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第三章:因縁の刃
第26話:やる前にはまず顔合わせ
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ネットニュースを見る雷志の顔は、ほとほと呆れていた。
このネットニュースでは時に、まるで価値のないことまでもが大々的に取り上げられる。
今正に、雷志についてがでかでかと記載されている。
内容は――要するにヤマシロからイズモへの移住について。
一個人の引っ越しだけでこうも反響を与えるとは、さしもの雷志も夢にも思っていなかった。
「たかが少しの間だけの滞在だけで、こうも取り上げられる未来って……」
雷志は小さく溜息を吐いた。
これでは今後も、実に些細なことでも大袈裟に取り上げられそうだ。
肩身が狭くなりつつある状況だが、不思議とそれが居心地悪くなかった。
「ライシさん、本当にいっちゃうんですか?」
「いつ私の下から去ることを許可した? 勝手な行動は契約違反だよ助手君」
「いや、なんでお前はそんな偉そうなんだ? 後、契約なんてものはしてないだろ」
まるで今生の別れであるかのような反応だ。
カナエは平然としているが、ユウカはあからさまに落ち込んでいる。
いちいち大袈裟がすぎる。雷志はそっと苦笑いを浮かべる。
「別に俺がこの国から消えるわけじゃないんだ。会おうと思えば、それこそいつだって会えるだろう」
「それは、そうかもしれませんけど……!」
「甘いねぇ助手君は。君が行こうとしているのはあのイズモなんだよ? あんな場所にいけば、君と言うせっかくの存在が台無しになってしまう。あそこには行くべきではない」
イズモに対して、まるで強い恨みがあるかのような言い草だ。
カナエは、なにかしらイズモへ特別な感情があるのかもしれない。
そう思って、雷志は何気なく尋ねる。
「なにかイズモであったのか?」
「いいや、別に」と、カナエがあっけらかんと答えた。
「ならどうしてそこまで悪く言うんだ?」と、雷志ははて、と小首をひねる。
この質問についてカナエは――
「当然じゃないか。この私の助手君を奪おうとしているんだ。君以外の男ではそもそも実験対象にすら値しないからねぇ」
と、さも平然と答えた。
あくまでもカナエの中では、華御雷志は実験体であるらしい。
やはりヤマシロから早急に去るべきなのかもしれない。そんな考えが、雷志の胸中でふっと生じた。
「――、ところでライシさん」と、ユウカが口火を切った。
「どうしてそんなお話になったんですか?」
笑顔であるのに、目が一切笑っていない。
理由はわからなかった。しかしユウカは怒っている。
「なんで怒ってるんだ?」
単刀直入に本人に尋ねる。
「別に怒ってませんよ」と、ユウカが言った。
顔には未だ笑顔が張り付いている。
一見すると大変かわいらしいのに、相対した側からすれば恐怖でしかない。
かくいう雷志も、突拍子もない彼女からの怒りには狼狽する。
ここでこいつに殺されるかもしれない。雷志の脳裏に、そんな可能性がふっと浮上した。
むろん、この可能性はありえないことだ。彼女はそこまで狂暴な女ではない――カナエならば、どうなっていたかそれこそわからなかったが。
「なんだか失礼なことを考えてなかったかい?」と、ヵナエの目が細くなった。
「気のせいだろう」と、雷志は白を切った。
「――、まぁいい。ユウカのいうとおり、まだ詳しい事情は聴いていなかったねぇ。もちろん君に黙秘権も拒否権もない、洗いざらい話してもらおうか助手君」
「だから、なんでお前が仕切ってるんだよ……まぁ、隠すつもりはないが」
雷志は事の経緯を話す。
果たし状は、無事に閲覧することができた。
綴られた文面――その見慣れた筆跡は、雷志を懐古の情へと浸らせる。
見間違いではなかった。あれは紛れもなく、かつての好敵手だった。
「――、空に暁月が昇る時、あの場所にてお前を待つ。例の“れぎおん”……剣之助が渡した果たし状にはそう書いてあったらしい」
「空に暁月……それってもしかして、トワイライトナイトじゃないですか?」
「なんだって?」と、雷志は眉をしかめる。
「トワイライトナイト……年に一度、レギオンたちが活発になって大量に発生する時期があるんだ。その日の夜には空には赤い月が昇って地上は赤く照らされる。見ようによっては幻想的かもしれないけどねぇ」
「その、とわいなんとかって日にあいつは来いって言ってるのか。それってちなみに、いつ頃なんだ?」
「……一週間後です」
そう告げたユウカの表情はいつになく険しいものに変わる。
レギオンの活性化。レギオンはただでさえ強力な個体が多い。
それらが一斉に町に押し寄せる光景は、悪夢と言う他あるまい。
(……でも、ちょっと待てよ? それじゃあもし、俺の時代にいた奴らが化けてでてきたりなんかしたら……)
想像して、雷志はにっと不敵に笑った。
地獄より死に損ない共がわんさかやってくる。それは、とても面白そうだ。
「これまでのレギオンならばともかく。今回は助手君のいた時代の猛者を模した個体も出てくる可能性は高い。そうなった時、私達がどこまで対処できるか……」
「そう、だよね。そればかりは、そうならないことを祈るしかないけど……」
「そうなったら俺が全員ぶっ殺してやるよ」
「簡単に言ってくれるねぇ。それでこそ私の助手君だ」
カナエが心底嬉しそうに言った。
「だから、俺はお前の専属の助手でもなんでもないんだが?」
穏やかな会話もそこそこに、雷志は町へと赴いた。
もうすぐトワイライトナイトがやってくる。危機が迫るというだけあって、町の様子はいつになくがやがやとして大変騒がしい。
もっとも、その喧騒にはいつもの賑やかは皆無である。
皆恐怖から少しでも逃れようと必死の様子だ。
戦う術のない彼らにすれば、逃げることこそ最大の戦術といえよう。
「……一週間後、か。空に赤い月が昇る、か。本当に未来の時代っていうのは、刺激が尽きることがないな」
不意に――
「あ、ライシさんだ!」
と、声を掛けられた。幼い子どもだ。まだ十にも満たない童がにっこりと笑う。
「ライシさん! ぼく、ライシさんの配信いつもみてます!」
「おぉ、そうなのか? そいつはありがたい」
「ぼく、ライシさんの配信を見ながらいつもトレーニングしてるんだ!」
「とれぇ……修練のことか」と、雷志はふっと口角を緩めた。
己が経験した修練を配信という形で伝える。
当時と比較して、視聴する者が圧倒的に増えた。
そうして現在、実際にその声をもらっている。
配信者として、これほど嬉しいものはなかなかない。雷志は子どもの頭にぽんと手を置いた。
「ありがとうな坊主。安心しろ、そのとわいなんとかっていうのは俺が全員斬ってやる。だからお前は、お前の大切なものを守れ」
「うん! ぼく、弟を守るんだ! だっておにいちゃんだもん!」
「いい心掛けだ。お前はきっと将来、いい武士になる」
少年と別れた後、雷志は町を静かに離れた。
鬱蒼とした森の中。街のような喧騒は一切ない。
平穏な静けさがそっと包み、ゆったりとした時間が流れる。
雷志は、腰の大刀をすっと抜いた。露となった白刃をしばし見つめて構える。
正眼――視線の先には一本の大木がどっしりと地底深くに根を張り構えている。
(あいつは、あれからどれぐらい強くなったんだ……)
ふと、好敵手に思いを馳せる。
天才が人の形をしたような存在。少なくとも雷志は、剣之助についてそのように評価している。
一度の敗北もなく、傷さえも負うことなく他者を圧倒する――凄烈なる美剣士の異名は、伊達ではない。
そんな男が今やレギオンである。
最後に死合った頃よりも弱いわけがあるまい。
(今の俺に斬れるだろうか……)
そう自問する――結論は、出てこない。
これまでずっと引き分けばかりだった。
だが、今回はきっとそうはならない。雷志は確信する――今度こそはどちらかが必ず死ぬ、と。
「まぁ、俺が死んだ時は……それまでの男だったってだけの話だ」
死ぬ覚悟ならば、とっくの昔に済ませている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の夜は異様なほど静かだった。
ダンジョンの報告もぱたりと途絶え、モンスターによる被害もない。
至って平穏な時間でこそあるが、しかし人々の心は穏やかとは程遠い。
いよいよ明日、トワイライトナイトが訪れる。
アイドルたちはこぞって配信に勤しんでいた。
こんな不安な状況だからこそ、少しでも民草の心に安らぎを与えたい。
彼女たちの献身的な活動によって、コメント欄は大いに盛り上がる。
「――、まぁ俺はアイドルじゃあないんだがなぁ」と、雷志は自嘲気味に呟いた。
夜の町をふらりと歩く。
特に理由はない。強いていうなれば、なんとなくである。
配信を注視してまでする行為にしては実に曖昧すぎる理由ではある。
だが、これが見納めになるやもしれぬ。そう思うと、しっかりと目に焼き付けておきたい。
夜の町はとても静かだ。人の気配は皆無で、自身の足跡だけが虚しく響くのみ。
町そのものにも大きな変化があった。壁はすべて鋼鉄製の板で覆われ、玄関の守りもいつもより厳重だ。
外敵からの侵入を防ぐことに特化した景観は、華の都としての華やかさはもはや欠片さえもなかった。
「明日で下手すりゃ死ぬかもしれないんだ。ここまでするのは当然だな」
そうさせないために、明日は死力を尽くす必要がある。
なにがなんでも、この国は守る。雷志はそう自らに言い聞かせた。
夜もすっかりと更けてきた。
世界がどうなろうとも決して失われることのない月の輝きはいつも神々しい。
ひんやりとした月明かりの下、ようやく人気があった。
前方に誰かが佇んでいた。これだけならば別段驚くことはなにもない。
一般人だったならば今頃は、絹を裂いたような悲鳴をあげていよう。
雷志だからこそ、冷静さを保っている。その顔には不敵な笑みさえも浮かべていた。
「……あれから何年ぶりになるんだろうな」と、雷志は尋ねた。
レギオン――もとい、剣之助からの返答はない。
「あぁ心配するな。お前がどうなろうと、俺にとっちゃあどうだっていいことなんだ――安心しろ。あの時の決着、今度こそきっちりとつけてやるさ」
それだけ言って雷志は、あろうことか背を自ら晒した。
レギオンにすれがどれだけ無謀にして愚行であるか。
この世界の常識人ならば、彼の行動は単なる自殺行為でしかない。
剣之助は背後から斬るような男ではない。雷志にはそう断言できるだけの自信が誰よりもあった。
斬るべき敵であることにはなんら変わらず。だが、もしかするとこの世界の誰よりも信頼がおけるかもしれない。
立ち去っていく雷志に、剣之助は静かに見送るのみ。
攻撃するチャンスならばいくらでもあるのに、自らそれを放棄した。
程なくして彼もまた、そっと踵を返し闇夜へと消えていく。
時代を超えて再会を果たした二人の武士は、互いに口元を緩めていた。
このネットニュースでは時に、まるで価値のないことまでもが大々的に取り上げられる。
今正に、雷志についてがでかでかと記載されている。
内容は――要するにヤマシロからイズモへの移住について。
一個人の引っ越しだけでこうも反響を与えるとは、さしもの雷志も夢にも思っていなかった。
「たかが少しの間だけの滞在だけで、こうも取り上げられる未来って……」
雷志は小さく溜息を吐いた。
これでは今後も、実に些細なことでも大袈裟に取り上げられそうだ。
肩身が狭くなりつつある状況だが、不思議とそれが居心地悪くなかった。
「ライシさん、本当にいっちゃうんですか?」
「いつ私の下から去ることを許可した? 勝手な行動は契約違反だよ助手君」
「いや、なんでお前はそんな偉そうなんだ? 後、契約なんてものはしてないだろ」
まるで今生の別れであるかのような反応だ。
カナエは平然としているが、ユウカはあからさまに落ち込んでいる。
いちいち大袈裟がすぎる。雷志はそっと苦笑いを浮かべる。
「別に俺がこの国から消えるわけじゃないんだ。会おうと思えば、それこそいつだって会えるだろう」
「それは、そうかもしれませんけど……!」
「甘いねぇ助手君は。君が行こうとしているのはあのイズモなんだよ? あんな場所にいけば、君と言うせっかくの存在が台無しになってしまう。あそこには行くべきではない」
イズモに対して、まるで強い恨みがあるかのような言い草だ。
カナエは、なにかしらイズモへ特別な感情があるのかもしれない。
そう思って、雷志は何気なく尋ねる。
「なにかイズモであったのか?」
「いいや、別に」と、カナエがあっけらかんと答えた。
「ならどうしてそこまで悪く言うんだ?」と、雷志ははて、と小首をひねる。
この質問についてカナエは――
「当然じゃないか。この私の助手君を奪おうとしているんだ。君以外の男ではそもそも実験対象にすら値しないからねぇ」
と、さも平然と答えた。
あくまでもカナエの中では、華御雷志は実験体であるらしい。
やはりヤマシロから早急に去るべきなのかもしれない。そんな考えが、雷志の胸中でふっと生じた。
「――、ところでライシさん」と、ユウカが口火を切った。
「どうしてそんなお話になったんですか?」
笑顔であるのに、目が一切笑っていない。
理由はわからなかった。しかしユウカは怒っている。
「なんで怒ってるんだ?」
単刀直入に本人に尋ねる。
「別に怒ってませんよ」と、ユウカが言った。
顔には未だ笑顔が張り付いている。
一見すると大変かわいらしいのに、相対した側からすれば恐怖でしかない。
かくいう雷志も、突拍子もない彼女からの怒りには狼狽する。
ここでこいつに殺されるかもしれない。雷志の脳裏に、そんな可能性がふっと浮上した。
むろん、この可能性はありえないことだ。彼女はそこまで狂暴な女ではない――カナエならば、どうなっていたかそれこそわからなかったが。
「なんだか失礼なことを考えてなかったかい?」と、ヵナエの目が細くなった。
「気のせいだろう」と、雷志は白を切った。
「――、まぁいい。ユウカのいうとおり、まだ詳しい事情は聴いていなかったねぇ。もちろん君に黙秘権も拒否権もない、洗いざらい話してもらおうか助手君」
「だから、なんでお前が仕切ってるんだよ……まぁ、隠すつもりはないが」
雷志は事の経緯を話す。
果たし状は、無事に閲覧することができた。
綴られた文面――その見慣れた筆跡は、雷志を懐古の情へと浸らせる。
見間違いではなかった。あれは紛れもなく、かつての好敵手だった。
「――、空に暁月が昇る時、あの場所にてお前を待つ。例の“れぎおん”……剣之助が渡した果たし状にはそう書いてあったらしい」
「空に暁月……それってもしかして、トワイライトナイトじゃないですか?」
「なんだって?」と、雷志は眉をしかめる。
「トワイライトナイト……年に一度、レギオンたちが活発になって大量に発生する時期があるんだ。その日の夜には空には赤い月が昇って地上は赤く照らされる。見ようによっては幻想的かもしれないけどねぇ」
「その、とわいなんとかって日にあいつは来いって言ってるのか。それってちなみに、いつ頃なんだ?」
「……一週間後です」
そう告げたユウカの表情はいつになく険しいものに変わる。
レギオンの活性化。レギオンはただでさえ強力な個体が多い。
それらが一斉に町に押し寄せる光景は、悪夢と言う他あるまい。
(……でも、ちょっと待てよ? それじゃあもし、俺の時代にいた奴らが化けてでてきたりなんかしたら……)
想像して、雷志はにっと不敵に笑った。
地獄より死に損ない共がわんさかやってくる。それは、とても面白そうだ。
「これまでのレギオンならばともかく。今回は助手君のいた時代の猛者を模した個体も出てくる可能性は高い。そうなった時、私達がどこまで対処できるか……」
「そう、だよね。そればかりは、そうならないことを祈るしかないけど……」
「そうなったら俺が全員ぶっ殺してやるよ」
「簡単に言ってくれるねぇ。それでこそ私の助手君だ」
カナエが心底嬉しそうに言った。
「だから、俺はお前の専属の助手でもなんでもないんだが?」
穏やかな会話もそこそこに、雷志は町へと赴いた。
もうすぐトワイライトナイトがやってくる。危機が迫るというだけあって、町の様子はいつになくがやがやとして大変騒がしい。
もっとも、その喧騒にはいつもの賑やかは皆無である。
皆恐怖から少しでも逃れようと必死の様子だ。
戦う術のない彼らにすれば、逃げることこそ最大の戦術といえよう。
「……一週間後、か。空に赤い月が昇る、か。本当に未来の時代っていうのは、刺激が尽きることがないな」
不意に――
「あ、ライシさんだ!」
と、声を掛けられた。幼い子どもだ。まだ十にも満たない童がにっこりと笑う。
「ライシさん! ぼく、ライシさんの配信いつもみてます!」
「おぉ、そうなのか? そいつはありがたい」
「ぼく、ライシさんの配信を見ながらいつもトレーニングしてるんだ!」
「とれぇ……修練のことか」と、雷志はふっと口角を緩めた。
己が経験した修練を配信という形で伝える。
当時と比較して、視聴する者が圧倒的に増えた。
そうして現在、実際にその声をもらっている。
配信者として、これほど嬉しいものはなかなかない。雷志は子どもの頭にぽんと手を置いた。
「ありがとうな坊主。安心しろ、そのとわいなんとかっていうのは俺が全員斬ってやる。だからお前は、お前の大切なものを守れ」
「うん! ぼく、弟を守るんだ! だっておにいちゃんだもん!」
「いい心掛けだ。お前はきっと将来、いい武士になる」
少年と別れた後、雷志は町を静かに離れた。
鬱蒼とした森の中。街のような喧騒は一切ない。
平穏な静けさがそっと包み、ゆったりとした時間が流れる。
雷志は、腰の大刀をすっと抜いた。露となった白刃をしばし見つめて構える。
正眼――視線の先には一本の大木がどっしりと地底深くに根を張り構えている。
(あいつは、あれからどれぐらい強くなったんだ……)
ふと、好敵手に思いを馳せる。
天才が人の形をしたような存在。少なくとも雷志は、剣之助についてそのように評価している。
一度の敗北もなく、傷さえも負うことなく他者を圧倒する――凄烈なる美剣士の異名は、伊達ではない。
そんな男が今やレギオンである。
最後に死合った頃よりも弱いわけがあるまい。
(今の俺に斬れるだろうか……)
そう自問する――結論は、出てこない。
これまでずっと引き分けばかりだった。
だが、今回はきっとそうはならない。雷志は確信する――今度こそはどちらかが必ず死ぬ、と。
「まぁ、俺が死んだ時は……それまでの男だったってだけの話だ」
死ぬ覚悟ならば、とっくの昔に済ませている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の夜は異様なほど静かだった。
ダンジョンの報告もぱたりと途絶え、モンスターによる被害もない。
至って平穏な時間でこそあるが、しかし人々の心は穏やかとは程遠い。
いよいよ明日、トワイライトナイトが訪れる。
アイドルたちはこぞって配信に勤しんでいた。
こんな不安な状況だからこそ、少しでも民草の心に安らぎを与えたい。
彼女たちの献身的な活動によって、コメント欄は大いに盛り上がる。
「――、まぁ俺はアイドルじゃあないんだがなぁ」と、雷志は自嘲気味に呟いた。
夜の町をふらりと歩く。
特に理由はない。強いていうなれば、なんとなくである。
配信を注視してまでする行為にしては実に曖昧すぎる理由ではある。
だが、これが見納めになるやもしれぬ。そう思うと、しっかりと目に焼き付けておきたい。
夜の町はとても静かだ。人の気配は皆無で、自身の足跡だけが虚しく響くのみ。
町そのものにも大きな変化があった。壁はすべて鋼鉄製の板で覆われ、玄関の守りもいつもより厳重だ。
外敵からの侵入を防ぐことに特化した景観は、華の都としての華やかさはもはや欠片さえもなかった。
「明日で下手すりゃ死ぬかもしれないんだ。ここまでするのは当然だな」
そうさせないために、明日は死力を尽くす必要がある。
なにがなんでも、この国は守る。雷志はそう自らに言い聞かせた。
夜もすっかりと更けてきた。
世界がどうなろうとも決して失われることのない月の輝きはいつも神々しい。
ひんやりとした月明かりの下、ようやく人気があった。
前方に誰かが佇んでいた。これだけならば別段驚くことはなにもない。
一般人だったならば今頃は、絹を裂いたような悲鳴をあげていよう。
雷志だからこそ、冷静さを保っている。その顔には不敵な笑みさえも浮かべていた。
「……あれから何年ぶりになるんだろうな」と、雷志は尋ねた。
レギオン――もとい、剣之助からの返答はない。
「あぁ心配するな。お前がどうなろうと、俺にとっちゃあどうだっていいことなんだ――安心しろ。あの時の決着、今度こそきっちりとつけてやるさ」
それだけ言って雷志は、あろうことか背を自ら晒した。
レギオンにすれがどれだけ無謀にして愚行であるか。
この世界の常識人ならば、彼の行動は単なる自殺行為でしかない。
剣之助は背後から斬るような男ではない。雷志にはそう断言できるだけの自信が誰よりもあった。
斬るべき敵であることにはなんら変わらず。だが、もしかするとこの世界の誰よりも信頼がおけるかもしれない。
立ち去っていく雷志に、剣之助は静かに見送るのみ。
攻撃するチャンスならばいくらでもあるのに、自らそれを放棄した。
程なくして彼もまた、そっと踵を返し闇夜へと消えていく。
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