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第三章:因縁の刃
第28話:もののふたちへの鎮魂歌
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小さな孤島に幾度となく金打音が反響する。
三つの銀閃は幾度となく宙を駆けては衝突し火花を散らす。
目まぐるしい剣速は電光石火と呼ぶに相応しく、それを振るう両者ももはや人外の域に達していた。
片や化け物と、片や雷神に愛された者。その戦いは凄烈の一言に尽きるものだった。
「久しいな! あの時もこうやって殺し合ってたよなぁ!」
雷志がにしゃりと不敵に笑う。
二刀流――文字通り、左右による多彩な攻撃を可能とする。
一見すると利点が多いように見えなくもないが、実際は欠点のほうが圧倒的に多い。
というのも、左右同時に得物を操る難易度の高さだ。
人には必ず利き手というものが存在する。
修練次第では左右どちらとも扱えようが、命を賭した実戦でそれを用いるのはあまりにもリスクが高い。
加えて、片手ずつ日本刀を扱うとなった場合。だいたいの重さが一斤十両を得物を片手で扱う。
短時間ならばともかく、長時間ともなれば腕にかかる負担は大きい。
ましてや、敵の攻撃を片腕で受けることも負担に拍車をかける。
以上から二刀流は、実戦向きとが言い難い。流派としてもその数は一刀を主とするものと比較すればほんのわずかだ。
師事する相手もなく、危険ばかりが多い二刀流は実戦向きとはお世辞にも言い難い。
雷志は、それらの欠点をすべて克服している。
それこそ彼が、雷神に愛されている証拠でもあり二刀を用いての戦では無敗だった。
双雷龍――雷志についた、もう一つの異名である。
「くっ……!」と、雷志は表情をわずかに歪めた。
剣之助が放つ一撃は斬撃にして、例えるならば鉄槌の打撃にも近しい。
野太刀による太刀筋は豪快にして迅速。それにより生ずる破壊力は他を圧倒する。
彼の前では、大岩であろうとも豆腐のようにすっぱりと両断されよう。
野太刀は通常の刀よりも更に重く、常人ではまず持ち上げることさえも難しい。
レギオンと成り果てた剣之助の身体能力は、生前の頃よりもずっと上だ。
そのため片腕で難なく振り回し、剣速も羽根でも振り回すかのごとく非常に速い。
直撃すれば、ナマクラだとそれごと両断されるのは言うまでもあるまい。
(俺の刀は、そう簡単に折れたりはしないぞ)
果敢に間合いへと肉薄し、左右の刀を振るう。
いかに強力で迅速であろうと、当たらなければその価値は瞬く間に下落する。
剣之助は、雷志の太刀筋をことごとく打ち落とす。
高い技の精度と彼の才が加わったことではじめて成す芸当だ。
(こんなことができるのは、多分後にも先にもお前ぐらいなもんだろうさ)
一方で雷志も、迫りくる凶刃を二刀で器用かつ華麗に迎撃する。
これまでの戦いにおいて、一刀だけでどうにかしてきた。どうにかできるような状況が多かった。
本気を出しても、未だ目前の男を斬れる様子なし。それは剣之助にも言えることである。
どれぐらいの時が流れただろうか――荒々しく呼気をする中で雷志はふと思った。
(終わったのか? それともまだ続いているのか? あいつらは……)
ぐっと息を無理矢理整える。
これ以上長引くのは危険だ。そう判断するに至ったのは、もちろん剣之助にある。
長時間刃を交えたというのに、呼吸の乱れはおろか汗一つさえもない。
これもレギオンとなったことによる恩恵なのだろう。雷志は「ずるいよなぁ」と、苦笑いを力なく浮かべた。
「はぁ……はぁ……ッ。剣之助、悪いがそろそろ終わりにさせてもらうぞ」
雷志はここで、左手の小刀を遠くへひょいと投げ捨てた。
幾重にもなる剣戟を経て、その刀身の損傷は極めて激しい。
全体的にひどく刃毀れしてしまっては、もはや使い物になりはしない。
残った大刀を握り直す。構えは、ない――完全脱力した、無行の位だ。
「ふぅ……そんじゃあ、続きといくか!」
雷志がそう叫ぶや否や、砂浜が大きく爆ぜた。
大量の砂煙が舞い、視界は著しく不良となる。
もはや互いの姿を認識することすらできなくなった――そんな中で再び金打音がぐわんと反響する。
武人にとって視界とはおまけみたいなものにすぎない。
雷志の流転葬は、時も場所も状況もそれら一切関係なく成立する。
これにも応じるというのだから、浅上剣之助が雷志の最大の好敵手として君臨するのも頷けよう。
やはりこの男は別格だ。一進一退の状況が徐々に崩れつつある、だというのに劣勢に立たされても尚、雷志は不敵に笑った。
砂煙が晴れる。両者の視界が良好となった時――
「ラ、ライシさんお待たせしました!」
と、その声は活気に満ちていた。ユウカの声だ。
「やれやれ……今回のトワイライトナイトは、本当に疲れたねぇ」
カナエもいる。無傷とまではいかずとも健在である姿に雷志はひとまず、ホッと安堵の息を吐いた。
「お前たちのほうは終わったのか?」
「ま、まだ……でも、もう少ししたら終わると思います」
「私たちは一足先に、君の加勢にきたというわけだよ。それにしても、本当に今回はいつになく疲れたよ……」
「そうか。とりあえず、よく戦い抜いた――だが、手出しは無用だ」
「はぁ?」と、カナエの口からは素っ頓狂な声がもれた。
「き、君は馬鹿なのかね!? 君がそこまで苦戦するほどの相手なのだろう? だったら三人で戦ったほうが効率的なのは言うまでもないだろう!」
「そ、そうですよライシさん! ここは私たちもサポートします!」
「くるなと言っているだろう!」と、雷志は声を張り上げた。
二人がびくり、と大きく身体を打ち震わせる。
「……これは俺の戦いだ。お前たちの気遣いはありがたいが、俺の戦いは誰にも邪魔はさせない。お前たちだろうとそれは例外じゃない」
「だ、だけど……!」
「主君のための戦いならば、どんな策であろうと従うさ。それが例え卑怯な手段であろうと、勝つためならばな。だが今回は誰のためのものでもない、俺だけの戦いなんだよ」
「ライシさん……」
「……はぁ。こうなってしまっては、もう我々にはどうすることもできなそうだねぇ」
「すまんな」と、雷志は軽く謝罪の言葉を述べた。
改めて剣之助のほうを見やる。攻め入る隙は十分にあっただろう、攻めず待つあたり武人としての鏡だ。
「待たせてすまないな」と、雷志は再び対峙した。
ここで剣之助の構えが変わった。
切先は背中に触れそうなぐらい近付く。
大上段の構え――剣之助がもっとも得意とする技である。
(そうか。お前もここで終わらせるつもりなんだな)
雷志はそう察した。奇遇だな、と内心でふっと笑う。
「あぁ、俺も同じだ。俺も、次で終わらせる」
雷志も構えを変える。
大上段に対して取ったのは――正眼。ここにきて、雷志は基本にして最大の攻守を誇る型を選んだ。
「――、いくぞ」
雷志が間合いを詰める。
しかし、それはこの戦いの中で一番緩慢なものだった。
すり足でもなければ一足一刀に摘めるほどの速さもない。
ごくごく普通。あたかも散歩でもするかのような恐ろしいほど軽やかすぎる足取り。
この異様な歩法に困惑したのは――
「ラ、ライシさん……?」
「なんだいあれは。あれは、本当に戦うつもりなのかい?」
と、ユウカとカナエがもっともなことを発した。
構えてこそいるが、戦うつもりが微塵もないかのような素振りはただただ困惑しか生まない。
けれども着実に両者の間合いは零へと縮まっていく。
そしてついに――雷志が動いた。
「え? いつ動いたの!?」と、ユウカの驚愕の声があがる。
それに続くように「起こりがまるで見えなかった……」と、カナエが同様の声をもらした。
常人にはあれが単なる歩行だと思っただろう。
その認識は外れだ。正確にはこの瞬間より、雷志は技を行っていた。
一見するとなんの変哲もない、ごくごく普通に歩いているだけにしか映らない。
事実、ユウカとカナエの目にはそのように映っていた。
実際は、ほんのわずかな緩急が彼の中ではずっと絶え間なく繰り返されていた。
微々たる変化だけに、変化が生じたと気付くのは至難の業に近しい。
加えて、突然の変則的すぎる行動は敵手をより警戒させる。
その警戒心こそが、この技の本質であるのだ。
警戒すればするほどに術中にはまりやすい。
それによって敵は距離感を誤る。
幻死――最大の好敵手に勝つために編み出した技の名前である。
「……この化け物がよ」
雷志はその頬に冷や汗をつっと流した。
技は、確かに極まった。本来ならばここで終わるはずだった。
剣之助以外であったならば、そのようになっていただろう。
好敵手は、あろうことか寸で避けた。強引な回避であったため、無傷というわけではなかった。
だが、致命傷には至っていない。
「ライシさん!」
「助手君!」
「……ッ!」
剣之助の刃がぐんと跳ね上がった。その先にあるものは、雷志の首である。
反撃に転じなければ――不可能だ。刀は振るい切っているが、瞬時に翻そうにもとても間に合わない。
防御をして致命傷を避けねば――それも、不可能だ。剣之助の一撃をまともに受けようものなら、刀ごと叩き斬られる。
成す術は、もはやなにもない。
(俺は、ここで死ぬらしい)
雷志はそんなことを、ふと思う。
不思議と恐怖はなかった。これまでにもずっと、死と向き合ってきた。
人は、遅かれ早かれいつかは死ぬ。その時というのは、今日というだけのこと。
雷志は――
「ライシさん!」
「助手君!」
二人の声に、身体が自然と突き動かされた。
(でも、悪いな。俺はまだ、こんなところで死ぬつもりはないんだよ!)
けたたましい金打音が鳴った。
「ぐっ……」と、雷志は下唇をぎゅっと強く噛んだ。
顔には大量の汗がどっと滲み、左腕には血がじんわりと滲んでいく。
肘先を伝ってぽたり、ぽたりと赤い雫が滴り落ちる。
「……カナエ。この籠手、確かにお前の魂がこもっていたぞ」
かつてもらった籠手が、紙一重で雷志の命を守った。勝機が再び訪れた。
「今度こそ、これで終わりだ剣之助!」
渾身の力で雷志は袈裟に刀を振るった。
斬、というその音はいつになく小気味良く聞こえた。
雷志はどかっと剣之助の隣に腰を下ろした。
ようやく決着がついた。そこに至るまでに身体を酷使させてきた。
その代償がどっと波となって押し寄せる。
身体に伸し掛かる疲労は、鉛のようにずしりとしてとても重い。
これ以上はもう、刀を振るえそうにない。雷志は大きな溜息を吐いた。
剣之助は、終始無言に徹する。だが代わりにぎらぎらと輝く赤き目が、こう訴える――次に勝つのは自分だ、と。
(あぁ、実にお前らしいよ)
雷志はにっと不敵な笑みを浮かべて――
「あぁ、悔しかったらまた強くなって俺のところにこい。いつだって相手になってやる」
と、好敵手に告げた。
剣之助の消滅により、亜空間の崩壊が始まった。
「おっと……こうなったら長居する必要はないな。さっさとここから出るとしよう」
本土へと戻ると、アイドルたちが一斉に出迎える。
多少の負傷こそしているものの、死傷者の類は一人もなし。
疲労困憊な状態であるはずなのに、皆笑顔を崩さない。
(これが“あいどる”、か……ユウカやカナエといい、この時代の女はすごいもんだな)
アイドルとしての誇りに雷志は感嘆の息をそっと吐いた。
「この戦、俺たちの勝利……だな」
「えぇ……私たちの大勝利ですよライシさん!」
そのやり取りを最後に、雷志は意識をそっと手放した。
三つの銀閃は幾度となく宙を駆けては衝突し火花を散らす。
目まぐるしい剣速は電光石火と呼ぶに相応しく、それを振るう両者ももはや人外の域に達していた。
片や化け物と、片や雷神に愛された者。その戦いは凄烈の一言に尽きるものだった。
「久しいな! あの時もこうやって殺し合ってたよなぁ!」
雷志がにしゃりと不敵に笑う。
二刀流――文字通り、左右による多彩な攻撃を可能とする。
一見すると利点が多いように見えなくもないが、実際は欠点のほうが圧倒的に多い。
というのも、左右同時に得物を操る難易度の高さだ。
人には必ず利き手というものが存在する。
修練次第では左右どちらとも扱えようが、命を賭した実戦でそれを用いるのはあまりにもリスクが高い。
加えて、片手ずつ日本刀を扱うとなった場合。だいたいの重さが一斤十両を得物を片手で扱う。
短時間ならばともかく、長時間ともなれば腕にかかる負担は大きい。
ましてや、敵の攻撃を片腕で受けることも負担に拍車をかける。
以上から二刀流は、実戦向きとが言い難い。流派としてもその数は一刀を主とするものと比較すればほんのわずかだ。
師事する相手もなく、危険ばかりが多い二刀流は実戦向きとはお世辞にも言い難い。
雷志は、それらの欠点をすべて克服している。
それこそ彼が、雷神に愛されている証拠でもあり二刀を用いての戦では無敗だった。
双雷龍――雷志についた、もう一つの異名である。
「くっ……!」と、雷志は表情をわずかに歪めた。
剣之助が放つ一撃は斬撃にして、例えるならば鉄槌の打撃にも近しい。
野太刀による太刀筋は豪快にして迅速。それにより生ずる破壊力は他を圧倒する。
彼の前では、大岩であろうとも豆腐のようにすっぱりと両断されよう。
野太刀は通常の刀よりも更に重く、常人ではまず持ち上げることさえも難しい。
レギオンと成り果てた剣之助の身体能力は、生前の頃よりもずっと上だ。
そのため片腕で難なく振り回し、剣速も羽根でも振り回すかのごとく非常に速い。
直撃すれば、ナマクラだとそれごと両断されるのは言うまでもあるまい。
(俺の刀は、そう簡単に折れたりはしないぞ)
果敢に間合いへと肉薄し、左右の刀を振るう。
いかに強力で迅速であろうと、当たらなければその価値は瞬く間に下落する。
剣之助は、雷志の太刀筋をことごとく打ち落とす。
高い技の精度と彼の才が加わったことではじめて成す芸当だ。
(こんなことができるのは、多分後にも先にもお前ぐらいなもんだろうさ)
一方で雷志も、迫りくる凶刃を二刀で器用かつ華麗に迎撃する。
これまでの戦いにおいて、一刀だけでどうにかしてきた。どうにかできるような状況が多かった。
本気を出しても、未だ目前の男を斬れる様子なし。それは剣之助にも言えることである。
どれぐらいの時が流れただろうか――荒々しく呼気をする中で雷志はふと思った。
(終わったのか? それともまだ続いているのか? あいつらは……)
ぐっと息を無理矢理整える。
これ以上長引くのは危険だ。そう判断するに至ったのは、もちろん剣之助にある。
長時間刃を交えたというのに、呼吸の乱れはおろか汗一つさえもない。
これもレギオンとなったことによる恩恵なのだろう。雷志は「ずるいよなぁ」と、苦笑いを力なく浮かべた。
「はぁ……はぁ……ッ。剣之助、悪いがそろそろ終わりにさせてもらうぞ」
雷志はここで、左手の小刀を遠くへひょいと投げ捨てた。
幾重にもなる剣戟を経て、その刀身の損傷は極めて激しい。
全体的にひどく刃毀れしてしまっては、もはや使い物になりはしない。
残った大刀を握り直す。構えは、ない――完全脱力した、無行の位だ。
「ふぅ……そんじゃあ、続きといくか!」
雷志がそう叫ぶや否や、砂浜が大きく爆ぜた。
大量の砂煙が舞い、視界は著しく不良となる。
もはや互いの姿を認識することすらできなくなった――そんな中で再び金打音がぐわんと反響する。
武人にとって視界とはおまけみたいなものにすぎない。
雷志の流転葬は、時も場所も状況もそれら一切関係なく成立する。
これにも応じるというのだから、浅上剣之助が雷志の最大の好敵手として君臨するのも頷けよう。
やはりこの男は別格だ。一進一退の状況が徐々に崩れつつある、だというのに劣勢に立たされても尚、雷志は不敵に笑った。
砂煙が晴れる。両者の視界が良好となった時――
「ラ、ライシさんお待たせしました!」
と、その声は活気に満ちていた。ユウカの声だ。
「やれやれ……今回のトワイライトナイトは、本当に疲れたねぇ」
カナエもいる。無傷とまではいかずとも健在である姿に雷志はひとまず、ホッと安堵の息を吐いた。
「お前たちのほうは終わったのか?」
「ま、まだ……でも、もう少ししたら終わると思います」
「私たちは一足先に、君の加勢にきたというわけだよ。それにしても、本当に今回はいつになく疲れたよ……」
「そうか。とりあえず、よく戦い抜いた――だが、手出しは無用だ」
「はぁ?」と、カナエの口からは素っ頓狂な声がもれた。
「き、君は馬鹿なのかね!? 君がそこまで苦戦するほどの相手なのだろう? だったら三人で戦ったほうが効率的なのは言うまでもないだろう!」
「そ、そうですよライシさん! ここは私たちもサポートします!」
「くるなと言っているだろう!」と、雷志は声を張り上げた。
二人がびくり、と大きく身体を打ち震わせる。
「……これは俺の戦いだ。お前たちの気遣いはありがたいが、俺の戦いは誰にも邪魔はさせない。お前たちだろうとそれは例外じゃない」
「だ、だけど……!」
「主君のための戦いならば、どんな策であろうと従うさ。それが例え卑怯な手段であろうと、勝つためならばな。だが今回は誰のためのものでもない、俺だけの戦いなんだよ」
「ライシさん……」
「……はぁ。こうなってしまっては、もう我々にはどうすることもできなそうだねぇ」
「すまんな」と、雷志は軽く謝罪の言葉を述べた。
改めて剣之助のほうを見やる。攻め入る隙は十分にあっただろう、攻めず待つあたり武人としての鏡だ。
「待たせてすまないな」と、雷志は再び対峙した。
ここで剣之助の構えが変わった。
切先は背中に触れそうなぐらい近付く。
大上段の構え――剣之助がもっとも得意とする技である。
(そうか。お前もここで終わらせるつもりなんだな)
雷志はそう察した。奇遇だな、と内心でふっと笑う。
「あぁ、俺も同じだ。俺も、次で終わらせる」
雷志も構えを変える。
大上段に対して取ったのは――正眼。ここにきて、雷志は基本にして最大の攻守を誇る型を選んだ。
「――、いくぞ」
雷志が間合いを詰める。
しかし、それはこの戦いの中で一番緩慢なものだった。
すり足でもなければ一足一刀に摘めるほどの速さもない。
ごくごく普通。あたかも散歩でもするかのような恐ろしいほど軽やかすぎる足取り。
この異様な歩法に困惑したのは――
「ラ、ライシさん……?」
「なんだいあれは。あれは、本当に戦うつもりなのかい?」
と、ユウカとカナエがもっともなことを発した。
構えてこそいるが、戦うつもりが微塵もないかのような素振りはただただ困惑しか生まない。
けれども着実に両者の間合いは零へと縮まっていく。
そしてついに――雷志が動いた。
「え? いつ動いたの!?」と、ユウカの驚愕の声があがる。
それに続くように「起こりがまるで見えなかった……」と、カナエが同様の声をもらした。
常人にはあれが単なる歩行だと思っただろう。
その認識は外れだ。正確にはこの瞬間より、雷志は技を行っていた。
一見するとなんの変哲もない、ごくごく普通に歩いているだけにしか映らない。
事実、ユウカとカナエの目にはそのように映っていた。
実際は、ほんのわずかな緩急が彼の中ではずっと絶え間なく繰り返されていた。
微々たる変化だけに、変化が生じたと気付くのは至難の業に近しい。
加えて、突然の変則的すぎる行動は敵手をより警戒させる。
その警戒心こそが、この技の本質であるのだ。
警戒すればするほどに術中にはまりやすい。
それによって敵は距離感を誤る。
幻死――最大の好敵手に勝つために編み出した技の名前である。
「……この化け物がよ」
雷志はその頬に冷や汗をつっと流した。
技は、確かに極まった。本来ならばここで終わるはずだった。
剣之助以外であったならば、そのようになっていただろう。
好敵手は、あろうことか寸で避けた。強引な回避であったため、無傷というわけではなかった。
だが、致命傷には至っていない。
「ライシさん!」
「助手君!」
「……ッ!」
剣之助の刃がぐんと跳ね上がった。その先にあるものは、雷志の首である。
反撃に転じなければ――不可能だ。刀は振るい切っているが、瞬時に翻そうにもとても間に合わない。
防御をして致命傷を避けねば――それも、不可能だ。剣之助の一撃をまともに受けようものなら、刀ごと叩き斬られる。
成す術は、もはやなにもない。
(俺は、ここで死ぬらしい)
雷志はそんなことを、ふと思う。
不思議と恐怖はなかった。これまでにもずっと、死と向き合ってきた。
人は、遅かれ早かれいつかは死ぬ。その時というのは、今日というだけのこと。
雷志は――
「ライシさん!」
「助手君!」
二人の声に、身体が自然と突き動かされた。
(でも、悪いな。俺はまだ、こんなところで死ぬつもりはないんだよ!)
けたたましい金打音が鳴った。
「ぐっ……」と、雷志は下唇をぎゅっと強く噛んだ。
顔には大量の汗がどっと滲み、左腕には血がじんわりと滲んでいく。
肘先を伝ってぽたり、ぽたりと赤い雫が滴り落ちる。
「……カナエ。この籠手、確かにお前の魂がこもっていたぞ」
かつてもらった籠手が、紙一重で雷志の命を守った。勝機が再び訪れた。
「今度こそ、これで終わりだ剣之助!」
渾身の力で雷志は袈裟に刀を振るった。
斬、というその音はいつになく小気味良く聞こえた。
雷志はどかっと剣之助の隣に腰を下ろした。
ようやく決着がついた。そこに至るまでに身体を酷使させてきた。
その代償がどっと波となって押し寄せる。
身体に伸し掛かる疲労は、鉛のようにずしりとしてとても重い。
これ以上はもう、刀を振るえそうにない。雷志は大きな溜息を吐いた。
剣之助は、終始無言に徹する。だが代わりにぎらぎらと輝く赤き目が、こう訴える――次に勝つのは自分だ、と。
(あぁ、実にお前らしいよ)
雷志はにっと不敵な笑みを浮かべて――
「あぁ、悔しかったらまた強くなって俺のところにこい。いつだって相手になってやる」
と、好敵手に告げた。
剣之助の消滅により、亜空間の崩壊が始まった。
「おっと……こうなったら長居する必要はないな。さっさとここから出るとしよう」
本土へと戻ると、アイドルたちが一斉に出迎える。
多少の負傷こそしているものの、死傷者の類は一人もなし。
疲労困憊な状態であるはずなのに、皆笑顔を崩さない。
(これが“あいどる”、か……ユウカやカナエといい、この時代の女はすごいもんだな)
アイドルとしての誇りに雷志は感嘆の息をそっと吐いた。
「この戦、俺たちの勝利……だな」
「えぇ……私たちの大勝利ですよライシさん!」
そのやり取りを最後に、雷志は意識をそっと手放した。
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