無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【40】必ず

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「おい、聖職者!今のは…」

聖壁の方を呆然と見ていたグリファートは、追いかけて来たらしい背後のルドガの声で我に返った。
噴出したばかりの瘴気は濃度が高く、離れていてもその禍々しさが見て取れる。瘴気を弾く聖壁の力が弱まっているように感じるのも、恐らく気のせいではないだろう。
一度浄化した場所とは言えあれだけの瘴気に晒され続ければ、再びオルフィスは死に果てた大地と化してしまう。
今はまだレオンハルトの魔力によって何とか護られているが、聖壁内もけして安全な場所ではない。聖壁が完全に崩れてしまう前に、教会に篭っている人々を学舎まで運び出さなくては。

「グリフの兄さん!」
「モラン」
背後から聞こえたモランの声に振り返る。モランはグリファートの傍まで駆け寄って来ると、不安を滲ませた顔で見つめてきた。
グリファートがここで動揺していてはモランにも、周りの人々にもそれが伝わってしまう。
グリファートは一度深呼吸すると、モランが何か言うより早く口を開いた。

「よく聞いて。俺は今から教会の方に行ってくるから、瘴霧がこっちにまで来るようならみんなを連れてすぐにオルフィスを離れて欲しい」
「はっ!?何言ってんだよ兄さん!」
「レオンハルトが目を覚ましたらここにいる皆の安全を確保するように伝えてくれ」

レオンハルトが目を覚ませば学舎付近に聖壁を張り直してくれる筈だが、最悪それも間に合わない場合はオルフィス自体から全員退避しなければならなくなる。
グリファートがすべき事は悩むべくもなく決まっていた。
「お、おいまさかテメェひとりで教会の奴らを助けにいく気かよ!?」
「正気か兄さん!それなら俺たちも…ッ」
ルドガとモランの叫びが聞こえたのだろう、不安げにこちらの様子を伺っていた人々が騒つき出す。
グリファートはそれを制するように静かに首を振った。
「言ったでしょ、瘴霧が万一こっちまできた場合にはオルフィスを離れて欲しい。ここが君たちの故郷だって事もよくわかってる、けど、命あってのものだと思って」
「兄さん一人で行くなんて無茶だ!!!」
一瞬、しんと場が静まり返る。
言葉を半ば遮るようなモランの悲痛な叫びに、思わずグリファートも言葉が詰まってしまった。

モランの言うように、無茶なことだとはグリファートも分かっている。グリファートは既に鉱山の浄化を施していて、余力はあれど噴出した瘴気を全て食い止められるほどの余裕はない。だが、それでもここにいる彼らを安心させるために、『大丈夫だ』と言わなければならないのだ。

「…ッ兄さん、せめてレオンが目を覚ましてから一緒に」
「それまで教会の人たちを放っておけない。それに…レオンハルトはここで皆といるべきだ」

グリファートだけでなく今までオルフィスを支えてきたレオンハルトまでもが学舎付近を離れてしまうなんて、人々は不安と動揺で正しい判断も出来なくなってしまうだろう。
であれば、守護者であるレオンハルトはここに残った方がいい。それが、彼らの心の拠り所となる。

「や、やだ!やだ…っ行かないで聖女さま!」
「…っ、ロビン」

いつぞやかの時のように、腰あたりにトンと小さな衝撃を感じる。
振り返れば、グリファートの腰にしがみついて小さく震えるロビンの姿が目に入った。
「大丈夫だよ、すぐ戻る」
「やだ…やだぁ…っ」
「ロビン…」
グリファートはロビンの細い腕を優しく解くと、真正面から向き合うように膝を地面について視線を合わせる。
「ロビンが俺にしてくれたお願い、覚えてる?」
「…ッ、ぅ、お、ねがい…っ?」
ひっく、としゃくりあげて涙の粒を零すロビンを見るのは辛いものがある。
それでも行かねばならない。時間はない。
グリファートはロビンの涙を掬うように目尻を親指で優しく撫ぜると、こつんと額同士を合わせた。

「俺はロビンの、ここにいる皆の聖職者でいたいと思う」

グリファートはオルフィスに来るまで、聖職者である事を諦めかけていた。
自分は誰も救えない、誰も自分を求めてくれない。救わせてすら貰えなかったのだ。
それでもグリファートは聖職者なのだと、もう一度思うことができた。それはロビンがグリファートに、『たすけて』と言ってくれたからだ。

「だから……俺を最後まで、オルフィスの『聖職者』でいさせてほしい。ロビンが言ってたお願いを、俺に叶えさせて欲しいんだよ」
「……っ」

触れ合う額からじわりと互いの体温を感じ取る。その温もりを返すように少年の頬を掌に包んで撫でれば、ひく、と引き攣らせた喉から押し出されるように言葉が落ちた。
「聖女、さま………」
「うん」
「ぼくの、ぼくのお願い……聞いて、くれる…なら……」
ほたほたと、大粒の涙がロビンの頬を伝いグリファートの指を濡らしていく。
きっとロビンは続く言葉を吐き出すのが怖いのだろう。言ってしまったら、グリファートはこの場を離れてしまうから。
それでもロビンは震える唇で必死に紡ごうとしていた。

それはあの日、熱に浮かされたロビンが必死の思いで口にした『お願い』であり、ロビンにとってはどうしても手放せなかったであろう情だ。




「お母さんと、お父さんを……───たすけて、くれる?」


ロビンの瞳から止め処なく溢れる涙の粒が、グリファートの指を伝ってぽたりと地面に落ちた。

「必ず、助けてくるよ」

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