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第一章:新人類
第1話:変化は突然に
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清々しいぐらい青々とした海と空がどこまでも広がっている。
その青年にとってこれが日常風景だった。
辺りに人の気配はなく、穏やかな静寂の中に波打つ音が静かに奏でられる。
自然こそ豊かであるが、一方では文明と呼べるものがほとんどなかった。
ここは、人気のない無人島である。開拓がされていないので文明がないのは至極当然だ。
そのような場所に、青年は一人ぽつんといた。名を、華御雷志といった。
「……島流しの刑に処されてから、今日でもう一年か」
誰に言うわけでもなく、もそりと口にする。
雷志はかつて、大きな罪を犯した。城崩し――すなわち、彼はたった一人で藩を潰したのだった。
何故かような愚行に及んだのか、彼をよく知る者はひどく訝しんだ。
というのも、この雷志という男は誰もが認めるほどの剣豪にして善人だった。
弱きを助け、強きを挫く。いかなる強大な悪であろうと決して尻すぼみしない。
そうした勇敢な姿に惹かれた者は多く、いつしか彼を剣聖とこう称えるようになった。
それほどの男が何故、そのようなことをしたのか。本土では現在でもなお、謎の解明が進められている。
(まぁ、言えるわけがないわな)
雷志は苦笑いをくっと浮かべた。
「――、っと。また地震か……最近多いな」
ぐらり、と島全体が大きく揺れる。ここ数か月の間で実に三桁目へと届かんばかりの勢いだった。
なにか不吉なことが起きる、これはその前触れなのやもしれぬ。雷志はそんなことを、ふと思った。
「……とりあえず帰るか。ここにいても始まらないし」
次の瞬間――
「な、なんだ!?」
と、雷志はぎょっと目を丸くした。未だかつてないほど強大な揺れが襲った。
激しい揺れは満足に立つことすらも許さない。草木がひどく揺さぶられ、島全体が大いにざわついている。
島が壊れてしまうかもしれない、そんな雰囲気の中――驚くほどあっさりと収まった。
「ふぅ……随分と強烈な揺れだったな。しかし、あんなに強く揺れたのは生まれてはじめて経験したぞ」
さしもの雷志も、その頬には一筋の脂汗がじんわりと滲んでいた。
「……とりあえず、家に帰るか。今の地震でなにも壊れてなきゃいいんだがなぁ」
雷志の住処は、洞穴の中にある。
ぽっかりと空いた空洞は雨風を凌ぐ場所としては十分な環境だった。
明かりも、程よく天井に空いた穴から陽光が差し込むので困らなかった。
肝心の家屋だが、お世辞にも住む場所としてはあまりにも質素極まりない。
漂流物や、先人たちからちょっとばかり拝借した物資を用いて作った掘っ建て小屋である。
掘っ建て小屋と呼ぶことさえもおこがましい出来栄えなのは否めない。
自分は大工ではない。うまくできないのは当然だ。雷志は拗ねるようにふんと鼻で一笑する。
「おぉ、あれだけ激しく揺れたのに崩れていないぞ。俺はもしかすると、大工としての才能もあるのか?」
自画自賛である。とはいえ、自分をほめることでやる気を出すというのは、なかなか重要だ。
何も変わり映えしない一日がこのまま終わろうとしている。そうなるはずだった。
「なんだ? あれは……」
雷志ははて、と小首をひねった。
洞窟は意外と広くて深い。探索しきれていない場所も多々ある。
奥から人の声がした。声質から察するに女の声だ。それもとても若々しい。
「女が島流しにされたのか?」と、雷志は怪訝な顔を示す。
ありえない。もしも本土からきたというのならば、必ず気が付く。
毎日海を眺めているだけに、雷志の自信は揺るがない。
だが実際に、奥のほうからは確かに女の声がした。よくよく耳を澄ませばどこか楽しそうでもある。
「いったいどこの誰だ?」と、雷志は声がするほうへと向かった。
奥ともなれば明かりが届かない。松明に灯る炎だけが唯一の明かりだった。
ぎらぎらとした赤い輝きを頼りに奥へ、更に奥へと進んでいく。
進むにつれて声がより鮮明に耳に入ってきた――ついに声の主を視認する。
「……子ども?」と、雷志はジッとその人物を遠目に凝視した。
「ここが今噂になっているダンジョンみたい。突然海の上に現れたってことで調査しにきたけど……今のところ、これといって何もないかなぁ」
「……なんだ、あの小娘は」
雷志は一瞬、目前の少女は気が触れているものだと思った。
雷志の目には少女しかいない――彼女はあたかも、誰かと会話しているような挙動だ。
異常という他ない光景を目の当たりしたのだ。雷志がそう思っても致し方ないといえよう。
「怪しい……いや、怪しさしかないぞ。なんなんだ、あの小娘は」
雷志がしばらく沈思していると――
「え? 後ろに人がいる!?」
と、件の少女がバッと振り返った。はたと目が合った。
あどけなさがあるものの、端正な顔立ちをしている。色白の肌は瑞々しく、翡翠色の瞳と金色の髪が印象的だ。
出で立ちについては、あまりにも日ノ本人らしくない装いをしている。おそらく南蛮物だろう。
(南蛮物の衣装を見たことはあるが……あんな露出度が高かったか?)
健康的でむっちりとした太ももが大胆にも晒している。件の少女だが、それについて恥じらいはないらしい。
「え、え? 人!? モンスターとかじゃなくて人なの!?」と、少女はひどく狼狽した様子だ。
とりあえず言葉は通じるらしい。雷志は意を決して少女との会話を試みる。
「お前も罪人か?」と、端的に尋ねる。
「え? 罪人?」と、少女の口からは素っ頓狂な声がもれた。
(罪人ではないのか? いやでも……)
見るからに悪人という面構えはしていない。
罪人でないものがどうやってここへきたのか。なんの目的があってか。
色々と謎が深まる中で、今度は少女が口火を切った。
「えっと、失礼ですけどあなたはどちら様でしょうか……?」
「俺か? 俺は――」
さて、どうしたものか。雷志の中で葛藤が生じる。
少女は、雷志がどのような人物であるかは知らない。ここで馬鹿正直に真実を話せば警戒されるは必然。
(というか、こいつはここが罪人が流される場所だと知ってきているんじゃないのか……?)
しばし沈思して――
「俺は、ここへは武者修行のために訪れている。かれこれ今日で一年目だ」
と、嘘を吐いた。
「む、武者修行? えっと、私はここには配信するために許可を得てますけど……失礼ですけどあなたは許可はちゃんと得ていますか?」
「許可だと? それに配信ってなんだ?」
「え? え?」
二人して、会話がまるで成り立たない。
どうしたものか、と雷志がそう頭を悩ませた矢先である。
「……なんだ?」と、雷志は周囲を見やった。
不意に全身の肌がぞわりと粟立った。
雷志はこの感覚をとてもよく知っている。殺気だ。合戦の場ではどこにいようとも嫌でも感じる。
疑問なのは、何故殺気を感じたのか。ここには小動物こそいるが、命を脅かすほどのモノはいない。
一年もいるのだから、それは間違いない。雷志は静かに腰の太刀をすらりと抜き放つ――名を、無銘一文字といった。
刃長二尺三寸四分で、重ねが非常に厚く胴太の刀身が特徴的だ。
堅牢な守りを誇るだけでなく、一度振るえば鋼鉄製の鎧であろうと難なく断つ。
まさしく業物と呼ぶに相応しい、雷志の愛刀だった。
「え? ちょ、いきなりなにを……!」と、少女の顔に焦りが浮かぶ。
だが雷志は少女に意を介さず、ジッと洞窟の奥を見据える。
殺気は、奥から感じる。そしてそれは徐々に大きくなりつつある。
(なんだ? いったいなにが来るっていうんだ……?)
雷志が無銘一文字を正眼に構えた。
やがて、殺気の主がついに姿を二人の前に晒す。
「な、なんだあいつは……?」と、雷志はぎょっと目を丸くした。
「モンスター……いや、レギオン!? さっきまで反応がなかったのに、いったいどこから……!」
少女も同じく驚愕している。
目前にいるそれは紛れもなく、怪物たちだった。
見た目は人と大差ないが、造形は根本的からまるで異なる。
ぼろぼろの具足を纏い、手にした太刀ももはや切れ味は皆無だろう。赤く錆びた刀身では、満足に斬ることも叶うまい。
いずれも人非ざる者の登場は、雷志の度肝を抜いた――夢でも見ているのだろうか。そんな考えがふと、脳裏をよぎる。
「……これまで強い奴らとは斬った張ったはしてきたが、まさか今度は怪物相手に戦うとは思ってもみなかったぞ」
雷志の口角が、にしゃりと釣りあがる。
目前にいるのが化け物でも、臆するどころかむしろ生き生きとさえしていた。
東と西による大合戦の後、数多くの者が日ノ本から出ていった。泰平の世は、戦を生業とする者にとっては退屈で仕方がなかった。
今、新たな戦場が目の前にある。侍としてこれほど魂が高揚することはなかった。
「ちょうど退屈していたところだ。思いっきりやらせてもらうとするか!」
「え? ちょ、ちょっと待ってください危ないからあなたは下がってて……!」
少女の制止も無視し、雷志は怪物の一匹へと肉薄した。
とん、とこれから戦うというのにその軽やかな歩法は相応しくないと思おう。
実際は、たった一歩にして三間|《約540cm》を一瞬にして零に縮めた。
振るわれた太刀筋は稲妻のごとく。びゅん、と鋭い風切音の後にざん、と小気味良い音が一つ鳴った。
化け物は殺せる。ことりと落ちた首に雷志は不敵な笑みをふっと浮かべる。
「よしっ、どうやら人の身でも殺せるみたいだな――おい娘」
「ひゃ、ひゃい!」と、少女がびくりと大きく身体を打ち震わせる。
「お互いにいろいろと話したいことがあるだろうが、まずはこいつらを片付けてからだ。それまで少しの間、そこで待っててくれ」
楽しい、と殺伐とした場でこのような感覚は不謹慎だろうか。
化け物を斬る傍らで雷志はそんなことを、ふと思った。
合戦に出たのだって、すべては己が誰よりも強くありたかったから。
天下無双――剣客であれば誰もが一度は目指す、その頂に立ちたかった。
根っから、戦うことが好きで好きでたまらない。それが侍という奴の性なのだろう。
「なんだ」と、雷志はもそりと呟いた。その顔はあからさまに不満そうだ。
「化け物相手だと楽しみにしていたんだが、この程度か。これだったらあの合戦にいた奴らのほうがよっぽど強かったぞ」
過大評価しすぎていた。あるいは、己の実力が人外の域にまでついに達したか。
いずれも、つまらない。雷志は大きな溜息を吐いた。
「あ、あの!」と、少女がぱたぱたと駆けてきた。
端正な顔は驚愕と興奮によって紅潮し、息遣いも心なしか荒い。
「ど、どうしてあなたがレギオンを倒せるんですか!?」
「なんだって? れぎ……おん? それはつまり、さっきの化け物共のことか?」
「そ、そう! だって、あなたは男の人なんですよね!?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」と、雷志ははて、と小首をひねった。
「信じられない……男の人なのに、あんなにも強いモンスターをやっつけられるなんて……」
「言っている意味がよくわからんが、斬れるのだから誰にだって倒せた。それだけだし、特別なことはしておらんぞ」
「……あなたは、何者なんですか?」
「俺か? 俺は……武者修行中の武士だ」
雷志はふっと口角をわずかに緩めてそう返した。
その青年にとってこれが日常風景だった。
辺りに人の気配はなく、穏やかな静寂の中に波打つ音が静かに奏でられる。
自然こそ豊かであるが、一方では文明と呼べるものがほとんどなかった。
ここは、人気のない無人島である。開拓がされていないので文明がないのは至極当然だ。
そのような場所に、青年は一人ぽつんといた。名を、華御雷志といった。
「……島流しの刑に処されてから、今日でもう一年か」
誰に言うわけでもなく、もそりと口にする。
雷志はかつて、大きな罪を犯した。城崩し――すなわち、彼はたった一人で藩を潰したのだった。
何故かような愚行に及んだのか、彼をよく知る者はひどく訝しんだ。
というのも、この雷志という男は誰もが認めるほどの剣豪にして善人だった。
弱きを助け、強きを挫く。いかなる強大な悪であろうと決して尻すぼみしない。
そうした勇敢な姿に惹かれた者は多く、いつしか彼を剣聖とこう称えるようになった。
それほどの男が何故、そのようなことをしたのか。本土では現在でもなお、謎の解明が進められている。
(まぁ、言えるわけがないわな)
雷志は苦笑いをくっと浮かべた。
「――、っと。また地震か……最近多いな」
ぐらり、と島全体が大きく揺れる。ここ数か月の間で実に三桁目へと届かんばかりの勢いだった。
なにか不吉なことが起きる、これはその前触れなのやもしれぬ。雷志はそんなことを、ふと思った。
「……とりあえず帰るか。ここにいても始まらないし」
次の瞬間――
「な、なんだ!?」
と、雷志はぎょっと目を丸くした。未だかつてないほど強大な揺れが襲った。
激しい揺れは満足に立つことすらも許さない。草木がひどく揺さぶられ、島全体が大いにざわついている。
島が壊れてしまうかもしれない、そんな雰囲気の中――驚くほどあっさりと収まった。
「ふぅ……随分と強烈な揺れだったな。しかし、あんなに強く揺れたのは生まれてはじめて経験したぞ」
さしもの雷志も、その頬には一筋の脂汗がじんわりと滲んでいた。
「……とりあえず、家に帰るか。今の地震でなにも壊れてなきゃいいんだがなぁ」
雷志の住処は、洞穴の中にある。
ぽっかりと空いた空洞は雨風を凌ぐ場所としては十分な環境だった。
明かりも、程よく天井に空いた穴から陽光が差し込むので困らなかった。
肝心の家屋だが、お世辞にも住む場所としてはあまりにも質素極まりない。
漂流物や、先人たちからちょっとばかり拝借した物資を用いて作った掘っ建て小屋である。
掘っ建て小屋と呼ぶことさえもおこがましい出来栄えなのは否めない。
自分は大工ではない。うまくできないのは当然だ。雷志は拗ねるようにふんと鼻で一笑する。
「おぉ、あれだけ激しく揺れたのに崩れていないぞ。俺はもしかすると、大工としての才能もあるのか?」
自画自賛である。とはいえ、自分をほめることでやる気を出すというのは、なかなか重要だ。
何も変わり映えしない一日がこのまま終わろうとしている。そうなるはずだった。
「なんだ? あれは……」
雷志ははて、と小首をひねった。
洞窟は意外と広くて深い。探索しきれていない場所も多々ある。
奥から人の声がした。声質から察するに女の声だ。それもとても若々しい。
「女が島流しにされたのか?」と、雷志は怪訝な顔を示す。
ありえない。もしも本土からきたというのならば、必ず気が付く。
毎日海を眺めているだけに、雷志の自信は揺るがない。
だが実際に、奥のほうからは確かに女の声がした。よくよく耳を澄ませばどこか楽しそうでもある。
「いったいどこの誰だ?」と、雷志は声がするほうへと向かった。
奥ともなれば明かりが届かない。松明に灯る炎だけが唯一の明かりだった。
ぎらぎらとした赤い輝きを頼りに奥へ、更に奥へと進んでいく。
進むにつれて声がより鮮明に耳に入ってきた――ついに声の主を視認する。
「……子ども?」と、雷志はジッとその人物を遠目に凝視した。
「ここが今噂になっているダンジョンみたい。突然海の上に現れたってことで調査しにきたけど……今のところ、これといって何もないかなぁ」
「……なんだ、あの小娘は」
雷志は一瞬、目前の少女は気が触れているものだと思った。
雷志の目には少女しかいない――彼女はあたかも、誰かと会話しているような挙動だ。
異常という他ない光景を目の当たりしたのだ。雷志がそう思っても致し方ないといえよう。
「怪しい……いや、怪しさしかないぞ。なんなんだ、あの小娘は」
雷志がしばらく沈思していると――
「え? 後ろに人がいる!?」
と、件の少女がバッと振り返った。はたと目が合った。
あどけなさがあるものの、端正な顔立ちをしている。色白の肌は瑞々しく、翡翠色の瞳と金色の髪が印象的だ。
出で立ちについては、あまりにも日ノ本人らしくない装いをしている。おそらく南蛮物だろう。
(南蛮物の衣装を見たことはあるが……あんな露出度が高かったか?)
健康的でむっちりとした太ももが大胆にも晒している。件の少女だが、それについて恥じらいはないらしい。
「え、え? 人!? モンスターとかじゃなくて人なの!?」と、少女はひどく狼狽した様子だ。
とりあえず言葉は通じるらしい。雷志は意を決して少女との会話を試みる。
「お前も罪人か?」と、端的に尋ねる。
「え? 罪人?」と、少女の口からは素っ頓狂な声がもれた。
(罪人ではないのか? いやでも……)
見るからに悪人という面構えはしていない。
罪人でないものがどうやってここへきたのか。なんの目的があってか。
色々と謎が深まる中で、今度は少女が口火を切った。
「えっと、失礼ですけどあなたはどちら様でしょうか……?」
「俺か? 俺は――」
さて、どうしたものか。雷志の中で葛藤が生じる。
少女は、雷志がどのような人物であるかは知らない。ここで馬鹿正直に真実を話せば警戒されるは必然。
(というか、こいつはここが罪人が流される場所だと知ってきているんじゃないのか……?)
しばし沈思して――
「俺は、ここへは武者修行のために訪れている。かれこれ今日で一年目だ」
と、嘘を吐いた。
「む、武者修行? えっと、私はここには配信するために許可を得てますけど……失礼ですけどあなたは許可はちゃんと得ていますか?」
「許可だと? それに配信ってなんだ?」
「え? え?」
二人して、会話がまるで成り立たない。
どうしたものか、と雷志がそう頭を悩ませた矢先である。
「……なんだ?」と、雷志は周囲を見やった。
不意に全身の肌がぞわりと粟立った。
雷志はこの感覚をとてもよく知っている。殺気だ。合戦の場ではどこにいようとも嫌でも感じる。
疑問なのは、何故殺気を感じたのか。ここには小動物こそいるが、命を脅かすほどのモノはいない。
一年もいるのだから、それは間違いない。雷志は静かに腰の太刀をすらりと抜き放つ――名を、無銘一文字といった。
刃長二尺三寸四分で、重ねが非常に厚く胴太の刀身が特徴的だ。
堅牢な守りを誇るだけでなく、一度振るえば鋼鉄製の鎧であろうと難なく断つ。
まさしく業物と呼ぶに相応しい、雷志の愛刀だった。
「え? ちょ、いきなりなにを……!」と、少女の顔に焦りが浮かぶ。
だが雷志は少女に意を介さず、ジッと洞窟の奥を見据える。
殺気は、奥から感じる。そしてそれは徐々に大きくなりつつある。
(なんだ? いったいなにが来るっていうんだ……?)
雷志が無銘一文字を正眼に構えた。
やがて、殺気の主がついに姿を二人の前に晒す。
「な、なんだあいつは……?」と、雷志はぎょっと目を丸くした。
「モンスター……いや、レギオン!? さっきまで反応がなかったのに、いったいどこから……!」
少女も同じく驚愕している。
目前にいるそれは紛れもなく、怪物たちだった。
見た目は人と大差ないが、造形は根本的からまるで異なる。
ぼろぼろの具足を纏い、手にした太刀ももはや切れ味は皆無だろう。赤く錆びた刀身では、満足に斬ることも叶うまい。
いずれも人非ざる者の登場は、雷志の度肝を抜いた――夢でも見ているのだろうか。そんな考えがふと、脳裏をよぎる。
「……これまで強い奴らとは斬った張ったはしてきたが、まさか今度は怪物相手に戦うとは思ってもみなかったぞ」
雷志の口角が、にしゃりと釣りあがる。
目前にいるのが化け物でも、臆するどころかむしろ生き生きとさえしていた。
東と西による大合戦の後、数多くの者が日ノ本から出ていった。泰平の世は、戦を生業とする者にとっては退屈で仕方がなかった。
今、新たな戦場が目の前にある。侍としてこれほど魂が高揚することはなかった。
「ちょうど退屈していたところだ。思いっきりやらせてもらうとするか!」
「え? ちょ、ちょっと待ってください危ないからあなたは下がってて……!」
少女の制止も無視し、雷志は怪物の一匹へと肉薄した。
とん、とこれから戦うというのにその軽やかな歩法は相応しくないと思おう。
実際は、たった一歩にして三間|《約540cm》を一瞬にして零に縮めた。
振るわれた太刀筋は稲妻のごとく。びゅん、と鋭い風切音の後にざん、と小気味良い音が一つ鳴った。
化け物は殺せる。ことりと落ちた首に雷志は不敵な笑みをふっと浮かべる。
「よしっ、どうやら人の身でも殺せるみたいだな――おい娘」
「ひゃ、ひゃい!」と、少女がびくりと大きく身体を打ち震わせる。
「お互いにいろいろと話したいことがあるだろうが、まずはこいつらを片付けてからだ。それまで少しの間、そこで待っててくれ」
楽しい、と殺伐とした場でこのような感覚は不謹慎だろうか。
化け物を斬る傍らで雷志はそんなことを、ふと思った。
合戦に出たのだって、すべては己が誰よりも強くありたかったから。
天下無双――剣客であれば誰もが一度は目指す、その頂に立ちたかった。
根っから、戦うことが好きで好きでたまらない。それが侍という奴の性なのだろう。
「なんだ」と、雷志はもそりと呟いた。その顔はあからさまに不満そうだ。
「化け物相手だと楽しみにしていたんだが、この程度か。これだったらあの合戦にいた奴らのほうがよっぽど強かったぞ」
過大評価しすぎていた。あるいは、己の実力が人外の域にまでついに達したか。
いずれも、つまらない。雷志は大きな溜息を吐いた。
「あ、あの!」と、少女がぱたぱたと駆けてきた。
端正な顔は驚愕と興奮によって紅潮し、息遣いも心なしか荒い。
「ど、どうしてあなたがレギオンを倒せるんですか!?」
「なんだって? れぎ……おん? それはつまり、さっきの化け物共のことか?」
「そ、そう! だって、あなたは男の人なんですよね!?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」と、雷志ははて、と小首をひねった。
「信じられない……男の人なのに、あんなにも強いモンスターをやっつけられるなんて……」
「言っている意味がよくわからんが、斬れるのだから誰にだって倒せた。それだけだし、特別なことはしておらんぞ」
「……あなたは、何者なんですか?」
「俺か? 俺は……武者修行中の武士だ」
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