佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第四章:夢現の狭間にて君がために踊る

第26話:二者選一

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「――、さてと」

 アリアが軽く咳払いをした。

 途端に、彼女の声に真剣みが帯びる。

 京志郎も深く息をして、再び視線を前に戻した。

「ここからは本題に入らせてもらうわ――京志郎、零課ウチにきなさい」

 至って単純明快な提案に京志郎は――

「……俺の異能がそんなにも必要なのか?」

 と、もそりと尋ねた。

 他人よりもただ身体能力が少し優れているだけ。

 別段珍しくもなければ、特記すべきこともなし。

 重要性があるとは、京志郎はどうしても思えなかった。

「あなたの成績は目まぐるしいわ。だけど、理由はもちろんそれだけじゃない」

 一枚の資料がすっと差し出される。

「“現代の神隠し事件”――」

「知っているでしょう?」と、アリアがテレビをつけた。

 画面には連日のようにして、行方不明者について報道されている。

 またしても、知らない誰かが犠牲者となった。

 小学生……その事実がにわかに信じ難い。

「私たちは今、この事件について追っている最中なの」

「この事件も、もしかして……」

 静かな首肯を返される。

「なるほど……」と、京志郎は思わず納得してしまった。

 異能が関与するなら、これはもう並みの人間ではどうすることもできない。

 アリアたち……第零課が担当するのもごく自然の流れだ。

 現在に至っても解決の兆しはない。想像するよりもずっと人員が少ないのかもしれない。

「それに、この事件には京志郎……あなたも深く関与しているのよ?」

「なんだって?」

 京志郎は怪訝な表情でアリアを見やった。

 身に覚えのない事実に改めて困惑する。

「俺は、なにも関係していないぞ?」

「別にあなたが犯人とは言ってないでしょ。その逆、被害者になりかけていたのよ」

 アリアが発言するたびに、思考の混乱が途方もない。

 犠牲者になりかけていた……そう聞いたところで、いまいちしっくりこない。

 そも当の本人にその自覚がないのだ。いざ言われても他人事のようにしか感じない。

 京志郎は眉をしかめる他なかった。

「資料を見なさい。そこには、行方不明者についての情報が記載されているわ」

 アリアが言うように、資料には夥しい数の個人情報がびっしりとあった。

「大人から子ども……年齢は無差別だが、犠牲者は等しく男性だな」

「それだけじゃないわよ。つい最近になって、彼らの共通点がわかったの」

「共通点?」と、京志郎は繰り返す尋ねた。

 一呼吸分の間をおいて、アリアがそっと口火を切る。

「被害者は全員、何かしらのトラウマを抱えていたの」

「トラウマ……」

 アリアのこの一言に、京志郎は奥歯をきゅっと噛んだ。

「虐待や死別、その人によって異なるけど……そんな感じよ」

「…………」

 共通点に、皮肉にも自分も含まれている。魂に刻まれた傷は大きくて深い。

 京志郎にそれを否定する気はない。事実であるし、あえて偽る意味もない。

 心とは時に強靭であれば、時に硝子のようにおそろしく脆い。

 そして一度でも傷付けば、永遠に癒えない。それが心なのだ。

「そこで奇跡的にある被害者と接触することができたわ」

「その被害者は……?」

 アリアが口を閉ざす。つまりは、そういうことらしい。

「救えなかった……けど、収穫ももちろんあったわ」

 別の資料を指差す。

 小学生という事実に京志郎は言葉を失った。

「ひどいいじめを受けていたみたいだな……」

「えぇ、本来は気弱だけど優しい性格だったみたいよ。でも、ある日を境に人が豹変した」

 資料を一枚ずつめくっては、しっかりと目を通す。

 内向的な少年が非常に攻撃的に変わっていく様子は、痛ましいの一言に尽きた。

「――“その女の子は夢の中で僕と遊んでくれた。優しくて、ずっといたいと思った”……これは?」

「その子の日記よ。どうやら神隠しに逢う人間は決まって夢を見るみたいね」

「夢……」

 京志郎は沈思する――エルトルージェとの夢も、そうだったのか。

 京志郎は――

「そんなはずがない」

 と、即座にこの仮説を否定した。

 エルトルージェは確かに、命を奪うつもりはないと言った。

 その時の言葉も、瞳にも、嘘偽りは欠片さえもなかった。

 鮮明に記憶している。だからこそ、京志郎はアリアを否定した。

「あいつは、そんなことをする奴じゃない」

 しかし、アリアの言葉は刃物の如く鋭い。

「そう口にしている時点であなたも毒されているって証拠よ」

 容赦なくばっさりと、京志郎を真っ向から否定する。

「夢と現実が混同しちゃってるじゃない」

 アリアの一言に、京志郎はぎろりと睨む。

「違う! 俺は……俺は……?」

 京志郎はそこでハッと息を飲んだ。

 無意識だったとはいえ、あたかも現実であるかのように口走った。

 人形相手に真剣になっている自分にぞっとする。

(これは、こんなものは……俺じゃない!)

 京志郎は強く慄いた。

「被害者が口にしたドールショップ。あれこれ探してはいるけど、未だ見つけられていない」

 心底忌々しそうに語るアリア。舌打ちをし、窓の向こうを見やる横顔はひどく険しい。

「被害者にしか到達できないなんて、随分な徹底ぶりだと思わない?」

「……マリヤさんが下手人、ということか」

「ふ~ん、それが異能者の名前なのね」と、アリアは満足そうに口元を歪めた。

 三日月のような笑みに優しさの欠片もない。

 獲物を狩る者の目だ。目の前にいるのは、異能を狩るハンターといっても過言ではない。

「それじゃあ話を戻すわよ京志郎」

 ぽんと手を叩き、話の流れを強引に本題へと戻したアリア。

「第零課の入隊はしないぞ」

 明確な意思を視線でも訴える。とはいえ、相手がそれで怯むわけもなし。

「あなたが自分の意志で入るっていうためにも、私たちはある情報をあげるわ」

「情報だと? なんの情報か知らないが……」

 否定の意志を京志郎は表情にして示した。

 大した情報でもないだろう。だからこそ、アリアには一寸の期待もしていなかった。

「あなたの仲間や大切な後輩を殺した、その下手人の居場所だとしたら?」

「……は?」

 どくん――今にも心臓が張り裂けそうな衝撃。

 アリアが提示した情報は、京志郎にとっては大金以上の価値がある。

 それは長らく、欲し求めていた唯一の手掛かり。

 何故、という疑問はこの際どうでもいい。理由も同じく必要ない。

 重要なのは、情報はどこまで正確であるか。京志郎は鋭くアリアを見据えた。

「……あいつは、今どこにいる?」

「落ち着きなさい。今度はこっちの条件を提示してからよ」

「ならさっさと言え」

 余裕ぶった態度が癇に障る。

 苛立ちを隠そうともせず、京志郎はアリアに先を促した。

 不敵で小憎たらしい笑みの後、アリアが条件を提示する。

「一つ目はもちろん、あなたの加入。そしてもう一つは――」

 ゆっくりと資料を指差し――

「この神隠し事件の首謀者を、あなた自身の手で処罰を下すこと。それが条件よ」

 と、彼女もまた真剣な眼差しを向けた。

 妥協はしない。瞳の奥にある輝きがそう主張している。

 アリアの条件に、京志郎は胸の内が熱くなるのを感じた。

 同時にそれは、波のように揺れて不安定でもある。

(俺は、迷っているのか……?)

 かつての自分ならば、すんなりと承諾していた。

 ようやく宿願が叶おうとする。ならばどうして、断る道理がそこにあるだろう。

 マリヤと、そしてエルトルージェの顔がふと脳裏によぎった。

 あの者たちを斬れ、と――アリアは暗にこう告げている。

「条件としては悪くないはずよ?」

 こちらの心の内を見透かしたような目。

 おそらくアリアは、すべてを察している。

 京志郎はそっと目を閉じる。

 しばしの静寂が流れ――

「……わかった。やってやる」

 と、返答した。開かれた目に迷いはなかった。

 これまでどおりに、成すべきことを成す。

 仲間の無念を晴らすために――京志郎は腰の愛刀に目線を下ろした。 
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