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アイリス・スノーホワイト・フォン・レアノスティア

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 所変わって此方は都心部とは遠く離れた、見渡せる限りにおいては、誰一人として人々の姿が見られない、同国においての禁足地にて。



 最早余す所なく、まるで全てを漆黒に塗り潰されてしまったかの如き、辺り一体を濃密な夜闇が支配している時分での頃合い。



 しかしながらその只中における唯一の光源たる大空の中天に位置して窺える、煌々と輝きを放つ月明かりの元で、アイを片腕に抱いた鬼人族の男たるフウガは歩を止める。




 どうやら人気も皆無な程に、人々の姿が見られない光景を鑑みるに、同所に群生している背の高い無数の木々の存在は、相当に周辺住民からは恐れられるに伴い、煙たがられている模様。




 だがしかし、そんな謂れの無いこの場における風評被害も、些か致し方の無い話としても窺える。



 それは兼ねてよりユキの捜索へと繰り出したフウガが、長い月日を経て漸く同国へと至った折に差し当たった時分の出来事。



 そんな遡る事数年前、この数々の大樹が聳え立つ森林の群生している同所を、無断で拠点としてしまっていたが所以。



 それ故に、本来であればあり得ない程に大柄な巨漢と、元来薄暗く不気味な同所における雰囲気も相まって、これを側から眺める人々は多分に恐れ慄いているという始末。




 だからそんな有様の周辺に住まう人々の塩梅を正確に汲み取るに及んだフウガは、これ幸いとでも言わんばかりに同所へと潜伏するに甘んじる運びと相成った次第。




 であるからしてそんな具合の彼だから無論、同所が拠点として十二分に機能する様に、計らいを施してさえいる模様。




 そしてそれは一目見ただけでは見破られない様に、隠蔽の工作も誂えられているのだから、その巨体に見合わず実に大した手腕と称するに他にない。



 都合その偽装工作にもってこいと思われる様に人目を誤魔化すのに最適な方法とは果たして、無論敢えて特段言及するまでもなくそれは明白だ。



 そしてその誰もが心得ている様な常套手段としても窺えるそれはといえば、極めて自然豊かな同所に数多群生している木々の存在を利用する手法に他ならない。




 それ故に自ずと導き出された選択肢のままに、巨大なる樹木により誂えらえられている、まるで遠目には化け物染みてさえも見て取れるその住処は、酷く恐ろしい外観を呈していた。




 無論景観に溶け込むべくして施された形状の為であるが故に、それを損なう様な造りには到底見受けられない。



 しかしながら、あまりに壮観に思えるまでに手の込んで思えるそれからは、人工物の最たる代物であるにも関わらずに、意図せずしてこれを前とした者を気圧させてしまうだけの圧迫感が滲み出ている。





 だからその典型とも称してしまっても差し支えないこの偽装はといえば、まるで物事において単純こそ明快でいて最上だ、とでも言わんばかりに鮮明な程、その効果の程を発揮して窺える、凄まじいまでの迫力の様相を呈していた。





 それ程までの最早絶景としてすらも見て取れる自然に紛れる様に溶け込む拠点の建造物は、これを間近で目の当たりとした者を威圧感でもってして迎えている。




 しかしながらその様にして一見しただけにおいては、最早自然と同化してさえ窺える同所であるものの、機能性はその限りでは無い。



 気が遠くなる様な年月を費やして建築された同所におけるこの拠点は、凄まじく利便性に優れている。



 それ故に極めて機能性に富んだ、そのあまりに驚嘆に値する程のそれからは、最早基地と称してしまってもなんら差し支えないまでの造りが窺える。




 そしてその様に大自然に満ち溢れた同所における最中に唯一見て取れる文明の象徴からは何処か、人々の生活の形跡が所々から節々に感じ取れる。




 であるからしてそれは無論フウガ一人が残した代物ではなく、彼以外にも他に誰かしらの人物は残した痕跡として見受けられる。



 だからそれの意味する所はつまり、フウガが自らの仲間の何者かと同所における生活を営んできたという事実の証左に他ならない。





 そうして其処にある、複数の人々が日々の暮らしの場を共にしていると思しきその場所から与えられる印象はしかしながら、これを眺めるアイとしては至極当然の様にして薄気味悪くすらも窺える。





 何故ならば生まれてからこの方、自らのその生を聖域においてだけ謳歌してきたアイであるが所以。




 奇しくも全てが白一色に統一されて誂えられた自らの住まう世界から一転して、色取り取りの大自然へと光景が一変した形となるアイの視界へと映る景色だろうか。




 それ故にその身をこれまでの間幽閉されてきた彼からすれば、自身の眼前へと広がる色彩は酷く新鮮でありながら、極めて鮮烈な印象の感じ取れる光景に他ならなかった。




 そんな塩梅の最中に今現在身を置く羽目となっているアイはといえば、自らの身体を軽々と抱き止めているフウガの逞しい腕に縋り付くばかりの、まるで弱々しい婦女子の如き振る舞いを晒す有様が見て取れる。




「あ、あの‥ここは?そして貴方はユキリスお母様をご存知なのですか?」



 であるからして自ずと自身の心の拠り所である自らの母親の名前を声に出して挙げるアイからはといえば都合上、自然とフウガに対して媚びる様な上目遣いとなりての疑問を呈する、可愛らしい姿が見て取れる。




「‥なる程。つまり君はユキの娘ということか」




 それ故にそんなアイの言動を脳裏にて咀嚼したフウガは、それから得られた情報を鑑みるに伴い、自然と誰に言うでもなく独りごちた。





「‥わたしの名前は、アイリス・スノーホワイト・フォン・レアノスティアと申します。もしもママのお知り合いなのでしたら、あ、あの、アイを聖殿に連れて行って頂けませんか?無論報酬はお払い致しますので、どうかよろしくお願いします」





 そしてその呟きを聞いて自らの性別に対して勘違いをされた事実に及ぶアイ、もといアイリスであるがしかし、自らが今し方に纏う修道服の可愛らしい装いを鑑みては、それも致し方無いといった塩梅の寸暇を抱くに至る彼である。



 何故ならば今現在のアイリスのそれはまるで、年若い少女が身に付けるに相応しい衣服の如き代物であるが所以に他ならない。




 だから自らに対して勘を違えたフウガの失言についても特段言及するわけでもなく、何処か恐る恐るといった具合に自身を腕に抱くフウガを顔色を伺いながら、己が思う所をここぞとばかりに語って見せるアイリスだろうか。



「それはできない。アイリス、君は俺たちの村で保護させてもらう。安心してくれ。君に対して危害を加えるつもりは此方にはない。無論早々に納得することはなできないだろう。故にこちら側の勝手な都合をどうか許して欲しい」



 しかしながらそうして事情を飲み込むことがままならないアイが一方的に口上を述べたそれを受けるに応じては、これに対するフウガの返答は酷く淡々とした物言いが与えられるばかり。



「それは‥ですが‥」




 それ故にその粛々とした声色にて語り見せられた都合、そんなフウガの実直な性質の垣間見えるそれを受けては、続けるべき台詞を紡ぐことさえもままらならずに、これに口を噤む他になかった。



 そんな有様を晒すアイリスであるからしてお陰で沈黙が訪れる羽目となりてしかしながら、それでも彼の意思とは相反するかの如く、事態は性急に事を運ぶ様相を呈する限り。



「では、これから転移の術を使う。その身には少しばかり辛いだろうが、特段肉体に支障はない。ただの一瞬耐えればそれで済む」



 そう、そんな困惑を露わとしているアイリスの心中とは対称的に、再三に渡り口火を切るフウガは、眼前に広がる何やら儀式場めいた、同所における拠点に付属している建物へと足を運ばせる。



「え、あ‥あのっ、アイはお母様の元に帰りたく思います」




 だからそれに応じるに窮したアイリスはといえば、酷く狼狽した心中を露呈させる自らの振る舞いにも及ばずに、無我夢中で声を挙げる。



「無論君の母親も取り戻す。故に案ずることはない。アイリス、君は故郷の村で帰りを待っているだけで良い」



 だがしかしそんな彼の困惑を露わとする限りの必死な姿をなんら意に介することがないフウガは、力強い声色にてそれを一蹴するばかり。



「で、ですがっ」



 そして与えられたそれに対して依然として理解の及ばない所のアイリスの側はといえば、一向に自らの意思が介在しない事態に虚しくも追い縋る。



 だがこれに続けられる台詞も、力強い意志の光を帯びたフウガの、まるで何処か決意の感じ取れる物言いに気圧されて紡ぐことすらもままならないばかり。




 それ故に今し方その肉体を例によってフウガの言う所の、転移の術の儀式場へと運ばれる他にないアイリスの身柄である。




 そしてそのアイリスを抱えたフウガの足が同所へと踏み込んだ刹那に、果たして事は起きることとなる。




 まるでこの場に居合わせたアイリスとフウガの両名の周囲を包み込む様にして、思わず気圧されてしまう程に膨大なまでの高密度の魔力の本流が迸る、神秘的にさえ窺える光景が見て取れる。




 その様にして同所の力場を用いた圧倒的なまでに凄まじい濃度の濁流の如き激しいそれが、夜闇の帳が舞い降りているこの場を照らし出した瞬間に眩いばかりの輝くが辺り一体を覆う。




 そしてその煌めきがこの場に居合わせているアイリスとフウガ二人を起点として渦巻き、それが収束を迎えた。




 それから唐突、アイリスの視界の全てを余す所なくそれが覆い尽くした途端に、そしてその彼の意識は、突如として襲いくる浮遊感に陥る羽目と相成った。




 それ故にその感覚にされるがままに身を任せる他にないアイリスは、自身の瞳に満ち溢れて映るこれでもかと幻想的な程に美しい光に対して、この光景に何処か微睡みを覚えるに伴い、これと同時に意識を手放したのであった。
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