無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【31】違和感*

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一日休息をとったグリファートは翌朝の今日、レオンハルトと共に鉱山へ向かう事になった。
鉱山は聖壁のさらに向こう側、オルフィスの最奥にある。空を見てもわかる通り、聖壁より先は高濃度の瘴霧に包まれ禍々しい雰囲気を放っていた。
レオンハルトに魔力壁を張って貰った上で、慎重に鉱山入り口まで歩いていく必要がある。
昨日は丸一日ロビンと過ごした事もあってか、学舎入り口まで見送りに来たロビンの表情からは大分不安が取り除かれていた。
「行ってくるね」
そう言ってグリファートが頭を撫でれば、ロビンも小さく微笑み返してくれる。
やはり休息というのは大事だ。自分だけではない、自分の傍にいる誰かのためにも。
もしもグリファートの目の前で親しい者が疲れていれば当然心配をするし、苦しんでいれば寄り添ってやりたいと思う。ロビンも同じように、グリファートを通して不安や苦しみを感じていたのだろう。

(たまには休息をとった方がいいって、その通りだったな)

守護者故に人をよく見ているのか、それともレオンハルト自身がそういった事に聡いのか。いずれにせよ彼の一言がなければ、グリファートは周囲の思いに気付く事もできなかった。
そう思いながら何気なくレオンハルトの方へ視線を向けると、何故かぱちりと目が合ってしまった。
まさかこちらを見ているとは思わず、ギョッとした顔で「な、なに」と言えばふっと満足そうな笑みを向けられる。

「やっと少し自覚し始めたか、と思っただけだ」

そう言ってレオンハルトは親指の腹でグリファートの頰をすっと撫ぜた。
そのままロビンに向き直り、頭を撫でて「行ってくる」と告げると、固まってしまったグリファートを置いてさっさと先を歩いて行く。
「…………」
「聖女さま…?」
獅子のお兄さんと一緒に行かなくていいの、と言われハッとする。
理解が追いつかず暫く呆然としていたせいでレオンハルトに置いて行かれてしまった。
慌てて駆け寄ればすぐに追い付く距離ではあったが、グリファートの心臓は動揺からか暫くの間、激しく跳ねたままだった。






魔力壁を張って貰い、レオンハルトと共に鉱山までの道を歩いていく。
オルウィスの街のさらに奥まった向こう、建物や木々が減り岩場のような光景になり始めた辺りから瘴気は一層強くなり、魔力壁を張っているというのにどこか重苦しさを感じてしまうほどだった。
鉱山の入り口付近にまでやってくると殆ど沼のように地面が腐っている。一度この辺りで浄化を試みなければ鉱山内に入る事も難しいだろう。
レオンハルトに視線を向ければ相手も同じ事を思っていたのか、グリファートに小さく頷き返した。
「聖職者様、無理はするなよ」
「わかった」
これだけの瘴気だ。大地を浄化するだけの魔力を放出するためには、それ相応の量となる瘴気を吸収しなければならない。
言葉で言うのは簡単だが、実際のところここまで瘴気に蝕まれた大地を元に戻すとなると桁外れの魔力量と時間を要する。恐らくだが、身体にかかる負担もこれまでよりも大きいと考えておいた方がいいだろう。
鉱山の浄化は焦ったら命取りだ。決して無理はしない。
そう心に刻み付けたグリファートは、ふう、とひとつ静かに息を吐くと覚悟を決めた。

目を瞑り掌を合わせ指を折る。
祈り始めると共にグリファートの身体に周囲の瘴気が反応する、恐ろしいほどに慣れた感覚だった。
ズブズブと染み込んでくるような瘴気の禍々しさに胃がズンッと重くなる。胃液が込み上げてくるような気持ち悪さに一瞬で脂汗が浮かんだ。
どろりとした粘着質のあるへどろが身体の内側のありとあらゆるものを腐らせていく、そんな感覚がグリファートを襲う。
(───…ッ!ぐ、っ)
痛みと気持ち悪さと灼けるような熱と、それらが同時に嵐のように渦巻いていて頭がおかしくなりそうだった。
グリファートはここにきて瘴気というものの凶悪さを改めて思い知った。
死を実感するような苦しさに、意識が一瞬遠のきそうになる。


「聖職者様」


すぐそばで声がした。
グリファートを案ずるその声がしっかりと耳に届いたと同時、だらりと垂れそうだった腕に再び力が戻る。
腐りかけていた芯を力強く支えてくれるような安心感と心地よさ。隣に立つ男のそんな気配に、グリファートの険しい表情が僅かに和らいだ。
「……ッ、だい、じょう…ぶ」
グリファートは何とかそれだけ呟くと、魔力を一気に放出した。

パチンッ、と。いつもと違う、光が激しく弾け飛ぶような音と共に身体が軽くなっていく。
体内から根こそぎ魔力が出ていく感覚に、くらりと眩暈がした。

「聖職者様…ッ!!」

目が開けられず、真っ暗な視界の中でレオンハルトの叫ぶ声が響く。そこで漸く自分が倒れそうになっていたのだと実感して、重い瞼をそろりと持ち上げた。
「聖職者様、大丈夫か!しっかりしろッ!!」
焦っているのだろうレオンハルトの表情はぼやけていてよくわからない。
グリファートの意識は僅かに繋ぎ止められているだけで、今にもどこかへ飛んでいきそうな状態だった。

指先はぴくりとも動かない。ロビンの時よりも魔力を放出しているように思うのは気のせいだろうか。
そんなふうに思いながらよろよろと視線を鉱山へと向ければ、瘴霧によって燻んでいた景色も濁っていた空気も清らかな光に満ちている。
(浄化、でき…てる……?)
流石に鉱山内部にまでは届いていないが、入り口周辺の大地は確かに生気を取り戻していた。
たった一度であの恐ろしい濃度の瘴気を浄化できるのか。当然ながら疑問も抱くが、とは言え事実浄化は出来ている。
今は何も考えず、浄化できた事に安堵するべきなのだろう。
どっと緊張感が抜けると共に、グリファートの意識も徐々に霞んでいった。






◇◇◇◇

「…、ま………聖…者…、……聖職者様!」

手を握り掬い上げてくれるような心地に自然と瞼が上がる。
揺らぐ視界の中、あまり見た事のないような表情を浮かべるレオンハルトがこちらを窺うように顔を覗き込ませていた。
どうやら学舎に戻ってきたらしい。
恐らくレオンハルトが背負って運んでくれたのだろう、使わせて貰っている一室のベッドにグリファートは寝かされていた。
「…っ聖職者様、大丈夫か」
「………っ、ぁ…ッ」
レオンハルトの硬くも肉厚な掌がグリファートの頬を覆うように添えられる。その刺激にグリファートは小さな声を漏らしひくりと身悶えた。
喉が乾くような感覚と身体の疼きに知らず瞳が揺れる。

「レオ、ン…ッ」

男の名を呼ぶその響きは酷く淫猥だった。
自分のものとは思えない情けなさに、グリファートは震える指で思わず口元を覆う。それでも視線はしっかりとレオンハルトの唇を辿ってしまっていた。
こんな反応を見せて今さら誤魔化す事もない。これは───…
「魔力飢えだな」
「ごめ、…っぁ、また」
迷惑かけて、という言葉は紡げなかった。
制するようにレオンハルトがベッドの上に膝をつき、グリファートの上に覆い被さって身を寄せる。
口元を覆っていた指をやんわりと退けられると、そのまま齧り付くような口付けをされた。
すぐに湿った舌が這い出てきて、歯の隙間からぬるりとグリファートの口内へ侵入してくる。欲をわざと昂らせるような、上顎を擽ってくる動きが堪らない。
やがてじわりと溢れてきた唾液をそのまま飲み込むように促され、抵抗する事もなくごくりと飲み込んだ。
魔力がじわりと身体の奥底に溜まる感覚がして、そこで漸くグリファートはホッと息を吐く。

「レオン、ハルト…っ」

まだ足りないと目の前にある首に腕を絡めて貪るように唇を寄せる。
砂漠の中のオアシスでも見つけたかのような心地で夢中になってレオンハルトを求めれば、下腹部がじわりと熱を持った気がした。
ぼんやりとする頭でその熱の正体を探れば、首を擡げて主張している自身の存在にすぐに行き着く。
「ぁ、」
思わず喉が震えた。
口付けをしただけで反応してしまうとは、なんて浅ましい身体だろう。
呆れられてしまうか、それとも引かれてしまうか。
拒絶を恐れて震えてしまったグリファートだったが、レオンハルトが離れる素振りはなく、二度、三度と唇を寄せてきた。
大丈夫だ、謝らなくていい────言葉にせずともまるでそう宥めるような視線でレオンハルトが見つめてくる。
深くなっていく口付けにグリファートもまたとろりと瞳を蕩かせた。
至近距離でレオンハルトと視線が絡む。
唇を触れさせたまま、レオンハルトはグリファートの首元に掌を滑らせた。

「…っ?、ぁ…ッな、に…?」
「……いや。大丈夫か聖職者様」

何が、と思いつつも「大丈夫」と答えれば、レオンハルトはどこか考え込むような顔で「そうか…」とだけ言う。
レオンハルトはグリファートのカソックのボタンをゆっくりと外し、その中へ手を忍ばせると、首元から胸、脇腹と、ひとつひとつ丹念に愛撫した。
最後に再び頬へと戻ってきた大きな掌が、何かを確かめるように何度も優しくグリファートの肌に触れる。
「れ、ぉ…ん…?」
「グリファート」
「ッ、あっ───…!」
不意に名前を呼ばれ、油断していたグリファートの身体はビクンッと大袈裟に跳ねてしまった。
腹が熱い。悶えるように身を捩るグリファートにレオンハルトはもう一度口付けた。
「……っ、ぁ…レ、オン…ぁ、は……」
「足りなければ遠慮するな」
「…っぇ、?んんっ、ぅ、ん…ッ、ぁ」
グリファートが何かを言う前に魔力を含んだ唾液を流し込まれてしまい、思考は呆気なく溶けていく。
熱を持ち始めていたグリファートのものにレオンハルトが触れる頃には、口からただ意味もない言葉を淫らに上げる事しかできなかった。

「…ッ、ん っ、あ、あッああッ」

あまりの気持ち良さに嬌声が止まらない。快感に溢れた涙がぽろりと目尻を伝って枕に染み込む。縋るようにぎゅうとレオンハルトに密着してしがみつけば、首元を強く吸われたような感覚がした。
「んっぁ、あ…ッあぅッ、れ、れお…ッんああっ」
「グリファート」
「ひッ、あ、あッ、ぁ、あ、ああ───ッ」


「いくらでも持っていけ」


何故だろうか、少しだけいつもとレオンハルトの様子が違うような気がしたが、その違和感の前にグリファートの意識は快楽の海へと沈んでいった。
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