ヤタガラスの雷爪 ~じゃじゃ馬閻魔姫と最強剣士の鬼退治の旅~

龍威ユウ

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第一章:ヤタラガス

第4話:山登り

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 まんぷく亭へとふらりと立ち寄る。

 今日も相変わらずの人の多さだ。
 
 同様に彼らの表情はまずい飯によってすこぶる悪い。
 
 必死に笑みを取り繕ってまで愛想を振りまこうとする。

 その姿を、京志郎は健気とは思わない。実に愚かだ、と本気で思った。

「は~い、今行きまーす」

「……閻魔大王の娘がまさか給仕をしているとは、誰も思わないだろうな」

 遠目から京志郎は見守った。

「あ、いらっしゃい京志郎さん」

 屈託のない笑みを浮かべる愛華。

 生意気さは鳴りを潜め、明るい少女を演じている。

(さすがと言うべきか。かなりの演技力がある)

 京志郎はひそかに感心した。

「今日はなにか食べていきますか?」

「いいや、遠慮しておこう。これから少し仕事があるからな」

「そうですか。それじゃあまた来てくださいね」

「そうさせてもらおう」

「では」と、京志郎はそそくさとその場から離れた。

 愛華が作る料理は壊滅的なのは、もはや語るまでもない。

 恐るべきは、彼女自身がまずいという自覚がこれっぽっちもないということ。

 妙な自信だけがたっぷりとあるだけに余計に質が悪い。

(金輪際、あいつの作る飯だけは絶対に食わないようにしよう)

 違う意味で地獄にいきかねない。京志郎はそう固く誓った。

「おや京志郎はん」と、突拍子もなく大五郎が現れた。

「大五郎か」

「まずは先日の一件、お疲れさん。せやけど、あの報告はどういうことや?」

 途端に怪訝な表情を浮かべる大五郎。

 人斬り源八は鬼だった――案の定、信じてもらえるはずがなかった。

 京志郎は「ありのままの事実だ」と、それだけ返した。

 証拠は一応ある――源八の大太刀。仕手を失ってからすぐに刀身はひどく錆びつ
き、刃毀れも異様に目立ってしまう。

「確かにあの大太刀は源八のものや。せやけど、あんなぼろぼろの刀で人をほんまに
斬れたんか?」

「事実、あいつの傍らには死体があった。おそらく、斬れたんだろう」

「……上層部もこの件に関しては懐疑的や。せやけど、そこはヤタガラス最強の暗殺者。ほんまやったとしてワテの口から改めて報告しておくわ」

「そうしてもらえると助かる」

「――、さてはて。話は戻すけど、また仕事の依頼ですわ」

 人相書きを前に京志郎は「またか」と、もそりと呟いた。

 命令があれば断る道理もなければ権利もない。

 ただ愚直に完遂させるまで。京志郎は肩を小さく竦めて人相書きを手に取る。

「今度の相手は破戒僧の海燕かいえん。悟りを開くための修行をしていたそうやけど、ある日を境に殺戮を繰り返すようになったそうや。今は比叡山を拠点に好き勝手しているらしいわ。京志郎はんにはすぐに――」

「これを対処しろ、ということだろう。承知した」

「ほな、よろしゅう」

 大五郎と別れてからすぐに京志郎は屋敷へと戻った。

 比叡山までの道のりはそう遠くはない。

 だが、道中なにが起きるかわからないのが旅だ。

 準備を整えるべく帰宅した彼の下に――

「次の相手がどこにいるのかわかったの?」

 と、愛華が広間でごろごろと寝転がっていた。

 自宅でもないのに、我が物顔で呑気にくつろいでいる。

「店はどうした?」

「もう閉めてきた」

「そうか、あぁそのほうがいい」

 あれ以上犠牲者を出すのはいただけない。京志郎はそう思った。

「……おそらくだが、獄卒の一人は比叡山にいる海燕という僧に取り憑いている。突然豹変したという点が怪しい」

「ヤタガラスからの依頼が獄卒を見つける鍵になるかもしれない……京志郎の思ったとおりね」

 浄玻璃鏡はあくまでも亡者……人の善悪を区別するためのもの。

 獄卒に憑依された人間は、すでに人ではない。しかし獄卒でもない。

 双方が融合したそれを、地獄では魔人と呼称する。

「比叡山……かぁ」

 嫌そうな表情をする愛華。

「なにか嫌な思い出でもあるのか?」

「だって、山ってことは虫とかがたくさんいるから」

「聞いた俺が愚かだった。阿呆なことを言っていないでお前もさっさと支度するなりしろ」

「ちょっと! 余閻魔の娘だからな? それわかっててその態度って不遜極まりないが!?」

「ならもう少し敬われるような振る舞いをしろ」

 愛華はどう見ても生意気な小娘にしか見えない。

 猛抗議する愛華を背に京志郎はさっさと自室へと向かった。

 身支度を手早く整えていると――

「へぇ~ここが京志郎の部屋なんだ」

 と、愛華が物珍しそうに物色し始めた。

「人の部屋に勝手に入るのはどうかと思うぞ」

「ふっ……余の物は余の物。京志郎の物も余の物。つまり、そういうことだ!」

「どういうことだ――おい、勝手に物に触れようとするな」

「だってぇ、興味あるんだもん」

「…………」

 つくづく閻魔の娘とは思えない。

 外見相応な言動から、誰も彼女をすごい存在とは思わない。

 かわいらしいじゃじゃ馬娘もいいところだ。

 あちこちを物色する愛華を、京志郎は窘めた。

 一応、閻魔の娘だからそれなりに気遣いはする。

「ねぇ京志郎」と、不意に愛華が口火を切った。

 視線は周囲からある一点をジッと凝視している。

 腰に帯びた刀を興味深そうに見つめていた。

「それ、ちょっと見せてもらってもいいか?」

「これか? どうしてだ?」

「ん~なんとなく。それで本当にあの源八……憑依した獄卒を斬ったのか気になったから」

「構わないが、壊したりするなよ?」

「壊すか」

 京志郎は鞘ごと抜いてそれをひょいと手渡した。

 愛華が手にした途端――

「ふぇっ!?」

 愛華の右手がぐんと下がった。

 目を大きくぱちぱちとさせて激しく驚愕する愛華。

「お、重い!? な、なんなのこの重さ……!」

「特注品だからな」

 京志郎はよく刀を壊すことで有名だった。

 技の練度によるものではない。刀が京志郎に適応できなかった。

 如何なる名刀もよくて三振りすれば、粉々に刀身が砕け散る。

「そこで伊勢國の名匠に打ってもらったのがこの刀だ。よく斬れて何度振っても折れない、おまけにあの時は呪われているかもなんて思っていたからな。廃寺で見つけた金剛杵も溶かしてそこに混ぜた。その結果がこれだ」

 愛華が落とした愛刀を京志郎は難なくひょいと拾い上げた。

 その傍らでは、愛華がぎょっと目を丸くしている。

「……よくそんな刀を振るっていられるなぁ」

「この重さがしっくりと来ていいんだ」

 京志郎は愛でるようにそっと優しく愛刀を撫でた。

 相変わらず愛華はいぶかし気な顔で彼をじっと見やっている。

 こいつ正気か、と今にもそう言いそうな表情だった。
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