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エピソード10 魔王別姫
老エルフと蒸し暑さと寂寥感
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――真誓魔王国の中心部にある魔王城上空で、異世界転移した人間族の勇者と異世界転生した魔族の王の娘が激しい戦いを繰り広げてから数日の後――。
「うぅ……む」
魔王城から遠く離れた、ウンダロース山脈の麓に広がる大森林地帯の中にある半人族の村で、ひとりのエルフ族の老人が弱っていた。
彼は、粗末な丸太造りの自分の家で、簡素なベッドに寝転がり、辛そうな呻き声を上げている。
「むぅ……ここに住んでから、もう百ン十年も経つが、未だに慣れんわい……」
彼はウンザリといった顔でそう呟くと、おもむろに着ていた灰色のローブの襟元を寛げた。そして、傍らに置いていた大きな葉から作った団扇を煽いで風を入れながら、ブツブツとボヤく。
「鬱蒼と木々が茂っておるから、直射日光はほとんど当たらんが、その分湿気が多くて、蒸し暑くてかなわん……。まるで日本の梅雨開け頃のようじゃわい……」
半人族の村の長であるエルフの老人――実は異世界転生者であるヴァートス・ギータ・ヤナアーツォは、前世にさんざん悩まされていた日本の酷暑を思い出しながら、ベッドの脇の小さなテーブルの上に置いた木のコップを手に取り、中のハーブ茶を一口呷った。
「うーん……温い……」
ハーブ茶の苦みよりも生温さに、ヴァートスは顔を顰める。
渋い顔をしたままコップをテーブルに戻したヴァートスは、再びベッドに転がると、大きな溜息を吐いた。
「はぁ……、こんな蒸し暑い日には、氷でキンキンに冷やしたハイボールで一杯やりたいところじゃが……」
そうボヤきながら、彼は窓の外に目を遣る。
そして、立ち並ぶ木々と緑の葉に覆われた外の景色を見た彼は、再び嘆息した。
「こんな深い森の真ん中じゃ、美味い酒にも冷たい氷にもありつけんからなぁ……」
諦め顔でそう独り言ちたヴァートスは、ふと手を掲げ、皺だらけの自分の掌を見つめる。
「やれやれ……こういう日は、自分が炎の精霊術しか使えん事がほとほと恨めしくなるわい……。もしも氷の精霊術が使えたら、自分で氷を作りまくって、思いっ切り涼んでやるというのに……」
当然の話だが、炎の精霊術は、冬の間こそ暖を取るのに重宝するが、湿度の高い森林地帯の夏の暑さに対しては全く役に立たない……。
そう思えば思うほど、ヴァートスの“氷”に対する憧憬は募る一方だった。
――氷の浮いた麦茶。
――メロン味のかき氷。
――氷……氷……こおり……コオリ……!
「……そういえば」
その時、彼はふと思い出した。
以前に出会った蒼髪の魔族の少女と、その主である親子の事を。
「あれから、もう半年……いや、まだ半年か」
彼は当時の事を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。
「色々な事があったのう。久しぶりに……いや、この世界に生まれてからの三百年の中でも、一番楽しかったかもしれん」
ヴァートスは起き上がってベッドの縁に腰かけると、団扇で風を送りながら、風にそよぐ顎髭を撫でる。
「あの蒼髪のお姐ちゃんは、確か氷の魔術使いじゃったはず……。この場にあの娘が居れば、氷をいくらでも作り放題じゃったのにのう……」
そう呟いたヴァートスは、ふと寂しげな表情を浮かべる。
「……惜しい娘を亡くしたのう」
そうしみじみと言った老エルフは、残っていたハーブ茶を一気に呷り、ふぅと息を吐いた。
蒼髪の魔族の娘――スウィッシュが、主である魔王ギャレマスと共に、“伝説の四勇士”のひとりであった聖女の手にかかって死んだ事は、エルフ族を魔王国領まで送り届けた際に、彼の耳にも入った。
ヴァートスは、手にした木のコップをぼんやりと眺めながら、少しの間だけ共に旅をし、何度か美味い食事を共にした魔族の主従の姿を思い出し、ふと寂寥感に駆られる。
「まったく……老いぼれのワシを差し置いて、若いモンが先に逝くなというに」
彼はそう独り言つと、「よっこいしょういち……」と声を上げながら、ベッドの縁からゆっくりと立ち上がった。
そして、胸に湧き起こった寂しさを紛らわせる為、外の酒蔵に置いてある秘蔵の蜂蜜酒を取りに行こうとする。
彼が玄関の扉を開けようとした――その時、
「ば――バトシュさマぁっ!」
けたたましい声と共に、丸太小屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「うぉッ? な、何じゃいっ!」
勢いよく開いた扉に危うく鼻柱をぶつけそうになったヴァートスは、驚きながら声を荒げる。
と、入ってきた小さな姿を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「って、スッタバか。どうしたんじゃ、そんなに血相を変えて?」
「ば……バトシュさマ……!」
ヴァートスの問いかけに、半人族のスッタバは、肩で息を吐きながら強張った顔で彼を見上げた。
ただならぬスッタバの形相に、何やら異状が生じた事を察したヴァートスは、眉間に皺を寄せる。
「何があったんじゃ? よもや、熊か虎でも出たか? それとも、狼藉者が押し入ってきたのか?」
「い……いエ……」
スッタバは、ヴァートスの問いにぶるぶると頭を振った。
そして、目を大きく見開きながら言葉を継ぐ。
「そ、そうジャなクって……き、キたのハ、おキャくサんデス」
「……お客さん?」
スッタバのたどたどしい言葉を聞いたヴァートスは、訝しげに首を傾げた。
「はて……? こんな森の奥深くの半人族の村に来客とな? 一体どんな物好きなんじゃ、ソイツは?」
「そ……そレが……」
尋ねられたスッタバはおずおずと口を開き――彼の答えを聞いたヴァートスは、驚きで目を大きく見開くのだった。
「キょうキたのハ……まえニやってキた――アタまにオオきなつノがはえタおうサマと、おとモのヒトたち……デスッ!」
「うぅ……む」
魔王城から遠く離れた、ウンダロース山脈の麓に広がる大森林地帯の中にある半人族の村で、ひとりのエルフ族の老人が弱っていた。
彼は、粗末な丸太造りの自分の家で、簡素なベッドに寝転がり、辛そうな呻き声を上げている。
「むぅ……ここに住んでから、もう百ン十年も経つが、未だに慣れんわい……」
彼はウンザリといった顔でそう呟くと、おもむろに着ていた灰色のローブの襟元を寛げた。そして、傍らに置いていた大きな葉から作った団扇を煽いで風を入れながら、ブツブツとボヤく。
「鬱蒼と木々が茂っておるから、直射日光はほとんど当たらんが、その分湿気が多くて、蒸し暑くてかなわん……。まるで日本の梅雨開け頃のようじゃわい……」
半人族の村の長であるエルフの老人――実は異世界転生者であるヴァートス・ギータ・ヤナアーツォは、前世にさんざん悩まされていた日本の酷暑を思い出しながら、ベッドの脇の小さなテーブルの上に置いた木のコップを手に取り、中のハーブ茶を一口呷った。
「うーん……温い……」
ハーブ茶の苦みよりも生温さに、ヴァートスは顔を顰める。
渋い顔をしたままコップをテーブルに戻したヴァートスは、再びベッドに転がると、大きな溜息を吐いた。
「はぁ……、こんな蒸し暑い日には、氷でキンキンに冷やしたハイボールで一杯やりたいところじゃが……」
そうボヤきながら、彼は窓の外に目を遣る。
そして、立ち並ぶ木々と緑の葉に覆われた外の景色を見た彼は、再び嘆息した。
「こんな深い森の真ん中じゃ、美味い酒にも冷たい氷にもありつけんからなぁ……」
諦め顔でそう独り言ちたヴァートスは、ふと手を掲げ、皺だらけの自分の掌を見つめる。
「やれやれ……こういう日は、自分が炎の精霊術しか使えん事がほとほと恨めしくなるわい……。もしも氷の精霊術が使えたら、自分で氷を作りまくって、思いっ切り涼んでやるというのに……」
当然の話だが、炎の精霊術は、冬の間こそ暖を取るのに重宝するが、湿度の高い森林地帯の夏の暑さに対しては全く役に立たない……。
そう思えば思うほど、ヴァートスの“氷”に対する憧憬は募る一方だった。
――氷の浮いた麦茶。
――メロン味のかき氷。
――氷……氷……こおり……コオリ……!
「……そういえば」
その時、彼はふと思い出した。
以前に出会った蒼髪の魔族の少女と、その主である親子の事を。
「あれから、もう半年……いや、まだ半年か」
彼は当時の事を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。
「色々な事があったのう。久しぶりに……いや、この世界に生まれてからの三百年の中でも、一番楽しかったかもしれん」
ヴァートスは起き上がってベッドの縁に腰かけると、団扇で風を送りながら、風にそよぐ顎髭を撫でる。
「あの蒼髪のお姐ちゃんは、確か氷の魔術使いじゃったはず……。この場にあの娘が居れば、氷をいくらでも作り放題じゃったのにのう……」
そう呟いたヴァートスは、ふと寂しげな表情を浮かべる。
「……惜しい娘を亡くしたのう」
そうしみじみと言った老エルフは、残っていたハーブ茶を一気に呷り、ふぅと息を吐いた。
蒼髪の魔族の娘――スウィッシュが、主である魔王ギャレマスと共に、“伝説の四勇士”のひとりであった聖女の手にかかって死んだ事は、エルフ族を魔王国領まで送り届けた際に、彼の耳にも入った。
ヴァートスは、手にした木のコップをぼんやりと眺めながら、少しの間だけ共に旅をし、何度か美味い食事を共にした魔族の主従の姿を思い出し、ふと寂寥感に駆られる。
「まったく……老いぼれのワシを差し置いて、若いモンが先に逝くなというに」
彼はそう独り言つと、「よっこいしょういち……」と声を上げながら、ベッドの縁からゆっくりと立ち上がった。
そして、胸に湧き起こった寂しさを紛らわせる為、外の酒蔵に置いてある秘蔵の蜂蜜酒を取りに行こうとする。
彼が玄関の扉を開けようとした――その時、
「ば――バトシュさマぁっ!」
けたたましい声と共に、丸太小屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「うぉッ? な、何じゃいっ!」
勢いよく開いた扉に危うく鼻柱をぶつけそうになったヴァートスは、驚きながら声を荒げる。
と、入ってきた小さな姿を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「って、スッタバか。どうしたんじゃ、そんなに血相を変えて?」
「ば……バトシュさマ……!」
ヴァートスの問いかけに、半人族のスッタバは、肩で息を吐きながら強張った顔で彼を見上げた。
ただならぬスッタバの形相に、何やら異状が生じた事を察したヴァートスは、眉間に皺を寄せる。
「何があったんじゃ? よもや、熊か虎でも出たか? それとも、狼藉者が押し入ってきたのか?」
「い……いエ……」
スッタバは、ヴァートスの問いにぶるぶると頭を振った。
そして、目を大きく見開きながら言葉を継ぐ。
「そ、そうジャなクって……き、キたのハ、おキャくサんデス」
「……お客さん?」
スッタバのたどたどしい言葉を聞いたヴァートスは、訝しげに首を傾げた。
「はて……? こんな森の奥深くの半人族の村に来客とな? 一体どんな物好きなんじゃ、ソイツは?」
「そ……そレが……」
尋ねられたスッタバはおずおずと口を開き――彼の答えを聞いたヴァートスは、驚きで目を大きく見開くのだった。
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