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【41】無能な聖女
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「ああ…神よ………」
「オルフィスも漸く終わりを迎えるのね…」
「待っていていくれ…もうすぐ君の元へ逝くよ…」
光の灯らない薄暗い教会の奥部屋で、身を寄せ合った人々は口々に祈りを捧げている。
皆、最期の時を待っているのだろう。瞳に希望の色はなく、生きた屍にも見えた。
「……」
「リゼッタ?」
そんな中で一人、小さな窓の向こうに興味なさげな視線を飛ばしていたリゼッタはポツリと呟いた。
「獅子様の御加護はもう当てにできなくなってしまったみたい」
直後、ドンッと下から突き上げるような揺れがしたかと思うと、生暖かい空気が窓の隙間から流れ込んでくる。肌に纏わりつくそれはじっとりとしていて気持ちが悪い。
やがてゆっくりと自身を蝕んでいくであろう瘴気の気配に、辺りを取り囲んでいた筈の聖壁が完全に崩れたのだとリゼッタは感じ取った。
外からは小さな放出音が聞こえる。鉱山での瘴気の噴出をきっかけに、聖壁によって今まで何とか保っていた教会周辺の大地も限界を迎えてしまったのだろう。
外の様子は教会内からは見て取れないが、恐らくオルフィスのあちこちで小規模ながらも瘴気の噴出が連鎖的に起きているのだと思う。
オルフィスにやってきた聖職者───グリファートによって学舎付近は浄化されている。聖壁内の一部もどうやら浄化していたようだが、安全性で言えば学舎の方だろう。今から急いでそちらに避難すればまだ一縷の望みはあるかもしれない。
だがこの教会より外に出る者はいなかった。ここにいる者の多くは聖職者や聖女に捨て置かれた事に絶望し、嘆き、生きることを諦めてしまった者たちだ。
そのように唆したつもりなどリゼッタにはなかったが、結果としてリゼッタの言動に賛同するようにしてここの教会に集ったのである。
諦めた人々の口から漏れるのは悲鳴ではなく、絶望という名のこの地獄から解放されるという安堵の息だった。
「…君も最期までここにいていいのかい」
ふいに肩に温もりが触れる。それは唯一、リゼッタが触れる事を許した存在───夫の掌の温もりだった。
「ええ、あの子のいない場所ならどこでもいいわ」
「リゼッタ……」
「わかっていた事よ。オルフィスは最初から神に見放されていたの。助けなんて絶対に来ないわ」
今までも、これからも。ずっと───…
窓の外を見つめていたリゼッタは夫を振り返ると微笑んだ。
「私を助けてくれたことなんて、一度だってなかったもの」
外から聞こえる瘴気の噴出音と共に、教会の柱や壁からミシミシッという嫌な音が鳴る。
床板の隙間からぶすぶすと嫌な匂いのする煙が上がる。天井から木片がボロリと剥がれ落ちてくる。
もう間もなく教会は崩壊するだろう。
漸く見えた終わりの訪れに、リゼッタは微笑みを浮かべたまま瞼を閉じた。
◇◇◇◇
「浄化する力があってもこれじゃあどうしようもないな」
浄化の力は持っているが、その魔力量は精々が治療士止まりだと言われた。それは暗に、聖女として『無能』だと言われた瞬間だった。
リゼッタの家は代々聖女を多く輩出しており、リゼッタも当然優秀な聖女であるだろうと勝手な期待のもと産まれた。
だがリゼッタの魔力保有量は他の聖女と比べ、いや聖職者と比べても少なかったのだ。
聖女であるならば魔力量は絶対に必要な条件である。
浄化の能力があっても魔力量が少なければ多くの地を救うことはできないし、浄化の精度も落ちる。魔力を放出するたびに倒れていてはそれは『できない』と言っているに等しい。
聖女は完璧でなければならない。
浄化という奇跡を起こせる力を持っているからこそ、期待も希望も大きいのだ。
そして同時に絶望も───
「治癒?魔力壁?それがなんだ?治癒も魔力壁も浄化も、できて当たり前のことばかりじゃないか。そんなことは聖女であれば誰でもできるだろう」
「誰かが代わりにできることならあなたである必要はないわ。あなたは、あなただけの価値を見出しなさい」
「『聖女』ではなく『リゼッタ』が求められるようでなければ意味がないんだよ」
気付けばリゼッタは治療士として生きていく事になった。
聖女として使い物にならないのならせめて、という事だったのだろう。
だが、治療士としていくら努力しようとも、リゼッタが認められる事はけしてなかった。
何故なら周りがリゼッタを無能な聖女と呼ぶからだ。
「折角浄化の力があるのに…」
「これでは宝の持ち腐れじゃないか」
「無能な聖女」
そう言われ続けたリゼッタの心は簡単に死んでしまった。
周囲の身勝手さに押しつぶされ、自分自身に絶望してしまったのだ。
リゼッタは全てのことに興味をなくし、全ての感情を無くし、全てのものを捨てた。
そうしてしまえばいくらかは生きやすいように思えた。
だが何故だろう。救われた心地はしなかった。
やがてリゼッタは愛すべき男と出会い、身籠った。
これで漸く『無能な聖女』の呪いから解き放たれるのだと安堵した。死んだ心を唯一救えるのはリゼッタが母となり聖女を産む事だったのだ。
だが生まれたロビンは男の子であり、浄化の力もなければ魔力量が多いわけでもなかった。
「オルフィスも漸く終わりを迎えるのね…」
「待っていていくれ…もうすぐ君の元へ逝くよ…」
光の灯らない薄暗い教会の奥部屋で、身を寄せ合った人々は口々に祈りを捧げている。
皆、最期の時を待っているのだろう。瞳に希望の色はなく、生きた屍にも見えた。
「……」
「リゼッタ?」
そんな中で一人、小さな窓の向こうに興味なさげな視線を飛ばしていたリゼッタはポツリと呟いた。
「獅子様の御加護はもう当てにできなくなってしまったみたい」
直後、ドンッと下から突き上げるような揺れがしたかと思うと、生暖かい空気が窓の隙間から流れ込んでくる。肌に纏わりつくそれはじっとりとしていて気持ちが悪い。
やがてゆっくりと自身を蝕んでいくであろう瘴気の気配に、辺りを取り囲んでいた筈の聖壁が完全に崩れたのだとリゼッタは感じ取った。
外からは小さな放出音が聞こえる。鉱山での瘴気の噴出をきっかけに、聖壁によって今まで何とか保っていた教会周辺の大地も限界を迎えてしまったのだろう。
外の様子は教会内からは見て取れないが、恐らくオルフィスのあちこちで小規模ながらも瘴気の噴出が連鎖的に起きているのだと思う。
オルフィスにやってきた聖職者───グリファートによって学舎付近は浄化されている。聖壁内の一部もどうやら浄化していたようだが、安全性で言えば学舎の方だろう。今から急いでそちらに避難すればまだ一縷の望みはあるかもしれない。
だがこの教会より外に出る者はいなかった。ここにいる者の多くは聖職者や聖女に捨て置かれた事に絶望し、嘆き、生きることを諦めてしまった者たちだ。
そのように唆したつもりなどリゼッタにはなかったが、結果としてリゼッタの言動に賛同するようにしてここの教会に集ったのである。
諦めた人々の口から漏れるのは悲鳴ではなく、絶望という名のこの地獄から解放されるという安堵の息だった。
「…君も最期までここにいていいのかい」
ふいに肩に温もりが触れる。それは唯一、リゼッタが触れる事を許した存在───夫の掌の温もりだった。
「ええ、あの子のいない場所ならどこでもいいわ」
「リゼッタ……」
「わかっていた事よ。オルフィスは最初から神に見放されていたの。助けなんて絶対に来ないわ」
今までも、これからも。ずっと───…
窓の外を見つめていたリゼッタは夫を振り返ると微笑んだ。
「私を助けてくれたことなんて、一度だってなかったもの」
外から聞こえる瘴気の噴出音と共に、教会の柱や壁からミシミシッという嫌な音が鳴る。
床板の隙間からぶすぶすと嫌な匂いのする煙が上がる。天井から木片がボロリと剥がれ落ちてくる。
もう間もなく教会は崩壊するだろう。
漸く見えた終わりの訪れに、リゼッタは微笑みを浮かべたまま瞼を閉じた。
◇◇◇◇
「浄化する力があってもこれじゃあどうしようもないな」
浄化の力は持っているが、その魔力量は精々が治療士止まりだと言われた。それは暗に、聖女として『無能』だと言われた瞬間だった。
リゼッタの家は代々聖女を多く輩出しており、リゼッタも当然優秀な聖女であるだろうと勝手な期待のもと産まれた。
だがリゼッタの魔力保有量は他の聖女と比べ、いや聖職者と比べても少なかったのだ。
聖女であるならば魔力量は絶対に必要な条件である。
浄化の能力があっても魔力量が少なければ多くの地を救うことはできないし、浄化の精度も落ちる。魔力を放出するたびに倒れていてはそれは『できない』と言っているに等しい。
聖女は完璧でなければならない。
浄化という奇跡を起こせる力を持っているからこそ、期待も希望も大きいのだ。
そして同時に絶望も───
「治癒?魔力壁?それがなんだ?治癒も魔力壁も浄化も、できて当たり前のことばかりじゃないか。そんなことは聖女であれば誰でもできるだろう」
「誰かが代わりにできることならあなたである必要はないわ。あなたは、あなただけの価値を見出しなさい」
「『聖女』ではなく『リゼッタ』が求められるようでなければ意味がないんだよ」
気付けばリゼッタは治療士として生きていく事になった。
聖女として使い物にならないのならせめて、という事だったのだろう。
だが、治療士としていくら努力しようとも、リゼッタが認められる事はけしてなかった。
何故なら周りがリゼッタを無能な聖女と呼ぶからだ。
「折角浄化の力があるのに…」
「これでは宝の持ち腐れじゃないか」
「無能な聖女」
そう言われ続けたリゼッタの心は簡単に死んでしまった。
周囲の身勝手さに押しつぶされ、自分自身に絶望してしまったのだ。
リゼッタは全てのことに興味をなくし、全ての感情を無くし、全てのものを捨てた。
そうしてしまえばいくらかは生きやすいように思えた。
だが何故だろう。救われた心地はしなかった。
やがてリゼッタは愛すべき男と出会い、身籠った。
これで漸く『無能な聖女』の呪いから解き放たれるのだと安堵した。死んだ心を唯一救えるのはリゼッタが母となり聖女を産む事だったのだ。
だが生まれたロビンは男の子であり、浄化の力もなければ魔力量が多いわけでもなかった。
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