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聖戦

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 戦への幕が切って落とされて数刻、マナは己が全力を賭して魔力を練り上げていた。

 その証左として、色濃く可視化できるまでの力の本流が漂う。

 ただ、それは本来目指すべき地点には遠く及ばない。

 故にマナは再度の防壁の展開に相応の時間を要していた。

 それ程までの重積を彼女ただ一人がその身に強いられているのだ。

「でも‥」

 けれどそれで根を上げる様であれば自らこの役目を志願していない。

「わたしはまだやれる」

 彼女は言葉と同時、更に己が魔術に精神を傾ける。


 そんな魔の深淵に身を投じる。

 片時でも油断すればその漆黒に飲み込まれてしまう。

 その最中でマナは懸命に抗う。

 だが、不意に彼女へと与えられる声がある。


「あら、マナさん此方に来ていたのですね」

「ユメさん‥」

 その出所に対して視線を向けると、防壁の上まで浮遊するユメの姿があった。

 ユメはマナの担任教師であり、それと同時に前者は後者の師匠でもある。

「貴方だけでに任せるのは流石に酷というものでしょう。ですからわたしと共に力を合わせましょう」

 そうして受け応えるユメの面持ちは、如何にもな厳格な教師を気取る。

 ただ、その雰囲気からは愛弟子に対する慈愛も滲み出ていた。

 マナは御三家の血に連なる者であり、都市防衛の責務がある。

 けれど幾ら彼女の師とはいえ、ただの一介の教師たるユメにはそれがない。

 加えて両者はそれ程歳も離れていない。

 故に二人の関係は、ただの師弟に留まらないのは自明の理。

 両名共に自らの命を賭して互いが守るべき相手。

 最早それは確固たる親愛と称して差し支えないが、それを口とするのも彼女等は気恥ずかしい。

 その為只々二人の魔術師は、己が今成すべき責務を実行する。

「豪鬼様は、どうしてあれ程に上機嫌なのかしらね」

 だが唐突に、マナと比較して魔術師の格上であるユメは零す。

「あのお方の御心はわたしには到底理解出来ません。争いを好むなど、まるで蛮人の所業です」

 と、ユメの不意に漏らした疑問に対して、マナは心底より不快そうに受け応えた。

「ああ、そういえば貴方は豪鬼様を嫌っていたわね。ごめんなさい。すっかり失念していました」

 そうして与えられた答えに、ユメはバツが悪そうに面持ちを曇らせた。

「わたしは特別嫌ってなどいません。ただ‥」

 そんなユメの気遣わしげな振る舞いを見てマナは反論する。

「そうして戦い抜いた先には破滅しか残りません。ですのでわたしは、個人的にその様なやり方は好まないというだけです」

 その声色は反抗的でありながらされど、何処か悲哀にも似た感慨も含まれている様に、ユメには感じられた。

「そう」

 予期せず得た、思っても見ない返答に対して、ユメは自ずと気を逸らした。

 これまでの魔領と聖王国との戦を鑑みるに、どうやら何かしら考えさせられた様だ。

 昨今の情勢はそれ程までに逼迫していた。

 無論その両国が繰り広げられる聖戦の余波は、この鬼人族の都市にまで波及しているのだ。

 果てには二つの両国からお互いに逃れた残党も居るのだから、懸念は消えない。

 そんな暗澹たる事柄より気を逸らすべくして、ユメは城壁の下に視線を落とす。

 すると其処にはやはり凄惨な光景がある。

 繰り広げられた悲惨な戦闘の元に処された兵士達が、無惨にも骸を晒していたのであった。


 *




「魔術師隊、次弾の用意が整いました」


「そうか」


 豪鬼を一向に討ち取る事が出来ない現状に歯嚙みしていたメルビナ。

 そんな彼女に、魔術師より声が与えられる。

 彼等は強大なる鬼人を前としても何ら狼狽える様子を微塵も見せなかった。

 無機質に与えられた己が責務を果たすのみ。

 そんな彼等の報告を耳として女騎士の口角は、気丈にも吊り上がる。


「全員構え」

 何処か喜色さえ入り混じる声色を乗せた宣言。


「放てぇッ!」

 そうして下された命令は、自らが忠誠を見で付けるべくして言い放たれた。

 再度に渡り炸裂する極大魔術。

 解き放たれた一撃は、轟音を伴い豪鬼へと迫り来る。

 衝撃と共に襲いくる、最早天災と称して差し支えないそれに対して、彼は真正面から対峙した。

 何ら臆する事なく拳を握り固めた豪鬼は、今にも肉薄する魔術へと向けて振り抜く寸前だ。

 だが、豪鬼の拳は魔術を捉える事はない。

 無論魔術とて同様に拳に阻まれるには及ばない。

 何故ならば拳と魔術が接敵を果たすその前に、再び展開された魔力防壁が、豪鬼を守護したからだ。


「ほう‥存外に良い仕事をする」

 と、途端に己の前に霧散する魔力の奔流を目の当たりとして、誰に言うでもなく呟く豪鬼である。

 露と消えたその極大魔術の残滓は、まるで地に伏す兵等を弔う様にして揺蕩った。

「して、其方の手は出尽くした様に見受けられるが?」

 何ともなしに言い放たれた豪鬼の言葉。

 それは思いの外これを耳とした相手への劇的な牽制となり得た。

「ぐッ」

 その証左として、豪鬼の眼光に射竦められた女騎士は、大いにたじろいだ姿を露呈した。


「‥ふん‥まあ良い」


 ただそれも一瞬の内に露わとされた心中に過ぎない。

 すぐさま我を取り戻した女騎士はセラへと声を掛けた。

「私自ら出向く。セラ、貴様はどうする?」

 けれど当の呼びかけられた本人足るセラは何ら気にした素振りが無い。

「貴方達、増援を呼びなさい」


 女騎士より与えられた問い掛けに受け応える事なく、傍に控えていたシスターに命令を下す。


「畏まりました」

 と、その様に恭しく承る修道女はそれと同時、短距離転移を行使する。

 途端その場より姿を掻き消した彼女を見送るセラへと再び声が与えられる。

「おいっ」

「ええ聞こえています。構いませんよ。わたしとて、自らの手から断罪を与えたく思いますので」

 そうして応じるセラは、自らの太腿に括り付けた札を取り出した。

 其処に刻まれた祝詞は、無論この場にそぐわない神聖な意味を連ねた言葉。

 けれど次の瞬間には光に包まれて、ただの聖札符から、たちまちに形を変じてゆく。

 そして顕現したのは、一本の槍。

 豪奢な誂えのそれは、黄金に輝きこの場を照らす。

 その様な物騒な代物を生み出した張本人であるセラは無造作に一歩片足のみを後退させる。

 構えた彼女は何ら躊躇う事なく、一息に前方へと投擲した。

 あまりに自然な流れる様な動作に誰が何を言うまでもなく、それは集団の上空を穿つ。

 虚空を切り裂き豪鬼を抉り抜くべくして、放たれた槍は、無論魔力防壁により阻まれる。

 だが、衝突に際して透明な障壁とせめぎ合い、甲高い音を立てた。


「やはり無駄ですか‥」

 ただ、少なからず底は知れた。

 それだけの手応えを槍の担い手であるセラは今にし方に与えられた。

 現在己が侵攻を阻む防壁。

 そのまるで透明な膜の様な代物とて、いずれは突破出来る障害である事実へと及んだ。

 その様に思考を巡らせる彼女に対して、不意に怒りを露わとする者がいる。

「き、貴様っ、次からはわたしに一声でも掛けてからやって欲しい」

 どうやら彼女の唐突な反撃に対して、例え味方の一撃といえども驚いてしまった様だ。

 未だ驚愕が抜けきれない面持ちとなりて、女騎士は苦言を呈した。

「はい。善処致します」

 ただ、どうやらその言葉を聞き入れながらも、今後気に払うつもりはない様だ。

 本当にそう思っているのか定かではない。

 セラは本心を露わとしないまま、適当に受け応えた。

 そんな彼女は案の定女騎士の言葉に従う事なく淡々とした振る舞いで再び聖札符を取り出した。

 冷然とした面持ちのままのセラは、無機質にも構えを取る。

 そして槍を顕現させると共に、まるでそれが自然の成り行きとだでも言わんばかりに、次弾を投擲した。
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