雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード12 誰が魔王を殺したか

転生姫と記憶と羨望

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 ◆ ◆ ◆ ◆

 「う……んん……ふわぁあああ……」

 天蓋付きのベッドの上で目を覚ましたツカサは、ムクリと身を起こすと、両手を挙げて大きなあくびをした。
 そして、寝ぐせの付いた赤い髪の毛の中に指を突っ込んで無造作に掻きながら、ついさっきまで見ていた夢の事をぼんやりと思い返す。
 あれは確か……自分がまだ子どもの頃の――。

「……いや、ウチじゃなくて、か……」

 そう呟くと、彼女は皮肉げに口の端を歪めた。
 ――さっきの夢は、この世界での彼女――サリア・ギャレマスの幼少時の記憶だ。
 そう……あの時は、最愛の母が病気で亡くなって数年ほど経った頃だった。
 いつも側にいてくれた母が居なくなり、激務に追われる父ともなかなか会えなくなった事で、ずっと溜め込んでいた感情が遂に爆発し、朝食中に食堂を飛び出して、あの四阿あずまやに隠れたのだった。
 でも、汗だくで自分を探しに来た父に見つかって……。

「ふふ……あの時は楽しかったなぁ」

 ベッドの上に半身を起こしたツカサは、当時の事を思い出して口元を綻ばせた。

「結局、あの日は日が暮れるまで、オヤジたちと一緒に遊んだんだっけ……。鬼ごっこで中庭を駆け回ったり、花を摘んでブーケを作ったり……。そうそう、勝手に花壇の花を摘んじゃって、あとで庭師に怒られてたっけ……オヤジが」

 そう呟きながら、ツカサは目を細める。

「ああ……そういえば、あの時が初めてだったね、あの娘と顔を合わせたのは……。もう、随分と懐かし――」

 そこまで言いかけた彼女は、思わず苦笑を浮かべて、フルフルとかぶりを振った。

「……って、あの時の記憶は、ウチじゃなくてサリアのものだったんだっけ。ウチが……門矢司かどやつかさが懐かしむのもおかしな話だよね」

 ……どうやら彼女は、脳内に残る今世の“サリア・ギャレマス”の記憶を、徐々に自分ツカサのものだと認識しつつあるようだ。
 これも、イラ・ギャレマスの娘の身体に宿っていた魂の異常――前世の人格である“門矢司”が目覚めた事で、今世の人格である“サリア・ギャレマス”が同じ身体の中で並立してしまっている状態――から、本来の状態――即ち、一つの人格に戻りかけているという事の表れなのだろう。
 ……と言っても、ツカサは、自分の人格とサリアの人格が融合――言い換えれば、混ざり込んでいるようには思えなかった。
 ……ただ、シュータから父の死を伝えられた時以来、自分の中に居るはずのサリアの気配を全く感じなくなっている事が気になる。

「……ひょっとして、サリアこの世界の人格は、ウチ前世の人格と混ざるとかじゃなくって、単に記憶だけ残して消えるだけだった……って感じなのかねぇ?」

 そう呟きながら、ツカサは訝しげに首を傾げ――それから小さく頷いた。

「……うん、それなら説明がつきそうだね。オヤジが死んだ事を知ったショックで人格を保てなくなったとか……そんな感じなのかもね」

 どこか釈然としないものを感じながらも、彼女はその推測が正しいと半ば無理矢理に思い込んだ。
 そして、広げた自分の手のひらを見つめながら、ニヤリと微笑む。

「って事は、この体は晴れてウチのものになったって訳だ」

 そう独り言ち、開いていた手のひらをグッと握り込むツカサの脳裏に、かつてもう一人の自分サリアが自分に向けて言い放った声が蘇った。

(――サリアは絶対に溶け消えたりなんてしないからね、つーちゃんっ!)
「フン……あんな風に偉そうな口を叩いてたくせに、あっさり消えやがったじゃないか、アイツ。ざまあないね」

 と、呟きながら鼻で嗤ったツカサは、ベッドから立ち上がると、壁の方へ歩を進める。
 寝室の床には掃除の行き届いた絨毯が敷きつめれていて、裸足で踏むとフカフカと心地よい。

前世まえのゴミ屋敷とは雲泥の差だねぇ……)

 ふと、ツカサの脳裏に、前世で暮らしていた六畳二間のアパートの映像が浮かぶ。
 ……だが彼女は、その映像を脳内から追い出そうとするかのように、激しくかぶりを振った。
 アパートの事と一緒に、そこにんでいた父親クズとの悪しき記憶までが蘇りそうだったからだ。

「いけない、いけない。せっかく生まれ変わって、あのゴミ野郎と縁が切れたってのに……」

 ツカサは苦々しい顔でそう呟くと、壁際のマントルピースの上に乗っていた小箱に手を伸ばす。
 そして、その箱を持ったままベッドに戻り、その縁にペタンと腰を下ろした。

「……」

 宝石が埋め込まれた小箱を昏い光を宿した瞳で見つめた彼女は、ゆっくりと蓋を開ける。
 箱の中に納められていたのは、緩やかに反った一本の角だった。
 それを慎重に箱から取り出したツカサは、窓のカーテンの隙間から差し込む光を反射してキラキラと輝く白い角に目を落とす。

「……オヤジ、かぁ」

 ぼそりと呟いたツカサは、その指で角の表面を優しく撫でながら、ふっと微笑んだ。

「同じオヤジでも、全然違ったんだねぇ。向こうのクソオヤジと、こっちの……サリアのオヤジ……」

 彼女は、角の主であるこの世界の父親の事を、サリアの記憶を手繰るようにしながら順々と思い出す。

「“地上最強の生物”とか持ち上げられてるクセに、変に押しが弱くて……魔王なのに優しくて……ウチの事をメチャクチャ愛してくれて――」

 そこまで口にしたツカサは、ハッとした表情を浮かべると、力無くかぶりを振った。

「……って、そうだったね。あのオヤジが愛してくれてたのは、ウチじゃなくてサリアだったね……」

 そう言って自嘲げに口の端を歪めたツカサは、手に持っていた角をギュッと握りしめる。
 その感触は、確かに覚えがある。
 物心ついた頃から幾度となく、掌で、頬で、身体で触れてきた、最愛の父親の角だ。
 ――と、彼女は愕然とした表情を浮かべる。

「……だから、それもウチじゃなくて、サリアの――」

 と、掠れた声で呟いたツカサは、僅かにわななく唇を歯で噛んだ。
 そして、もう一度手の中の角に目を落とす。

「まったく……タイミングが悪いったらありゃしないねぇ。オヤジをシュータに始末してもらった後で、サリアが持っていたオヤジとの記憶を思い出しちまうなんてさ」

 ツカサは深く溜息を吐くと、寝室の高い天井を見上げた。
 目を閉じたくなかった。
 きっと、瞼を閉じてしまったら、また脳裏に蘇ってしまう。
 幼いサリアが体験した、父親との楽しい思い出を……。

「……ウチ門矢司も、あんなオヤジに育てられたかったよ」

 ……もしも、
 自分ツカサがもっと早く覚醒したのなら、あの魔王は自分の事を、娘として育ててくれたのだろうか?
 ――サリアと同じように、自分ツカサにも愛情を注いでくれたのだろうか?

 しかし――その答えは、もう永久に出ない。
 魔王イラ・ギャレマスは、もう死んだのだから。
 シュータに殺されたのだから。
 ――魔王位に就く為に、

「――クソっ!」

 ツカサは毒づくと、ベッドの上に突っ伏した。

「バカが……! 今更後悔しても遅えんだよ……」

 枕に顔を押し付けたツカサは、しばしの間、ベッドの上で肩を震わせるのだった……。
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