短針と、長針、そして秒針が重なり合う時、夜想曲は奏でられる

時正時雨

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終わりと始まりの夜想曲

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  検査を終えて一日が経った。命に別状はなかったが、撃たれた肩と脱臼した肩が両方治るまでは安静にしなければならないと、担当医に釘をさされていた。 

「暇だなぁ……」 

  マルは窓の外の夜の摩天楼見て呟く。
盛夏の生暖かい風が病室に流れ込む。 
スーッと、病室の扉が開かれ、ビニール袋を持ったマサノブが立っていた。 

「よお! いろいろ持って来たぜ」 

  マサノブはビニール袋から、ペットボトルの麦茶、チューインガム、噛むと色が変わるグミ、炭酸飲料の缶、スナック菓子を取り出した。 

「本当にいろいろ持って来たんだね……」 

「秘密基地をあれこれ探していたら、こんなものが出てきてな。多分非常食だと思うが、今後使うこともないだろうし、今はマルに食べてもらって、元気を出してもらうのが一番だと思ってな」 

「ありがとう!」 

  マルは麦茶のキャップを開け、喉に流し込む。 

「昨日のことなんだけど、俺なりに考えたんだ」 

  麦茶を飲みながら、マルは横目でマサノブを見る。 

「二〇〇三年になにがあるかは分からない。けど、俺はマルとなら行ってみたい。二人でなら乗り越えていけると思う。勝手でごめん」 

「ううん、全然勝手じゃないよ。僕もマサノブと一緒なら大丈夫な気がする。今回の旅だってマサノブがいたからこそ、ここまでやって来れたんだよ」

  それを聞いたマサノブは、唇を嚙みしめて嬉しそうに笑った。 

「じゃあ、行こうか。二〇〇三年へ」 

  マルは院内用のスリッパを履いて、病室を出ようとしている。 

「待て、待て。お前はまだ、安静にしてなくちゃいけないんだろ! 暫くの間は大人しく寝ているんだ!」 

「心配してくれているのは嬉しいけど、行かなくちゃいけない、二〇〇三年に。細胞が行けと叫んでいる。心が行けと命令している。彼女が待っている。早く来てって」 

「だから、待てって! タイムマシンで行くなら時間なんて関係ないじゃないか。時間を超えられるんだから」 

  それがタイムマシンの利点であり、最大の武器だ。 

「それは分かっている。けど、行かなくちゃいけないんだ」

「そこまでして、マルを駆り立てるモノは一体何なんだ?」 

「ごめん、今は分からない。けど、それも全部、二〇〇三年に行けば分かると思う。彼女の口ぶりからすると、たぶん『穴』がどうやって出来たかを知っていると思うんだ」 

「『穴』が……」 

  マサノブは顎に手を置き考える。
全ての始まり、そして全ての元凶とも言える『穴』 
それを、本当に葬ることができるのなら? 

「分かった。今から行こう、マル」 
  マサノブはマルの手を取ろうとしたが、マルはその手を振り解いた。 

「ううん、違うよ。僕の名前は円。御縁円(ごえんまどか) 」 

  マルがあれほどまでに嫌っていた、自分自身の名前を言ったことに対して、マサノブは驚きを隠せなかった。 

「マル…………お前、自分の名前嫌いじゃなかったのか!?」 

「嫌いだよ、今でも。でも、好きになろうと努力している最中」  

  マル、御縁円の家は、伝統ある由緒正しい神社なのだ。父親は神社の神主で、マルに後を継がせようと小さい頃から神主になるべく指導をしてきた。
 だが、マルは上手くできず、父親は何度も「どうして、できないんだ!」と激怒していた。
母親はいつも家にいたが、 VR で仕事ばかりしており、マルのことを気にかけようとすらしなかった。
 プレッシャーが重なり、家の環境に耐え切れなくなったマルはある日、学校の屋上から飛び降り自殺をしようとする。
 それを寸でのところで止めたのがマサノブで、その時に家庭のことを彼に話した。

悩んでいたマルにマサノブが何気なく「そんなに嫌なら名前でも変えたら?」と言ったのがキッカケになる。マルは御縁円からマルに名前を変えたのだ。
それから家に帰りたくない時、暇さえあれば秘密基地にやって来て、マルとマサノブは、駄弁ってつるむようになっていた。 

「心境の変化ってやつか?」  

  マルと初めて屋上で出会った頃を思い出す。あの頃はVRがまだ無かったが、全てがあの秘密基地にはあった。 

「まあ、そんなところかな。マサノブ、夜一、アリサに自分の偽っている名前を何度も呼ばれていると、逃げちゃいけないなって気分になってね……。それに、いつかはぶち当たる壁だから、けっきょくは避けられない。なら、今のうちに自分の名前を好きになるのもいいかもしれない……って思ったんだ」 

「そうか……マル、いや円。やっぱりお前、変わったよ」 

「僕を変えたのはマサノブ、君なんだよ」 

  エアコンの風が、二人の服を煽って大きくうねらせる。それはまるで波のようだった。

「いや、俺は、何もしていないし出来ていない。変わったのは円、お前の、自分自身の意志なんだ」 

 マサノブは、マルの肩を優しく叩いた。 

「そうかな……でも、少なからずマサノブの影響もあるのは間違いないよ。だから、僕は…」 

「あー、もう水平線、いや平行線だな。この話はまた次回に持ち越すとして……さぁ行こう、巫女服姿のお姉さんが待っているぜ」 

  マサノブは、マルの病衣の裾を引っ張って先導して歩く。 

「ちょっ! そんなに引っ張るなって! これでも一応病人なんだから……」  

 呆れ半分、楽しさ半分の笑顔で、マルはマサノブに付いていく。 
深夜の病院を抜け出す二人。
誰もいなくなった病室の時計が十二時を指し示す。
長針と短針、そして秒針が重なり合う時、夜想曲は奏でられる。 
二人の旅は、まだまだ終わらない。
夜明けにはまだ遠い。 
 
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