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浅慮
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その様にして心底からの屈服を、自らの立ち振る舞いでもってして示しましたわたしの懇願に対してフウガお兄様は、鷹揚にもそれを受け入れてくださいました。
特段意に介する事でもないと言った様な素振りで、快く承諾に頷いた彼は、わたしが晒す無様な姿勢から丁寧に抱き起こしてくれてのです。
そうして抱えられるがままに寝台へとわたしを横たわせると共にフウガお兄様は仰られました。
それも己がアナスタシアお姉様と話を付けてくる旨を言い残し、わたしが現在身を置くこの私室を後としたのです。
それ故その様に大変男らしい彼とは対称的に、こうして何から何まで殿方に頼り切りなわたしは、心底からの罪悪に心を苛まれた所存に御座います。
しかしながらそうして堂々巡りな考えを脳裏へと思い描いている内に、自ずと寝入ってしまいましたわたしは、次に起きた時には既に日の出を迎えていました次第に御座います。
それも何処からともなく同邸宅内へと特段響いては聞こえました轟音に意識を覚醒させられての起床となりました。
次いでこれに応じて急いで寝台から身を起こしたわたしが視線を周囲へと巡らせてに伴い、丁度其処にはフウガお兄様の姿からありました。
床で片膝を立てて何処か億劫そうに瞼を落とす姿は傍目に一見しては、まるで死んでいるかの様な姿に御座います。
その様はあまりに落ち着いていますので、わたしの側から見ると、心底からその振る舞いが格好良く窺えました次第に御座います。
そしてこれを目の当たりとして、漸くその今朝方に耳としたしましたあまりに大きな物音の正体へと及びがつきました次第に御座います。
どうやら今に満身創痍なフウガお兄様の傷だらけな御姿を鑑みますに、アナスタシアお姉様との交渉における間に一悶着ありました御様子に御座います。
そうして所々に、まるで鋭い刃の先端で抉られた跡は、以前にわたしが目撃したアナスタシアお姉様の術がもたらす形跡に相違ありません。
ですのですぐさまそれが、アナスタシアお姉様との戦闘により受けてしまわれた傷であることへと理解へと及ぶわたしに御座います。
その為これを前としては一体何事があったのかと、甚だ疑問が尽きません以前に、心底から気遣わざるお得ません。
それは何故ならば、例えこれからわたしの私利私欲の元に利用する相手であろうとも、曲がりなりにもその身を挺して庇って頂きましたフウガお兄様を邪険には出来ません。
そして当然ながら、わたしの様な小心者には徹底して他者を利用する術など心得てはいるものの、それを全て実行出来る筈もないのでした。
それは本来であれは無心となり心掛けて然るべき事柄には御座いますが、やはりフウガお兄様に対しましてはその様な振る舞いは憚られる所存に御座います。
それは偏にわたしの精神性があまりに脆弱であるが為に他なりません。
ですが、この身を助けて頂いたフウガお兄様が傷を負っている姿は、やはり胸が痛ましい光景として見て取れるのです。
それ故おずおずと寝台からフウガお兄様のお側へと足を運ばせますわたしは、自らのその浅はかな振る舞いに飽きれる他にありません。
しかしながら最早自身の情動が赴くがままに身を委ねる限りのわたしの手は自然、自らの太腿へと巻き付けられているホルスターへと伸びていたのです。
そうして自ずと其処へと納められている聖札符を一枚取り出しましたわたしは、自身の五指へと挟み込み、例によってレアノスティア様へと捧げるべくして聖句を唱えます。
するとこれに応じました祝詞が施されています誂えの一枚の紙切れが、次第に眩いばかりの発光を宿します。
そしてたちまちその白金に輝く光がフウガお兄様の傷口へと触れると共に、その本質を露わとします。
皮膚を超えて中身の肉まで容赦なく抉られていました致命傷一歩手前のそれは、即座に筋繊維を増幅し、元の肉体への治癒に努める運びが見て取れます。
その様にしてわたしがレアノスティア様より頂きました祝福が、術の本懐を果たしました次第に御座います。
ですがこの驚異的なまでの再生能力の程は、わたしが今に行使致しました聖札符のもたらす効力の程を意味するわけではありません。
なぜならばこれは、フウガお兄様の大変強靭なる肉体に元より備わっていました、恐ろしいまでの生命力の賜物が所以に他ならないのですから。
そしてその証左としてわたしに術が依然として及んでいない範囲は、祝福の効力が行き届かないのにも関わらず、既にフウガお兄様自身の治癒力でもってして自己再生を始めている様子が見て取れる次第に御座います。
その傷口の回復は最早、わたしが今し方に聖句を唱えた意味すらも失って思われる程迅速に、癒えていきました所存に御座います。
そして一連の出来事目の当たりとしたわたしは特段自らが差し出がましい手出しをする必要性も無かった事実に対して漸く及びが尽きました。
それでも完治する経過を見守っているしかままならないわたしにとっては、フウガお兄様の身を案じる他にありません。
幾ら彼の身が常人を遥かに超越した人外さながらの肉体であったとしても、当然傷を負えばそれだけ痛みを感じる筈なのですから、その苦痛は想像するだに恐ろしく思われます。
それ故先程に思わず喉元まで出掛けてしまいました気遣いの如き言葉は自ずと、次の瞬間には既に口とされていました。
「あのお怪我は痛みますか?アイリスに何か出来ることはありますか?」
この様にして遂に挙げてしまった自らの声色は、わたし自身でも驚く程に震えています。
「ああ、案ずるな。なにも問題は無い。少しばかりアナスタシアとの交渉に手間取ってな。ほんのかすり傷程度だが、やはり俺も精進が足りんな。だが、恐らく今まで散々魔力を暴発させていたあいつも限界だろう。今は座敷牢の中で眠っている事だろうさ。だがあいつが今回好き勝手に屋敷を破壊した件は、父上は多忙故に直接罰を下されることはない。恐らく当分は牢での生活を強いられる事だろうが、特段何されるわけでもなくそれだけだ。特段君が気に病む事でも無い。これは屋内で魔力を顕現させたあいつの自業自得に他ならぬ。それ故一連の昨夜から今朝に掛けて起きた騒動に対して君は一切の関わりがない為、無論罪に問われる様なことはないから安心して欲しい。これに懲りて、あいつも向こう暫くは、大人しくしている事だろう」
しかしながらこれに応じるフウガお兄様は、わたしが問い掛けた質問の意味する所とは異なる内容の答えを、返されました所存に御座います。
そうしてその様にもたらされる返答を脳裏にて咀嚼致しましたわたしが際するには、僅かばかりの沈黙を要します。
その様に口を噤むに際しては、沈思黙考する他にありませんでしたわたしは、漸く今現在の自身の立場へと及びます。
「どうだろうか?これで君が気にしている事柄を全て知ることが出来たか?」
するとそんなわたしの素振りを見て取ったフウガお兄様は、その内心をも見透かすかの様にして、問うてきました次第に御座います。
「‥はい。ですがこの様にフウガお兄様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳御座いません。本来であればわたし自らがアナスタシアお姉様にお目通りしなくてはならない所をフウガお兄様に‥」
それ故特段懇切丁寧に聞かされましたわたしは、心底からの感謝を意を示します。
「気にするな。何故ならばこれは、別段アイリスに頼まれた事というわけでもなく、あくまで俺に都合の良い様に、はからったに過ぎないのだから。それ故君からそうして頭を下げられる覚えもないし、特段礼を言われる様な振る舞いをしたとも思わない」
するとこれに伴い深々と頭を下げたわたしの姿を前としたフウガお兄様は、僅かながらに零した苦笑と共に、鷹揚にも頷いきを返されます。
「‥ですがそれではわたしの気が納まりません。これではレアノスティアの名に泥を塗ることとなってしまいます。恥を忍んでどうか何卒わたくしに恩返しをする機会を与えてくださいませんか?わたしはフウガお兄様と共にこれより月日を過ごす間柄となるのですから、このアイリスに何なりとお申し付けくださいませ」
ですがこれを素直に受け入れる訳にはいかないわたしとしても控えめながら、左右にかぶりを振らなくてはなりません。
「礼か‥」
それは何故ならば、レアノスティア様の教えとしてある様に、施された善意はそれと同様に倣い、わたし自身も他者へと与えなければなりませんが為に御座います。
ですからそうしてこの様に、暫くの間互いに続けるべき言葉に自ずと言い淀む運びとなります。
その為次に紡ぐべき上手い言葉すらも浮かばないわたしは、不安に苛まれるがままに、フウガお兄様を仰見ます。
「ふむ‥」
そんなわたしを頭上より見下ろすフウガお兄様は、何事かを一考する様にして口を固く引き結びます。
そしてややあって、逡巡を巡らせたかの如く腕を組みますフウガお兄様は、意を決した様にして仰られました。
「それならまた背中を流してくれるだけでいいさ。ユキリスには随分と世話になった。その可愛い一人娘に、到底無茶な要求などできんよ」
ですが次の瞬間には何処か口の端を吊り上げる意地悪げな笑みを露わと致しますフウガお兄様に御座いました。
「まぁ‥ふふ‥本当にフウガお兄様はお上手に御座いますのね」
ですので些か不服に思う所がありましたが、思わず喉元まで到達してしまったそれは如何にか押し留めます次第です。
そうして自身の容姿へと称賛を与えられましたわたしは、甚だこれに対して不本意に感じられます。
しかしながら、それと同時にえも言われぬなんとも形状し難いもたらされた歓喜から、自ずと身を震わせてしまいました所存に御座います。
その様にして浅ましくもフウガお兄様へと取り入る事にいとも容易く成功せしめたわたしはといえば、仄暗い満足感と共に、予期せぬ喜悦をも覚えていたのでした。
「これからよろしくお願い致します、フウガお兄様❤️」
それ故流石にその様な自らの罪悪を厭うわたしは、これから意識を逸らすべくして深々と頭を下げます。
これに伴い従順な立ち振る舞いを示したわたしは、心底から媚びを売る上目遣いで、フウガお兄様を仰見ます。
続いて反射的に自身でも嫌になる様な甘ったるい声色で、あからさまなまでの猫撫で声を挙げた自らの態度を後悔致します。
「ああ、よろしく頼む」
次いでそんな有様のわたしはといえばこれに応じて差し出されましたフウガお兄様の手に対して、自ずと身体が動いていました。
「はい」
そうです。
まさかの果てには、その様な紳士的な所作に魅入られてしまったわたしは、聖域においての作法に倣い、フウガお兄様の肉体に身を寄せてしまったのです。
反射的に日々の舞いの練習から勘違いをしてしまったわたしは、眼前に見て取れますフウガお兄様のお側へと侍る様な、羞恥極まる真似をしてしまいました所存に御座います。
これも全て、フウガお兄様の立ち振る舞いがあまりに自然で、思わず見惚れてしまいましたわたしの自業自得に御座います。
それは何故ならその様にフウガお兄様のわたしをリードしてくださる態度は、大変格好が良く、自ずと心臓の鼓動を高鳴らせてしまったが所以に御座います
それ程までにフウガお兄様の男らしい身のこなしは、わたしなど到底足元にも及ばないまでに洗練されていて、寸毫の澱みすらも感じられませんでした。
それ故これに対して身を焦がすかの如き自らの情動が赴くがままに、身を委ねてしまったら、この様にはしたない行いを見せてしまいました次第に御座います。
「なるほど‥。其方ではその様にして友好を交わすのか」
しかしながらその様に無様を晒したわたしに対して、何処か戯けた振る舞いを露わと致しましたフウガお兄様は、冗談めかしてその様に仰られます。
「‥ぁ、は、はい。その通りに御座います。もしかしてアイリスにこうされるのが、その‥お嫌でしたか?」
ですからこれを助け船として受け取る他にありません屈辱に耐え忍ぶわたしは、それに迎合するかの如く頷くばかりに御座いました。
そしてその様に、自らの身に対して襲いくる今し方に冒した自身の愚行からもたらされる羞恥に狼狽えるばかりです。
「いいや、そんなことはないさ。寧ろ俺などには到底勿体無い、光栄な話だ。だがいいのか?君の様に美しい女子に、俺みたいな男は似合うまい?」
この様に只々ひたすらに己が失態から生じた無様に嘆く他にないわたしは、些か手持ち無沙汰にフウガお兄様の逞しい腕に縋り付いていたのでした。
これに加えて更には、その様にしてわたしが冒してしまいました愚行を気遣われてしまうのですから、辱め受けた気分に御座います。
「そんなわたしが綺麗などと‥その様な大層な御言葉、あまりに過分な代物に過ぎます」
ですのでこれに応じるわたしは、如何しても照れを隠しきれませんが為に、自ずとフウガお兄様の無骨な拳を自身の両手の五指で包み込んでいました。
「アイリス」
ですがその様なわたしの振る舞いを疑問に思った様にしてフウガお兄様は声を挙げました。
するとその声を耳としました途端に、何処かふわふわとしたまるで酒精にでも酔ってしまったかの如き感覚は即座、霧散致したします。
「あ、その‥。すみません‥。わたし‥お母様が遠く離れているので‥。ですからとても寂しくて‥つい‥」
ですからそうして我に帰りながらも、依然として僅かながらに己が肉体にその身を焦がすかの如き、強烈なまでの情動を感じましては、自ずとフウガお兄様へと身を寄せます。
「いいや気にするな。そしてユキリスの身柄に対して君が抱く懸念は尤もだ。だがアイリス、君が案ずることは何もない。何故ならばすぐにでも俺が君の母上を取り戻すからだ。故に君はここで待っているだけでいい。さすれば近い内に再会も果たされる」
すると自身の衝動が赴くがままに身を委ねるわたしの浅ましい振る舞いに応じるフウガお兄様は、その様にして鷹揚に頷きを返してくださいました。
「嬉しい‥」
しかしながら、こうして善意を示して頂けましたフウガお兄様へと、わたしはこの様に媚び諂う他にないのです。
その理由は偏に、このよるべもない見知らぬ土地においてわたしが頼れる相手がフウガお兄様の他に存在しないが為に他なりません。
何故ならば、レアノスティア聖王国から遥か遠方にて所在していますこの土地には、わたしの及びが付かない事柄が多く存在しているが所以に御座います。
ですので自らが到底予想だにしない危機に陥ることも容易く想定できるが故に、わたしは自身よりも強者であるフウガお兄様へと屈服するのです。
それ故今し方にフウガお兄様から語られました所の誓いも、必ずしも果たされるわけではない事に対して既に及んでいるわたしは、極めて従順な程度を演じます。
何故ならば、他者の心中など到底わたしの様な者の及ぶ所ではないが為に他なりません。
無論口ではどうとでも一方的に語れてしまうが為に、わたしは自らの身を使ってこの様に保険を掛けるのです。
正に自身の肉体が変貌を迎えてしまったのは、本当にわたしにとって、心底からそう思うまでに文字通りの不幸中の幸いに御座いました。
その理由は偏に、この様にして殿方を籠絡するには、淫乱な肉体を用いる手法があるとのことに御座いました。
その為無論わたしとて書物から得た知識は多岐の渡り、その内には房中術などの決して人に露呈できない様な理も含まれている次第です。
しかしながらわたしは既にその様な心得に及んでいるが故にそれ即ちこの絶好の機会、実践しない手はないのでした。
ですから最早事ここに至っては、わたしとしてもなりふり構ってはいられませんので、即刻それを試みる次第に御座います。
ですが如何してもその様な状況へと持ち込むのが、わたしの様な小心者には難しく思われます。
そして同時にその様なはしたない振る舞いに対して興じた事のないわたしには、自ずと憚られるとも思われたのでした。
ところが現状は既に、フウガお兄様と共に生活を御一緒させてもらう身に御座います。
ですのでこの様にして躊躇いを覚えている段階は最早通り越して自然、時は覚悟を決めなくてはならない事態に御座いました。
そうして内心ではとやかく言っている場合ではなく、遂にはフウガお兄様との同棲する運びとなってしまった以上、わたしとて腹を括るらなければなりませんのは自明の理。
その為こうして取り入る様な卑しい自らの振る舞いに甘んじるわたしは、淫乱に変貌を遂げてしまった自身の肉体をも利用することも厭いません次第に御座います。
「はい。わたしは誰よりもフウガお兄様を信じています」
ですからその様にして悪徳に身をやつすばかりに御座いましたわたしは、再びフウガお兄様の逞しい肉体へと自らの身をまるで縋り付くかの様にして寄せます。
次いで自身のこの様な卑しい行いを恥じる想いを振り払うかの如く、前方へと突き出る程に豊満な自らの乳房を、フウガお兄様に対して押し当てたのです。
そして柔らかな自身の肉体でもってして無様なにも殿方に対して媚びるしか他に能のないわたしの惨めな姿が其処にあるばかりに御座います。
これに加えて更に自身と密着させるべくしてフウガお兄様の硬く隆起した逞しい胸筋へと、そっと意識して艶やか動きで、指先を這わせたのです。
際してはそれと共に、優しく触れたわたしは、まるでフウガお兄様を蠱惑するかの如く、その鋼の如き筋肉に覆われた肉体へと、自らの五指伝わせたのでした。
特段意に介する事でもないと言った様な素振りで、快く承諾に頷いた彼は、わたしが晒す無様な姿勢から丁寧に抱き起こしてくれてのです。
そうして抱えられるがままに寝台へとわたしを横たわせると共にフウガお兄様は仰られました。
それも己がアナスタシアお姉様と話を付けてくる旨を言い残し、わたしが現在身を置くこの私室を後としたのです。
それ故その様に大変男らしい彼とは対称的に、こうして何から何まで殿方に頼り切りなわたしは、心底からの罪悪に心を苛まれた所存に御座います。
しかしながらそうして堂々巡りな考えを脳裏へと思い描いている内に、自ずと寝入ってしまいましたわたしは、次に起きた時には既に日の出を迎えていました次第に御座います。
それも何処からともなく同邸宅内へと特段響いては聞こえました轟音に意識を覚醒させられての起床となりました。
次いでこれに応じて急いで寝台から身を起こしたわたしが視線を周囲へと巡らせてに伴い、丁度其処にはフウガお兄様の姿からありました。
床で片膝を立てて何処か億劫そうに瞼を落とす姿は傍目に一見しては、まるで死んでいるかの様な姿に御座います。
その様はあまりに落ち着いていますので、わたしの側から見ると、心底からその振る舞いが格好良く窺えました次第に御座います。
そしてこれを目の当たりとして、漸くその今朝方に耳としたしましたあまりに大きな物音の正体へと及びがつきました次第に御座います。
どうやら今に満身創痍なフウガお兄様の傷だらけな御姿を鑑みますに、アナスタシアお姉様との交渉における間に一悶着ありました御様子に御座います。
そうして所々に、まるで鋭い刃の先端で抉られた跡は、以前にわたしが目撃したアナスタシアお姉様の術がもたらす形跡に相違ありません。
ですのですぐさまそれが、アナスタシアお姉様との戦闘により受けてしまわれた傷であることへと理解へと及ぶわたしに御座います。
その為これを前としては一体何事があったのかと、甚だ疑問が尽きません以前に、心底から気遣わざるお得ません。
それは何故ならば、例えこれからわたしの私利私欲の元に利用する相手であろうとも、曲がりなりにもその身を挺して庇って頂きましたフウガお兄様を邪険には出来ません。
そして当然ながら、わたしの様な小心者には徹底して他者を利用する術など心得てはいるものの、それを全て実行出来る筈もないのでした。
それは本来であれは無心となり心掛けて然るべき事柄には御座いますが、やはりフウガお兄様に対しましてはその様な振る舞いは憚られる所存に御座います。
それは偏にわたしの精神性があまりに脆弱であるが為に他なりません。
ですが、この身を助けて頂いたフウガお兄様が傷を負っている姿は、やはり胸が痛ましい光景として見て取れるのです。
それ故おずおずと寝台からフウガお兄様のお側へと足を運ばせますわたしは、自らのその浅はかな振る舞いに飽きれる他にありません。
しかしながら最早自身の情動が赴くがままに身を委ねる限りのわたしの手は自然、自らの太腿へと巻き付けられているホルスターへと伸びていたのです。
そうして自ずと其処へと納められている聖札符を一枚取り出しましたわたしは、自身の五指へと挟み込み、例によってレアノスティア様へと捧げるべくして聖句を唱えます。
するとこれに応じました祝詞が施されています誂えの一枚の紙切れが、次第に眩いばかりの発光を宿します。
そしてたちまちその白金に輝く光がフウガお兄様の傷口へと触れると共に、その本質を露わとします。
皮膚を超えて中身の肉まで容赦なく抉られていました致命傷一歩手前のそれは、即座に筋繊維を増幅し、元の肉体への治癒に努める運びが見て取れます。
その様にしてわたしがレアノスティア様より頂きました祝福が、術の本懐を果たしました次第に御座います。
ですがこの驚異的なまでの再生能力の程は、わたしが今に行使致しました聖札符のもたらす効力の程を意味するわけではありません。
なぜならばこれは、フウガお兄様の大変強靭なる肉体に元より備わっていました、恐ろしいまでの生命力の賜物が所以に他ならないのですから。
そしてその証左としてわたしに術が依然として及んでいない範囲は、祝福の効力が行き届かないのにも関わらず、既にフウガお兄様自身の治癒力でもってして自己再生を始めている様子が見て取れる次第に御座います。
その傷口の回復は最早、わたしが今し方に聖句を唱えた意味すらも失って思われる程迅速に、癒えていきました所存に御座います。
そして一連の出来事目の当たりとしたわたしは特段自らが差し出がましい手出しをする必要性も無かった事実に対して漸く及びが尽きました。
それでも完治する経過を見守っているしかままならないわたしにとっては、フウガお兄様の身を案じる他にありません。
幾ら彼の身が常人を遥かに超越した人外さながらの肉体であったとしても、当然傷を負えばそれだけ痛みを感じる筈なのですから、その苦痛は想像するだに恐ろしく思われます。
それ故先程に思わず喉元まで出掛けてしまいました気遣いの如き言葉は自ずと、次の瞬間には既に口とされていました。
「あのお怪我は痛みますか?アイリスに何か出来ることはありますか?」
この様にして遂に挙げてしまった自らの声色は、わたし自身でも驚く程に震えています。
「ああ、案ずるな。なにも問題は無い。少しばかりアナスタシアとの交渉に手間取ってな。ほんのかすり傷程度だが、やはり俺も精進が足りんな。だが、恐らく今まで散々魔力を暴発させていたあいつも限界だろう。今は座敷牢の中で眠っている事だろうさ。だがあいつが今回好き勝手に屋敷を破壊した件は、父上は多忙故に直接罰を下されることはない。恐らく当分は牢での生活を強いられる事だろうが、特段何されるわけでもなくそれだけだ。特段君が気に病む事でも無い。これは屋内で魔力を顕現させたあいつの自業自得に他ならぬ。それ故一連の昨夜から今朝に掛けて起きた騒動に対して君は一切の関わりがない為、無論罪に問われる様なことはないから安心して欲しい。これに懲りて、あいつも向こう暫くは、大人しくしている事だろう」
しかしながらこれに応じるフウガお兄様は、わたしが問い掛けた質問の意味する所とは異なる内容の答えを、返されました所存に御座います。
そうしてその様にもたらされる返答を脳裏にて咀嚼致しましたわたしが際するには、僅かばかりの沈黙を要します。
その様に口を噤むに際しては、沈思黙考する他にありませんでしたわたしは、漸く今現在の自身の立場へと及びます。
「どうだろうか?これで君が気にしている事柄を全て知ることが出来たか?」
するとそんなわたしの素振りを見て取ったフウガお兄様は、その内心をも見透かすかの様にして、問うてきました次第に御座います。
「‥はい。ですがこの様にフウガお兄様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳御座いません。本来であればわたし自らがアナスタシアお姉様にお目通りしなくてはならない所をフウガお兄様に‥」
それ故特段懇切丁寧に聞かされましたわたしは、心底からの感謝を意を示します。
「気にするな。何故ならばこれは、別段アイリスに頼まれた事というわけでもなく、あくまで俺に都合の良い様に、はからったに過ぎないのだから。それ故君からそうして頭を下げられる覚えもないし、特段礼を言われる様な振る舞いをしたとも思わない」
するとこれに伴い深々と頭を下げたわたしの姿を前としたフウガお兄様は、僅かながらに零した苦笑と共に、鷹揚にも頷いきを返されます。
「‥ですがそれではわたしの気が納まりません。これではレアノスティアの名に泥を塗ることとなってしまいます。恥を忍んでどうか何卒わたくしに恩返しをする機会を与えてくださいませんか?わたしはフウガお兄様と共にこれより月日を過ごす間柄となるのですから、このアイリスに何なりとお申し付けくださいませ」
ですがこれを素直に受け入れる訳にはいかないわたしとしても控えめながら、左右にかぶりを振らなくてはなりません。
「礼か‥」
それは何故ならば、レアノスティア様の教えとしてある様に、施された善意はそれと同様に倣い、わたし自身も他者へと与えなければなりませんが為に御座います。
ですからそうしてこの様に、暫くの間互いに続けるべき言葉に自ずと言い淀む運びとなります。
その為次に紡ぐべき上手い言葉すらも浮かばないわたしは、不安に苛まれるがままに、フウガお兄様を仰見ます。
「ふむ‥」
そんなわたしを頭上より見下ろすフウガお兄様は、何事かを一考する様にして口を固く引き結びます。
そしてややあって、逡巡を巡らせたかの如く腕を組みますフウガお兄様は、意を決した様にして仰られました。
「それならまた背中を流してくれるだけでいいさ。ユキリスには随分と世話になった。その可愛い一人娘に、到底無茶な要求などできんよ」
ですが次の瞬間には何処か口の端を吊り上げる意地悪げな笑みを露わと致しますフウガお兄様に御座いました。
「まぁ‥ふふ‥本当にフウガお兄様はお上手に御座いますのね」
ですので些か不服に思う所がありましたが、思わず喉元まで到達してしまったそれは如何にか押し留めます次第です。
そうして自身の容姿へと称賛を与えられましたわたしは、甚だこれに対して不本意に感じられます。
しかしながら、それと同時にえも言われぬなんとも形状し難いもたらされた歓喜から、自ずと身を震わせてしまいました所存に御座います。
その様にして浅ましくもフウガお兄様へと取り入る事にいとも容易く成功せしめたわたしはといえば、仄暗い満足感と共に、予期せぬ喜悦をも覚えていたのでした。
「これからよろしくお願い致します、フウガお兄様❤️」
それ故流石にその様な自らの罪悪を厭うわたしは、これから意識を逸らすべくして深々と頭を下げます。
これに伴い従順な立ち振る舞いを示したわたしは、心底から媚びを売る上目遣いで、フウガお兄様を仰見ます。
続いて反射的に自身でも嫌になる様な甘ったるい声色で、あからさまなまでの猫撫で声を挙げた自らの態度を後悔致します。
「ああ、よろしく頼む」
次いでそんな有様のわたしはといえばこれに応じて差し出されましたフウガお兄様の手に対して、自ずと身体が動いていました。
「はい」
そうです。
まさかの果てには、その様な紳士的な所作に魅入られてしまったわたしは、聖域においての作法に倣い、フウガお兄様の肉体に身を寄せてしまったのです。
反射的に日々の舞いの練習から勘違いをしてしまったわたしは、眼前に見て取れますフウガお兄様のお側へと侍る様な、羞恥極まる真似をしてしまいました所存に御座います。
これも全て、フウガお兄様の立ち振る舞いがあまりに自然で、思わず見惚れてしまいましたわたしの自業自得に御座います。
それは何故ならその様にフウガお兄様のわたしをリードしてくださる態度は、大変格好が良く、自ずと心臓の鼓動を高鳴らせてしまったが所以に御座います
それ程までにフウガお兄様の男らしい身のこなしは、わたしなど到底足元にも及ばないまでに洗練されていて、寸毫の澱みすらも感じられませんでした。
それ故これに対して身を焦がすかの如き自らの情動が赴くがままに、身を委ねてしまったら、この様にはしたない行いを見せてしまいました次第に御座います。
「なるほど‥。其方ではその様にして友好を交わすのか」
しかしながらその様に無様を晒したわたしに対して、何処か戯けた振る舞いを露わと致しましたフウガお兄様は、冗談めかしてその様に仰られます。
「‥ぁ、は、はい。その通りに御座います。もしかしてアイリスにこうされるのが、その‥お嫌でしたか?」
ですからこれを助け船として受け取る他にありません屈辱に耐え忍ぶわたしは、それに迎合するかの如く頷くばかりに御座いました。
そしてその様に、自らの身に対して襲いくる今し方に冒した自身の愚行からもたらされる羞恥に狼狽えるばかりです。
「いいや、そんなことはないさ。寧ろ俺などには到底勿体無い、光栄な話だ。だがいいのか?君の様に美しい女子に、俺みたいな男は似合うまい?」
この様に只々ひたすらに己が失態から生じた無様に嘆く他にないわたしは、些か手持ち無沙汰にフウガお兄様の逞しい腕に縋り付いていたのでした。
これに加えて更には、その様にしてわたしが冒してしまいました愚行を気遣われてしまうのですから、辱め受けた気分に御座います。
「そんなわたしが綺麗などと‥その様な大層な御言葉、あまりに過分な代物に過ぎます」
ですのでこれに応じるわたしは、如何しても照れを隠しきれませんが為に、自ずとフウガお兄様の無骨な拳を自身の両手の五指で包み込んでいました。
「アイリス」
ですがその様なわたしの振る舞いを疑問に思った様にしてフウガお兄様は声を挙げました。
するとその声を耳としました途端に、何処かふわふわとしたまるで酒精にでも酔ってしまったかの如き感覚は即座、霧散致したします。
「あ、その‥。すみません‥。わたし‥お母様が遠く離れているので‥。ですからとても寂しくて‥つい‥」
ですからそうして我に帰りながらも、依然として僅かながらに己が肉体にその身を焦がすかの如き、強烈なまでの情動を感じましては、自ずとフウガお兄様へと身を寄せます。
「いいや気にするな。そしてユキリスの身柄に対して君が抱く懸念は尤もだ。だがアイリス、君が案ずることは何もない。何故ならばすぐにでも俺が君の母上を取り戻すからだ。故に君はここで待っているだけでいい。さすれば近い内に再会も果たされる」
すると自身の衝動が赴くがままに身を委ねるわたしの浅ましい振る舞いに応じるフウガお兄様は、その様にして鷹揚に頷きを返してくださいました。
「嬉しい‥」
しかしながら、こうして善意を示して頂けましたフウガお兄様へと、わたしはこの様に媚び諂う他にないのです。
その理由は偏に、このよるべもない見知らぬ土地においてわたしが頼れる相手がフウガお兄様の他に存在しないが為に他なりません。
何故ならば、レアノスティア聖王国から遥か遠方にて所在していますこの土地には、わたしの及びが付かない事柄が多く存在しているが所以に御座います。
ですので自らが到底予想だにしない危機に陥ることも容易く想定できるが故に、わたしは自身よりも強者であるフウガお兄様へと屈服するのです。
それ故今し方にフウガお兄様から語られました所の誓いも、必ずしも果たされるわけではない事に対して既に及んでいるわたしは、極めて従順な程度を演じます。
何故ならば、他者の心中など到底わたしの様な者の及ぶ所ではないが為に他なりません。
無論口ではどうとでも一方的に語れてしまうが為に、わたしは自らの身を使ってこの様に保険を掛けるのです。
正に自身の肉体が変貌を迎えてしまったのは、本当にわたしにとって、心底からそう思うまでに文字通りの不幸中の幸いに御座いました。
その理由は偏に、この様にして殿方を籠絡するには、淫乱な肉体を用いる手法があるとのことに御座いました。
その為無論わたしとて書物から得た知識は多岐の渡り、その内には房中術などの決して人に露呈できない様な理も含まれている次第です。
しかしながらわたしは既にその様な心得に及んでいるが故にそれ即ちこの絶好の機会、実践しない手はないのでした。
ですから最早事ここに至っては、わたしとしてもなりふり構ってはいられませんので、即刻それを試みる次第に御座います。
ですが如何してもその様な状況へと持ち込むのが、わたしの様な小心者には難しく思われます。
そして同時にその様なはしたない振る舞いに対して興じた事のないわたしには、自ずと憚られるとも思われたのでした。
ところが現状は既に、フウガお兄様と共に生活を御一緒させてもらう身に御座います。
ですのでこの様にして躊躇いを覚えている段階は最早通り越して自然、時は覚悟を決めなくてはならない事態に御座いました。
そうして内心ではとやかく言っている場合ではなく、遂にはフウガお兄様との同棲する運びとなってしまった以上、わたしとて腹を括るらなければなりませんのは自明の理。
その為こうして取り入る様な卑しい自らの振る舞いに甘んじるわたしは、淫乱に変貌を遂げてしまった自身の肉体をも利用することも厭いません次第に御座います。
「はい。わたしは誰よりもフウガお兄様を信じています」
ですからその様にして悪徳に身をやつすばかりに御座いましたわたしは、再びフウガお兄様の逞しい肉体へと自らの身をまるで縋り付くかの様にして寄せます。
次いで自身のこの様な卑しい行いを恥じる想いを振り払うかの如く、前方へと突き出る程に豊満な自らの乳房を、フウガお兄様に対して押し当てたのです。
そして柔らかな自身の肉体でもってして無様なにも殿方に対して媚びるしか他に能のないわたしの惨めな姿が其処にあるばかりに御座います。
これに加えて更に自身と密着させるべくしてフウガお兄様の硬く隆起した逞しい胸筋へと、そっと意識して艶やか動きで、指先を這わせたのです。
際してはそれと共に、優しく触れたわたしは、まるでフウガお兄様を蠱惑するかの如く、その鋼の如き筋肉に覆われた肉体へと、自らの五指伝わせたのでした。
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