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エピソード10 魔王別姫
魔王と錯覚と愛
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「――! ……? ……ッ?」
急激にスウィッシュの顔が近付いてきたと同時に、自分の唇に柔らかい感触と温もりを感じたギャレマスは、一瞬何が起こったのか解らず、目を白黒させる。
そして、自分がスウィッシュに口づけをされた事を理解するや、その目は点になった。
彼は、無言で唇を離したスウィッシュの顔を呆然と見つめながら、上ずった声で尋ねる。
「な……な……な、何……な、何を……?」
「……申し訳ございません」
驚愕するあまりに、まともな発音の仕方を忘れたかのように何度もどもるギャレマスの顔を真っ直ぐ見つめ返しながら、スウィッシュは静かに詫びた。
そんな彼女に、ギャレマスはおずおずと問いかける。
「ど……どうしたのだ? よ、酔ったのか?」
「……ええ。酔ってます」
ギャレマスの問いに、スウィッシュは素直に頷いた。
それを聞いたギャレマスは、顔を赤くしたままで、それでも努めて平静を装いながら、なけなしの威厳を込めた声で彼女に言う。
「そ、そうか。よ、酔っておったのなら仕方がないな、うん!」
「……え?」
「そ……それでは、今のは酒による偶発的な事故だったという事で……。よ、余もきれいさっぱり忘れる故、お主も悪い夢だと思って……」
「……事故なんかじゃありません!」
「ッ?」
必死で先ほどの事をアクシデントとして水……もとい、酒に流そうとしたギャレマスの言葉を強い口調で否定したスウィッシュは、唖然とする主君の顔を熱を帯びた目で見下ろしながら、強い声で言葉を継いだ。
「確かに酔ってます! 酔ってなきゃ、とてもこんな事を陛下に対して言ったり、したりなんか出来ません……」
「な……なら……」
「……でも! 今、あたしが示した好意と行為は、天に誓って酔いのせいなんかじゃありませんッ!」
「……!」
凛とした声で言い切ったスウィッシュの顔を見上げながら、ギャレマスは息を呑む。
彼女の浮かべた真剣な表情が、その言葉に一毛の偽りも含まれていない事をありありと示している事に気付いたからだ。
「スウィッシュ……」
「本当はあたし……ずっと前から陛下の事が好きだったんだと思います。でも、まだ恋というものが良く分かってなかったから、そんな自分の『陛下が好き』って気持ちが“愛”と呼ばれるものだって事に気付けたのはつい最近で……。でも、一度気付いたら、陛下に対する想いがどんどん大きくなっていくのが分かって……」
「……」
「でも……陛下とあたしは、魔王と四天王という“主従”の関係でしか無くって……。もちろん、それは充分に分かり切ってて、何とかして自分の気持ちを心の中に押し込めようと必死で……でも、それはとっても大変で、苦しくって……」
スウィッシュはそう言うと、ギャレマスの顔をじっと見つめた。
彼女の潤んだ紫瞳と赤みを帯びた唇の放つ色気に、久しく忘れていた感情が蘇りつつあるのを感じるも、ギャレマスは何とか理性を保とうと必死で抗う。
彼は、懸命に顔面の筋肉を張って無表情を保ちながら、努めて冷静な口ぶりでスウィッシュに言う。
「す、スウィッシュよ。余に対するお主の気持ち、とても嬉しく感じる」
「陛下……! お分かり頂け――」
「だ、だが! その気持ち……恐らく、ただの錯覚だ!」
満面の笑みを浮かべながら抱きつこうとしてきたスウィッシュを慌てて制しながら、ギャレマスは言葉を継いだ。
彼の言葉を聞いたスウィッシュが、怪訝な表情を浮かべた。
「……錯覚?」
「そ、そう、錯覚だ!」
訊き返したスウィッシュに何度も頷きかけながら、ギャレマスは早口で捲し立てる。
「多分、お主はあまりにも長い間、余の側で仕え続けていたせいで、ちょうど薄い霧がかかったように、本当の余の姿がハッキリと見えなくなっておるのだ!」
「本当の……陛下の姿……」
「そうだ!」
反芻するスウィッシュに組み敷かれた格好のまま、ギャレマスは更に激しく首を縦に振った。
「もしかすると、今のお主の目からだと、余がさぞや立派に見えておるのかもしれぬが、決してそんな事は無いからな! 本当の余は、齢百五十を過ぎた、ダメなところだらけの冴えないダメ親父で――」
「……ふふふ」
「……あれ?」
口に手を当てて、いかにも可笑しそうに笑い出したスウィッシュの顔を見上げながら、ギャレマスはキョトンとした表情を浮かべる。
そんな彼の顔を見下ろし、更に笑顔を綻ばせたスウィッシュは、首を大きく縦に振った。
「うふふ……そんな事、ちゃあんと知ってますよ」
「……へ?」
「ずっと陛下の御側にお仕えていたあたしには、全部見えてます。たとえば……」
そう言うと、彼女は目を中空に漂わせ、つらつらと列挙し始める。
「魔王のクセに自己評価が低くて、他人に対して強気になれないところとか、その割には見栄っ張りで、カッコつけようとして結局失敗しちゃうところとか、敵に対しても甘くて非情になり切れないところとか、頭にバカが付くくらいサリア様の事が大好きなところとか……」
そこまで言ったスウィッシュは、やにわに目を吊り上げ、呆然としているギャレマスを睨みつけた。
「それに――女の子の気持ちに対して、ドが付くくらいに鈍感なところとか!」
「あ……す、すま……すみません……」
殺気すら籠ったスウィッシュの剣幕に震え上がりながら、ギャレマスは謝る。
スウィッシュは、そんな彼の顔を見ると再び吹き出した。
どうやら彼女の機嫌が直ったらしい事に安堵したギャレマスは、先ほどのやり取りを思い返して、やれやれと溜息を吐く。
「それにしても……確かに余は、自分で“冴えないダメ親父”と言ったが……そんなにダメなところだらけなのか?」
「あら? もっとありますよ? 続けますか?」
「あ、いや……もう、お腹いっぱい……です」
Sッ気に満ちたスウィッシュの申し出を慌てて固辞するギャレマス。
スウィッシュは、そんな彼に優しく微笑みかけると、「……でも」と言葉を継いだ。
「でも……あたしは、そういうダメなところも全部ひっくるめて、陛下の事が好きなんです」
「……」
「魔王様なのに謙虚で、人に優しくて、ドジなところも多いけれど、肝心なところではちゃんとかっこよくて、敵に対しても寛大に接して、サリア様の事を本当に大切にしてる陛下の事が……本当に、本当に大好きなんです」
声を震わせながら言葉を紡ぐスウィッシュの目尻から生まれた涙の粒が落ちて、ギャレマスの頬を濡らす。
だが、彼は濡れた頬を拭う事も忘れて、ただ彼女の言葉に耳を傾けていた。
そんなギャレマスの顔をじっと見つめながら、スウィッシュはなおも言葉を続ける。
「確かに……さっきの事は、お酒であたしの気持ちが緩んでしまったせいで起こっちゃいました。それは確かにあたしの落ち度が生んだ事故です。――でも」
そこで一旦口を噤んだスウィッシュは、ふぅと息を吐き、それから再び息を吸い込んだ。
そして、決して退かないという強い決意を宿した声で、ハッキリと告げる。
「さっきのあたしが示した、陛下への気持ち――それは、決して事故なんかじゃありません」
「だ、だが、スウィ……」
何か言おうとしたギャレマスの唇を指でそっと押さえたスウィッシュは、満面の笑みを浮かべながら断言した。
「事故なんかじゃないですから。何度でも言えますよ。陛下……いえ、イラ・ギャレマス様――あたしは、あなたの事を……心の底から愛しています!」
急激にスウィッシュの顔が近付いてきたと同時に、自分の唇に柔らかい感触と温もりを感じたギャレマスは、一瞬何が起こったのか解らず、目を白黒させる。
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彼は、無言で唇を離したスウィッシュの顔を呆然と見つめながら、上ずった声で尋ねる。
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「……申し訳ございません」
驚愕するあまりに、まともな発音の仕方を忘れたかのように何度もどもるギャレマスの顔を真っ直ぐ見つめ返しながら、スウィッシュは静かに詫びた。
そんな彼女に、ギャレマスはおずおずと問いかける。
「ど……どうしたのだ? よ、酔ったのか?」
「……ええ。酔ってます」
ギャレマスの問いに、スウィッシュは素直に頷いた。
それを聞いたギャレマスは、顔を赤くしたままで、それでも努めて平静を装いながら、なけなしの威厳を込めた声で彼女に言う。
「そ、そうか。よ、酔っておったのなら仕方がないな、うん!」
「……え?」
「そ……それでは、今のは酒による偶発的な事故だったという事で……。よ、余もきれいさっぱり忘れる故、お主も悪い夢だと思って……」
「……事故なんかじゃありません!」
「ッ?」
必死で先ほどの事をアクシデントとして水……もとい、酒に流そうとしたギャレマスの言葉を強い口調で否定したスウィッシュは、唖然とする主君の顔を熱を帯びた目で見下ろしながら、強い声で言葉を継いだ。
「確かに酔ってます! 酔ってなきゃ、とてもこんな事を陛下に対して言ったり、したりなんか出来ません……」
「な……なら……」
「……でも! 今、あたしが示した好意と行為は、天に誓って酔いのせいなんかじゃありませんッ!」
「……!」
凛とした声で言い切ったスウィッシュの顔を見上げながら、ギャレマスは息を呑む。
彼女の浮かべた真剣な表情が、その言葉に一毛の偽りも含まれていない事をありありと示している事に気付いたからだ。
「スウィッシュ……」
「本当はあたし……ずっと前から陛下の事が好きだったんだと思います。でも、まだ恋というものが良く分かってなかったから、そんな自分の『陛下が好き』って気持ちが“愛”と呼ばれるものだって事に気付けたのはつい最近で……。でも、一度気付いたら、陛下に対する想いがどんどん大きくなっていくのが分かって……」
「……」
「でも……陛下とあたしは、魔王と四天王という“主従”の関係でしか無くって……。もちろん、それは充分に分かり切ってて、何とかして自分の気持ちを心の中に押し込めようと必死で……でも、それはとっても大変で、苦しくって……」
スウィッシュはそう言うと、ギャレマスの顔をじっと見つめた。
彼女の潤んだ紫瞳と赤みを帯びた唇の放つ色気に、久しく忘れていた感情が蘇りつつあるのを感じるも、ギャレマスは何とか理性を保とうと必死で抗う。
彼は、懸命に顔面の筋肉を張って無表情を保ちながら、努めて冷静な口ぶりでスウィッシュに言う。
「す、スウィッシュよ。余に対するお主の気持ち、とても嬉しく感じる」
「陛下……! お分かり頂け――」
「だ、だが! その気持ち……恐らく、ただの錯覚だ!」
満面の笑みを浮かべながら抱きつこうとしてきたスウィッシュを慌てて制しながら、ギャレマスは言葉を継いだ。
彼の言葉を聞いたスウィッシュが、怪訝な表情を浮かべた。
「……錯覚?」
「そ、そう、錯覚だ!」
訊き返したスウィッシュに何度も頷きかけながら、ギャレマスは早口で捲し立てる。
「多分、お主はあまりにも長い間、余の側で仕え続けていたせいで、ちょうど薄い霧がかかったように、本当の余の姿がハッキリと見えなくなっておるのだ!」
「本当の……陛下の姿……」
「そうだ!」
反芻するスウィッシュに組み敷かれた格好のまま、ギャレマスは更に激しく首を縦に振った。
「もしかすると、今のお主の目からだと、余がさぞや立派に見えておるのかもしれぬが、決してそんな事は無いからな! 本当の余は、齢百五十を過ぎた、ダメなところだらけの冴えないダメ親父で――」
「……ふふふ」
「……あれ?」
口に手を当てて、いかにも可笑しそうに笑い出したスウィッシュの顔を見上げながら、ギャレマスはキョトンとした表情を浮かべる。
そんな彼の顔を見下ろし、更に笑顔を綻ばせたスウィッシュは、首を大きく縦に振った。
「うふふ……そんな事、ちゃあんと知ってますよ」
「……へ?」
「ずっと陛下の御側にお仕えていたあたしには、全部見えてます。たとえば……」
そう言うと、彼女は目を中空に漂わせ、つらつらと列挙し始める。
「魔王のクセに自己評価が低くて、他人に対して強気になれないところとか、その割には見栄っ張りで、カッコつけようとして結局失敗しちゃうところとか、敵に対しても甘くて非情になり切れないところとか、頭にバカが付くくらいサリア様の事が大好きなところとか……」
そこまで言ったスウィッシュは、やにわに目を吊り上げ、呆然としているギャレマスを睨みつけた。
「それに――女の子の気持ちに対して、ドが付くくらいに鈍感なところとか!」
「あ……す、すま……すみません……」
殺気すら籠ったスウィッシュの剣幕に震え上がりながら、ギャレマスは謝る。
スウィッシュは、そんな彼の顔を見ると再び吹き出した。
どうやら彼女の機嫌が直ったらしい事に安堵したギャレマスは、先ほどのやり取りを思い返して、やれやれと溜息を吐く。
「それにしても……確かに余は、自分で“冴えないダメ親父”と言ったが……そんなにダメなところだらけなのか?」
「あら? もっとありますよ? 続けますか?」
「あ、いや……もう、お腹いっぱい……です」
Sッ気に満ちたスウィッシュの申し出を慌てて固辞するギャレマス。
スウィッシュは、そんな彼に優しく微笑みかけると、「……でも」と言葉を継いだ。
「でも……あたしは、そういうダメなところも全部ひっくるめて、陛下の事が好きなんです」
「……」
「魔王様なのに謙虚で、人に優しくて、ドジなところも多いけれど、肝心なところではちゃんとかっこよくて、敵に対しても寛大に接して、サリア様の事を本当に大切にしてる陛下の事が……本当に、本当に大好きなんです」
声を震わせながら言葉を紡ぐスウィッシュの目尻から生まれた涙の粒が落ちて、ギャレマスの頬を濡らす。
だが、彼は濡れた頬を拭う事も忘れて、ただ彼女の言葉に耳を傾けていた。
そんなギャレマスの顔をじっと見つめながら、スウィッシュはなおも言葉を続ける。
「確かに……さっきの事は、お酒であたしの気持ちが緩んでしまったせいで起こっちゃいました。それは確かにあたしの落ち度が生んだ事故です。――でも」
そこで一旦口を噤んだスウィッシュは、ふぅと息を吐き、それから再び息を吸い込んだ。
そして、決して退かないという強い決意を宿した声で、ハッキリと告げる。
「さっきのあたしが示した、陛下への気持ち――それは、決して事故なんかじゃありません」
「だ、だが、スウィ……」
何か言おうとしたギャレマスの唇を指でそっと押さえたスウィッシュは、満面の笑みを浮かべながら断言した。
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