皮膚も、次第に元のきめ細やかな純白の、まるで初雪の如く美しい艶やかな輝きを取り戻すにまで至れり。
そうしてその過剰な程に純度の高い魔力が、二人の姉妹を起点として渦を巻いていたのも束の間の事。
次の瞬間にはユキリスにより掲げられている掌へと舞い戻ると共に、再び彼女の肉体へと収束を果たす。
そして翳された掌へと集う眩いばかりの煌めきは、刹那の瞬間には宿主の元へと輝きを与えている光景が見て取れる。
「すごい‥神の奇跡だわ‥」
それ故に他方、そんな神秘的なまでに美しいこれを側から眺める修道女の一人が、思わずといった塩梅で誰に言うでもなく感嘆の意を呈する。
「本当、流石は聖女様ですわ」
次いで、そう独りごちた一人の少女を皮切りとして、まるで反応が連鎖するかの如く皆一様にユキリスへと称賛の言葉を口とする。
「やはり純白の聖女の名は伊達ではないと言うことですね」
であるからして都合、そうして語られる中にはまるでユキリスを見定める様な輩の、何処か推し量るかの如く囁かれた呟きも殊更に響いては聞こえる。
どうやらその様にしてユキリスを褒め称える限りのシスター等の少女達は、今し方に行使された術に対して見惚れているばかりな模様。
その鮮明なる証左として未だ眩いばかりの煌めきを身に纏うユキリスの姿に対して、まるで情景を抱く様にして食い入るかの如く視線を釘付けとされている光景が見て取れる。
そして思わずその幻想的なユキリスの美貌に捉われてしまった少女達は、否が応にも虜とされる他になかった。
そうして本人の意図しない状況において、無自覚にも予期せずして、人々から支持を集めるユキリスの天性の資質は、リリスから受け継いだ才能に他ならない。
しかしながらそれは依然として本人の意識しない所にある性質であるのだから、その天賦の人身掌握術の程は、実に大した手腕である。
だがしかしそれの惜しむらくは、ユキリス自身がその自らの美貌を自覚して、それを他者に対して用いるまでに及ばない事である。
であるからして、どうやらそこにまで至るには、自身に対して極めて無頓着なユキリスの性質を鑑みるに、当分先の事柄の様に窺える。
そしてそんな人目を憚ろうともしない修道女達の唇から交わされる無神経な呟きに対してなんら意に介さないのがマリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアという存在だ。
それ故に既にこの場に居合わせている自身の存在意義を見出せない彼女はといえば、何処か焦燥を浮かべた面持ちも露わに立ち上がる。
「ありがとうございます、ユキリスお母様。それではわたし達は早速アイの捜索に掛かりますので、これにて失礼させて頂きます。‥ほら、行くわよリリー」
だからその様にして同所から早々に立ち去るべく動いたマリアは、依然として俯いたままのリリーへと声を掛けると共に踵を返す様子が見て取れる。
どうやらその姿から鑑みるに、先程の意気消沈とした塩梅の彼女とは一転して少なからず、平素からの高飛車な振る舞いを再び取り戻した模様。
「うん」
故に都合、そんな自身の姉に言葉を与えられたリリーもこれに倣い自ずと、その背中にまるで追従するかの如く足を運ばせる姿が見受けられる。
そうして手際も良くアイもといアイリス捜索に対しての条件を揃えた姉妹二人は早々に、その行手を阻む様にして存在している巨大な扉を勢い良く開け放つ。
そしてそれと同時に、見目麗しい少女二人のプラチナブロンドの長髪が翻ると共に、虚空へと軌跡を残す。
都合、その様にして極めて美麗なる眩いばかりの煌めきを伴うそんな彼女等二人の姿を傍らから眺める有象無象の人々は、この姉妹に対して気圧される他にない。
何故ならばそんな二人の少女達は、自らの美貌に物を言わせて同所に場を共にする者等に対して幅を利かせる手法を心得ているが所以である。
それ故にこの点に関しては、自らの容姿に対して然程の興味もない何処ぞの聖女様と比較して、自身への理解の程は雲泥の差と言えよう。
だがしかし、そうして自分達に視線が向けられている事実に気づくに至る彼女等であったが、特段それに対して意を介す素振りも皆無といった塩梅だ。
であるからして、そんなマリアとリリーは、至極超然とした何事にも捉われない様な、颯爽とした足取りでもってして、この謁見の間を後とする、極めて粛々とした振る舞いが見て取れる
そうして残された面々が最後に目としたのは、極めて厳かなる造りの巨大な誂えとして窺えるスイングドアの扉が、殊更に大きな音を響かせて閉ざされる光景だ。
であるからしてして自らの娘二人の、毅然とした振る舞いにて歩みを進ませる姿を後ろから不安げにこれを眺めるばかりであったユキリスであるがしかし、不意に声が与えられる。
「‥何も案ずることはありませんよ、ユキリス。無論、あの子等だけに任せる様な、無体な愚行を冒すことは致しませんから」
その様にすて思いがけず再三に渡り良い含めるかの如くユキリスに対して言い聞かせたのは、やはり依然として冷徹な美貌を晒すリリスだ。
「貴方達には、魔術師の指揮を任せます」
しかしながら、次いで女教皇足るリリスから直々に命を下されたのはユキリスではなくて、同所に控えているシスターの少女等に対してである。
そしてそんなリリスから極めて一方的に指示された修道女達の側はといえば、特段不平を抱く様子もなく粛々と応じて見せる。
そうして幾人もの見目麗しい少女達が恭しくこうべを垂れる姿を壇上から眺めるに際しては、これを何処か壮観とすら見て取りて、圧倒されるばかりな次第のユキリスであった。
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