無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【27】不機嫌

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いつの間にか雨は止み、グリファートたちは問題なく宿舎まで戻ってくる事ができた。
復興は随分と進み、建物や家具の修繕箇所も残り僅かとなっている。
「凄いです…こんなに綺麗だったなんて」
「……植物も生えてません?」
浄化した、と話に聞いてもここまでの光景を想像は出来なかったのだろう。いざ自分たちの目で見た事で漸く現実のものとして実感できたのか、トアとキースは驚きに目を見開いていた。

「おっ。お帰りグリフの兄さん…ってすげえ!馬じゃねぇか!」

オルフィス復興の一番の功労者であるモランが三頭の馬を見て声を上げた。どうやらタイミングよく作業を終わらせて学舎に戻る途中だったらしい、こちらに小走りで駆けてくる。
「キースとトアもいるじゃねぇかよ、何か久しぶりに見たなあお前ら」
「どーも」
モランはどこかホッとしたように息を吐くと、キースとトアの頭わしゃわしゃと撫でた。素っ気なく返事をしたキースには少々乱暴に。
「ちょっ…やめてくださいよ、ガキじゃねーんですから!」
「はははっ元気そうで何より!グリフの兄さんのおかげだなあ」
「え?」
急に話を振られグリファートは目を瞬かせてしまう。
何と返すべきか、と思わず逡巡したグリファートに対し、そんな反応も慣れたものだとばかりにモランは笑うだけだった。
「お馬さんのお家、ありますか?」
「ん、ああそうだな。馬小屋も作らねぇとな。キース、手伝ってくれるか?」
「…不器用な俺で良ければいくらでも」
「よし、んじゃ早速行くか」
「ボクも行きます!」
「え、ちょっと待ちなよ。休まなくて」
いいのか、とグリファートが言い終わらぬうちに馬を引き連れて三人は去って行ってしまった。レオンハルトと二人取り残され、妙な空気が流れてしまう。

「若いから体力があるんだろ」
「…それ、遠回しに俺が若くないって言ってる?」
「疲れたんじゃないのか?」
「………」
目を逸らせばレオンハルトに軽く背を押された。抵抗する事もできず学舎に足を踏み入れる。
我が家、というと少し違うのだが、それでもオルフィスに来てからずっと寝泊まりしていた場所に戻ってきたと思うとそれだけでホッとした。
先ほどのレオンハルトの問いには返答しなかったが、正直疲れたのだ。魔力を大量に消費したわけでもないので所謂精神的に、というやつかもしれない。
グリファートが暫く呆けていれば隣にレオンハルトが立つ気配がした。
じっと見つめているだけで特にレオンハルトの方から口を開く素振りはない。言いたい事は山ほどありそうな癖に、だ。

「……君、ずっと不機嫌だね」
「そうだな」

観念してグリファートから話しかければ間髪入れずに肯定される。素っ気ないが、圧があって困る。
レオンハルトが怒っている理由───リゼッタとの約束はグリファート自身無茶であると分かっているがやらねばならない事だ。
そのためにはレオンハルトの協力が必要になる。

聖職者であるグリファートと守護者のレオンハルトは瘴気の影響をある程度弾く事ができるだろう。だがそれは『ある程度』の話だ。
鉱山内に充満しているような高濃度の瘴気となると話は別で、鉱山の入り口に近付いただけで意識を失う可能性すらある。
瘴気の影響を受けずに鉱山に近付く方法があるとすればそれはただ一つ、レオンハルトの魔力壁を身体に張るのだ。
聖壁ほど強力なものではないが、一時的に瘴気を弾くという意味では充分である。
魔力壁が張られている間であれば鉱山の浄化が行える筈だ。いやむしろ、それしかない。
これがグリファートの考えだった。
勿論一度にあの高濃度の瘴気をすべて抑える事は難しいだろう。だが毎日少しずつでも浄化を施せばどんなに酷く穢れた大地もいつか必ず蘇る。そうすれば────…


「アンタの体がいくつあっても足りない」

まるでグリファートの心を読んだかのような言葉に、ぎくりと身体が固まった。
「浄化できるまで鉱山の瘴気を何度も身体に吸収するんだろ。そんな事をしたら倒れるどころじゃない」
「い、いくら何でもそこまで無茶はしないって。俺だって命は惜しい」
「でも気を失って倒れるくらいの無茶はするだろ、アンタは」
覚えがないとは言わせない、と言いたげな眼差しに何も言い返す事ができなかった。何なら何回も覚えがあるのだから。
表情を一切和らげず眉を顰めたままのレオンハルトに、グリファートは思わず誤魔化すような、宥めるような笑みを浮かべた。
これが正しいかはさておき、無理矢理でにでも空気を紛らわせねば、と。

「で、でも君。俺が倒れたら魔力を渡してくれるんでしょ?」
「………」

────言葉の選択を完全に間違えた。
目の前のレオンハルトの雰囲気に気圧されて適当で無責任な、それも彼の負担を考えない酷い事を言ってしまった。
深くなった眉間の皺に後悔したところで、何もかも遅い。

レオンハルトを怒らせてしまった。




「俺の魔力を与える事は構わない。だが、アンタが倒れる姿は見たくない」
「………え?」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
表情の険しさと裏腹に、吐き出された言葉はグリファートを責めるものでも突き放すものでもなく、ただ心配するものだった。

「アンタが倒れると肝が冷える」

言われ、言葉の意味を暫し考えてしまう。
レオンハルトとてそうそう魔力を分け与えてばかりと言うわけにもいない、という事だろうか。確かにレオンハルトは聖壁を作り出し常に魔力を放出し続けている。今は睡眠と食事で魔力を補えていても、とてつもない消費量である筈だ。
レオンハルトの魔力に余裕がなくなり、肝心な時にグリファートが倒れてしまえば、彼はまた孤独に一人この場所を支えなければいけない事になる。
代わりの聖職者が次にいつ来てくれるかわからないのだから、レオンハルトが肝を冷やすのも当然か。

「………代わりの話なんかしてないんだがな」

心中で呟いていたつもりが口に出てしまっていたらしい。
また不機嫌に眉を顰めるレオンハルトに慌てて向き直れば腕を引かれた。
「んっ……」
噛み付くように触れ合った唇同士が燃えるように熱い。
薄く開いた唇の間から舌が割って入ってきてぬるりと絡む。途端唾液が溢れ出し、その甘美な味わいにくらりと酩酊したように脳が揺れた。
欲しい、啜って、味わって、飲み込んで。この、感覚は。

(まさ、か。魔力、飢え…っ、?)

そう思ったと同時。かくん、と膝が折れその場にずるずるとへたり込みそうになる。
いつの間にか腰に回されたレオンハルトの腕のおかげで情け無く尻餅をつくことにはならなかったが、上から覆い被さるように口付けてくる彼の首に腕を絡めていなければすぐにでも崩れ落ちてしまいそうだった。
ここが学舎の入り口だという事も忘れてグリファートは必死にレオンハルトに縋り付く。
(た、確かに…トアに浄化はしたけど…っ、魔力だってまだ充分あるのに…なん、でッ?)
早すぎる、おかしい、どうして、と考えているグリファートを揶揄うようにレオンハルトが腰を撫でる。びくりと身体が跳ねると同時に「ぁ、っ」と男に媚びるような声が漏れ、グリファートは羞恥と混乱で頭が沸騰しそうになった。
「どうした聖職者様」
「ぁ、くそ…ッ、君の、せいで…!」
恨みがましくレオンハルトを睨み上げれば、目の前にあった不機嫌そうな表情はいつの間にか消えていた。
今度は違う意味でグリファートの心が騒つく。何故レオンハルトの表情にいちいち振り回されなければいけないのか。
この間の魔力飢えの時ほどどうしようもなくレオンハルトを求めているわけではないのに、グリファートの身体の奥は確かに目の前の男を欲している。
レオンハルトに見つめられただけでごくりと喉が鳴ってしまう。

いつものように揶揄う言葉を向けてくれたらまだいいものを、と思っていればレオンハルトが口を開いた。
「俺のせいか。ならちょうどいいな、魔力を分けるついでに教えてやる」
「な、に…」
ついで、とは。魔力を渡す事が目的そのものだろうに。
無意識に蕩けきった瞳でレオンハルトを見つめれば、硬く厚い親指の平で紅を引くように唇をひと撫でされた。


「アンタの代わりなんていない、そう言ってる」
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