佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第三章:蝕まれる現実

第22話:闇を斬るのは影法師か

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 エルトルージェが指定した道を進む。

 有体にいえば、他とは空気が明らかに異なる。

 重苦しさなどの不快感はなく、神聖な雰囲気をどこか感じる。

 天井や壁などの彫刻の完成度も高い。

 この一帯だけ、なにか特別な意味を成している。

 京志郎はどうしても、そんな気がしてならなかった。

「もしかしたら、この道が正解かもしれないな」

「ほ、本当!?」

 驚いたのも束の間、急に得意げな表情を示すエルトルージェ。

 ふんと鼻を鳴らし、控えめな胸をぐっとそらす。

「わたくしのおかげだよね。もっとほめてほし……くれてもいいよ?」

「……素直に褒めてほしいといえないのかお前は」

 口ではそう言いつつも、京志郎は頭を撫でるのを止めない。

「ん……」と、目細め受け入れる。つくづく、仕草が猫っぽい。

「……ん? おいエルトルージェ、あれを見ろ」

 廊下の奥で古びた扉が待ち構えていた。

 損傷こそないものの、劣化が特段ひどい。

 形がこうしてあるだけでも奇跡的だ。

 辛うじて見える装飾も、どこかおどろおどろしい。

 悲痛に満ちな男の顔――見方によっては、そう捉えても違和感はない。

(ここじゃないのかもしれない……)

 確固たる証拠はなく、これはいわば状況証拠に基づいた仮説だ。

 とはいえ、この先にエルトルージェが求めるものがあるとは到底思えない。

 今からでも戻るべきだ……京志郎はそう思った。

 その横でエルトルージェの足はゆっくりと――前に一歩を踏み出した。

「エルトルージェ、本当にいくのか?」

「……うん」と、そう答えたエルトルージェに迷いはない。

 なにか、吸血鬼ならではの直感があるのかもしれない。

「だって、キョウシロウさんが正解かもしれないって、言ってくれたから……」

 一寸の疑いもなく、完全に信じ切っている。

 だからこそエルトルージェの言霊はいつになく強い。

 それは、危険極まりない思考だ。自らの思考の放棄といってもいい。

 京志郎は――

「……俺が言い出したことだからな。だったら責任もって、俺が正解にしてやろう」

 と、扉の前に立った。

 扉にそっと手を添えれば、案の定ぼろぼろと崩れる。

 神秘――これ以上に相応しい言葉を京志郎は知らない。

 扉の奥にある空間は、陽光が差したかのように明るくて温かい。

 地下水路から絶え間なく新鮮な水が供給され、緑が生い茂っている。

 その中央に生えた一本の木を、果たして植物に部類してよいものか。

 幹から枝、葉さえもすべてが美しい水晶でできていた。

「あれは、植物なのか? あんなものは、見たことがないぞ」

 当たり前である。

 あれは、自然の摂理から大きく逸脱した代物だ。

 美しさの中に、どこか得体の知れない不気味さを京志郎は肌で感じてもいた。

「あれって、もしかして……!」

 驚愕――それもすぐに嬉々とした表情へとがらりと変わる。

 何かを知っているらしい。京志郎はエルトルージェに尋ねる。

「あの木はいったいなんなんだ?」

「あれは、月冠樹げっかんじゅといって、月の光でしか成長しないの!」

「月の光……苔の光が、月の光の代わりになっていたのか?」

「それでねそれでね! 吸血鬼にはある言い伝えがあるの!」

 異世界の言い伝えとは、果たしてどのようなものなのか。

 吸血鬼だけに伝わる内容というのも、なかなか興味深い。

 エルトルージェがこんなにも興奮するというのも極めて珍しい。

(それだけこいつにとって特別、ということか……)

 ぱたぱたと月冠樹へ駆け寄るエルトルージェの後を、京志郎はゆっくりと追った。

 近付くにつれて、より鮮明に虹色の輝きが視界に映る。

 世界三大希少石も、この輝きの前では路傍の石にも等しい。

「月冠樹はね、別名“想いの木”とも言われているの。
二人が想い合う心が通じた時、葉先から蜜を滴らせる……。それを呑むと――」

「飲むと、どうなるんだ?」

「……わからない」と、ぺろっと舌を出すエルトルージェ。

 さしもの京志郎も、これには思わず呆気に取られてしまった。

「わ、わからないのか……?」

「そこまではなにも……お父様も、自分の目で確かめたほうが面白いって……」

「百聞は一見に如かず、ってことか……」

「ひゃくぶ……なにそれ?」と、そう尋ねるエルトルージェの眉間にシワが寄った。

 また難しい話だと思ったのだろう。京志郎は苦笑した。

「早い話が、人に聞くより自分の目で見た方が確実だってことだ」

 月冠樹をぐるりと見て回る。

 美しい以外に特に異変らしきものは見当たらず。

 葉っぱにも、蜜の一滴さえもない。

 期待していただけに、その分の喪失感も大きい。

「二人の想い合う心が通じた時……どういう意味だ?」

 謎を解こうにも、ヒントがなに一つないのが現状だ。

 手詰まり以外の何物でもなく、しかしエルトルージェに諦める気はまったくない。

 ここまできたのだから、最後まで足掻いてみせる。京志郎は沈思した。

「とはいえ、こうもヒントがないとな……」

 周囲を見回した時、ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 次の瞬間、どこからともなく凄烈にして冷たい風が吹いた。

 敵が、くる――京志郎は腰の愛刀をすっと抜いた。

「キョウシロウさん……」

 エルトルージェの声がわずかに震えている。

「下がってろ、エルトルージェ」

 前方よりゆらりと覚束ない足取りでやってくるその男に生気はない。

 顔は青白く、目もひどく虚ろで、どこを見ているかさえもわからない。

 出で立ちから察するに、ここで志半ばで散った騎士だろうか。

 どの道、人非ざる者であることになんら変わりはない。

 正眼に構え、京志郎はジッと騎士の亡霊を見据えた。

 実力は未知数であるので、迂闊な行動は死に直結する。

 もちろん、それは敵手にとっても同じこと。

(さて、どうしたものか――)

 京志郎ははたと、亡霊を見やった。

「大上段……」

 切先は天を差し、腕はまっすぐと上に伸びる。

 奇しくもそれは、亡霊と剣が一体化したようだった。

 刹那、京志郎は限界まで目をかっと開いた。

 あれは、ほんの一瞬でも見逃せば死ぬ。

 長きに渡り培われた経験と技術が、京志郎に激しく警鐘を鳴らした。

 次の瞬間――。

「な……」

 異形――亡霊の剣は、そう形容する他なかった。

 数多くある流派の中で、果たして身体ごと前に投げ打つ剣があるだろうか――断じて、否。

 その奇抜さに肝を抜かれた京志郎の意識は、大気の唸りによってハッと返った。

 視界のすぐ端で強烈な太刀風が吹き荒れ――凄烈な逆風が頬を強引に撫でていく。

 後少し、ほんのわずかでも反応が遅れていれば真っ二つになっていただろう。

 大地にくっきりと残った刀傷を目前に、京志郎は額に冷たい汗を一つ流した。

「異世界には、こんな技もあるのか……」

 体温が急速に低下し、呼吸一つするのにも息苦しい。

 強烈な死に、京志郎は――

「面白いな」

 と、不敵に笑い飛ばした。

「ぜ、絶対に負けないでキョウシロウさん……!」

 エルトルージェの必死の声援が耳に響く。

(奇妙な感覚だ)

 声援を送る――ごく普通のことに、京志郎は新鮮味を覚えた。

 がんばれ、たったこの一言を最後にもらったのは何年前だろうか。

 それすらも忘れてしまうぐらい、遥か昔のことのように感じた。

(声援というのは、こんなにも力をくれるものなんだな……)

 京志郎は顔だけをエルトルージェの方に向け――

「安心しろ。俺が必ず勝つ」

 と、短くも力強く答えた。

「亡霊、お前は確かに強い。だが、あいつほどじゃあない」

 アリア……バンパイアハンターである彼女のほうがもっと怖かった。

 亡霊も、非生命という点に関しては恐怖の対象といえよう。

 だが京志郎はこの時、大して恐怖の感情はなかった。

 あるのは、彼に対する敬意だった。

 魂だけとなった今でも、磨いた技は衰えず。

 騎士としての秩序ある行動は、素直に尊敬するに値する。

「だから俺も、最善の礼儀を尽くそう……!」

 京志郎が得意とするのは、しいて言えば後の先だ。

 相手の動きがあってはじめて、迅速かつ適切な対応をする。

 しかし京志郎はあえて、自らあの邪剣へと肉薄した。

慈厳流じげんりゅうと同じ原理だ。だったら初太刀こそ外せば俺に勝ち目はある)

 強力無比な一撃でこそあるが、避けられた際に待つのは自らの死だ。

 もっとも、彼ら慈厳流じげんりゅうの剣士に死の恐怖など皆無である。

 あれは、死をまるで恐れない。むしろ嬉々としてすんなりと受け入れる。

 だからこそおそろしくて、極めて強い――目の前の亡霊も、どこか似ている気がする。

(さて、一発勝負だぞ俺……!)

 京志郎は限界まで目を見開いた。

 なにがあろうと決して、決着がつく時まで閉じない。

 そう自らに固く誓いを立てて――。

 亡霊の剛剣が迫る。

 京志郎は地を蹴って更に加速する。

 大地をも裂く太刀筋はまっすぐと京志郎を――。

「え……?」

 すぐ後ろで、エルトルージェの間の抜けた声が聞こえた。

「どうして……?」

 そのように口にした言葉は、ひどく困惑しているのは明白だった。

 直撃すれば死は免れない。

 亡霊の剣は、京志郎よりもわずかに速い。

 回避はもう、間に合わない。

 防御したところで、刀ごと叩き斬られよう。

 絶望的な結末に――だが、あくまでも直撃したらの話にすぎない。

 少なくとも現実は少々……否、大きくエルトルージェのイメージと異なっていた。

 そうでなくては、驚愕するだけの理由に値しない。

「全然違う方向に剣を振った……!?」

 亡霊の視線がゆっくりと京志郎を見やる。

 その視線に京志郎は、してやったりと不敵な笑みを返した。

 亡霊に隙が生じる。

 もちろん京志郎は、それを見逃すほど愚かではない。

「幻でも見たか?」

 横薙ぎに払った白刃は一陣の閃光となり、亡霊の首を刎ねた。



 人のイメージは時に、人体に多大な影響を及ぼす。

 例えば、口の中にレモンがあると強烈にイメージした時――。

 実際にはなにもないのに、あたかも本当にあるかのように錯覚し大量の唾液が分布される。

 この原理に則ったのが、京志郎が持つ魔剣だった。

 濃厚な殺意の投影は、あらぬ幻を見せる――名を、魔剣・影法師といった。
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