佐瀬京志郎の異文譚~甘美なるその夢に鬼は安らぎを見るか~

龍威ユウ

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第四章:夢現の狭間にて君がために踊る

第27話:忘れがたき過去

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 人々の喧騒が今や遠い。

 人気のない路地裏は迷路のように複雑に入り組んでいる。

 そこを抜けた先でそびえ立つ廃墟を、京志郎は静かに見やった。

 かつては、さぞ多くの客で賑わったことだろう。

 今となってはその面影もない。大型スーパーが放つ雰囲気は不気味の一言に尽きる。

 ここに探した怨敵がいる。京志郎は強く拳を握った。

 全身が炎で焙られるように熱い。その熱さが魂を大いに奮い立たせる。

「……今度こそきっちり終わらせてやる」

 しっかりと腰の愛刀を握って、京志郎は中へと足を踏み入れた。

 内観は、外観以上に損傷が激しい。

 至るところが黒く焼き焦げ、いつ崩落しても不思議ではない。

 かすかに残る煤の香りに、胸の奥が妙にざわついた。

 しんとした静寂に、こつこつと足音が反響する。

「どこだ……どこにいる」

 周囲を見回す京志郎の眼光はかつてないほど鋭い。

 怨嗟に燃える瞳で絶え間なく動かし――視界の隅に人影が揺れた。

「――ッ!」

 足音が遠ざかる。明らかにこちらの存在を察しての行動だった。

 ついに見つけた――京志郎は稲妻のごとき速さで足音を追った。

「逃がしてたまるか……! 今度こそ、貴様の息の根をここで断つ!」

 長く続く廊下をひたすら駆ける。

 突然、目の前に商品棚が落ちてきた。

「ッ!?」

 京志郎は咄嗟に半歩引いた。

 刹那、けたたましい金属音が激しく響いた。

 ここはすでに、敵の根城となっている。

 だとすれば当然、あちこちに罠があってもおかしくはない。

 並大抵の者であれば、ここで慎重になるだろうが京志郎は違った。

 いちいちそこに気にかけることさえも、京志郎には惜しい。

「上等だ……!」

 正面から罠を破壊し尽くす。冷静さを欠いた愚行という他ない。

 しかし、行動という形となった怒りが冷静さを上回った。

 そして、ついに――。

「捉えたぞ……!」

 視線の先――距離にしておよそ10m。人影の正体と思わしき後姿を捉えた。

 その後姿に、京志郎は奥歯を強く嚙み締める。

 目と鼻の先にあるその後姿を、決して忘れるはずがなかった。

 上下を白で統一した衣装は薄汚れぼろぼろに痛んでいる。

 それでも背中の刺繍――赤い逆十字はきれいなままだ。

 スキンヘッドの後頭部に刻まれたタトゥーは、まるで炎をイメージさせる。

 怨敵の再会によって、顔が異様に熱くなるのを感じた。

 全身を巡る血液が沸騰するような、痛いとさえ思う感覚が皮肉にも今は最高に心地良い。

「くそっ……逃げ足だけは早い奴だ!」

 上へ、上へとひたすら追跡する。

 分厚い鋼鉄製の扉を潜った時、冷たい風が一気に抜き抜けた。

 屋上――かつては多くの子どもたちで活気づいていた。

 その時の様子を物語る遊具もゲーム機も、もう動くことはない。

「……懐かしいとは思わないか?」

 背を向けたまま、そう口にした男の口調は痛く軽い。

 あたかも、思い出話にふける友人のような口ぶり。

 それが京志郎の表情を一瞬にして険しいものに変えた。

「黙れ。ようやくだ、ようやく見つけたぞ……狂炎者」

 本名は未だ明かされておらず。

 放火に異常なほどの執着を見せる様から、そう仇名がついた。

 狂炎者は、げらげらと愉快そうに笑った。当時の記憶が鮮明に脳裏に蘇る。

「俺はそんな風に呼ばれていたのかぁ……くぁっかっかっか。こいつはいい。最高じゃないか」

「御託はもういい。今度こそお前を、ここで斬る」

「まぁそう焦んなや鬼神さんよぉ」

 狂炎者が振り返った時、京志郎は犬歯を鋭く剥きだした。

 常ににやにやと、他人を見下すような下賤な笑み。

 生気のない、どろりとして沼のごとく黒く濁った瞳。

 忘れられようはずもなかった。今すぐにでも、この男の顔を苦痛で歪めてやりたい。

 元とはいえ、衛都士としてあるまじき思考を京志郎は咎めない。

 楽には殺さない――腰の愛刀をすらりと抜き放った。

「くぁっかっかっか! いいねぇ、狂気に満ちた目だ――だが焦んなよ」

 凄烈な殺気を前にしても、狂炎者は動じない。

 むしろ逆に、愉快そうに楽しんでいる。

「せっかくの再会だぁ。思い出話でもしようじゃねぇか」

「生憎、お前と思い出話に更けるつもりはない」

「つれないねぇ。まぁ、アンタにとっちゃここはトラウマもんだからなぁ」

「なにを言って……」

「……おいおい。本当に忘れちまったのかぁ? 周りをよく見ろよ」

「…………」

 認めたくはなかった――それが京志郎の本心だった。

 何故ならこの場所こそが、かの事件の舞台なのだから。

 何度も忘れたい、そんな気持ちに駆られた。

 だが、仲間達の悲鳴や後輩の笑顔が、それを許さなかった。

 いつしか心に復讐心が芽生えた――これは、いわば呪縛だ。

 自由へと解放されるには、あの男を殺すしかない。

 それこそが唯一の手段だと、京志郎は信じて疑わなかった。

「ようやくだ……ようやく俺は、あいつらの仇を討つことができる」

「そいつぁご苦労なこった。こっちはつい最近まで、満足に動くことすらできなかったからな」

 狂炎者が上着を大きくはだけさせた。

 その下にある肉体は、おぞまじい。この表現がなによりもしっくりくる。

 おびただしい傷が集合体と化し、それが人外的な不気味さをかもし出す。

 さしもの京志郎も、それを目にした時は思わずハッと息を飲んだ。

「憶えているか?」と、狂炎者がにしゃりと不気味に笑う。

「あぁ、忘れるほうがどうかしている」と、京志郎は淡々と返した。

「この傷はぜぇんぶ、あんたにつけられたもんだ。今でも痛むんだぜぇ?」

「それは都合がいい。その痛みのおかげで、俺を忘れずに済んだんだ」

「あぁ、そうだ。そのとおりだ。早くアンタをぶっ殺してやりてぇって、いつも思ってたんだぁ」

 狂炎者の身体がゆらりと揺れた時――

「懐かしいな」

 と、京志郎はそれをジッと見つめた。

 いつしか両手にすっぽりと収まったそれは、大型ナイフである。

 特記すべきは、その形状だ。

 サメの歯のように鋭く細かな切れ込みが、相手に過剰な痛みを与える。

 加えて、傷の治りを通常よりも遅らせるという。

 苦痛に上げる声と、歪んだ顔こそが狂炎者にとっても愉悦。

 そう思えば、実にこの男らしい得物だった。

「今度こそ切り刻んで焼き殺してやるぜぇ」

「なら俺は、更にその倍切り刻んでやる」

 京志郎は地をどんと蹴った。
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