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【28】休息
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昨夜は散々だった。
グリファートは自分に充てがわれた学舎の部屋で、ひとり屍のようにベッドに突っ伏していた。
固く瞑った瞼の裏に蘇るのは、どうしようもなく恥ずかしい記憶だ。
『ぁ、や、やだ…』
『まだ足りないだろ?遠慮するな』
『ひ、』
そう言って口付けを落とすレオンハルトに、グリファートの身体は芯から溶かされていった。もはや拷問ではというほど優しくも無遠慮に、暴かれ、乱される。
もうやめてくれと涙目で懇願しても許して貰えず、そうして一晩かけてゆっくりと魔力を分け与えられたのだ。
レオンハルトは怒ると根に持つ性格なのかもしれない。かなり執拗かった、とグリファートは思い出してまた唸る。
だがグリファートを精神的に撃沈させている原因はそれだけではない。
昨夜の魔力飢え自体は前よりも酷くなかった筈なのに、何故かなかなか治らなかったのである。
なまじ働く理性と、ただ求めようとする本能と。そんな板挟みにあったグリファートは、助けを求めるように結局自らレオンハルトを中に欲してしまった。
理性が飛んでいたならまだ良い、あの時は正気ではなかったのだと言い訳もできる。
だがグリファートは明確に、自分の意思で、レオンハルトに乞うた。
それがどれほど恥ずかしく、はしたない行為だったかと、思い返しては自己嫌悪でベッドに伏している────というわけである。
「聖女、さま…?」
部屋の入り口の方からおずおずと遠慮がちなロビンの声が聞こえる。グリファートが朝食以降いつまでもベッドに撃沈していたからか、心配して様子を見に来たようだ。
「あ、ああロビン」
「聖女さま……痛くて起き上がれない、の?」
「え?」
起き上がれない、という言葉にグリファートはどきりとしてしまう。
当のロビンは気付いていないようで、大きな瞳を不安そうにゆらゆらと揺らして顔を俯けた。
「聖女さま、前に起き上がれなかったから……お体が痛いのかなって……」
どうやらロビンは俺が倒れるたびに痛みで寝込んでいると思っていたようである。
(あ、ああ。昨夜の話なわけがないわな、そりゃ……)
幼いロビンにレオンハルトとの情事を知られていたなら憤死ものであるが、どうやらそうではなかったらしい。
グリファートは咳払いをすると誤魔化すようにロビンの小さな頭を撫でた。
「………」
「? ロビン?」
いつもであれば頭を撫でるとホッとしたように顔を上げるロビンだが、何故か俯いたままだ。
はて、と首を傾げればロビンが小さく口を開く。
「聖女さまが痛いの、やだ……」
「え?」
確かに起きてすぐは違う意味で身体が重く涙目になってしまったが、魔力的にも健康的にも問題はない。
そもそもロビンは夜の話をしているわけではないので、そういう意味では心配されるような顔色はしていないと思うのだが。
いくらグリファートが「大丈夫だよ」と言ってもロビンには不安が残るのか、ふるふると頭を振った。
「行かないで…聖女さま……」
「……ロビン?」
「そばにいて……」
ぎゅう、と小さな手が服の裾を掴む。
ロビンに教会での出来事は話していない。グリファートが鉱山を浄化しようとしている事も。
子供の勘なのか胸騒ぎなのか、ロビンはグリファートが離れるのを嫌がるように服の裾をさらに強く握りしめた。
「…聖女さまは、今日も獅子のお兄さんと行っちゃうの…?」
「それは………」
聖職者としてグリファートはやらなければいけない事がある。それも、あのレオンハルトが怒るくらいには無茶で、危険な事を。
ロビンの言葉を無碍にするつもりはない。そもそも置いて行こうとなどとも考えていない。だが、ロビンを悲しませないためにそばに居続けてあげられるかというと、それは難しい事だった。
グリファートは瘴気をその身に取り込まねば浄化も治癒も施せない。魔力量も聖女やレオンハルトのように多いわけではないのだ。
置いて行かないでと縋るロビンの手を握ってあげる事は簡単だが、それは『今』だけの話になってしまう。
どう返事をするべきかとグリファートが躊躇い、言葉を詰まらせたその時だった。
「不安なら、今日は聖職者様と一緒にいるか?ロビン」
「…!」
いつから話を聞いていたのか、部屋の入り口に背を預けているレオンハルトがロビンに投げかける。
「今日は…一緒にいて、良いの…?」
「ああ」
「でも、いつもはお外に行っちゃうのに……」
「今日は休みだ。聖職者様も休息をとったほうがいいだろうからな」
レオンハルトの言葉にロビンは「今日はお休みの日…」と目を輝かせた。
返事を求めるように二人の視線がグリファートへ向く。そこで漸くハッとしたようにグリファートは頷いてみせた。
「そう、だね。今日はここにいるよ」
「!」
ロビンもグリファートの言葉を聞いて安堵したのか、先ほどまでの不安に満ちた表情がパッと明るくなる。
確かに魔力だけでなく身体の休息も必要だ。
魔力は生命力──すなわち生きようとする力に影響するが、そもそも身体を休めねば魔力とは関係のない過労で倒れてしまう。
今日は天気も良く散歩日和だとレオンハルトが告げれば、ロビンが嬉しそうにグリファートの手を引いた。
昨夜の熱のせいで若干腰が痺れたようにも思えたが、動けないというほどではない。
ロビンに手を引かれるまま部屋を出ようとすれば、レオンハルトとすれ違い様に視線が合う。
「聖職者様」
「…っ」
たった一瞬ではあったが、呼びかける声もグリファートに向ける視線もいつものレオンハルトのように思えた。
きっともう怒ってはいない、のだろう。
だが何故かグリファートの心臓は緊張したようにバクバクと音を立てている。
昨夜のレオンハルトからの意地の悪い魔力の渡され方が蘇ったからか、それともロビンが言っていたように身体のどこかが悪いのか。
「い、行ってくる…!」
慌てて逃げるように走って行くグリファートの肌が首まで真っ赤に染まっていくのを、レオンハルトの瞳だけが捕らえていた。
グリファートは自分に充てがわれた学舎の部屋で、ひとり屍のようにベッドに突っ伏していた。
固く瞑った瞼の裏に蘇るのは、どうしようもなく恥ずかしい記憶だ。
『ぁ、や、やだ…』
『まだ足りないだろ?遠慮するな』
『ひ、』
そう言って口付けを落とすレオンハルトに、グリファートの身体は芯から溶かされていった。もはや拷問ではというほど優しくも無遠慮に、暴かれ、乱される。
もうやめてくれと涙目で懇願しても許して貰えず、そうして一晩かけてゆっくりと魔力を分け与えられたのだ。
レオンハルトは怒ると根に持つ性格なのかもしれない。かなり執拗かった、とグリファートは思い出してまた唸る。
だがグリファートを精神的に撃沈させている原因はそれだけではない。
昨夜の魔力飢え自体は前よりも酷くなかった筈なのに、何故かなかなか治らなかったのである。
なまじ働く理性と、ただ求めようとする本能と。そんな板挟みにあったグリファートは、助けを求めるように結局自らレオンハルトを中に欲してしまった。
理性が飛んでいたならまだ良い、あの時は正気ではなかったのだと言い訳もできる。
だがグリファートは明確に、自分の意思で、レオンハルトに乞うた。
それがどれほど恥ずかしく、はしたない行為だったかと、思い返しては自己嫌悪でベッドに伏している────というわけである。
「聖女、さま…?」
部屋の入り口の方からおずおずと遠慮がちなロビンの声が聞こえる。グリファートが朝食以降いつまでもベッドに撃沈していたからか、心配して様子を見に来たようだ。
「あ、ああロビン」
「聖女さま……痛くて起き上がれない、の?」
「え?」
起き上がれない、という言葉にグリファートはどきりとしてしまう。
当のロビンは気付いていないようで、大きな瞳を不安そうにゆらゆらと揺らして顔を俯けた。
「聖女さま、前に起き上がれなかったから……お体が痛いのかなって……」
どうやらロビンは俺が倒れるたびに痛みで寝込んでいると思っていたようである。
(あ、ああ。昨夜の話なわけがないわな、そりゃ……)
幼いロビンにレオンハルトとの情事を知られていたなら憤死ものであるが、どうやらそうではなかったらしい。
グリファートは咳払いをすると誤魔化すようにロビンの小さな頭を撫でた。
「………」
「? ロビン?」
いつもであれば頭を撫でるとホッとしたように顔を上げるロビンだが、何故か俯いたままだ。
はて、と首を傾げればロビンが小さく口を開く。
「聖女さまが痛いの、やだ……」
「え?」
確かに起きてすぐは違う意味で身体が重く涙目になってしまったが、魔力的にも健康的にも問題はない。
そもそもロビンは夜の話をしているわけではないので、そういう意味では心配されるような顔色はしていないと思うのだが。
いくらグリファートが「大丈夫だよ」と言ってもロビンには不安が残るのか、ふるふると頭を振った。
「行かないで…聖女さま……」
「……ロビン?」
「そばにいて……」
ぎゅう、と小さな手が服の裾を掴む。
ロビンに教会での出来事は話していない。グリファートが鉱山を浄化しようとしている事も。
子供の勘なのか胸騒ぎなのか、ロビンはグリファートが離れるのを嫌がるように服の裾をさらに強く握りしめた。
「…聖女さまは、今日も獅子のお兄さんと行っちゃうの…?」
「それは………」
聖職者としてグリファートはやらなければいけない事がある。それも、あのレオンハルトが怒るくらいには無茶で、危険な事を。
ロビンの言葉を無碍にするつもりはない。そもそも置いて行こうとなどとも考えていない。だが、ロビンを悲しませないためにそばに居続けてあげられるかというと、それは難しい事だった。
グリファートは瘴気をその身に取り込まねば浄化も治癒も施せない。魔力量も聖女やレオンハルトのように多いわけではないのだ。
置いて行かないでと縋るロビンの手を握ってあげる事は簡単だが、それは『今』だけの話になってしまう。
どう返事をするべきかとグリファートが躊躇い、言葉を詰まらせたその時だった。
「不安なら、今日は聖職者様と一緒にいるか?ロビン」
「…!」
いつから話を聞いていたのか、部屋の入り口に背を預けているレオンハルトがロビンに投げかける。
「今日は…一緒にいて、良いの…?」
「ああ」
「でも、いつもはお外に行っちゃうのに……」
「今日は休みだ。聖職者様も休息をとったほうがいいだろうからな」
レオンハルトの言葉にロビンは「今日はお休みの日…」と目を輝かせた。
返事を求めるように二人の視線がグリファートへ向く。そこで漸くハッとしたようにグリファートは頷いてみせた。
「そう、だね。今日はここにいるよ」
「!」
ロビンもグリファートの言葉を聞いて安堵したのか、先ほどまでの不安に満ちた表情がパッと明るくなる。
確かに魔力だけでなく身体の休息も必要だ。
魔力は生命力──すなわち生きようとする力に影響するが、そもそも身体を休めねば魔力とは関係のない過労で倒れてしまう。
今日は天気も良く散歩日和だとレオンハルトが告げれば、ロビンが嬉しそうにグリファートの手を引いた。
昨夜の熱のせいで若干腰が痺れたようにも思えたが、動けないというほどではない。
ロビンに手を引かれるまま部屋を出ようとすれば、レオンハルトとすれ違い様に視線が合う。
「聖職者様」
「…っ」
たった一瞬ではあったが、呼びかける声もグリファートに向ける視線もいつものレオンハルトのように思えた。
きっともう怒ってはいない、のだろう。
だが何故かグリファートの心臓は緊張したようにバクバクと音を立てている。
昨夜のレオンハルトからの意地の悪い魔力の渡され方が蘇ったからか、それともロビンが言っていたように身体のどこかが悪いのか。
「い、行ってくる…!」
慌てて逃げるように走って行くグリファートの肌が首まで真っ赤に染まっていくのを、レオンハルトの瞳だけが捕らえていた。
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