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響く轟音に視界を遮る砂埃。強い力で腕を引かれ体勢を崩したグリファートは、そのまま地面に倒れ込んだ。
あまりの事に暫く身体を伏せたままでいたが、特段痛みや圧迫感のようなものが襲ってくる事はない。
恐る恐る目を開ければ、同じく倒れ伏しているレオンハルトの姿が近くにあった。
「レオン、ハルト…ッ!」
血の気が引く。
グリファートは震える腕に力を込めると、半ば這うようにしてぴくりとも動かないレオンハルトに近付いた。
崩れ落ちた上部の岩はレオンハルトの背後の地面にめり込んでいる。幸いにもレオンハルトの身体を押し潰す事はなかったようだが、グリファートを庇う形で地面に身体を打ち付けたのだろう、額には薄らと血が滲んでいた。
(気を、失ってるのか……)
地面にめり込んだ岩と崩れた天井を見上げ、グリファートは思わずぶるりと身震いした。
魔力壁に聖壁ほどの強度はない。魔力壁は元より瘴気を弾く程度の膜の役割のようなもので、直接的な衝撃を受けると壊れてしまう。
これがレオンハルトの上に覆い被さっていたかもしれない可能性がほんの数秒前にはあったのだと思うと、途端汗が噴き出した。
(…落ち着け、とりあえず移動しないと…)
治癒を施すのであれば、鉱山の深くへと行って瘴気を取り込むのが手っ取り早い。だが、危険極まりない鉱山奥まで今のレオンハルトを連れて行くのはあまりに無謀だ。
この場での治癒も出来なくはないが、グリファートの力では時間が掛かってしまうし、一度瘴気の大噴出が起きた鉱山内に長く留まるのは得策ではないだろう。
既に落盤だって起きている。これ以上状況が悪化する前に退避しなければ。
グリファートは身を起こすとレオンハルトの腕を首に掛け、精一杯の力で立ち上がった。
体格差があるために身体を支えて運ぶというよりは殆ど引き摺っているようなものだったが、なりふり構ってなどいられないとそのまま鉱山の出入り口を目指す。
早く、学舎に。落ち着け。大丈夫だ、焦るな。
そう必死に繰り返しながらグリファートは薄暗い視界の中を歩いた。そう言い聞かせなければ、膝が震えて歩けなくなってしまいそうだった。
(……大丈夫、だ)
ぐったりと気を失っているレオンハルトの心音が密着した身体に伝わっている。その事実だけがグリファートの足を前に進ませていた。
「は、はあ…っ、はあ……!」
漸く外の光が差し込むところまで戻って来たグリファートは、崩れるように膝をついた。自分よりも体格の良い、それも気を失っている男を背負うのは流石に体力が削られる。
「はあ、はッ…レオンハルト、…」
地面に寝かせ、再度様子を見るがレオンハルトが目を覚ます気配は未だない。
出来れば完全に安全と言える学舎まで戻ってから治癒を施したいが、果たしてこのままグリファート一人でレオンハルトを学舎まで運べるだろうか。
一旦自分だけ学舎に戻りモランに運ぶのを手伝って貰うか、それともここで治癒を施しレオンハルトが目覚めるのを待つか───…。
そこまで考えたグリファートの頭上にふと影が落ちる。
「…守護者と聖職者がざまぁねえな」
「え…」
不機嫌そうな声に思わず顔を上げれば、教会に篭っている筈の青年の姿がそこにはあった。
◆◆◆◆
『本人を見もしないで言うのもどうかと思いますけどね』
そうキースに言われた一言が、ずっと頭の隅に残っていた。
キースは知らない間にあの聖職者の何を見たというのだろう。あの聖職者の何に、期待を抱けたというのだろう。
目を瞑り、耳を塞ぎ続けていたルドガには、キースの言葉がどうしても理解出来なかった。いや、理解する必要もないと思っていたと言うべきか。
ルドガはオルフィスが放置された事を恨んでいたし、それと同時に酷く失望していたのだ。
捨て置かれて傷つく人を見るのはもうごめんだった。
だからそれは、ほんの少しの気の迷いだったのだろう。
奥の部屋にリゼッタたちを残し、一人教会の扉に手をかける。
ギイ───…と、重い音を立てる扉を開きながら、ごくりと唾を飲み込んだルドガは一歩外に踏み出した。
自らの意思で初めて教会の外に出たのだ。
ルドガはそのまま教会の裏手へと回り丘の上を目指して歩く。
特に目的があったわけではない。ただ、墓場のある丘の上からオルフィスの街が一望できるので何となく足が向いただけだった。
丘を登り切り、瘴気に澱む薄暗いオルフィスの街を見下ろす。
学舎の方角は澄み切った空が広がっているが、鉱山に向かうにつれて雨雲のような暗くどんよりとした色が続いていた。
ふと、リゼッタと聖職者の間で交わされたあの約束を思い出す。
『どうぞ鉱山の瘴気を浄化してオルフィスに平穏を齎して下さいな』
『わかった』
鉱山の浄化───そんな出来もしない約束をあの男は簡単に受け入れた。
思わず鼻で笑ってしまう。あの凶悪な鉱山の瘴気を浄化するなどできるわけがないのに、あれでルドガやリゼッタを欺けたつもりだろうか。
(どうせ何もできずに逃げ帰ってくる)
丘と鉱山の距離がもう少し近ければ高みの見物でもできたんだがな、とルドガは嘲笑って踵を返そうとした。
その背後で、突然眩い光が放たれる。
「はっ!?」
鉱山の方角を振り返れば光が弾けるように辺りを輝かせていた。
丘の上からでも確認できていたあの黒い靄が今はすっかり消えていて、鉱山付近の瘴気が晴れた事を証明している。
ルドガは暫く呆然としてから、ハッと我に返って丘を降りた。
教会を通り過ぎ鉱山から学舎へと伸びる道を確認すれば、ぐったりとする聖職者を背負ったレオンハルトの姿が視界に入る。
あんなレオンハルトの表情は見た事がない、というほどに焦りを滲ませた悲壮な顔付きで学舎の方へと戻って行った。その様子をルドガが見ていた事にもレオンハルトは気付かない。
それ程に必死だったようだ。
「まさか……死んだ、わけじゃねぇよな…?」
レオンハルトに担がれていた聖職者はだらりと下ろした腕をピクリとも動かしていなかった。
鉱山付近で何があったのかはわからないが、ルドガの想像した通り瘴気の脅威に『逃げ帰ってきた』のだろう。
それなのにルドガは嘲笑ってやる事が、何故かできなかった。
その日からルドガは教会の外に出るようになった。
教会裏の丘に登り、日が暮れるまで街を見下ろし、鉱山へと向かう聖職者の姿が見えない事を確認してから、丘を降りる。
ルドガ自身、何をやっているんだと呆れながらも気になって仕方がなかった。
聖職者はどうなったのだろう。
まさか、死んでしまったのだろうか。
もしもあの聖職者が死んでしまったらレオンハルトやトアはまた絶望に心を失くしてしまう。あの人間嫌いのキースでさえ聖職者には懐いていたようだった。キースもきっと悲しむだろう。
他にも大勢が、聖壁内にいた人間が聖職者を信頼し避難した。
彼らが皆、聖職者の死に再び苦しめられるのだ。
それは嫌だ。
ルドガとて、あの聖職者に死んでほしいわけではない。
そんな事を悶々と考えながら、今日も丘へと足を運ぶ。そうして鉱山へと続く道に視線を向け、ルドガは目を見開いた。
「…っ、聖職者」
鉱山へと向かう聖職者と、その横を歩くレオンハルトの小さな後ろ姿が視界に入った。嘘だろ、と思わず口から溢れる。
約束した事とは言え一度死にかけた場所へ何故また足を向けるのか。
鉱山の浄化など諦めて、このままオルフィスを去ってしまえばいいと言うのに。
「あいつら、馬鹿じゃねぇの……」
ぽつりと呟く。
ルドガは二人の姿が遠く見えなくなるまでその場で立ち尽くした後、ゆっくりと丘を降りた。
教会に戻ってきたルドガの足は真っ直ぐにリゼッタの元へと向かう。
奥の部屋へと続く扉をノックもなしに開き、ずんずんと歩き進んだ先───悠然とソファに腰掛けているリゼッタの前に立てば、ルドガが名前を呼ぶよりも前に、相変わらず面倒臭そうな、煩わしそうな表情でリゼッタが口を開いた。
「何かしら?」
「魔力壁を俺に張ってくれ」
ルドガの言葉にリゼッタの眉根が寄る。不快だと、隠しもしない表情だった。
「……何を言ってるの?」
「別に、アンタならできるだろ」
「何故そんな事を私がしなければならないのかと、それを聞いてるのよ」
「聖職者の野郎が鉱山に向かった。無様な様子を見てきてやるから鉱山に辿りつくまでアンタの魔力壁で守ってくれよ」
「ルドガ。お前、そんな事のためにリゼッタに魔力を使わせる気か」
ルドガの身勝手な物言いに口を挟んだのはリゼッタ本人ではなくその夫だった。
だが、ルドガには自分の要望が通る確信があった。
『聖職者』───特に、浄化を施す事ができるあの聖職者が絡む話には、リゼッタは反応を見せる。
その証拠に『無様な様子』と言った途端、リゼッタは先程までの不機嫌さが嘘かのような笑顔を浮かべた。
生憎とその笑みは嘲笑というやつなのだが。
「いいのよ、あなた。………そうね、あの優秀な聖職者様が自分の無力さに嘆いて崩れ落ちる様は私も気になるわ」
「リゼッタ…私はそうまでして君の力を使う必要はないと思うんだが…」
「構わないわ。様子を見に行くのは私ではなく彼なのだし」
暗に、ルドガにもしも何かあっても自分は知らないと彼女は言っている。
その言いようにルドガもぴくりと眉を跳ねさせるが、それでも今はリゼッタの力を借りることが先だった。
リゼッタは自身の白い腕を持ち上げると、掌をルドガに向けて魔力を放つ。
瞬間、眩い光がルドガの全身を包み込んだ。
あまりにあっという間で思わず呆気に取られたが、確かに薄い膜のような魔力に覆われている感覚がある。
さすがリゼッタ様と言うべきか。
「はい、どうぞ。気をつけて行ってらっしゃいな」
「……ああ、ありがとよ」
少しも感情の篭っていないリゼッタの見送りに、ルドガも顰めっ面で返してから背を向ける。
物言いたげに見つめてくる他の連中の視線を無視するように部屋を出た。
向かうは鉱山、聖職者とレオンハルトのところへ、だ。
(自分の目で見てやりゃあ、いいんだろうが)
心の中で吐き捨てながら、ルドガの歩みは無意識に速くなっていた。
あまりの事に暫く身体を伏せたままでいたが、特段痛みや圧迫感のようなものが襲ってくる事はない。
恐る恐る目を開ければ、同じく倒れ伏しているレオンハルトの姿が近くにあった。
「レオン、ハルト…ッ!」
血の気が引く。
グリファートは震える腕に力を込めると、半ば這うようにしてぴくりとも動かないレオンハルトに近付いた。
崩れ落ちた上部の岩はレオンハルトの背後の地面にめり込んでいる。幸いにもレオンハルトの身体を押し潰す事はなかったようだが、グリファートを庇う形で地面に身体を打ち付けたのだろう、額には薄らと血が滲んでいた。
(気を、失ってるのか……)
地面にめり込んだ岩と崩れた天井を見上げ、グリファートは思わずぶるりと身震いした。
魔力壁に聖壁ほどの強度はない。魔力壁は元より瘴気を弾く程度の膜の役割のようなもので、直接的な衝撃を受けると壊れてしまう。
これがレオンハルトの上に覆い被さっていたかもしれない可能性がほんの数秒前にはあったのだと思うと、途端汗が噴き出した。
(…落ち着け、とりあえず移動しないと…)
治癒を施すのであれば、鉱山の深くへと行って瘴気を取り込むのが手っ取り早い。だが、危険極まりない鉱山奥まで今のレオンハルトを連れて行くのはあまりに無謀だ。
この場での治癒も出来なくはないが、グリファートの力では時間が掛かってしまうし、一度瘴気の大噴出が起きた鉱山内に長く留まるのは得策ではないだろう。
既に落盤だって起きている。これ以上状況が悪化する前に退避しなければ。
グリファートは身を起こすとレオンハルトの腕を首に掛け、精一杯の力で立ち上がった。
体格差があるために身体を支えて運ぶというよりは殆ど引き摺っているようなものだったが、なりふり構ってなどいられないとそのまま鉱山の出入り口を目指す。
早く、学舎に。落ち着け。大丈夫だ、焦るな。
そう必死に繰り返しながらグリファートは薄暗い視界の中を歩いた。そう言い聞かせなければ、膝が震えて歩けなくなってしまいそうだった。
(……大丈夫、だ)
ぐったりと気を失っているレオンハルトの心音が密着した身体に伝わっている。その事実だけがグリファートの足を前に進ませていた。
「は、はあ…っ、はあ……!」
漸く外の光が差し込むところまで戻って来たグリファートは、崩れるように膝をついた。自分よりも体格の良い、それも気を失っている男を背負うのは流石に体力が削られる。
「はあ、はッ…レオンハルト、…」
地面に寝かせ、再度様子を見るがレオンハルトが目を覚ます気配は未だない。
出来れば完全に安全と言える学舎まで戻ってから治癒を施したいが、果たしてこのままグリファート一人でレオンハルトを学舎まで運べるだろうか。
一旦自分だけ学舎に戻りモランに運ぶのを手伝って貰うか、それともここで治癒を施しレオンハルトが目覚めるのを待つか───…。
そこまで考えたグリファートの頭上にふと影が落ちる。
「…守護者と聖職者がざまぁねえな」
「え…」
不機嫌そうな声に思わず顔を上げれば、教会に篭っている筈の青年の姿がそこにはあった。
◆◆◆◆
『本人を見もしないで言うのもどうかと思いますけどね』
そうキースに言われた一言が、ずっと頭の隅に残っていた。
キースは知らない間にあの聖職者の何を見たというのだろう。あの聖職者の何に、期待を抱けたというのだろう。
目を瞑り、耳を塞ぎ続けていたルドガには、キースの言葉がどうしても理解出来なかった。いや、理解する必要もないと思っていたと言うべきか。
ルドガはオルフィスが放置された事を恨んでいたし、それと同時に酷く失望していたのだ。
捨て置かれて傷つく人を見るのはもうごめんだった。
だからそれは、ほんの少しの気の迷いだったのだろう。
奥の部屋にリゼッタたちを残し、一人教会の扉に手をかける。
ギイ───…と、重い音を立てる扉を開きながら、ごくりと唾を飲み込んだルドガは一歩外に踏み出した。
自らの意思で初めて教会の外に出たのだ。
ルドガはそのまま教会の裏手へと回り丘の上を目指して歩く。
特に目的があったわけではない。ただ、墓場のある丘の上からオルフィスの街が一望できるので何となく足が向いただけだった。
丘を登り切り、瘴気に澱む薄暗いオルフィスの街を見下ろす。
学舎の方角は澄み切った空が広がっているが、鉱山に向かうにつれて雨雲のような暗くどんよりとした色が続いていた。
ふと、リゼッタと聖職者の間で交わされたあの約束を思い出す。
『どうぞ鉱山の瘴気を浄化してオルフィスに平穏を齎して下さいな』
『わかった』
鉱山の浄化───そんな出来もしない約束をあの男は簡単に受け入れた。
思わず鼻で笑ってしまう。あの凶悪な鉱山の瘴気を浄化するなどできるわけがないのに、あれでルドガやリゼッタを欺けたつもりだろうか。
(どうせ何もできずに逃げ帰ってくる)
丘と鉱山の距離がもう少し近ければ高みの見物でもできたんだがな、とルドガは嘲笑って踵を返そうとした。
その背後で、突然眩い光が放たれる。
「はっ!?」
鉱山の方角を振り返れば光が弾けるように辺りを輝かせていた。
丘の上からでも確認できていたあの黒い靄が今はすっかり消えていて、鉱山付近の瘴気が晴れた事を証明している。
ルドガは暫く呆然としてから、ハッと我に返って丘を降りた。
教会を通り過ぎ鉱山から学舎へと伸びる道を確認すれば、ぐったりとする聖職者を背負ったレオンハルトの姿が視界に入る。
あんなレオンハルトの表情は見た事がない、というほどに焦りを滲ませた悲壮な顔付きで学舎の方へと戻って行った。その様子をルドガが見ていた事にもレオンハルトは気付かない。
それ程に必死だったようだ。
「まさか……死んだ、わけじゃねぇよな…?」
レオンハルトに担がれていた聖職者はだらりと下ろした腕をピクリとも動かしていなかった。
鉱山付近で何があったのかはわからないが、ルドガの想像した通り瘴気の脅威に『逃げ帰ってきた』のだろう。
それなのにルドガは嘲笑ってやる事が、何故かできなかった。
その日からルドガは教会の外に出るようになった。
教会裏の丘に登り、日が暮れるまで街を見下ろし、鉱山へと向かう聖職者の姿が見えない事を確認してから、丘を降りる。
ルドガ自身、何をやっているんだと呆れながらも気になって仕方がなかった。
聖職者はどうなったのだろう。
まさか、死んでしまったのだろうか。
もしもあの聖職者が死んでしまったらレオンハルトやトアはまた絶望に心を失くしてしまう。あの人間嫌いのキースでさえ聖職者には懐いていたようだった。キースもきっと悲しむだろう。
他にも大勢が、聖壁内にいた人間が聖職者を信頼し避難した。
彼らが皆、聖職者の死に再び苦しめられるのだ。
それは嫌だ。
ルドガとて、あの聖職者に死んでほしいわけではない。
そんな事を悶々と考えながら、今日も丘へと足を運ぶ。そうして鉱山へと続く道に視線を向け、ルドガは目を見開いた。
「…っ、聖職者」
鉱山へと向かう聖職者と、その横を歩くレオンハルトの小さな後ろ姿が視界に入った。嘘だろ、と思わず口から溢れる。
約束した事とは言え一度死にかけた場所へ何故また足を向けるのか。
鉱山の浄化など諦めて、このままオルフィスを去ってしまえばいいと言うのに。
「あいつら、馬鹿じゃねぇの……」
ぽつりと呟く。
ルドガは二人の姿が遠く見えなくなるまでその場で立ち尽くした後、ゆっくりと丘を降りた。
教会に戻ってきたルドガの足は真っ直ぐにリゼッタの元へと向かう。
奥の部屋へと続く扉をノックもなしに開き、ずんずんと歩き進んだ先───悠然とソファに腰掛けているリゼッタの前に立てば、ルドガが名前を呼ぶよりも前に、相変わらず面倒臭そうな、煩わしそうな表情でリゼッタが口を開いた。
「何かしら?」
「魔力壁を俺に張ってくれ」
ルドガの言葉にリゼッタの眉根が寄る。不快だと、隠しもしない表情だった。
「……何を言ってるの?」
「別に、アンタならできるだろ」
「何故そんな事を私がしなければならないのかと、それを聞いてるのよ」
「聖職者の野郎が鉱山に向かった。無様な様子を見てきてやるから鉱山に辿りつくまでアンタの魔力壁で守ってくれよ」
「ルドガ。お前、そんな事のためにリゼッタに魔力を使わせる気か」
ルドガの身勝手な物言いに口を挟んだのはリゼッタ本人ではなくその夫だった。
だが、ルドガには自分の要望が通る確信があった。
『聖職者』───特に、浄化を施す事ができるあの聖職者が絡む話には、リゼッタは反応を見せる。
その証拠に『無様な様子』と言った途端、リゼッタは先程までの不機嫌さが嘘かのような笑顔を浮かべた。
生憎とその笑みは嘲笑というやつなのだが。
「いいのよ、あなた。………そうね、あの優秀な聖職者様が自分の無力さに嘆いて崩れ落ちる様は私も気になるわ」
「リゼッタ…私はそうまでして君の力を使う必要はないと思うんだが…」
「構わないわ。様子を見に行くのは私ではなく彼なのだし」
暗に、ルドガにもしも何かあっても自分は知らないと彼女は言っている。
その言いようにルドガもぴくりと眉を跳ねさせるが、それでも今はリゼッタの力を借りることが先だった。
リゼッタは自身の白い腕を持ち上げると、掌をルドガに向けて魔力を放つ。
瞬間、眩い光がルドガの全身を包み込んだ。
あまりにあっという間で思わず呆気に取られたが、確かに薄い膜のような魔力に覆われている感覚がある。
さすがリゼッタ様と言うべきか。
「はい、どうぞ。気をつけて行ってらっしゃいな」
「……ああ、ありがとよ」
少しも感情の篭っていないリゼッタの見送りに、ルドガも顰めっ面で返してから背を向ける。
物言いたげに見つめてくる他の連中の視線を無視するように部屋を出た。
向かうは鉱山、聖職者とレオンハルトのところへ、だ。
(自分の目で見てやりゃあ、いいんだろうが)
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