佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

文字の大きさ
20 / 31
第三章:蝕まれる現実

第21話:デートは地下深くに

しおりを挟む
 光を抜けた先、その光景に京志郎は圧倒された。

「城の下にも……城がある?」

 地下にぽっかりと広がる巨大な空洞に佇む城は外観からしてかなり古い。

 規模自体は、エルトルージェの居城よりも一回り小さいが立派な城に変わりはない。

 それ以前に、日の光がないにも関わらず中は昼間のように明るい。

 その正体は、岩肌を覆う苔にあった。

 小さくほのかでも、いくつも集まればそれは大きな光となる。

 天然の照明が照らす景観は、正しく自然が生んだ芸術といえよう。

「こんな場所があったなんて……」

「ここは、わたくしが生まれるよりもずっと前からある場所なの」

「そうなのか?」

「お父さんが言ってた――元々ここは、騎士が修練をするために使ってた場所なんだって」

 修練場という言葉が、魂を高揚させる。

 創作物で割かしあるこの状況シチュエーション

 非現実だからこそ美しく、本当にあるのならば是非とも一度行ってみたい。

 目にした者にそんな感情を覚えさせる。

 京志郎は今、まさしくそのような場所に立っていた。

(なんだか、小説の主人公にでもなった気分だな)

 京志郎はそんなことを、ふと思った。

 もっとも、主人公などという大役ほど相応しくないと誰よりも理解している。

「エルトルージェ。どうして俺をここに連れてきたんだ?」

「えっとね……」と、エルトルージェが突然口籠った。

「どうかしたのか?」

「その、ね……」 

 不可解なその行動に京志郎ははて、と小首をひねった。

 用件はさておき、なにかを遠慮しているのは紛れもない事実だ。

 今更がすぎるだろうと、京志郎は鼻でふっと一笑した。

「いいぞ」と、京志郎は短くそう返した。

「え?」と、エルトルージェが驚いた様子で目を丸くする。

「なにを惚ける必要がある? ここまできたんだ、どんな内容だろうと俺は否定しない」

 むしろ秘匿にされるほうが、余計に気になって仕方がない。

 如何なる要件であろうとも、京志郎に拒むつもりは毛頭なかった。

 しばしの静寂が流れ――

「……あの修練場の奥に連れていってほしいの」

 と、エルトルージェは口火を切った。

「あの奥にか? 奥にはなにがあるんだ?」

「それは、わからない……」と、エルトルージェは首を横に振った。

「わからないのか?」

「お父さんから聞いたけど、奥にはすごいものがあるって。でも、一人じゃ行っちゃ駄目だって言われてたから」

「どういう意味があるんだ……」

 当人はすでにこの世にいないので、事実確認する術がない。

 いずれも、この謎を解明するためにも修練場の調査は必須だ。

「……いいな、おもしろくなってきた」

 京志郎はにっと不敵に笑った。

 なにがあるかはエルトルージェさえも定かではない。

 おそろしいトラップがあったとしても、なんら違和感もない。

 ダンジョンでもあるのだから、あると思うのが自然だろう。

「いいぞエルトルージェ。なら、この俺がお前を奥まで連れていってやる……約束する」

「……ありがとう、キョウシロウさん」

 にこりと微笑むエルトルージェに、京志郎も静かに笑みを返した。

 修練場まで伸びる石橋を渡り、巨大な門が眼前にそびえ立つ。

「さて……まずこの城門をどうやって開けるかだな」

 人気はもちろん皆無であり、固く閉ざされた門が開く兆しもない。

 別の手段を講じる必要がある。京志郎は周囲を一瞥した。

「……あそこから中に入れそうだな」

 京志郎のその言葉に、エルトルージェが真っ先に反応した。

 彼を見やる形相は、お世辞にも穏やかとは程遠い。

 正気を疑うようなその眼差しで、実行に移そうとする京志郎を必死に制止した。

「な、なにをしようとしているのキョウシロウさん!」

「なにって……あの城壁の窪みを使って中に入ろうとしただけだが」

 他に道らしき道がないのならば、自ら道を作る他ない。

 劣化によってあちこちにできた窪みを利用すれば、足場にならなくもない。

 むろん危険性はあるが、他に手段がないのであれば躊躇っている時間が惜しかった。

「大丈夫だ。この程度なら今まででもやったことがある」

「だ、大丈夫って……」

 にわかに信じ難い。エルトルージェの表情からはそんな感情がひしひしと伝わってくる。

 とはいえ、京志郎からすればこれは嘘偽りのない事実だった。

 あの頃はもっと過酷な現場に挑んだ――そうした経験があるからこそ、京志郎も自信をもって断言できる。

「少し待っててくれ。すぐに戻る」

「あっ! ま、待って……!」

 エルトルージェが制するよりも先に、京志郎は行動に移した。

 地面までは相当な高さがある。まず落下でもすれば命はない。

 命綱の類もないので、挑戦は一度切り。

 すぐそこに死が迫っている。この重圧に京志郎は涼しい表情を崩さない。

 あっという間に内部への侵入を果たし、そこから閂を抜く。

「ほら、開いたぞエルトルージェ」

「…………」

 ゆっくりと開く門の隙間から見えるエルトルージェの表情はいやに険しい。

 全貌が露わになった瞬間、小さな身体が勢いよく衝突した。

 腹部にずしんと走る重みは痛みに変わり、だがそれもすぐに温もりに変わる。

「どうしてあんな無茶をやったの!?」

「い、いや俺からすればあれぐらいどうということはなくてだな……」

「でも! でも、もしかしたら落ちてたかもしれないんだよ!?」

 エルトルージェの言い分は、極めて正論だ。

 京志郎もそれはわかっているので、あえて言及せずに沈黙に徹する。

 人生に絶対、などというものはない。いつ、どこで、どんな風に死ぬかわからない。

 昨日まで元気だったものが翌日……数時間後に呆気なく死ぬこともある。それが現実だ。

「……不安にさせて悪かった。だが安心しろ、俺は死なない……少なくともお前の前ではな」

「どんな時でも死んじゃだめ! だめだから、ね……」

「……あぁ、そうだな。どんな時でも死なない、そう約束する」

 悲しませるのは京志郎としても本意ではない。

 京志郎はエルトルージェの頭を撫でて――改めて周囲を見やる。

「中はもっとボロボロかと思ったが……案外きれいだな」

 荒れてこそいるものの、建物としてはまだ健在だ。

 そして、あちこちに転がる躯に京志郎はそっと手を合わせた。

 いわばここは、遥か古の騎士たちが眠る墓地のようなもの。

 彼らの魂がどうか安らかな眠りにつけますように――京志郎は冥福を静かに祈った。

「文化が違うが……まぁそこは目を瞑ってくれ」

 軽く経を唱える。これで少しは礼儀は尽くせただろう。

「キョウシロウさん、今のはなんの呪文なの?」

「今のはお経っていう、まぁ死者の魂に対して送る祈りの言葉のようなもの、か?」

「へぇ~」と、言葉の割にはエルトルージェの反応は薄い。

 難しい話は、彼女としても遠慮したいのだろう。

(今度たっぷりと話してやるか)

 嫌な顔をする姿を想像して、そんないたずら心が、ふっと芽生えた。

「エルトルージェ、奥っていうのはどっちにいけばいい?」

「うん。多分……こっちかなぁ」

 自信なさげな回答に、京志郎は「わかった」と一言返した。

 行く当てもなく、ヒントに通ずるような情報もこれといってなし。

 完全に手探り状態からのスタートとなるが、京志郎はそれでもいいと思った。

 せっかくのエルトルージェとの時間が、早く終わってしまう。

 それはあまりにももったいなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...