無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【30】ずっと

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「ちょ、ちょっと休憩……っ!」
「えー!」
「もっと遊ぼうよ聖女様ー!」

グリファートは肩で息をしながらぐったりと座り込んで項垂れていた。
広場で遊んでいた子供たちは「聖女様ー!」と言ってグリファートの元へやって来ると、ロビンの時と同じくあっという間に周りを取り囲んだのだ。
聖女じゃない、と口を挟むも子供たちはキャッキャと声を上げていていまいち話を聞いていない。ロビンを伝って子供たちの間で「聖女さま」が浸透してしまったようだが、もうこの際かとグリファートは苦笑いをするだけに留めた。
そうして一時間ほど休憩なしで隠れんぼやら鬼ごっこやらに付き合っていた、というわけである。

(子供の体力を侮ってた……)

ロビンだけでなく、子供たちはまだまだ遊び足りないといった表情をしている。
陽の下で駆け回る子供たちの溌剌とした表情を見て、グリファートの心は確かに癒やされていた。果たして身体の休息になっているかは大層疑問であるが。
微笑ましく見守る母親たちの視線の中で、一人息を切らしている大人というのは中々恥ずかしいものがあるな、とグリファートはさりげなく顔を隠した。



「うーん…」

ふと、広場の木陰に座り込み、何やら唸っている少女がいる事に気付いた。
グリファートはそっと近付くと少女の視線に合わせ身体を屈める。
「どうした?」
「お花のかんむり…うまく作れない……」
少女の周りには伸び伸びと育った白詰草があちこちに咲いていた。
うんうんと困ったように唸っている少女の手の中に、体温で萎れかけている歪な形の花冠が見える。
しかし冠は輪っかのような形状を保とうとしている一方で、あちこちから解けていってしまっているようだ。

「ああ…花冠を作るときはこうやって付け根を指で押さえて。ぐるっと巻きつけるように……」

グリファートは足元に生えている、茎が長めの白詰草を摘み取ると手本のように見せてやった。
軸となる一本に新たな白詰草を重ね、くるりと巻きつけ二本をまとめる。その付け根を親指と人差し指で押さえながら、上から新たに一本重ねてぐるぐると念入りに巻いていった。巻きつけた部分が解けないように、今度は逆方向にも巻いていく。
そうしてもう一本、もう一本…と、これを繰り返していけば崩れず丈夫な冠を作る事ができる。
「はい完成」
「凄い!」
グリファートの作った花冠を見て、少女は魔法でも見ているかのように興奮して頬を染めた。
「まあ!お上手ですね聖職者様」
少女の母親らしき女性が近くに寄ってきたかと思うと、グリファートの手元を覗き込んで驚いたように声を上げる。
「ママ!聖女様のお花のかんむり、とってもきれい!」
「そうね、凄く素敵だわ」
「え、そんなに?」
孤児院の子供にはよく作っていたが、そんなに自分が器用だとはグリファートは思っていなかった。随分前の事でも案外作り方は覚えているものなのだな、と思っていた程度である。
完成した花冠がちゃんと頭の大きさに合っているか、確認を込めて何気なく自分の上に乗せてみれば何故か周りから歓声が上がった。

「聖女さま、天使さまみたい…!」
「……え?」

ロビンがこちらに駆け寄ってきてぱあッと表情を輝かせる。
それに釣られるように、周りの子供たちも一斉にグリファートの傍に集まり出した。
「聖女様って天使様だったんだー!」
「すごーい!」
「いやいやいや…」
そんな馬鹿な、とグリファートが否定すれば今度はうっとりと息を吐くような気配がする。
「本当にお美しいわ…」
「オルフィスをお救いになるために舞い降りてくださったかのようだ…」
「ええ……」
子供たちの方がよっぽど愛らしく、天使と称するに相応しいだろうに。周りの大人まで子供たちに賛同するようにうんうんと頷いている。
恥ずかしくなったグリファートは頬を赤くしてそそくさと花冠を退けた。

(今の、レオンハルトに見られなくてよかったな…)

彼が見ていたならば周りの者たちと一緒になって、或いはひとりグリファートにだけ聞こえるように、恥ずかし気もなく綺麗だと言ってきそうだ。
想像でしかないが、何となくそんな気がしてしまった。



それからしばらくグリファートとロビンは広場で様々な交流をした。
パンを焼いたらしい老夫婦が広場へとやってきたので、礼を言って昼食代わりに食べる。
復興と共に魔動調理機の多くが元通りになっているらしく、食事の面でもかなり豊かさを取り戻してきているようだ。
「またこうして生活できるようになるとは思いませんでした」
「聖職者様のおかげですわ」
暖かい。
誰かの言葉をこんなにも穏やかな気持ちで受け取る事が今はできる。
グリファートはオルフィスに来てからも、しばらく人との関わりに諦めを覚えていた。どうせ頼りにされる事はないから、と。
それは無意識の、防衛反応にも近い感情だったのかもしれない。悪意に慣れていても、それをぶつけられたいわけではないのだ。
それがロビンやレオンハルトに出会ってから少しずつ変わっていった。

「聖女様、見て見てー!」
「あのねあのね、みんなで聖女様にお守り作ったの!」

鬼ごっこや隠れんぼをして遊んでいた子供たちの数人が、グリファートの元へとやって来る。
お守りと言って差し出されたそれは、綺麗な色の石に穴を空けて紐を通した、手作りの腕飾りだった。
流石は鉱山都市の住民、一つ一つ石に名前がある事を子供でもある程度知っているのだと言う。どこか自慢げにグリファートに教える子供たちの姿は微笑ましいものがあった。
「これを俺に?」
「そう!みんなでね、石に一人ずつお願い事を考えたんだよ!」
「思いを込めて作ると願いが叶うの!」
グリファートが首を傾げながら「願い?」と問い返せば、子供たちは嬉しそうに笑った。

「聖女様がずーっと幸せでいますように、って!」
「俺はね、元気でいてくれますようにってお願いした!」
「えっと…私は聖女様に素敵な王子様が現れますようにってお願いしたわ…!」

子供たちの言葉にグリファートは目を見開いた。
思わず「どうして、」と口から出そうになる。
何故オルフィスの繁栄やこれからの自分たちの未来ではなく、グリファートの幸せを願ったのだろう。
驚いて固まっていれば周りで見守っていた人々が「聖職者様」とそっと声をかけてきた。
「どうかオルフィスの聖職者様になってはくれませんか?」
「え…?」
「何故急に、と思われますよね……」
「我々もこのようなお願いは、勝手だと分かっています。ですが…」
ここにいる子供のうちの母親なのだろう、彼女は一度言葉を切ると愛おしいものを見る目で子供たちに視線を向けた。

「この子達のこんな笑顔を見ていると、どうしても…と思ってしまうんです」

オルフィスの人々はグリファートに対し感謝の念を抱いていた。
子供たちのこの笑顔を取り戻せたのは間違いなくグリファートのお陰だと、穏やかな瞳がそう告げている。
「それ、は…」
「ぼ、ぼくも…ッ」
戸惑うグリファートの言葉に重ねるように、子供たちの中からひとつ声が上がった。

「聖女さまに、ずっと、ずっと…そばにいて欲しい………」
「ロビン…」

どこか必死な、懇願にも似たロビンの言葉。
グリファートは受け取った腕飾りを静かに見つめた。
色とりどりの石がきらりと手の中で光る。グリファートの瞳の色と同じオリーブ色もそこにはあった。
「勿論無理にとは思っておりません」
「どんなお返事であろうとも、聖職者様が救って下さった事を後悔させないような、素晴らしいオルフィスに復興してみせますわ」
そう敢えて戯けて言って見せる彼らの優しさが伝わる。
嬉しい、泣きそうなほどに。
村で信頼を失い、誰一人救うこともできず、求められもしなかったグリファートにとってその言葉がどれだけ救いになるか。
それなのにグリファートはすぐ返事ができなかった。
こんなにも幸せで、ずっと欲しかった言葉であるはずなのに、頷いてやることができない。
オルフィスを守らせてくれと、ルドガに対し啖呵を切ろうとしたくせに。
ふと、過ってしまったのだ。

このオルフィスを守ったそののことを。


このオルフィスが救われる時、グリファートの存在価値はきっとなくなっている。
グリファートの治癒は浄化の恵みによるもので、その浄化には瘴気を吸収する必要があるのだ。
瘴気がなくなって豊かになったオルフィスで治癒を求められても、グリファートには『何もできない』。村にいた頃のように、怪我ひとつ治すのに時間を要する事になってしまうのだ。
それはきっとリゼッタが言っていた通りの、無意味で、必要のない、『無能な聖職者』なのだろう。


────必要とされないって、『無意味』って事なのよ



「………そうだね。そばにいて欲しいって思って貰えたら、嬉しいよ」

グリファートが呟いたと同時に、ザア───…と強い風がオルフィスの街を通り過ぎていく。
穏やかに流れていた雲の形が無情に変わってしまうのを、グリファートはどこか寂しく感じながらそっと静かに俯いた。
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