佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第二章:現代の神隠し

第10話:苛立ち

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◆◇◆第二章:守るべき刃◆◇◆

 明朝、君はふと優しい温もりと共に目覚めた。

 いつの間にか小さき吸血姫が添い寝をしている。

 すぅすぅと心地良い寝息を立てる寝顔は、純粋無垢な子どもそのもの。

 そんな愛くるしさに君はふと、優しく頬を緩めた。

 ちょっとしたハプニングがあったものの、君はすぐに城を後にした。

 別れを惜しむ吸血姫に再会を約束し、一目散に村を目指す。

 君からの朗報を待つ者たちが大勢いる。

 一刻でも早く、真実を告げなければならない。

 そう決意する傍らで、君は一抹の不安を覚える――果たして、うまくいくだろうか?

 固定観念を崩すことは容易ではなく、しかしそれでもという強い決心が君にはあった。

 なんとしてでも、やらなければならない。

 遠くに見える始まりの村を目前に、君は自らにそう固く誓った――「信じるな」




「ん?」と、京志郎は眉をしかめた。

 今回の小説は、前回にはない違和感が嫌に目立つ。

 白を彩る朱色の文字が、どこかおどろおどろしい。

 幻想的な雰囲気は台無しで、これではホラー小説だ。

 京志郎は失笑しつつも、そのページに視線を這わせた。




◆◇◆第二章異聞◆◇◆


「信じるな」

 その一言に君ははっと振り返った。

 月夜を背に佇む一人の少女。

 フードの下から覗く金色の髪と翡翠色の瞳がよく目立つ。

 凛々しい顔立ちだが、そこに浮かぶ表情は心なしか険しい。

「君は?」と、尋ねた。

「あなたは、あの吸血鬼に騙されている」

 少女は毅然として言い放つ。

 嘘偽りのないその言葉が力強く、愚直すぎるほどまっすぐだ。

 見知らぬ相手からの言葉だ、そうそうに信じられるものではない。

 しかし君は、そこに奇妙な信頼感を感じていた……。




「……急に雲行きが怪しくなる展開になってきたな」

 冊子を閉じて、京志郎はふと顔を上げる――口から心臓が飛び出しそうな衝撃に襲われた。

 いつの間にかマリヤが、背後に立っている。

 音も気配もなく、二度も背後を取られた事実に京志郎は驚愕を禁じ得なかった。

「マリヤ……さん?」

 いぶかし気な視線を送る京志郎。

 付き合いこそまだ浅いものの、少なくとも彼女は心優しい女性だ。

 浮かべる笑みは慈愛に満ち、正しく聖母と呼ぶに相応しい。

 ほんの一瞬だけ、マリヤの顔から感情が消失した。

 氷のように冷たい表情はそれこそ、無機質な人形と大差ない。

 とはいえ、刹那の出来事だったため見間違いだった可能性が極めて高い。

 現にマリヤは――

「もう! また驚かせられなかったです」

 と、不服そうに頬を膨らませている。

 やはり見間違えだったようだ、と京志郎はそう思った。

「だから、いきなり後ろに立つのはやめてもらえませんか?」

「だって、驚くところが見たかったので」

 やめるつもりは毛頭ないらしい。

 これから先もずっと、彼女から驚かされる日が続きそうな予感がした。

 退屈せずには済むだろうが、如何せん心臓への負担が大きいのでやめてほしくもあるが。

(まぁ、多分この人に言っても無理だろうだがなぁ……)

 そんなこと、京志郎は何気なく思った。

「そう簡単に驚きませんよ――ところで、どうかしたんですか?」

 その問い掛けに「そうでした!」と、マリヤはハッとして手をぽんと叩いた。

「実は、先程その小説を書き終えたばかりだったんですけど……一部修正するのを忘れていたんです」

「そう、だったんですか? 個人的には今回もとても楽しかったですけど」

「そう言っていただけるのは嬉しいんですけどね。どうせならもっと、より楽しく感じてもらいたいので」

「その在り方はもう作家そのものですね」と、京志郎は感嘆の言葉を素直に述べた。

 何事に対しても前向きで全力で取り組もうとする姿勢は、奇しくも亡き“あいつ”と重なった。

 生きていれば、ずっとこんな姿を目にする日々をすごしていたのだろうか……。

 意味などなく、だがありもしないifもしもを考えてしまう。

 京志郎が意識を現実へ戻した時、ショーケースを見つめるマリヤの姿が真っ先に映った。

「……えぇ、そう。とっても素敵な人だったのね。ふふっ、よかったわねエルトルージェ」

「マリヤさん?」と、京志郎はその光景にはて、と小首をひねった。

 エルトルージェに向かって優しく言葉をかける姿は、我が子の成長を見守る母のようだった。  

 傍からすれば、人形に話しかける異常者として映ろう。

 だが不思議とそのような感覚は微塵もなく、むしろ逆に微笑ましくすら思える。

「それじゃあ京志郎さん。私はこれからちょっと修正作業をしてくるので失礼しますね~」

 そう告げるマリヤはそそくさと冊子を回収して、展示室から出ていってしまった。

 彼女らしくない――なんとなくながらそう感じた京志郎は、マリヤが消えた扉を見つめた。

「……いったい彼女は、どうしたんだろうな?」

 つい、マリヤと同じように人形エルトルージェに尋ねてしまった。

 もちろん、整った小さな唇から言葉が紡がれることはない。

 ほのかに困ったような感情が、精巧な顔に宿ったような気がした。


 【夢幻の遊戯場】を後にしてすぐに、耳をつんざく轟音が鼓膜に響いた。

 赤黒い爆炎が雪空に昇り、寒さをかき消すほどの熱風が肌を荒々しく撫でる。

 近くで爆発があったらしく、絹を裂くような悲鳴が人為的なものであると裏付ける。

「……いくか」

 爆炎を目印に現場へと急行する。

 こういう時、もっとも重要なのは時間だ。

 時間の遅速によって被害状況もがらりと変わる。

 京志郎はいつも、誰よりも真っ先に現場へと着いていた。

 その類まれな超人的身体能力は当然のこと。把握し尽くした地理を最大限に生かす。

 事実、現場に京志郎を除く衛都士の姿はどこにもなかった。

「金目のものは全部奪え!」

「おらぁ! 逆らうと全員ぶった斬るぞ!」

「……いつの時代になっても争いは絶えず、だな」

 言うや否や、京志郎は愛刀を素早く抜き放った。

 露わになった白刃が陽光をたっぷりと浴びて怪しく輝く。

 それが開戦の合図となった。

「なんだ、おま――」

 言い切るよりも先に、近くにいた男の喉を裂いた。

 ぱっくりと裂けた傷口からは赤々とした血が一気に吹き出る。

 濃厚な鉄の香りをその身に纏わせて、京志郎は更に近くの男へと肉薄する。

 大砲のごとき勢いに、疾風の如き迅速さを目前に男が「ひっ!」と、短い悲鳴をあげた。

 すっかり怯え切った眼にもはや戦意など欠片ほどもなく、しかし京志郎の刃に慈悲はない。

 瞬く間に二つの命を奪い、京志郎は残る一人にゆっくりと迫る。

「ひ、ひぃぃ!」

 腰を抜かし、あたかも化け物を見るかのような眼差しは大変弱々しい。

 さっきまでの勢いはもはやなく、これではどちらが悪人か。

 京志郎は小さな溜息を一つすると、男の切先を向けた。

 仲間の血をたっぷりと浴びた血刀が、男の顔を更に引きつらせる。

 ふと、強烈なアンモニア臭がつんと鼻腔を突いた。

 誰であろうと、真に恐怖すればそう言う時もある。

 京志郎はせめてもの情けとして、あえてそこに触れずにいた。

「お前たち、見るからにあの宝石店に強盗に入ろうとしたな?」

「お、お願いだ。ど、どうか命だけは……!」

「ならば質問に答えろ。左目の瞳孔が十字模様になった男について知らないか?」

「へ?」と、素っ頓狂な声をもらす男。

 京志郎は気にせず、再度同様の質問を投げる。

「太安京炎上事件については知っているだろう? あの時、一人の下手人が今も逃げている」

「し、知らない! お、俺は本当に何も知らねぇんだ!」

 涙と鼻水で汚した顔で、男が必死に懇願した。

 その目に大変汚らしい形相を目前に、京志郎はやがて深い溜息を吐いた。

 男の言葉に、嘘は感じられなかった。

「くそっ」と、京志郎は悪態を吐きながら男を素早く拘束した。

 後は、現場にもうすぐやってくるだろう衛都士にでも任せればいい。

「相変わらず、有益な情報が集まらないな……」

 現場を離れてからしばらくして、京志郎はもそりと愚痴をこぼした。

 時間ばかりがどんどん、いたずらに流れていく。

 変化のない現状が、心にどんどん苛立ちだけを募らせる。

「ちっ」と、舌打ちと共に近くにあった石ころを思いっきり蹴飛ばした。

 胸の奥が嫌にざわつき、それが心底不快で仕方がない。

 なにかに当たりたい。そんな気持ちだけが今はなによりも勝った。

「……帰って少し休むか」

 重くなった足取りで京志郎は帰路に着いた。
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