無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

文字の大きさ
39 / 47

【39】再び

しおりを挟む
レオンハルトを学舎まで連れ帰りベッドへ寝かせると、その気配に気付いたのかロビンに付き添っていたジョフが部屋にやってきた。
一刻も早く治癒を施そうとしていたグリファートだったが、やはり動揺が顔に現れていたのだろう。落ち着いた様子のジョフが間に入り、レオンハルトの怪我の具合を確認してくれた。
どうやら血は既に止まって乾いているらしく、意識こそ失ってはいるが顔色も良く脈も安定していて身体に問題は無いと言う。

「安静にしていればすぐにでも目を覚ましましょう。聖職者様も無理をしてはいけませぬ、傷の手当てだけであれば私にもできますゆえ」

鉱山の浄化で魔力を消費したのだから無理をしてはいけない。そう諭すようにジョフは言うと、グリファートに優しく微笑みを向ける。
それはジョフの気遣いであると同時にグリファートを冷静にさせるための言葉でもあった。
我を失ったり動転したまま治癒を施してもうまく魔力を放出できない事がある。特に治癒や浄化は精神の安定が非常に大事だ。
聖職者として冷静になれ、とジョフは遠回しに言っているのだと気付いたグリファートは、一度大きく息を吐くとゆっくりと肩の力を抜いた。

「そう、だね…ありがとうジョフ」
「いいえ。それよりも……席を外した方が宜しいですかな?」

そう言うとジョフはちらりと視線を横に逸らす。
その先には部屋の壁に身体を凭れ掛けさせているルドガがいた。
ルドガが聖職者に対して良い感情を抱いておらず、リゼッタと一緒になって教会に篭っている事は聖壁内にいた多くの者が知っている。
何か事情でもなければ教会から出て来る事はないだろう、そうジョフも思ったようだ。
グリファートとルドガのみで話す場を設けようとジョフは椅子から立ち上がったが、しかしルドガは眉を顰めながらそれを制した。
「妙な気を使うんじゃねぇよ、じーさん」
「ふむ、聖職者様とおぬしが構わぬなら良いがのぅ」
「別に俺は話す事なんざねぇがな」
ルドガの返しにジョフは立派な顎髭を摩りながら、再び椅子に腰を下ろした。
ジョフの退出を制したものの、ルドガは自分からグリファートに話しかけるつもりはないらしい。こちらからは用はないとばかりに顰め面で口を閉ざしてしまった。
こうなるとグリファートが口を開くしかない。

「ありがとう、君のおかげでレオンハルトを運ぶことができたよ。でもどうやって鉱山に……」
「………」

気にはなりつつも後回しにしていた質問を漸くルドガにぶつければ、彼は眉根の皺をさらに深くさせて半ば睨むようにグリファートに視線を向けた。
それは間違いなく嫌悪と呼べるものであるが、教会で必死にトアやキースに訴えかけていた時のような苦々しさも滲んでいるように見える。
「…リゼッタに魔力壁を張ってもらった」
「え」
思ってもみなかった返事に、グリファートは思わず聞き間違いかとルドガを見つめ返した。
グリファートの驚愕の表情が面白いのか、それとも自分の言葉を嘘だと捉えられたと思ったのか、ルドガは口端を吊り上げながらハッと馬鹿にしたように嗤う。

「リゼッタはアンタやレオンハルトと同じ、聖なる魔力を持ってるらしいぜ」
「彼女が…?」
「詳しくはしらねぇが、偉そうにふんぞり返ってるだけの事はあるってこった。まあ、あの女は自分の魔力を毛嫌いしてるのか、滅多に魔力を使わねぇみたいだけどな」

思わずといったふうにグリファートがジョフに視線を向ける。
どうやらジョフもそこまで深くは知らないようだ。ルドガの言葉に否定も肯定もしない。
ただ、ルドガがわざと嘘を吐いているわけではないらしく、ジョフはそれを証明するようにグリファートに対して頷いてみせた。

確かに、魔力壁は聖なる魔力を元に作られるものだ。聖壁は守護者にしか作り出せないが、魔力壁となるとその限りではない。
聖女は勿論のこと、治癒職の中にも扱える者は一部いると聞く。
リゼッタの場合、レオンハルトのような護衛職に就いているようには思えないので、恐らく彼女は治癒職に関係のある者なのだろう。
オルフィスの聖職者は出て行ったのだから、グリファートと同じ聖職者である事はない。
他にあるとすれば祈祷士や治療士といったところだが───…。

いずれにせよ、ルドガが本当にリゼッタに魔力壁を張って貰ったと言うのならば、彼女の魔力の質は正義や慈愛といった『聖なるもの』で間違いない。

どういうわけか彼女自身はそれを毛嫌いしているらしいが、稀に魔力の質と自身の性格に乖離を感じる者もいる。
リゼッタもそれが原因でああいう態度だったのか、それとも過去に何かがあって自分の力を嫌うようになってしまったのか。
リゼッタとの会話は教会でのあれが全てだったのでグリファートにはわかる筈もないが、彼女の言動や纏う空気感がそれ故と思えば納得だった。


「…テメェは、まだあの鉱山の浄化を続けるつもりかよ」

まるで独り言のようにぽつりと呟いたルドガの方へ、グリファートは再び視線を戻した。
チッと舌打ちをして視線を逸らすルドガは先ほどまでと違い、どこか居心地悪そうにしている。
「…そうだね、やめるつもりはない」
「馬鹿か?死にかけたくせに」
ルドガの物言いはやけに確信的だった。
もしやどこかで浄化の様子を見ていたのだろうか、とグリファートは考えを巡らせる。
グリファート自身に死にかけたという自覚はないが、少なくとも浄化を施すたびに瘴気による凄まじい苦痛を受けている事は確かで。そうして大概魔力を使い果たして気を失うのだから、傍から見れば死にかけていたと思われても不思議ではない。
頑なに教会から出ようとしなかったルドガが危険と分かっている鉱山へ魔力壁を張ってまでやって来たのも、彼の中で何か思うところがあったからなのだろう。

「そんなにリゼッタや俺を言い負かせたいか?それとも、恩を売ってやろうとでも思ってんのか?」
「残念だけど、どっちも違うよ」
「ハッ、だったら何だよ」

ルドガの視線はいかにも「死にたがりか?」と言いた気で、グリファートは思わず苦笑いを零した。勿論グリファートにそんなつもりは微塵もない。
「約束したからね」
「あ?まさかリゼッタとの約束を律儀に守るためにやってますって?」
「約束ってのはさ、互いに生きてなきゃ意味がないと思わない?」
「……はあ?」
怪訝な顔をしたルドガにグリファートは笑って見せる。


「だから死ぬつもりはないし、死なせたくもないんだよ」


言ってグリファートは気を失ったままのレオンハルトをそっと見つめた。
グリファートはただオルフィスを救いたいのだ。聖職者でいられる限り、ここで生きる彼らのために。
ルドガは一瞬だけ目を見開いたかと思うと、また眉間に皺を寄せて口を閉ざし黙り込んだ。
今の言葉でグリファートのすべてが伝わったかはわからない。
ルドガは意固地になっているとキースも言っていた。きっと自分の中で納得できるものが欲しいのだろう。
グリファートもジョフも話しかけないまま、暫し部屋の中に沈黙が落ちた。

そうして漸く、ルドガが薄く口を開く。
「聖職者。アンタは本当に、あいつらを……」

傷つけないと誓ってくれるか、そう続く筈だった言葉はドンッ───!!という爆発とも噴火とも取れる衝撃音に阻まれた。


下から突き上げるように大地が揺れる。
立っていたルドガはあまりの衝撃に思わずバランスを崩していた。外のあちこちから人々の悲鳴が上がる。

「まさか」

グリファートはジョフに向かって「レオンハルトとロビンを頼む!」とだけ告げると、学舎の外へと駆け出した。
学舎の外ではオルフィスの人々が不安そうに身を寄せ合い、一様に同じ方角に視線を向けている。
グリファートも彼らが見つめる先───鉱山のある方角に視線を移し、目を見開いた。


どす黒く悍ましい毒煙が積乱雲のように空に上り、辺りを侵食するようにじわりじわりと覆い始めている。
聖壁は今なおレオンハルトの魔力によって保たれているが、醜悪なそれはその空間ごと飲み込まんとしているように見えた。
遠く離れている学舎付近でさえ、草木を揺らす風がどこか気持ち悪い。


それはこの地にとって最悪な、二度目となる瘴気の噴出だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 希望したのは、医療班だった。  それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。  「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。  誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。  ……けれど、婚約者に裏切られていた。  軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。  そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――  “雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。 「君の料理が、兵の士気を支えていた」 「君を愛している」  まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?  さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?

処理中です...